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願いを込めて


 ――こわい。あの人達は普通じゃない。見ただけで分かってしまう。

 この世界に来てから多くの戦闘をしてきたけど、全くの別次元の存在に感じる。

 それでも皆は戦う。なら、私も逃げない。全力で皆を守る。そう、そう決めたんだ。

 彼のように、誰かを守れる存在に私はなる。なってみせる――。






「樹下がって!」


「くそがっ!」


 派手な戦闘が繰り広げられていた。

 直接戦っているのは樹と彗。全身に炎を纏う相手に対して、彗はお構いなしに素手で攻撃を受け止めていた。樹の炎は味方には害は無いが、敵にむかうと立ち所に業火に変わり塵も残さずに焼き尽くす。

 炎を纏った攻撃の初手は微弱な炎であった。姿が変わったとはいえクラスメイトに炎を向けるというのは思う節があったからだ。

 だが今は違う。灼熱の熱波を上げていた。それが彗に届いた瞬間に消え去ってしまう。得意技を封じ込まれた樹は、全力の炎を何度も放つが目の前で無効化される。


「な、なんでだよ!」


 樹は苛立ちながらも後退していく。

 炎だけではない。真琴の捕縛も同様である。何度も拘束を試みるが捉えられない。不可視の拘束は彗を拒絶するように一定の距離から真琴の制御を失ってしまう。


「ハハハッ! おい、彗。クラスメイトをいじめちゃダメだろ。っっていうか僕の補助が無くても全然勝てそうだね。ってあれ? 逃げてる奴がいるぞ彗⁉︎ ハハハッ! 僕はあっちに行くからね」


「さて、どうしてお前らの攻撃が俺に通じないか分かるか?」


 彗は去っていった嵐を無視して、二人に話しかける。


「委員長がどうしてお前らを向かわせたかは想像がつく。でもはっきり言って甘すぎ。そもそもさ、委員長も良い線までは頭が回ってるけどダメだね。全員が助かるなんてそんあママゴト戦略じゃあどうしようもない」


 彗の言葉に、樹と真琴は何も返せずジリジリと後退していく。


「まずお前らじゃ俺を倒せない理由一つ。俺がめちゃめちゃ頭が良いってこと、それが俺の力なわけよ。分かりやすく言うとさ。魔法とスキルを分解できるんだよ」


 饒舌になっているのが分かる。彗はいま力を誇示したくて元クラスメイトに圧倒的な実力を見せたくて仕方がない。

 嵐はそれを分かっているからこそ去っていく時、ハハハッと笑ったのだろう。


「さて、そろそろこっちからも攻撃するぞ。頑張れよ」


 彗の邪な笑みは深い闇のようであった。





「おらおらおらおら! どうしたよ勇者!」

 

 ウルテアの猛攻を斗真が受ける。今のウルテアの戦闘スタイルは傀儡子とはかけ離れている。

 不可視の糸を何重にも全身に巻き付け硬質の鎧に変え、攻撃には糸を重ね、束ね、大槌と化しそれを振るう。攻撃しても、糸の鎧が分厚く刃が通らず、糸の大槌を受ければ、鋼の棒で殴られたような衝撃が聖剣へと伝わる。

 ウルテアの攻撃はデタラメだが、攻撃を通さない糸のおかげで、縦横無尽に動き回っていた。


「斗真キュン! 離れて!」


 混戦する二人に割り込むようにアスカが分身を使い、両者の間に入る。物理で切れねば魔法を打ち込む。至極真っ当な戦略である。手の平で作られた風魔法が炸裂。


「効かないんだよ!」


 ウルテアが笑いながら反撃する。

 

「魔法も効かない、剣も効かない。どうする斗真キュ、斗真キュン?」


 ウルテアより距離を置き、問いかけたアスカは斗真の雰囲気に戸惑いが生まれた。


 ――ずっと笑ってる。


 命をかけた戦いである。それを本当に楽しそうな純粋な笑顔である。


「七海。ここは僕に任せて、他の所に行ってあげて」


「え? でも――」


「大丈夫! 俺は勇者だから。直ぐに追いつくよ。だから、皆を助けに行ってくれ」


「——う。うん。分かった。絶対無理しないでね!」


 アスカは斗真の言葉に従った。否、従うしか無かった。斗真からは否定を拒絶するように目を向けられたからだ。まるでお前がいると邪魔なんだよ――という目。怖くなった。クラスメイトであり、勇者であり、仲間である斗真に恐怖を感じ、その場を離れた。

 一旦は真緒の元に向かい指示を仰ごうと決めた。一度だけ振り返ると、二人は話しながら殺し合いをしている。離れた場所では内容までは聞こえない。戦闘はレベルの高い戦闘であり。獣同士の殺し合いのように見えた。


 アスカは戦闘においては特別強くないことを自覚していた。故に斗真が自分を遠ざけたのだろう。

 悔しさがこみ上げる。涙を流すのは違うと言い聞かせ歯を食いしばる。すると上空より何か向かってきていることに気付きナイフを構える。


「見っけた!」

「曽我部!」


 空より現れたのは元クラスメイトであった。 




ーーー




 アスカが去った方角を見てウルテアは口角を上げる。

 

「勇者は優しいな、チビ女を戦闘に巻き込まない為に遠ざけたか。チビ女は非力だからな。ボクと勇者の殺し合いに巻き込まれたら一瞬でミンチになっちゃうもんな。普通ならそう思うね――」


 なやましげな声で勇者に語りかける。ウルテアは楽しそうに笑いだす。

 

「でも違う。本質は別だ。ボクには分かるよ勇者。お前は殺し合いが楽しくてしょうがないんだろ? 勇者のくせに命のやりとりに興奮を覚えるとかとんだ変態だな! でも、いいね! 勇者が死にたがりとか最高に笑えるよ。お前の中で仲間の存在はちっぽけだ、お前とボクは似ているよ。殺し合いが好きな奴はそういう雰囲気があるんだよ。でもさ勇者、ボクとお前の実力は同等じゃないぜ! 見せてやるよ本気をさ」


 斗真は無表情であった。その表情はどんな心境によってなったのかは分からない。

 ウルテアを守っていた糸が徐々に解けていく。槌もしかり、形を失いただの糸に戻り本来の傀儡士のスタイルとなり、五指の指先から伸びる糸は地中に深く埋まる。


「さぁて、どっちの勇者(・・)が強いかな~」


 腕を振り上げると、地中より人形が現れる。ウルテアは残虐という言葉を当て嵌めたような笑顔で傀儡を操る。

 二体の人形はどちらも、豪華な鎧と見るからに業物である剣を握っていた。

 右手で操られる人形は、頭が白髪であり、顔にも深いシワがある。だが人形とは思えぬ眼光。口髭を蓄える顔には堂々とした風格がある。白色の鎧を基準とした老齢の男。

 左手に操られているのは若いすぎる人形である。子供かと思えるほど若く、背も低い。先ほどの人形と比べれば祖父と孫ほどである。少年なのか少女なのか判別不能の顔には似合わない蒼穹色の鎧。構える剣は体よりも大きい。


「どっちの――ってことは。歴代勇者なのかな? へぇ、面白そうじゃん」


 唇を舐める斗真の顔は勇者のソレとは随分離れていた。





「ぬるい! ぬるいぞ!」


「ぬぅぅぅぅああああああ!」


 マグタスの大剣が振られ、豪腕たるレットの拳が迎え撃つ。かち合うと拮抗はせず、大剣が力負けして押されてしまう。


「くぞがぁぁぁぁ!」


「戦士としてのその覚悟だけは認めてやろう! だがそれでは私はを倒せんぞ!」


 力で押されたマグタスがもう一度全体重を載せ攻撃に転じる。レットならば正面から撃ち合っても負けることない。だが徹底的に実力を見せる為にも、型を使用する。

 振るわれた一撃を数ミリの範囲で躱し、懐に潜り込む。レットの肘がマグタスの顎を捉える。流れるように二手、三手と攻撃が繰り出された。裏拳、掌底、膝、拳の連打。


「かッ――くそったれ!」


「むぅ。少しやりすぎたか。奴との再戦前に良い練習となった」


 猛攻を受け、マグタスが血反吐を吐く。目は虚になるが戦士は死んでいない。倒れかける体を強引に止め、一撃を振るう。それは荒々しいマグタスの剣筋とは違う流れるような一手であった。

 レットは異なる剣筋に驚きを見せ回避が遅れた。


「ほう。血を流したのはあの日以来だ。やるではないか」


「嫁から教わった剣術をここで披露するのは癪にさわるが、今は仕方ねぇ!!」


 レットの首筋から血が流れる。全身が筋肉の鎧と化した男に傷を入れただけでも大したものである。

 マグタスはにやりと笑い大剣を掲げ、挑発する。その姿は、あの日の、大きな屈辱を思い出した日と重なり、レットは歓喜の咆哮を上げた。





「こいつ! チョコマカと!」


「貝塚、これでは不味いぞ!」


「分かってるよ! って、石巻そっちに行ったぞ!」


「ぬぅおおおおおお!」


「はい、ハズレです」


 寛二が振り下ろした戦斧は目標を捉えきれず、ただ地面へと突き刺さる。

 本来なら直進していたソネットの体を両断するはずであった。


「おっと、殺してはいけないんでしたか、ですが厄介なので立てなくしましょう」


 だが、ソネットは己の影に入り込み、一撃を回避、次には寛二の影より現れて、大釜を振るう。

 途中で気付き、攻撃の角度を変え、膝部分を斬りつける。


「ぬぅ!」

「石巻!」


 翔が軽技を活かし、ソネットに穂先を向けるが直ぐに躱され、影の中へと潜り込まれる。


「くそっ、またかよ!」

 

 容易く躱されてしまう。相性が悪いと言えばそれまでだが、戦いにおいて相性が悪いから相手を変えるということなどできない。

 翔と寛二はソネットに翻弄され続ける。





「綺麗な花だわ」


「それはどうも」


 また別の場所ではハンクォーとオフィールの戦いが繰り広げられていた。


 七色の魔法陣がオフィールの背後で派手に動く。

 その様は、俺にヤらせろ! 俺にあいつを殺させろ! と騒ぎ立てるようである。


「ふふ。この子達も随分とはしゃいでいるわ」


 虹の魔女がそっと後方に視線をやれば、魔法陣の動きはピタリと止まり。弧を描くように綺麗に並ぶ。まるで主従と奴隷の関係だ。

 息を吐くハンクォーの顔は痛みで歪んでいる。脇腹に穴を空けられた為である。

 

 ハンクォーが細剣を振るい花を咲かせる。

 大量の華による一撃は拘束もできれば、相手を殺すこともできる。実に多彩な技を持つ華剣士である。だが相手が悪い。何せ相手は人族で最も偉大とされた大魔女である。


 ハンクォーの華に対抗するように桃色の魔法陣が全面に現れ、巨大化する。

 魔法陣からは、何かの生き物のような叫びが聞こえる。それはどうにも耳障りであった。叫びが止むと、魔法陣が一度光る。桃色に光った直後に誘導放出による光増幅レイザービームが華を焼き払う。魔法と呼ぶには少々困難なその光に、ハンクォーが押されていく。次々と華を焼き切る桃色の光。


「ぬぅぅぅぅんんんん‼︎」


「桃色の子の一撃を受けても立てる胆力は評価に値するわ」


 オフィールがスッと指先を向けると、より強い光がハンクォーの鎧を砕き、脇腹を焼き穴を空ける。苦痛に歪むが足をつけることはない。騎士としての矜恃が彼を奮い立たせる。華を盛大に発生させ桃色の光を押し返す。


「咲け華たちよ!」

 

「凄いわ。じゃあ、この子はどうかしら?」


 銀状が振られると桃色の魔法陣は縮小し背後に移動する。その刹那に大量の華がオフィールを包む。ハンクォーは細剣に力を込め必中を放つが、可憐な華がどんどんと腐り地面に落ちていく。


「あら? 私に一撃を入れるなんて誇ってもいいわよ」


 頬から流れた鮮血を指で拭い。ゆっくりと舐めとる。側には灰色の魔法陣が展開されていた。他の魔法陣とは雰囲気が違う。どうにも直視をしたくない危機感のようなものをいだく。


「気を付けてね騎士さん、この子ってば魂まで溶かしちゃうから」


 灰色の魔法陣が大きくなり、オフィールが指先でなぞると、言葉通りとなっていく。

 先ずは地面が溶ける。次いで城壁が溶ける。掲げた旗、無造作に転がる武具馬具も溶け出す。ただ溶けるのではなく、おどろおどろしく溶けていく。この世全ての絶望を受け、もがき、あらがい、呪うように、固形からゲル状へと変化していく。

 不味いと思う間も無くである。ハンクォーの鎧が溶けだす。華を集め、空中へと逃げるが、その華もすぐに溶ける。

 やがて、闇夜すらも溶かそうと灰色の魔法陣がぐるぐると回りだす。





 ――美桜の消耗が激しい。

 

 真緒の独白がそのまま焦りの裏付けとなる。祈りを捧げる美桜は皆の回復を一手に担っている為、額に浮かぶ玉のような汗、僅かに震わす体を見れば方々(ほうぼう)に散っている仲間達の激戦を物語っている。


 非力な少女である真緒が使えるのは思考のみである。

 その思考が定まらぬうちに左側より轟音がこだまする。石畳が激しく割れ、城壁が破壊される音。騒音の正体が真緒と美桜がいる場所にやってきた。


「どうした! それでおしまいか!」


 マグタスとレットである。

 レットの体はさらに大きくなっていた。それこそ筋肉が鎧のように張り出し、その異形たる容姿はより不気味さが増していた。

 頭部を掴まれたマグタスの手足は力なくだらりと下がっている。よほどの激戦があったのだろう。鎧は全て砕かれており、体中には無数の傷が見えた。


 ――ふん。レットとつまらなそうにマグタスを投げ出す。

 仰向けに倒れるマグタスに意識は無い。白目を向きか細い呼吸を繰り返している。腹部は抉れ、生きているのが不思議な状態である。 


「団長!」


 美桜がマグタスに駆け寄りすぐに回復魔法を施す。真緒も名を呼ぶが返答はない。


「ふん。他愛ない。他ももうすぐ終わるか?」


 レットの言葉に合わせるように方々からも激戦の音がなり、やがて終息していく。


「なんだ、一番ノリじゃなかったんだ」

「はははっ! 彗は負けず嫌いだよね」


 土煙の中から彗と嵐が現れた。


「っそ、そんな――」


 真緒の声にならない声、喉を詰まらせ。悲痛な表情となる。それを捉えた彗は快感にうち震える。

 彗の背後には薄汚れた十字架が二つ浮いており、そこに樹と真琴が貼り付けにされていた。意識はあるようだがどこかおかしい。虚な目には何も映し出されていない。目立った外傷がないだけに妙に恐ろしい。樹と真琴の口がゆっくりと動く、声は出ていないが口形が「に、げ、ろ」となっていた。

 

 彗の横に移動する嵐。ズルズルという音が発生。

 引きづられているのはアスカである。髪を掴まれ無造作に持ち上げられる体には暴力のあとが目立った。


「言っとくけど、こいつから先に手を出してきたんだからな。だから仕方なく殴ったんだ」


 アスカの顔は痛ましい状態であり、嵐はそれを見て盛大に笑い出す。


「あらあら皆。早いわね。少し楽しみすぎちゃったかしら?」


 次々と現れる魔人族と次々とやられる仲間達。

 空より現れたオフィール。側には巨大な槍。巨人の武器と言っても不思議ではない大きな槍は、さながら神の扱う武器の如く。槍の先端にはハンクォーがいた。腹部を貫通した穂先は鮮血で染まっていた。

 かろうじて動くところを見るとギリギリ生きている。


「みん……な!」

 

 美桜が必死に回復魔法を施す。そのおかげで命を繋ぎ止めている。

 息つく間もなくまた増える。物陰の影よりソネットが現れる。付随して現れたのは翔と寛二。


「オフィール殿。私は一人で二人も相手したのだから褒めてほしいですね」


 枝のような細い腕で、寛二と翔を持ち上げながら登場した。

 鎧は砕かれ、体からは無数の出血している二人は気を失っている。ソネットはあくびをしてやり過ごす。二人の相手はまるで赤子の手をひねるのと同じであると伝えているようだ。


 いよいよ、王手をかけられた――否、まだだ、ここには勇者がいない。

 闇を裂き、希望を切り開く勇者。絶対的不利でも諦めずに争い、状況をひっくり返すのが勇者である。


「あはははははは! やっと本性を出したな勇者! いま最高に楽しいだろ!」


「あぁ! 最高に楽しいよ!!」


 大きな破壊音と共に土煙が上がる。そこには傀儡士と勇者が嬉々とした表情で殺し合っていた。

 

 傀儡士の操る人形の攻撃を躱し、聖剣が振るわれる。糸を操り一振りを防御するウルテアは流れるように腕を引くと、人形の猛攻。

 斗真の頬や額に鮮血が滲む。勇者は何が面白いのかずっと笑っていた。

 人形二体の攻撃は激しく、全てを躱せず鎧を砕くがそれでも勇者は前にでる。

 

 激しい攻防は息つく暇がない。斗真の流れるような攻撃を人形が捌く、人形の攻撃を斗真が受けつつ攻撃を繰り出す。死と隣り合わせの攻防を互いに楽しんでいるようである。

 余波で建物がどんどんと破壊され派手に続いた戦闘は周囲の静けさと反比例していく。


「青峰くん!」


「ウルテア!」

 

 真緒が勇者の名を、オフィールが傀儡士の名を呼ぶと両者は離れていく。

 

「ウルテア。楽しみすぎよ」


「だってさオフィール。あいつやっぱり異常だったよ」


「青峰君」


「無事なのは奏と、坂下だけか」


 魔人族は全員が無事であり、樹、翔、寛二、真琴、アスカ、ハンクォーが囚われの身となっている。被害は大きい。無事なのは斗真と真緒と美桜だけである。マグタスはなんとか一命を取り留めている。


「他愛ないな。勇者以外はハズレということか」


「おいレット、言っておくけどボクは全力を出してないよ。勇者の遊びに付き合ってやってるんだ」

 

「へぇ、言うねぇ。魔人族」


「落ち着いて青峰くん。今きみを失うわけにはいかないの。戦うのは待って頂戴!」


 ウルテアの挑発に斗真が乗り出すが真緒が必死に止める。


「頼もしいわね勇者様。魔人族になったらその力を存分に扱ってください。負けた皆も気にすることはないわよ。今は力が弱いかもしれないけど、彗や嵐のように魔人族になればより強い力を得ることができるわ」


 まるでこれから先、斗真が――全員が魔人族になるとでも言わんばかりである。

 確かに今は絶望的な状況である。ここから逆転は難しいだろう。先にあるのは魔人族になるという未来。


「なるほどね。こうやって育ってきたら魔人族にされちゃうわけか。随分と安い幕引きだったわね。——三木頭くん。もと(・・)クラスメイトのよしみで教えてくれても良かったんじゃない?」


 彗の眉がピクリと動く。本人は隠しているつもりでも僅かな動揺が浮きでた。当然に真央は見逃さない。視線が僅かにに左下に向けられたことも当然に見逃さない。


「ふぅん。さすがは委員長だ。気付いてたんだ?」


「たった今だけどね」


 もとクラスメイトという言い方をしたことが、どんな意味合いであるかが明確になる。


「真緒ちゃん?」

「奏?」


 真緒の言葉の意味を理解できず美桜と斗真は揃って困惑していく。真緒からすれば——そりゃそうよね。私も同じ立場なら同じ反応をすると思うし——。

 そんな二人に視線を送る。美桜を見た後に斗真を見る真緒は仲間内でしか分からない合図を送る。


「でもさ、委員長。本質はソコじゃないんだろ? 目論みは分かってるよ。皆の回復か、それか別の何かを待っているんだろ?」


 その機微を見通すのが彗である。真緒にできることは少しでも時間を稼ぐこと。皆の回復の為と、勇者の一撃の為に。


「俺ってさ頭良いから分かるんだよね。回復はフェイク、だとすると。ここから起死回生の一撃――」


「青峰くん!」


「――定められた勝利ディオース・セイリヴァーン!!」


 勇者の最大スキルが繰り出される。

 それは死地を、皆を、何度も助けたスキルである。

 世界でただ一人、勇者のみが使用できる。どんな敵も、どんな相手も、どんな魔も白色の光に包まれれば滅びる技である。

 

 何者も汚すことない純白の光。その名の通り勝利を約束された一撃。それは決して対敵だけとは限らない―――――大きな破裂音であった。


 耳がおかしくなるほどであり。億単位のガラスを同時に割ったような、ともすればトラウマを植え付けられる程の音の暴力。それは、オフィールが発動していた転移結界を消し去った音である。

 真っ暗な闇の空間が割れ、青空が見えた。真緒の目に希望が宿る。青空から視線を落とせば、建物が見える。人族の領土である。

 転移結界に綻びが出たということは通常の空間に戻れたと同義である。真緒は確かめるように右肩にある感触に触れる。

 

 ――やってくれるわね。


 安堵をするヒマもない。視線をさらに落とす。白光の余韻で目が開けられぬほどの眩しさ。

 それでも気配は感じた。狙った獲物は逃さないという怨念ともいえる畏怖。勇者の一撃を、必中でも死なない大魔女の存在はただただ恐ろしい。


「美桜! 斗真くん!」

 

 返答は無いが。皆が瀕死であるならばやることは一つだけである。


「コッコちゃん!」

「任せて真緒!」

 

 真緒は祈った。一ヶ月でも、三ヶ月でも、一年でも眠ってもいい。だからこの世界に来る前のあの頃にまで戻りたい。

 時を戻す能力が発動。

 ぐにゃりと空間が歪むと同時に真緒は目を閉じた。

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