語り手の時間
――元転移者とか?
真緒の一言で場の空気は一変した。
誰もが息苦しさを感じている。それはオフィールから発せられる圧力に敵味方構わずのまれていた為である。
「ふふ。お嬢ちゃんは本当に面白い子」
僅かな間であった。ほんの僅かな間、誰も喋らなかった。
口火を切ったのは注目を一手に受けたオフィール。彼女は色っぽく髪をかき上げ、強い意思が込められた瞳で真緒を捉える。それはさもこれ以上は踏み込むなと伝えているようだ。
「妄想はもういいかしら? 私は私のやるべきことをさせてもらうわ。勇者様。少し強引な手ですがこの場より転移致します。皆さんも舌を噛まないように。お嬢さんあなたもね? 場所は私たち魔人族の領土——」
「虹の魔女。魔人族の領土って本当にあるのかしら? いいえ。そんなものは存在しないはずよ。だって魔人族なんて、そもそも人族が作った種族なんですもの。そうでしょ?」
銀杖を地面につけると大規模な魔法陣が発生する。と同時に飛んできた真緒の言葉でオフィールの動きが止まる。
下を向いている為、表情は窺えない。そこはかとない重圧だけは増していく。
「沈黙は、肯定と捉えるわ」
またしても妙な間が生まれる。この場合オフィールが返答をするのが普通であるが、虹の魔女は下を向いたままである。
「お、おい嬢ちゃん! さっきから何言ってんだよ⁉︎」
「奏さん。あなたは、何を知ったのですか?」
マグタスとハンクォーが真緒に詰め寄る。転移者よりもこの世界で生きる二人にとっては聞き捨てならない言葉であった。
それは魔人族の面々も同じである。ウルテア、レット、ソネットもオフィールから視線を外さない。
「魔人族は人族によって作られた。それもこの世界以外の人間を使って。つまりは魔人族の正体はこの世界に転移した――」
「黙りなさい」
途端である。オフィールから発せられた重圧が膨大な魔力へと変わり放出される。魔力の放出は七色の光に変わり周囲を包む。
「彗。あなたはこの世界が自転車操業と言っていたわね。そんなことないわよ。だって都合が悪ければ一度リセットすればいいんだもの。そうでしょ?」
オフィールの返答は「はい」という返事しかできない威圧感がある。
空を覆う七色の光はゆっくり闇と混じり、不気味に変わる。その仄暗さはオフィールの心情を表すようであった。
「はっ! そこの子娘! さっきから聞いていればくだらないことばかり!! 私たちが人族に作られた存在だって? そんなありえないことは二度と言うな! どうしてボクたちが人族如きに——オフィールもキッパリと否定をしろ! だからこんな奴にくだらないことを言われるんだ!! 元転移者だの人族に作られたの、そんなのありえない! ボクは! ボクは——私は、あれ?」
ウルテアはこれでもかと怒りを表す。眉間にシワを寄せ、こめかみに青筋を立て、修羅さながらの迫力で真緒を恫喝していく。怒りがあまりすぎて言葉がつまるほどである。怒りの感情はオフィールにも飛んでいく。きっぱり断ればそれで済むのにどうしてか濁していく。それでは肯定しているようなものだ。ウルテアはさらに怒りをつのらせる。
自分は魔人族の戦士であればそれでいい、過去などどうでもいい。そう過去など——過去? ボクの過去? ボク? 私の——。
過去を思い出そうとすると、どうしてか躊躇われた。言いようのない不安に襲われた。まるで暗闇に一人佇む感覚である。先を見通しても誰もいない、何もない。ただただ不安という感情にのまれていく。
——どうして? 今まで過去のことなど気にもとめていなかったのに、どうして急に——。咄嗟に視線が動く。そこにはいつもよりも悲哀な表情のオフィールがいた。
「オフィール⁉︎ あ、あの女の言っていたことは本当か? ボクが、魔人族が人族によって作り出されたって? うそ、ウソだよな⁉︎」
声は必死であった。体が勝手に動き、オフィールへと詰め寄っていた。
認めるわけにはいかない。自分が人族から作られた存在という話はなにかの間違いである。もしそうならば己の存在とは一体どういうものなのか? オフィールを見つめる瞳には意志の揺らぎが見て取れた。
「ウルテア、安心して――」
「オフィール」
オフィールの口調はいつも通りであった。故にウルテアは安堵の息を吐く。
――あなただけじゃないから。
「え?」
「オ、フィ――」
魔女の指先がウルテアのひたいに当たると、揺らいでいた目から光が消えていく。まるで糸の切れた人形のように体を弛緩させていく。
オフィールは大事なものを扱うようにそっと抱きかかえる。抱きかかえられても反応がない。ウルテアの顔からは感情が消えていた。
「ごめんね。ハルちゃん」
ウルテアの体はそっと空中へと浮き、遠くに移動していく。この一連のやりとりをこれ以上踏み込ませない行動とも見えれば、強制的に何かを上書きするような印象を受ける。
オフィールの一連の行動に、真緒は舌打ちをした。
「記憶操作――? 今のが決定的な証拠という所かしら?」
「ぷっ! ははははっははははっ! あぁ~最高だね。そんな姿になってまで仲間を守りたいって思ってるんだから、もう最高! オフィールさん。やっぱり俺はあなたの命令になら従うよ。姿は違えど同じ日本人だ。協力するよ! どうする勇者達を殺すか? それとも俺のように魔人族にするか?」
「真実を知ったあとで魔人族になれば、彗のように言うことを聞かない困った子になる可能性もある。であるならば、ここで殺しましょう」
虹の魔女は全てをのみこむように魔力の渦をさらに発生させる。一歩足を進めた時に立ち塞がる人物。
「レット――」
今まで黙していたレット。ウルテアと違い慌てた様子はなく、表情はいつもと変わりがない。
自身が人族によって作られた存在ということにどう思っているのか伺うことができない。
「レット。あなたの言いたいことは分かるわ。今まで黙っていたのは――」
「私がどうから来て、どのように作られて、どういう存在なのかなど、どうでもいい」
予想外の言葉であり、オフィールが聞き返そうとする間も無く言葉が続く。
「私の戦士としても矜恃を説いたのはお前だ。故に私はオフィールの言葉に従う。そもそも私は強者と戦えればどうでもよい。特に奴だ。ベルゼ様から止められていなければ今すぐにでも八つ裂きにしてやるところだ」
目を瞬かせたあとにどこか納得いったように――あなたらしいわ。オフィールは言葉には出さずにそう伝えた。それはレット自身に伝えた言葉なのか、はたまた―― 。
「あなたわどうするのソネット? 今なら優しく答えてあげるわよ」
「私はレヴィ様の剣であり盾なので、私自身が何者なのかはどうでもよいです。そう考えればある意味レット殿と意見が一致していますね」
「むぅ。ソネットと一緒とはどうにも妙な感覚だ」
「レット殿、それは酷いですよ」
――そう。レットとソネットが言い合う間を悠然と歩くオフィール。その口端が僅かに上がっていたことを二人は見逃さなかった。
「というわけでごめんなさいね。あなた達にも死んでもらうわ。でも今回の勇者様達は凄く残念ね——なんて思えるなんて、私にも随分と人間らしい感情が残っていたのね」
なにが面白いのか、己の言葉で笑うオフィール。
目前に立つのは絶対的な力の存在である。虹の魔女を挟むようにレットとソネットが立つ。
「残念だったねみんな。でも大丈夫。クラスメイトのよしみで一部の人間は飼ってあげるから安心してね」
彗の視線は女性のみに向いている。嵐は何がおかしいのか終始笑っていた。
「本当にそれでいいの。虹の魔女?」
向き合うのは非力な少女である真緒。
その張りのある声は先ほどまで絶望とは違う。この展開を待っていたといわんばかりである。
「お嬢さん。あなたは本当に聡い子だわ。一の情報で十を知るのだから。どこまで気付いたのかしら? いえ、今となってはどうでもいいことね。だってもう――死ぬんですもの」
「私たちを殺したら、あなたの問題が解決するとは思えないけどね! コッコちゃん! アレを使うわ!」
「いいよ。真緒」
ここで、ブサかわ猫のコッコちゃんの登場である。
真緒の右肩に突如現れた、時の神の使いは特徴的な声で「ミャ~」と鳴く。
「正体は時の神の使いだったのね。まずます恐ろしいお嬢さんね」
一気に決着をつけようとしたオフィールの行動はコッコちゃんの行動によって止まる。それと同時に、対峙する両者の間に全長五メートルほどの空間の歪みが発生。
「真緒。後悔しないね?」
「もちろんよ。コッコちゃん。やってちょうだい! 場所は――」
「言わなくても真緒の考えは分かってるよ。終わったらいっぱい遊ぼうね!」
歪みはさらに強くなる。螺旋とは別の捻れが発生。見るからに普通ではない空間である。重力が変化し重力波が変わる。空間をねじ曲げうねり続けると真ん中にポッカリと白い穴が開く。
穴はやがて風景を映し出した。それは絢爛豪華な一室である。煌びやかな装飾が壁や柱に飾られており。その派手さを見れば身動ぐほどである。
「真緒ちゃん!」「「真緒!」」
真緒の形相は必死であった。
美桜、アスカ、真琴はそのただならぬ雰囲気に気押され近づくこともできず、名前を呼ぶことしかできない。
「この場所って?」「あぁ、見覚えがある」「何をやるつもりだよあいつ⁉︎」「奏?」
翔、寛二、樹、斗真も真緒の行動に疑問はあるもののその行動を見守ることしかできないでいた。
「王国の一室ですね」
「だな。なにをやろうってんだ真緒嬢ちゃん⁉︎」
ハンクォーは何度も見たその一室をマジマジと見る。マグタスは視線を変え真緒を見据える。そこには唇をかみ全てを出し切る様である少女の姿。
空間の捻れは、コッコちゃんによって転移結界と王国の一室が繋がった状態となる。
「コッコちゃん。宰相を引っ張り出して!!」
「おやすい御用さ!」
真緒の目一杯あの大声である。これ以上は勝手をさせてはならないと魔人族の面々が動くが、コッコちゃんが許さない。
「邪魔するのは許さないよ。これは僕からのサービスだよ真緒。いっぱい怒られると思うからちゃんと慰めてよね」
「えぇ。もちろんよコッコっちゃん」
コッコちゃんの目が光るとオフィールを始め魔人族の動きが止まる。個々の時間軸を変動するという超越した力が発動。
「真緒、捕まえたよ」
「ここに連れてきて」
頷き返答した真緒が冷静に指示を出し、時の神の使い魔がそれに応じる。
たがて空間の中から、声が聞こえた。どこか遠くで聞こえているようで、近くに感じる不思議な距離感、慌てるような声が、捻れから発生した王国の映像より聞こえてくる。
「なんだ! どうなっているんだ!」
「——」
「いや、やめて~」
「動けぬ、誰か助けよ!」
コッコちゃんが小さな鼻をヒクヒクと動かすと、人族の国王を中心とした面々が不思議な空間を通り、転移結界内に、目の前に現れた。
「何が起きた! ここはどこだ⁉︎」
「——」
「皆さん⁉︎ ひっ! 魔人族⁉︎」
「どうなっているんだ⁉︎」
不愉快さを表すように王国の宰相バラビットが騒ぎ立てる。
王妃は目を見開きただただ不思議そうな顔をしていた。
周囲を見渡し、知った顔である。面々を見て眉根を寄せるのは人族の宝石と言われるレイ姫。
国王はよろけながらも、困惑を口にする。
現れた四名共に午後の茶会でもしていたように優雅な衣装に身を包んでいた。それが突如別空間に連れてこられ、当然のように困惑している。
当初の目論見では宰相のみであったが、どうしてかレイ姫と国王、王妃まで現れた。三人には関してはたまたま巻き込まれたのだろうと真緒は強引に結論づける。
それよりも今はやらなければいけない事があるからだ。
「あ——もう限界みたい。じゃあね。真緒。最後に少しだけ時間をあげるよ。ボクって優しいね。それから気を付けてね。この空間にはとても邪悪な存在が——」
頬擦りをしたあとコッコちゃんは消えていく。それと同時に空間も消え、目の前には人族の面々、その奥には魔人族がという位置関係となった。
真緒は覚悟を決める。ここからは私の時間だと。
「いい加減説明をしてくれ真緒嬢ちゃん、もう理解が追いつかないぜ」
「直ぐに分かります団長」
騒ぎ立てる王国の人族達。中でも宰相は乱心ともよべるほど騒いでいた。
「なんだこれは! この私を宰相バラビットと知っての行為か! どこだここは!」
バラビットは怒りを誰にぶつけてよいのかが分からず大声でがなり立てる。
「斗真様!」
レイ姫はドレスの裾を引きづりながら斗真の元に駆ける。魔人族の存在に怯えていた。
国王は王妃を守るように辺りを見渡す。王妃は国王に縋るようにただ立っていた。
「勇者殿? おぉ! それに団長に副団長もいるではないか? 皆、ここはどこだ、そもそも――なんと——」
バラビットは騒ぐのを止めようやく状況を確認していき、次いで勇者一行と魔人族を見る。目の前に敵がいるにも関わらず驚く様子を見せない。
「——宰相。全て解決しましたよ」
その声にバラビットが振り向く。そこには威風堂々たる奏真緒の姿であった。
「解決した——とは?」
数秒間のあとに真緒が答える。
「宰相の望む形で話し合いは終わりました。魔人族とは今後も良い関係で進めていけそうです」
真緒は笑顔を宰相に向ける。それは少女らしく、でも大人にも見える魅力的な笑顔。
宰相は小さく「——ほぉ」と漏らす。勇者を見て、次に魔人族を見る。魔人族の面々は動かずに立っていた。真緒の言葉を否定をする気配がない。
宰相は僅かに考えた素振りをみせた後、自身に納得をいかせるように頷いていく。
何度か口を開きかけ、ようやく真緒へと返答をした。
「では、貴殿らを魔王候補として向かい入れる。という認識でよろしいのかな?」
真緒の口角が上がる。
カマをかけ本命が食いついたといってよい。
コッコちゃんのプレゼントが見事にハマった形となる。
時間の流れが魔人族だけが違う。彼らだけが停滞している故に動けない、会話ができない。
だがそんなこと、つい先ほどこの場に現れた宰相が知るはずもない。
否定もしない。戦闘をする兆しも見せない。魔人族は真緒の言葉を手助けするには絶好の状態であった。
真緒の返答がないことへ宰相は眉根を寄せ次には首を動かし問う。
「オフィール。それでいいのだな? お前が勇者といるという事はそういう認識でよいのだな? というか、そもここはどこだ?」
宰相バラビットからは魔人族の中心人物の名が出た。返答はない。だが会話は聞こえているのだろう。
オフィールの顔は見た事がないほどに歪んでいた。
「さっさと返答をしろバカもんが! にしてもなんて強引な手だ。面子も問題がある。聞かせなくてよい者もいるだろうに、まったく——」
バラビットは一人文句を垂れ流していく。
それよりも全員の理解が及んでいない。
――魔王候補。
――そもそも敵である魔人族の名前を、どうして人族の権力者が知っていたのか?
「魔王候補ね。私もそこまでは読めなかったわ。でもこれで色々と繋がったわ――くそっ――眠る前に真相といきましょうか」
それはオフィールが抱える秘密と共に語られていく。
語り手は契約により眠気が極限まで高まった奏真緒。
「さて、ここまで来たなら邪魔はしてほしくないわ。いいわよね虹の魔女?」
プレゼントがまだ続いているが、雰囲気が変わり出していく。真緒への返答は当然無い。重く冷たい表情で目を伏せている。
上空の暗闇は七色とより密に混じり合い周囲に不気味さを届けていく。それはオフィールの心情を表しているように見えた。
真緒は己の頬を叩き、芯がある透き通った声で皆に告げる。
「真緒嬢ちゃん! 早く説明してくれよ!」
状況を見守っていたマグタスがもう我慢がきかないといった様子であった。
「団長はなにが聞きたいですか? と言ってもこれだけのヒントが出揃えばもう答えは明確だと思うけど」
「なにが聞きたいって、そりゃ全部だよ! 魔人族が人族に作られた存在とか、全て仕組まれたこととか、俺には何が何だかさっぱりだぜ! それに――」
マグタスは視線を動かす、つられて皆の視線も移動する。捉えた人物は肩を強張らせた。
「どうして宰相が魔人族の名を呼んでんだ⁉︎ それに魔王候補とか、もう頭が混乱しそうだ!」
マグタスの意見には勇者一行も同じ気持ちである。
現れた国王と王妃もただただ狼狽していた。斗真に抱きついているレイ姫も同じである。
「そのままの意味よ。私たちの異世界転移も、敵として作られた魔人族も全てが仕組まれていたことよ」
眠気が酷くなる。真緒は時間がない中で、最も適した言葉を選び続け。この物語の真相を語り出していく。
「――私の予想を含んでいるけど。真相はこうよ。長広舌が始まる」




