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性に合わない


 ――はッ! 喉が詰まった感覚に陥り、乱暴に呼吸をする。


「——良かった。ここまで戻ってこれたんだ。ありがとうコッコちゃん」


 周囲を見渡した真緒は肩にのるコッコちゃんの喉を撫でる。

 辺りは暗いが転移結界の暗さとは違う。テント内の暗闇であった。

 視線を移動させると美桜、真琴、アスカが川の字になり穏やかな寝息を立てていた。

 人族の領土に踏み入る前まで戻ることができ、ようやく落ち着いて息を吐く。眠気が来る前に直ぐに行動に移す。良策は浮かばないが皆に知らせなければならない。これから全滅するという事実を。


 だが真緒は唇をキツく結び、己の行動を止める。

 知らせたあと—— どうする? 敵という観点から見れば、どこに逃げようとも関係が無い。こちらの情報は筒抜け(・・・)なのだから。

 

 そもそもあの戦い自体に勝ち筋が見当たらない。敵とは圧倒的な実力さがある。加えて三木頭彗、曽我部嵐。そして黒幕の存在——。

 どうすればいい?


「あれっ⁉︎」


 真緒は違和感に気付き己の頬をつねる。

 

「おかしいわ」


 動揺がそのまま声となって出てしまう。そんな、まさか――真緒は慌ててテントを飛び出す。周囲は闇。篝火が焚かれており、交代生で周囲を観察する騎士の姿があった。

 特段不思議な様子はないが、真緒の焦りはより肥大化していく。自身のか細い呼吸が嫌に耳に張りつく。






 ――眠くない。






 時を戻す代償は自身のレベルが上がらないことと睡眠。

 

 ――どうして?


 日を跨ぐほどの時間を戻したとなれば、相当な眠気が襲ってくるはずだが、それが無い。


 ――おかしい。


「――コ、コッコちゃん?」


 震える声。精霊の定位位置である自身の右肩を見る。三毛猫の精霊の姿が無い。焦りでも動揺でも無い恐怖が真緒の心を支配する。


「み~つけた」


 聞こえてきたのは嫌な音色であった。その男を惑わす色香が込められた女の声はもう聞きたくないまである。虹の魔女の声が耳元でもう一度聞こえた。


「ふふ。やっぱり今までであなたが一番頭がキレるわ。一度発動してくれてたおかげで何とか対処できたわ」


 ——あの時、最初に時間を戻した時——気付いていたの?


 その言葉を告げる前に目の前の光景がぐにゃりと歪む。瞼に湯気を長時間当てたような言いようのない感覚。

 次には目眩に襲われる、天地が反転し目に見える全てが非現実の世界となる。


「斗真くん!」


 それらを打ち消したのは坂下美桜の酷く逼迫した声であった。


「そんな」


 目覚めは最低であり最悪であり絶望であった。また、あの空間に戻ってしまっていた。虹の魔女が担い手となった薄暗い世界。


「斗真くん!!」


 美桜がもう一度叫んだ。そこで真緒は青峰斗真を認識することができた。

 斗真の胸から腕が生えていた。三木頭彗の灰色の腕が斗真の鎧と体を貫通していた為、生えているように見えたのだ。


「残念だったわねお嬢さん。でも凄く良い手だったわ。本当よ。あのまま時間を戻されちゃう所だったもの」


「どこ、から――」


 真緒の絞り出すような声にオフィールは小首を傾げる。優等生のあなたなら分かると思うのにという。ある意味で認めた態度。


「そうね。全部本当よ。あなたの策略も、勇者様の一撃も、この転移結界が破れてあなたが時間を戻したのも。全部本当に起きたことよ。でもこの時間は、いまあなたが目にしてるのは、夢でも何でもない。そういった全てが無かった現実()。残念だったわね」


「―― ッ,――!」

 

 真緒というブレーンを封じたオフィールが仕切り直しをする前に、彗が言葉を漏らした。

 

「これで終わりか、なんか呆気なかったな。もっと苦戦すると思ったけど」


「彗! お前、ボクの獲物をどうして横取りするんだよ!!」


 斗真を見る彗の目は非常に冷めていた。元クラスメイトであり、カリスマであった斗真に少なからず羨望があった。羨望と同時に嫉妬もあった。だから斗真ならもっと楽しく殺せそうと思ったが、実際にはただの殺しとなにも変わらない。


「ウルテアがグズグズしてるからだろ。さっさと殺せばいいのにわざと遊ぶように戦ってるのが悪いんだよ」


 彗は斗真の体を地面へと投げつける。

 

「ウルテア。気持ちはわかるけど彗の言う通りよ。さっさと終わらせなかったのはあなたも悪いわ。時間を戻されていたらお嬢ちゃんは別の手段で私たちと対峙していたでしょうね。そうなると少し厄介よ?」


「そんなの、やってみなきゃ分かんないよ」


 ウルテアは納得がいかないようで地面を蹴りつける。その様子にオフィールは困ったように息を吐き出す。


「さて、彗、嵐。気が晴れたかしら?」


 二人は肩を竦めて返答を示す。

 拘束されていた、樹、真琴、アスカ、ハンクォーが解放される。集められた勇者一行は死んでいないだけで実質は全滅。美桜は必死で回復魔法を施すが追いつかない。それほど重症を負っているものが多すぎる。

 

「気分はまぁ、晴れたけどがっかりだね。勇者なんだからもっと期待してたのにさ」


 あからさまな落胆を見える彗は美桜を見据える、仲間を死なせない為に必死で回復魔法を使用し続ける姿は健気という言葉がよく似合う。

 

「あっ! 良いこと思いついたよ。いっそ勇者達を殺しませんか?」


 彗の顔が悪意に染まっていく。その言葉はオフィールに向いているが届けている相手は違う。


「待って、彗。私達の目的は――」


「別にいんじゃないオフィール。彗の言うことも一理あるよ。勇者なんてまた呼べばいいんだしさ、次の勇者はもっと強いかもしれないし」


 オフィールの言葉を遮ったのはウルテア。もう勇者一行には興味ないようで明後日の方向を見ている。


「待ってウルテア。それだと命令に背くことになるわ――」


「より強き者と戦えるのであれば、私はそれで構わない」


 オフィールの言葉を止めたのはレット。悪魔の力に魅入られる前であれば先の発言はなかったが今は戦闘を一番に考えるため、より強い強者を求めるようになった。


「私はどちらとも構いませんよ」


 流れをみてソネットが口を挟む。表情は本当にどうでも良いというのが見て取れる。


「嵐もそう思うだろ? 元クラスメイトがこんな弱いんじゃ情けないよな」


「ハハハッ! 彗がそうしたいならすれば!」


「じゃあ多数決ということで」


 彗の言葉は全て美桜に向いている。仲間達を殺されるという恐怖をあじ合わせるために。


「三木頭くん――」


 美桜が唇をキツく結ぶ。思っていた反応とは違う。だがそれもまた良い。彗の反応はそういったように見える。


「ありがとうよ、美桜嬢ちゃん。おかげでだいぶ回復したぜ」


 マグタスがゆっくりと立ち上がった。言葉は嘘だと一目で分かる。

 マグタスの外傷は酷い。いくら回復魔法で体力が回復しているとはいえ全回復ではない。それでもマグタスは立ち上がり。会話の流れを止める。

 レットは「ほぅ」と感心をもらす。


「ごちゃごちゃウルセェな、まだ俺たちは負けてないだろうが。お前ら立て! 敵が目の前にいるのに倒れてどうすんだ!」


 張りのある怒号である。

 マグタスらしく、力強く、仲間を鼓舞する大声。


「団長!」


 美桜は無理をしないでと叫ぶ言葉を止める。いや違う。マグタスの背中が止めさせた。

 

「そうだ! 俺らは負けてねぇ!」


 翔は槍を支えに立ち上がる。


「これからが本番だ!」


 寛二も戦斧を支えに立ち上がった。


「そうだぜ、こっからだぜ!!」


 樹は目に光が戻り、震える足で立つ。


「皆頑張るなら立たなきゃね」


 アスカが傷だらけの体を抱くように立つ。


「皆、私があいつらの動き、全員止めるから、その間にお願い」


 真琴の目にも光が宿り出す。上手く喋れないようで辿々しいが戦う意思ははっきりとある。


「皆さんだけに戦わせて、私が倒れるなどあってはなりませんね」


 ハンクォーが腹部の穴を押さえながら立つ。


「さて、反撃だぞ、立ってくれよ――」マグタスが視線を送るのはただ一人。合わせるように立ち上がった皆も視線を送り言葉をぶつける。


斗真(勇者)!」


「ははっ。お腹に穴が開いてるのに無茶させるよ。まいったな――じゃあ、やろうか!」


 勇者が立ち上がる。腹部に開いた穴がゆっくりと塞がっていく。斗真だけではない皆の傷も徐々に回復していく。

 絶望を目の前に誰も諦めていない。希望をうしなってももう一度挑めばいい。何度だってそうだ。諦めずに武器を掲げ敵を討つ。やることは至ってシンプルだ。

 勇者の一声で皆に活力が戻る。


「みんな!」


 美桜の回復もより反映されていく。

 戦うことができないが仲間を想うことは誰よりもできる。


「とはいってもそのまま戦ってもさっきの二の舞だ。とりあえずはこの空間をぶっ壊す。できるな斗真?」


 勇者は一度だけ肯く。

 絶対的な勇者のスキル「定められた勝利」を使用すれば転移結界は破れる。誰もがそれを信じている。

 時間が戻る前には一度はやり遂げたことである——といってもそれを知るのは真緒とオフィールのみ。

 

「よし、ここから出たらお前らは王国まで走れ、そして魔人族が襲ってきたことを国に知らせるんだ。総力を上げてこいつらを潰す」


「しんがりは私と団長で努めます。やれるだけやってみます。簡単に殺されるようでは騎士団団長と副団長の名折れですので」


 皆感じた。二人は死ぬ気だと。命をとして生かそうとしている。確かに、それが一番良い手といえる。

 再戦しても敗戦する確率が圧倒的に高い。であるならば王国まで逃げ切り総力を上げて戦うほうが勝算はある。だが、指示に従えば確実にマグタスとハンクォーは死ぬであろう。苦楽を共にした二人を見捨てられるのか? 


「斗真が必殺をぶっ放したらお前ら死ぬ気で走れよ! 返事はどうした⁉︎」


 マグタスの怒号が飛ぶ。

 これまで過ごしてきた時間がある。故に二人の思考が手に取るように分かる。ならば、やることは一つだけだ。


「ったく。二人して似合わない演技しちゃってさ」

「ちょっと翔ちゃん。そこは言わないのがお約束でしょ?」

「いや、アスカも淡々と言うなって、私を見習えってマジで」

「真琴はニヤついていたろうが、二人に失礼だろ。俺は胸熱だってのによ!」

「我も樹と同じだ、団長と副団長の言葉しっかりと胸に刻んだぞ」

「樹君と寛二だけは真面目に聞いていたもんね。私、感動したよ」

「坂下。ある意味トドメをさすような一撃だね」


 アスカ、翔、真琴、樹、寛二、そして斗真の言葉で返答は終わった。

 小気味良いやりとりであったがこの場では違う。死と隣り合わせの今は違う。決して緩んだ空気は見せてはいいけない。マグタスが怒鳴ろうとした時、皆の思いを代表して美桜が前に出る。


「初めて命令違反します。私達は二人も一緒に王国まで逃げ切ることを選択します。これは譲れません!」


 美桜の言葉には七名分の重みがあった。

 マグタスとハンクォーは顔を見合わせ眉根を寄せる。力をつけ生意気になってきたが、やはり子供の面が伺えた皆の顔がいつにもまして精悍となっていたからだ。

 幾多の試練を潜り抜けた者達だ、成長して当然である。仲間を犠牲にしてでも敵を倒すという考えはない。

 美桜だけではない。皆からは譲れないという意志がある。


「初めての命令違反がこれか。ったく」

「可愛げがなくなりましたね」

「そうだな!」

 

 マグタスとハンクォーの声にはどこか嬉しさが混じっている。


「良し! じゃあさっさと脱出して逃げるぞお前ら!」


「了解!」


 団長からの新たな指示は実にあいまいだが、それで良かった。命令違することなく満場一致となった。


「斗真、タイミングはお前に任せる。いつでも大技だしてくれ。ぶっ倒れても心配すんなお前を担いで逃げ切ってやる」



「ちょっと待って!!」



 ——斗真が了解と言い。聖剣を握り直した時であった。


 今まで沈黙していた真緒が皆の行動を止めた。


「その作戦を実行する前に少し、時間を頂戴——」


 まるで勢いを削ぐような真緒に仲間達は困惑の視線を送る。


「三木頭君、それと曽我部君もあなた達、どうせ分かってるんでしょ?」


 仲間達からすれば脈略の無い発言であった。

 何が分かっているのか? 説明をする気配も無く真緒は皆の先頭に立つ。


「委員長は本当に優秀だね。そこまで気付いてるんだ。なら分かるよね? お前達にはもう絶望しか無いってことが?」

 

「そうね」


 彗の言葉に同調する真緒に皆が驚く、いつも冷静だが心中では熱血な彼女らしくない諦めの言葉であったからだ。

 仲間達が心配の声を送る。それが真緒にとっては余計に辛かった。

 押し黙る真緒に彗は興味を変える。うんざりしたようなため息と共に指先を元クラスメイトに向ける。


「っていうかさ。さっきの熱血なやりとりなに? キモすぎ。もういいよ。お前ら死ねよ」


 底冷えするような声だった。増悪を固めたような、誰もが緊張で動くことを憚られた。


「これは全て仕組まれたこと! そうでしょ⁉︎」


 彗がゆらりと動いた時、全員が悪い予感に襲われ身構える。だが力を持たない真緒はそれができない。故に言葉で彗の動きを静止させる。

 だが真緒の言葉は彗には向いていない。オフィールに向けられている。

 虹の魔女は真緒を睨み「あなたが一番厄介なようね」と呟いた。仲間達は真緒の突然の言葉に理解ができない。

 それは敵側も同じであった。ウルテア、レット、ソネットは眉根を寄せ非力な少女を見つめる。妙な緊張感が漂うなか、一人笑い出す者がいた。


「ぶっはっはははっはははは! ここでいうのか委員長!! まぁ、でもある意味良いタイミングだったかもね。じゃないとオフィールさんの計画通になっちゃうし」


「オフィールの計画?」


 ウルテアが言葉と共にオフィールを向く。レット、ソネットも同様である。このやりとりで分かる。魔人族も一枚岩ではないことが。


「彗。あなた――」


「おお、怖い! オフィールさんそんなに怒っちゃ美人が台無しですよ。上手く隠したつもりかもしれないけど、こんな自転車操業じゃあいずれバレちゃうんですから」


 味方も敵もなくただただ混乱が増していく。

 その中で真実に気づいているのは二人だったが――。


「なるほどね。今の三木頭君の発言で確証を得られたわ」


 三人目となった。


「彗。オフィールさんの計画通りってなんだ? 俺は何も知らないぞ!」


「嵐はいいんだよ。難しいことは考えないで、俺の言うこと聞いてりゃいいんだ」


 彗の物言いに嵐は不満げに顔を逸らすが「なんだか腹減ったな」ともう別のことを考え出している。


「やっぱりあなたという存在がキーワードだったのね。虹の魔女? いいえもしかするとあなたも私たちと同じだったのかしら? 例えば——」



 ――元転移者とか? 



 ぞわりと、全員が空気が振動したのを肌で感じた。

 空が恐怖で濁り、大地が動揺しているような感覚。オフィールから発せられる圧力に誰もが息をのむ。軽口を叩いていた彗でさえ口籠る。それほどであった。


「ち、違うのなら、否定をしてほしいわ」


 真緒とて気圧されている。声は震えだし。足は力を抜けば一瞬で崩れてしまう。それでも意地がある。やられっぱなしは性に合わない。熱いバトル漫画ほど逆転が付き物だからだ。

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