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本当の悪魔


 オフィールの腹部が彗によって貫かれる。あまりにも突然な展開であった。

 ギリと歯軋りをした魔女が反撃を試みるがもう遅い。ぐらりと体勢を崩したオフィールは膝をつく。魔法もスキルも分解する彗の能力は人体にも適用しているのが分かる。さらに血を吐き倒れる前に反撃を試みる。


「オフィールさん。俺の分解の力知ってるでしょ? もう遅いよ。しつこい女は嫌われるよ」

 

「け、い――」


 オフィールの目が閉じられていく。分解が確実に命を搾取していく。


「彗! きさま!」


「オフィール殿!」


 レット、ソネットは驚きで判断が遅れたが直ぐに正気に戻り動く。


「あは、あははははは! 彗の邪魔はさせないよ。ははははは! でてこい 黄金髑髏!」


 嵐は笑いながら両手を地面につけると大きな地鳴りが発生した。


 石畳の地面を破り現れたのはその名の通り、黄金色に染まった巨大な髑髏であった。その大きさは指先が大人一人分であるから相当だが、現れたのは上半身のみで下半身は地面に埋まっているので全長は分からない。

 頭蓋骨はひび割れており、それを隠すかのように曼陀羅が描かれている。不気味さを否応なしに相手に与えていた。

 現れた瞬間に天に吠える動きを見せるが、肉片のないただの骨である故に叫ぶ声は一切聞こえない。吠え続ける黄金髑髏の周囲の足場は崩れ、それぞれの距離が離れていく。

 彗と嵐、近くにはオフィール。側にはバラビット。勇者一行は連携を崩さぬように距離を保つ。


「なんだこれは!!」


「彗殿、どういうつもりですか⁉︎」


 黄金髑髏の大きな右手骨(シュコツ)に抑えられ、レットとソネットは地面にひれ伏す状態となっていた。


「レットもソネットもバカだな! 俺が魔人族に心からの忠誠を誓ってるとでも思ってんのかよ。言っとくけど、俺を殺して勝手に魔人族にしたことを許した覚えはないからな!!」


 彗はオフィールの腹部から腕を抜く。倒れるオフィールの顔面に容赦のない蹴りを腹部に入れ、次は顎を蹴り上げる。


「ガハッ――」と絞り出されるようなオフィールの声。

 

「お前らが俺を殺したんだ! お前も死ね! 死ね! 死ね!」


「待て待て。待て! この女にもまだまだ利用価値がある。お主はこれから魔人族を率いていかねばならぬ立場だ。冷静に物事を判断できるようになれ」


 オフィールを蹴り続ける彗を止めたのはバラビットである。

 嫌に笑っている、嗜虐者が盤上で駒を眺めるうような視線であり、不要になった駒を嘲笑う表情を向けていた。


 彗は落ち着きを取り戻す。視線を移動させた先には元クラスメイト達。

 地割れの為か石畳の地面は激しい凹凸となっており、勇者一行はレイ姫と眠る真緒を保護しながら離れた距離にいた。

 笑顔を元クラスメイトに向ける彗。だが笑顔だと思っているのは当の本人だけである、顔に付着した血を舌で舐めとる姿は人間だった頃の面影はなく狂気に染まっていた。


「嵐、地割れにのまれた人もこの場所に運んで」


 彗の願いを嵐はまたも笑いながら実行していく。

 黄金髑髏の空いた左手は地割れが起こった箇所へと移動。そこから拾い出されたのは、王妃、ウルテア、物言わぬ死体となった王、そして眠っているウルテア。 

 

 王妃は能面のような顔であった、それは何故自分がここにいるのか分からない。という表現があっている。現実を受け入れられない為か、口角が僅かに上がり笑みを貼り付ける瞬間もあった。

 ウルテアはオフィールがかけた魔法によって眠っているが、時折目覚めの予兆を見せている。

 レットとソネットが叫ぶが、二人を見る彗の目はゴミでも見るかのようである。

 そんな状況をしばらく見ていた宰相は「ヒッヒッヒ」と笑いながら、オフィールへと近づいていく。

 

「さて、オフィールよ。どうだ今の気持ちは? 悔しかろう? 憎かろう? お前が儂を見下していたこと、あわよくば殺してやろうという感情があったことは知っていたさ。それでも結果はこれだ。実に清々しい。あぁ、それと――


 手を打つバラビットの姿は生き生きとしている。それは長年の苦労から解放された心持ちに見える。朗々と語る場所は地面の凹凸が激しく、周囲の地面よりも一段高い。まるで舞台のようであった。


「お前が守ろうとしていた魔人族の連中が今どうなっているか教えてやろうか? この彗は本当によくやってくれるぞ。分解の力で脳を弄るんだ。そうするとあっという間に物言わぬ兵隊のできあがりだ、お前がやる、まやかしの洗脳とは大違いだ!」

 

 舞台の真ん中でオフィールは倒れている。顔を地面につけ起き上がる様子は無い。腹部から流れる血は止まる様子もない。近づいた宰相はそれを満足そうに眺めている。


「ん? どうした勇者達よ? その奇妙な顔は、そんなに怖がらんでも安心せい。貴様らも物言わぬ魔人族にしてやる。だが女は私が直々に面倒をみてやる。死ぬまで人族に――私に潤いを与えてくれよ」――ヒヒヒ――と笑いだす。女性に向ける視線ではなくそれは物を見る目であった。


 宰相の声色には酷く真剣であった。だがその思いはあまりにも捻れている。人を救う為に人を犠牲にするのはどうにもおかしな話である。


「宰相! てめぇはそれでも人間かよ! この腐れが!!」


「剣を降ることしかできぬ男が知った様な口を叩くな! 私がどれほどの思いで人族を支えてきたかも知らぬくせに! この女に常に命を狙われる危機感も、民を飢えさせない為の苦労も何も知らぬ男が!」


 マグタスも負けじと叫ぶが宰相の興味はすでになく勇者一行から魔人族に移されていた。


「――あんな男などどうでもよい。どれ。魔人族の面々にみせてやろう。彗よ、傀儡の兵を呼び出してくれ」


「無茶言わないでよ宰相。ここは転移結界の中だ。誰かを簡単に呼び出せるなんて、それこそ僕らの力を超えている、神か悪魔にしかできないよ」


「ではなぜ私がここにいるのだ。神か悪魔の力でも使って呼び出されたということか? そんな力を持っている奴がどこにいる?」


「どっかにいたんじゃないの?」


 彗の視界の端には真緒の姿。美桜に抱えられすやすやと眠っている。

 その後も叱責を繰り返す宰相に、ため息をつく彗。その態度に宰相は不満を募らせていく。

 

「ここに呼び出せないならば、さっさとここから出ればよいだろうが! 早くやらんか! お主らは黙って私の言うことを聞いていろ!」


「そんな簡単に抜け出せたら苦労しないよ。転移結界はよっぽどの力がなければ解けないよ。それこそ全ての事柄を書き換える勇者の一撃とかね。俺の分解でも上手くいくかどうか、早い話が力で壊すのは相当大変ってこと、一番手っ取り早いのは発動者に解除させること。だからまだ生かしているんだよ。使用者の結界内で死んだら一生脱出できなくなる可能性もある。そうでしょオフィールさん」


 彗の問いかけをオフィールは無視をして自身の回復に努めていた。だが先ほどから腹部に空いた穴が完治する兆しがない。これも回復魔法を発動する度に分解されていく。間違いなく彗の力である。


「女狐が! さっさとここから出さんか!」

 

 宰相は寝転ぶオフィールの腹部を乱暴に蹴りつける。

 オフィールが苦悶の声を上げると、ニヤリと笑い何度も蹴り出す。


「さっさと私をここから出せ! 用済みの貴様でも使ってやろうという優しさを無下にする気か!」


「やめろ貴様ぁぁぁぁ~!!」


 レットが吠え、黄金髑髏を跳ね除けようと体に圧力を入れていくが、四肢を鎖で繋がれているように力が出ない。

 それはソネットも同じある。黄金髑髏より脱出を試みるが上手くいかない。自身の技である影の中に身を隠そうとするのだが上手くいかない。それを眺める嵐はまたもハハハハッ! と笑い出す。

 怒号に叫び声に、苦悶の声に笑い声、この場は混沌の一言で説明がついてしまう。


「くそ! なんだこの女は! おい! なんとかしろ! 彗!!」


 オフィールを蹴り続けた宰相が息を切らす。

 何度蹴っても転移結界を解くような素振りはなく、蹴られ続ける間は痛みを堪えるように呻き続けていた。宰相はもう一度オフィールを蹴ろうとした時、妙な不気味さを感じ慌てるように彗へと命令を下す。


「もう何とかしてますよ! ってか話しかけないでもらえるかな。この人の回復魔法を止めるだけでこっちは手一杯なんだよ。とんだ化け物だな、虹の魔女!」


 常時余裕であった彗の雰囲気が変わっていた。額に汗が浮き出ている。歯を軋ませる表情は険しい。右腕を掲げ分解を続けている。抑え切れないのか左手は右腕を支えている。

 彗の分解はある意味ではチート級である。発動しても発生前の状態まで分解されてしまうのだから。だが、それは彗が一手、二手、三手まで読める思考の持ち主であるから可能な能力である。真緒と同じように彗も頭の回転は早い。それ故に分解の能力は瞬時に魔法陣の構成、スキルであれば発動までの流れよ先手で読み分解する。頭の回転が早い彗にとってはうってつけである。だが、永遠と分解し続けることができるのであろうか? 彗が直面しているのは最高難易度の計算式を解き続けているに等しい。


「どうしたの彗? 焦った顔は、まだまだ子供ね。ふふ。少しだけ可愛いわよ」


 虹の魔女の体を自分のモノへとしている元転移者。生前は男なのか女なのか、年齢すらも分からぬ者である。

 吐血する虹の魔女は怪しく笑う。瀕死の状態にも関わらず、オフィールからは膨大な魔力が放出されていく。

 まるで重力に逆らうようにゆっくりとオフィールは動き出す。手を広げ、石畳の地面を掴み、じわりじわりと上体を起こしていく。

 

「この化け物め! さっさとここから出せ!」


「私を化け物にしたのはあなたでしょ? 宰相――」


 オフィールが上半身を起こし、膝を立て宰相を睨む。「――ヒッ」と喉をならし、そそくさと宰相は移動していく。


「なにをやっとる! 早くどうにかしろ!」 


 オフィールを抑える彗が膝をつく。膝をつき合い向かい合う両者の表情はどうしてか同じように不敵な笑みを張り付かせていた。彗では当てにならんと決めた宰相が次に移動した先は嵐である。


「おい! 貴様どうにかしろ! 私をこの場所から出せ! 早くあの女を止めろ!」


 彗と同じように嵐も笑顔であったが余裕はない。それは操る黄金髑髏が押し戻されそうになっているからだ。


「ぬぅおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「レット殿、うるさいです! 集中させてください」


 レットの叫びは七色の空へと吸い込まれていく。地面へと押さえつけられていたが、膝立ちの状態となり、黄金髑髏の拘束から逃れようとさらに力を入れていく。

 黄金の手骨に闇色が追加されていた。それはソネットの操る影であり、レットの手助けをしていた。

 

「ハハハハハッ! これヤバイ! ヤバイよ! ヤバイってー!!」


 嵐は笑顔を止め怒鳴り出す。それほどまでにレットとソネットの力が危険だといえる。

 彗と嵐の変わりように宰相は驚き言葉を詰まらせる。やがて自分の思い通りにいかないことに腹を立て、近くにいる嵐に怒りの矛先を向けた。


「貴様らなんという体たらくだ! さっさとやつらを殺せ! 早く! 早くせんか!」


「ハハハッ! ハハッ! ――あぁ~うるさい、うるさい。うるさい!! あっち行け!!」


 黄金髑髏を操っていた嵐の手が乱暴に振るわれた――黄金髑髏の手も同じように振るわれた――すると、錆びた鉄を軋ませたような音――それは骨の砕ける音である。


「――へ、ぺ――」と間抜けた声。それが宰相の最後の言葉となった。


 滑稽な姿である。真っ直ぐに立つ宰相だが、頭が地面に向いている。頭だけが半回転した状態である。

 相手を威嚇するような目は白目を向き、鼻からは血を流し、口からは血泡を吐き出している。血は宰相の頭部を濡らし地面へと落ちていく。嵐の腕の一振り、正確には黄金髑髏の腕の一振りで、呆気なく宰相は死んでしまった。その死すらも滑稽であり、ピエロの一幕かの如くであった。


 オフィールは唐突な出来事に戸惑う。レット、ソネットも同じである。勇者一行もその出来事に固唾を吞む。

「いや、お前ここで死ぬんかい」と呟いたアスカの言葉に面々は深く肯く。 


 彗はその出来事を面倒そうに眺めたあとに、深くため息を吐く。一同を眺めた後に対峙していたオフィールから離れていく。

 無意味な静寂である。宰相の体が倒れる音だけが妙に響いた。


「あ~も~。なんで殺しちゃうかな~。嵐の情緒が安定しないのは問題だな」


 彗は緩慢な動きで宰相の死体に近づく。嵐に彗の言葉は届いていない。必死にレットとソネットを抑えている。

 

「こいつもこんなところで死ぬとは思ってなかっただろうな」

 

 吐き捨てるような彗の視線。宰相からは当然に返答が無い。

  

「嵐のせいで計画が狂っちゃったよ? どうするの? ――ママ?」


 彗の口から全く意図しない発言が飛び出す。ママと呼ばれた人物に全員が視線を向ける。

 そこには、王妃が能面のような表情で立ち尽くしていた。


「どうするの? ママ?」


 彗は再度王妃に向かって問いかける。王妃は一連のやりとりからは離れた位置にいた。

 

 彗がなにを言っているのか意味が分からない?王妃が彗の母親であるということなのか? そんなことはあり得ない。


「ママ! 助けてよ! このままじゃ抑えられないよ!」


 嵐もまた王妃に向かって――ママと叫んだ!

 

 全員がママと呼ばれた王妃を見つめると、能面のような顔が崩れていく。


「ぷっ、ぷぷっ! ――あははははははははは! もう最ッ高! 久々にこんな面白いものが見れたよ! ひぃ~お腹イタイ~」


 先ほどまでとは打って変わっての態度に一同は驚きを隠せない。特に驚いているのはマグタスとハンクォーである。常に王の後に立ち。滅多なことでは口を開かない王妃であった。

 美しく品行方正な王妃とは思えぬ態度。


「ママ。笑ってないで嵐を助けてあげなよ」


「ひひひ~笑いすぎて顔面が痛いから無理~! あんなにイキってた宰相がコロって死んじゃうんだもん! ヤバイってヤバすぎだって、これどういう展開? これから宰相がさぁ、もうぐっちゃんぐっちゃんに悪さしてさ、んでただの人族なのにめちゃ強くなって世界を滅ぼす魔王になるっていう私の計画が物の見事に崩れたけど、面白かったからオールオッケー! にしても最後の声なに? へ、ぺ。ってなに? へ、ぺって!?」


 早口で捲し立てたあとに王妃はもう一度笑いだした。はひはひと悶えながらも笑うその様は永遠と笑い続けるように見える。

 彗は王妃に呆れたようにため息を吐くと、レットとソネットに近づき、ソネットの影をレットの力を分解していく。彗の力の余波で黄金髑髏の首骨も僅かに分解され指などが消失されていく。その光景ですら何が面白いのか王妃が笑い続けている。


「ママ! 怒るよ!」


「ハハハハッ! ハッ~あっと! っもう彗ってばいつも怒ってばっかり。少しは楽しみなさいよね」


 その声音は実に高らかであった。口調もあいまり全く王妃とは思えない。まるで別の人間のようである。

 あれは一体誰なのか? 王妃を知る勇者一行は素振り一つとっても面影を重ねられずにいた。


「ったく、ママがやらないからヤバイ奴が復活しちゃったじゃん、あとはお願いね!」


 虹の魔女の由来の通りにオフィールの背景からは七色の魔法陣が不規則に動きだす。


「彗。私の仲間を返してもらうわよ」


 瞬時に黄金髑髏の頭部が砕けた。虹の魔女の攻撃は早すぎて目で追うことができない。

 次にはレットとソネットの近くに移動。神殺しの銀杖が掲げられると七色の魔法陣が踊りだし色彩豊かな波状が周囲に展開。光を受ける黄金髑髏は溶け出し、上空に現れた黒い穴――まるでブラックホールと見間違う穴に吸い込まれ消えていった。


「あぁ! 僕の骸骨が!」


「おぉこわっ! 離れるぞ嵐。相当に厄介だよ。ママに任せよう」


 七色の魔法陣を携える姿は敵ながらも見惚れるほどに美しい。勇者一行はその姿に息をのむばかり。


「それでこそオフィールだ!」


「オフィール殿には頭があがりませんな」


 黄金髑髏が消えたことで自由となったレットとソネット。

 オフィールを合わせて三人が慧と嵐に向き合うが二人はすでに後退しており、代わりに王妃が前に出る。

 ママと呼ばれた王妃は豪華なドレスの裾をくるりくるりともてあそぶ。その姿は戦闘ができるようには見えない。


「邪魔よ」


 オフィールが王妃に向けて魔法を発動した。

 魔法の発動から攻撃までの流れは早く、勇者一行も、仲間であるレット、ソネットも誰も捉えることができなかった。七色の魔女の実力が改めて分かる一撃である。

 黄金髑髏を滅した光弾であったのだろう。王妃の頭部は吹き飛んでいた。肉片も残さずにである。


 突如として雰囲気を変えた王妃、彗と嵐にママと呼ばれた女は実にあっさりと死んだ。


 これでは拍子抜けも良いところである。頭部を失った体はそのままうしろに倒れる。それで終わり——だが虹の魔女に油断はない。

 王妃の体が倒れた石畳の地面には赤色の魔法陣が展開されていた。一秒にも満たない間に七匹の炎蛇が出現。それは炎滅士の樹でさえ顔を歪めるほどの高温であり、王女の体は骨すら残らずに炎蛇に喰われ消えていく。

 圧倒的な実力に誰しもが言葉をのむ。炎蛇が消え、熱が収まると同時にオフィールは悠然と歩みだす。


「あ~あ。私の体燃えちゃったじゃない。酷いことするね」


 邪魔者を消し去ったあと一歩足を前に出した瞬間であった。オフィールの肩口に何かが載せられた。

 顎である。白く美しい、なめらかな曲線の細い顎。つい先ほど死んだばかりの王妃が蠱惑的な表情でオフィールの肩に顎を乗せていた。

 

「ふふ。まねひひゃった。あら? うみゃくしゃべれにゃい?」


 王妃は挑発するように笑い出すと皮膚がどろりと溶け出す。皮膚だけではない。腕も、足も体も全てが溶けていきゲル状となり、やがて液体となって、地面に沈み消えていく。


「消えなさい」


 オフィールに動揺は無い。殺した相手が生き返るのであればまた殺せばよいだけである。

 虹の魔女はそうして多くの戦いに勝利してきた。それで問題なかったのだ、そう相手がこの世の理から外れていない存在であれば。

 王女は二度目の死を迎えた。また直ぐに生き返る。今度はオフィールの正面である。豪華なドレスもそのままであり、まるで燃えて死んだことも、液体となったことも全てが無かったような状態である。


「あなた――」


 殺した相手が一秒未満で復活することはどんな回復魔法でもあり得ない。スキルとも違う。三度殺してもおそらく直ぐに復活するだろう。であるならば答えは一つである。オフィールは掲げていた銀杖を向け目を細める。


「あなた、悪魔?」


「ふふ。正解だよ。アモン様と呼ぶことを許すわ。魔人族の女」


 王妃は当然のように答えた。ここにきて悪魔の登場である。

 睨むオフィールに王妃は笑みを送る。レット、ソネットは眉根を寄せ王妃を見つめる。

 勇者一行は初めて目にする悪魔の存在に言葉を失う。いや、そもそもがこの現状について行けていない。唯一全容を把握していた真緒がいれば少しは違ったかもしれないが、今は眠りの中である。


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