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突然


「真緒! 良かった。間に合ったんだね! はぁ~よかった~」


「コッコ、ちゃん⁉︎」


 時を操る神の使いである。精霊コッコちゃんが目の前に浮いていた。

 三毛猫の雄でやや特徴的な顔。ありていにいえばブサ可愛い子猫である。


「ばか、ばか、真緒のばか。真緒が死んだらボクは悲しいんだからね。ボクがいないのにどうしてあんな無茶するのさ、それから、それから――」


 真緒の胸に飛び込むコッコちゃんは責める言葉を言い続ける。困りながらもコッコちゃんの喉元を撫でるとコロコロと音が聞こえてきたので、そのギャップに真緒は思わず笑ってしまった。


「ここは――」


「ここは、異次元の時間軸だよ。本来は存在しないけど、無理矢理作って真緒の意識を引っ張ってきたんだ。こんな強引なやり方、神様に怒られちゃうよ、うぅ~。真緒を助ける為にいくつも禁忌を破ったんだからね! 怒られるのはボクなんだからね!」


「ありがとうコッコちゃん。大好き」


 プリプリ怒るコッコちゃんが愛らしくなり、真緒は精一杯の謝罪を伝え小さな体に頬擦りをする。怒りながらも嬉しいようで、コロコロという音は余計に大きくなっていく。

 真緒は周囲をみる。あの風景である。オフィールが作り出した心象風景。転移結界の中。闇の中で月明かりと、旗を燃やす炎が光源となっている。

 

 前方には虹の魔女、側には、祈りを捧げる美桜の姿。親友の無事にホッと一息吐いた。

 左右は、毒沼の湯気と炎の壁である。おそらく戦いが始まって直ぐの時だと予想される。


「ごめんね真緒。本当は人族の領土に踏み入れる前まで戻してあげたかったけど、できなかったよ。この空間はボクを拒絶しているんだ。あぁイヤだイヤだ」


「十分よ。ありがとうコッコちゃん」


 指先で喉を撫でるとまたしても小気味良いコロコロ音に真緒の頬が緩む。

 

 ――パキリ。と空間に亀裂が入った。


「あぁ、せっかくの真緒との時間なのに。真緒、ボクはもうこの空間に弾かれちゃう。真緒の力になってあげられない、ごめんね。真緒、この空間から抜け出せれば直ぐに真緒の元に駆けつけるよ。絶対に会おうね! 約束だよ。無茶しないでね。それから本当に困ったら、どうしようもなかったらボクを呼んで! この中で時間を戻すのは無理だけど、真緒と前に話したアレ(・・)ならできるかもしれないから。でもその場合は——」


  言葉の途中でコッコちゃんは消えてしまう。契約もせずに時を戻してくれたのだろう、眠気がないのがよい証拠だ。相当に無茶をしてくれたのだろう。


 ——バキリ、バキリと亀裂が大きくなる。


 コッコちゃんの必死な様子を見ればどれだけ危険な状態であったのかが分かる。

 両頬を強く叩くと、コッコちゃんが作り上げた異次元の時間軸が壊れ、オフィールの作り上げた世界に立つ。

 

 ――直ぐに聞こえる戦闘音。美桜は回復魔法を使用している。皆が傷つき闘っている。

 頭の中でまた熱血アニメのオープニングが流れ出す。同じ失敗は許されない。真緒は再び考える。最適解が見つかるまでひたすら繰り返す。




「あら?」


 時間が戻ると同時にオフィールが首を傾げる。

 眉を潜め僅かに不可解な顔となる。どこか妙な気配はあるが差して気にしなくても問題ないだろうとオフィールは意識を切り替えた。 


「余裕ってわけね」


 真緒に睨まれていることに気付き、微笑で返す。

 ここからミスは許されない。コッコちゃんが無理をして助けてくれなければ、先ほどは死んでいた。そう考えると身震いが起きた。


 ――不味いわね。


 この戦いの黒幕を知った真緒は、あれこれと考えるがどうにも良い手が浮かばない。


 ――考えろ! 今の私にはそれしかできない! 


 真緒とオフィールは長い時間見つめ合っていた。どちらからも問いかけること無い。


 ――暴くタイミングは見誤らない。今後のことも考えなければいけない。せめて黒幕が一枚岩じゃないことを祈るばかりね。

 

 真緒は視線を左右に転じる。黒幕を探るが当然に姿は見えない。

 落ち着きない様子の真緒にオフィールが首を傾げる。その仕草は困った子を見つめる慈愛のようだ。

 

「皆さん無事でしたね」

「よし! 残りの一人をさっさと片付けるか!」


 思考が一時中断されたのは左右から仲間たちが現れたからだ。ハンクォーとマグタスが皆を伴って真緒の元まで駆け寄ってきた。

 

「みんな! 良かった」


 回復役に務めていた美桜は立ち上がり仲間達の無事に安堵する。


「美桜のおかげだよ~ありがと~」

「本当だよ、美桜あんがと」


 美桜に抱きつくアスカ、真琴も近づき感謝を伝える。

 翔、寛二、樹。斗真も美桜の回復に礼を言い、前方を見据える。


「お前ら! 敵が目の前にいることを忘れねぇみたいだな! 成長したな、感心だぞ」


 直ぐにオフィールへと向き直る皆に、マグタスが満足気味に頷き、同じように大剣を向ける。


「あら? レットとウルテアが負けてしまったのね」


 少しも焦った様子のないオフィールの態度。真緒はこれも想定済みなのねと舌打ちをした。


「こっちがフルメンバーだってのに余裕だね。身動きできないくらいに捉えてやろうかしら?」


「ここは我のロリ分身でさらに数を増やすのもありありの有り」


「いや、ここは俺の最速の槍で一突きがありありのありの有りだ」


「いやいや、ここは我が戦斧の一撃で決着をつけるのがありありのありのありの有りだ」


 真琴とアスカの会話に翔、寛二が賛同する。


「斗真が斬った手も元に戻ってやがる。全員のMAXスキルブッパでぶっ潰してやる」


 吐き捨てるような樹の言葉通り。斗真によって切り落とされたオフィールの手首はいつの間にか元にあったように健在していた。


「合格ラインは突破したと思って良さそうね」


 オフィールが胸の前で両手を翳すと、目の前の空間が螺旋を描く。

 螺旋は黒色と銀色であり時折神秘的な白色が眩く光る。まるで宇宙のような壮大さに満ちていた。


「来るぞ!!」


 マグタスの怒号と共に、螺旋に目を奪われていた数人が武器を掲げ、戦闘準備に入る。

 小宇宙の中心より現れたのは一本の杖。虹の魔女専用の杖は十字架のように見える。至ってシンプルな武器だが、一人、虹の魔女を知る者は不安を顔に出してしまう。

 副団長という立場を考えれば、それは許されないがそれでも魔女が手にする絶望に心が負けてしまった。


「皆さん。数で押し切れるという考えは捨ててください」


 ハンクォーからはか細い呼吸が繰り返される。

 戦いを諦めたわけではないが、それでも皆は困惑する。


「あの杖は神殺しと評された古代兵器の一つです」


 ハンクォーの説明は要領を得ていない。何がどう危険なのか? どうして数で押しきれないかを語っていない。ただ、神殺しという不遜な単語が嫌に耳に残ったのは確かだった。

 

「ハンクォーさん。虹の魔女と私たち全員が戦ってかてる確率はどれくらいですか?」


「それは――」


  真緒の質問にハンクォーが答えかけた時、オフィールは上空を見つめ呟いた。


「あら⁉︎ どうやら乱入者がいるようね」


 戦闘の数秒前にも関わらずオフィールは困ったような顔になる。上を見続けたまま腕上げ——パチリ——と指を鳴らした。次の瞬間、灰色の空が割れた。

 自らの心象風景を表した空間にヒビが入るという事は、この世界が破られるということだがオフィールは呑気な態度でそれを眺めていた。何故なら割れたというよりは割らせてあげたという感覚が近いからである。


 割れた空からは、明るい日差しが見える。空模様はこの空間に飛ばされる前のよく晴れた青であった。

 青空が見えたのは一瞬だけであった。転移結界は直ぐに割れた箇所を修復。巻き戻し映像のように、青が灰色へと変わり、また転移結界が完成した。


 灰色の空から何かが飛来していた。高速での移動であり視認は困難である。飛んでくるソレ(・・)はオフィールと勇者一行の間に、勢いのあるまま着地した。


「ふぅ〜。やっと着いた」


 介入者が第一声を発した。その声はどこか聞き覚えがあった。


「そうだね。ハハハハハッ!」


 一人が喋り、もう一人が答えた。

 どうやら二人のようだ。二人の姿はいまだに確認できない。上空からの着地によって地面からは微粒子の埃や砂が煙のように舞い姿を隠している。

 二人の会話はどこか調子が外れている。一方の言葉にが哀愁が漂っており、もう一方はただただ明るい声で笑っていた。

 

 オフィールがスッと指先を空に向けると微風が発生。煙を上方にやり消していく。

 そうして侵入者の姿が見えてくる。その姿は闇が阻みよく見えないが頼りない赤色の光源が照らし出す。侵入者二人を見た勇者一行は息をのむ。呼吸を忘れるほどの衝撃を受けたからだ。

 

「皆、久しぶり」


 侵入者は慣れた様子で勇者一行に挨拶をした。まるで旧友に会うかのように。


「へっ⁉︎」


 翔は困惑して、間抜けた声を出してしまう。


「な、なんと!」


 寛二も唐突な事態に二の句が言えない。


「お、おい! 斗真、アイツって」

「あ、あぁ。間違いない、と思う――」


 樹は自身の考えが間違っていないかのように斗真に尋ねる。

 斗真は確信がもてず言葉尻が濁ってしまう。


「ま、真琴? これ夢じゃないよね?」

「アスカ、私も今、同じことアンタに聞こうとしてた」


 真琴とアスカもお互いの認識を確認し合う。


「さすがに想定外だわ」


 真緒は何も言わずに侵入者を見つめる。その変わり果てた容姿につい目を反らしてしまう。


「そ、そんな――」


  美桜も皆と同じように驚愕を表す。

 言葉にならない。侵入者に見つめられるが何を言っていいか分からない。思考が混乱しているのを自覚できた。


「団長もハンクォーさんも久しぶり。その節はお世話になりました」


 哀愁を漂わせていた一人はどうにも捉え所のない挨拶を送った。


「お前ら——」

「あなた達——」


 マグタス、ハンクォーも言葉が無い。

 一行の反応を鼻で笑う侵入者は顔を動かし勇者達が対峙する相手に向かう。


「酷いな。パーティーがあるなら呼んでほしかったのに、こっちは待ちに待ってたのにさ」


「ハハハハハハッ! 待ちくたびれたくらい。ハハッ!」


 よく喋る侵入者の一人がオフィールへと話しかける。雰囲気を見ただけで顔見知りだと言うのが分かる。 もう一人の侵入者も大仰な態度で笑い出す。


「ごめんなさいね。あなた達にはサプライズとして登場してもらう予定だったのよ。その方が盛り上がるとは思わない?」


「まぁ、確かにね――」


  納得はしていないが、まぁ許してあげる。侵入者はそんな態度でオフィールに答える。


「どうして?」


 美桜の言葉である。声はいまだに震えている。勇者一行の誰もが思っていたことを美桜が口にした。


三木頭(みきとう)君、曽我部(そかべ)君。どうして――そんな――」


 美桜はそこからの言葉を言えない。動揺で正常な思考ではないからだ。

 

「坂下さん。僕と嵐のこと覚えてくれていたんだ。嬉しいな~。それだけでここに来た甲斐があるよ」


 言葉を向けられた二人は、クラスメイトであり、同じ転移者であり、大転移の日に姿を消した、三木頭(けい)と曽我部(あらし)の二人であった。

 久しぶりの再開である。本来ならば手と手を取り合い喜ぶはずだが、その気配は皆無である。元クラスメイトに信じられないといった様子で視線を送り続ける。


「そんなに見詰められると困るな。なぁ、嵐?」

「ハハハハっ!。まぁ少し見た目が変わったから。皆驚く気持ちもわかるけどさ! ハハッ!」


 正確に伝えるならば、元人間であった三木島彗と曽我部嵐を見つめていた。

 二人の肌は灰色となっている。


「その格好で俺達の前に現れるってのが、どういう意味かわかってるのか?」


「ははっ! 団長は相変わらず声がデカイな。そんな凄まなくたってちゃんと意味は分かってるよ。俺、あんたより頭良いつもりだからさ」


 マグタスの問いに嘲笑気味に答えたのは彗。

 言葉尻と共に、己の頭を指で2度ほど叩く。挑発したような仕草の終わりには頭部にある一角を撫で始める。


「ハハハハっ! それにしても立派になったね。ハハっ! 顔付きが違うもんな。皆で困難を乗り越えたんだね。良いな~。羨ましいな~。ハハハ! こっちは魔人族に変えられちゃったのにさ」


 言葉と連動するように嵐の腰回りにある蝙蝠に似た羽がパタパタと動く。

 そのままの意味である。仕立ての良い衣装に身を包んだ元クラスメイトは、元人間であったはずの三木島彗と曽我部嵐は魔人族となっていた。


 灰色の肌に、頭部の角、腰にある蝙蝠に似た羽。どれをとっても魔人族の容姿である。

 当然の再開に驚くよりも、魔人族になったクラスメイトにどう声をかけてよいか分からない。衝撃を受けたのはマグタスとハンクォーも同じである。


 何故? どうして? 何があった? それが聞けない。


 赤い瞳孔となった彗の目が、勇者に向けられ、樹、翔、寛二、アスカ、真琴、真緒、美桜で止まる。舐め回すような視線に美桜はたまらず後退する。その視線の熱量はクラスメイトに向けるものではない。

 

「相変わらず綺麗だね。坂下さん」


 言葉の節には、強欲が感じられた。


「ハハハハッ! 彗!」


「分かってるよ嵐。俺がお前を裏切ると思うか?」


「ハハハっ!」


 二人からは強い絆を感じた。それが、恐ろしくも感じた。

 先ずかな時間が流れる。本当に僅かな静寂。そこでようやく虹の魔女が口を開く。


「もう。二人のせいで私の計画が台無し。もう少し待っていてくれれば最高の演出で合わせてあげられたのに」


「ごめんなさいオフィールさん。皆に会えると思ったら我慢が効かなくて、それに――」


 彗の返答は実に柔和であったが、言葉と共に雰囲気が変化していく。それを感じ取ったオフィールもスッと目を細めた。


「ありえないけど、万が一オフィールさんが裏切ったら。ってことを考えたら、居ても立ってもいられなくなってさ」


 睨み合いではなく見詰め合うオフィールと彗。

 見えない応酬が交わされる。虹の魔女にも引くことのない慧の胆力は人間であった頃とは別人だ。

 勇者達は困惑する。魔人族となった彗と嵐は敵なのか味方なのか?

 見詰め合う二人を他所に、嵐が勇者一行に言葉を向けた。


「ハハハッ! 皆いい感じで強そうだね。斗真が勇者だっけ? いいじゃん。それ聖剣? ハハハっ! その鎧も勇者だから装備できるとかいうやつ? いいな~。それさ、俺にくれよ」


 人間の時と同じように少し肥満気味の体型の嵐、魔人族になっても憎めない顔立ちをしていた。それが語尾と共に一瞬で変わった。変貌した。目が吊り上がり、口元も裂ける手前まで吊り上がる。見えた歯は全てが牙となっていた。

 雰囲気が変わった嵐はまるで化け物の如くであった。

 斗真は背筋に汗を流す。ナイフの切っ先で優しく肌を愛撫されるような、どこか捉え所のない恐怖であった。


「曽我部、お前! その、あの――」


「プッ! アッハッハッハッハッハ!」


 二人の間に割り込んんだ樹だが上手く言葉が見つからずに語尾が消えていく。その様子に嵐が笑い出す。


「ハハハハッ! 樹、お前ってさ、典型的な陽キャだったよね。ウェ~イみたいなノリで絡んでこいよ。にしても、ちょうど狙ってた面子で良かったよ」


「あん? 何だよ狙ってた面子って!」


 挑発したような態度に樹が声を荒げるが、嵐はもう興味ないとばかりに視線を逸らしていた。

 視線の先には美桜、真緒、真琴、アスカがいる。興奮気味に鼻息を出す嵐に「おい!」と樹が詰め寄り出す。斗真が止めようとするが、それは遅く、嵐を睨むように立つ。


「ハハハ! こっちは揉め事をしにきたわけじゃないんだ。どうしてもって言うんなら、相手してもいいけどさ? ハハッ!」


 樹の態度に嵐が答える。先ほどから何がおかしいのか終始笑い続けているが、彗と同じく仄暗い赤色の瞳がギラリと光。

 その様子を楽しげにみていた彗は、「あっ!」と間伸びた声と共にオフィールに向かい合う。


「嵐。落ち着けよ。そういえばどうだったんですかオフィールさん? 皆は合格? それとも不合格?」


「合格よ。ここにレットとウルテアがいないのが良い証拠でしょ」


「確かに。皆すごいな。あの二人を倒すなんて、元クラスメイトとして誇りに思うよ。拍手〜」


 彗の言葉に熱量は無い、送られた拍手も蔑視のように受け取れる。


「随分余裕なのね」


 先ほどからの二人の態度に違和感を覚えていた一行は。それは真緒の一言で解決に至る。

 そう、二人は随分と余裕があった。久々のクラスメイトを前にしても、虹の魔女を前にしても、崩さない態度。それは自分たちがこの世界で一番強いとでも誇示しているように感じる。


「委員長。良いね。楽しみだよ」


 彗の瞳が真緒に向けられる。言葉の意味は分からないが、表情を見ればよくないことを考えているのが分かる。

 真央自身も拒否反応のように全身に身震いが起きる。


「にしても余裕か。それはお前らのほうだよ。レットとウルテアが、お前ら程度にやられるはずないだろ」


 真緒にだけではなく、全員を彗は鼻で笑う。明らかな挑発、当然血の気の多い樹が反論するが、それすらも楽しみかのように彗は笑い出す。


「三木頭君、曽我部君どうして、魔人族に――」 


「どうしてか。坂下さんが聞いてくれるなら答えるよ。あの大転移の日があったでしょ。あれで僕と嵐は魔人族の領土に飛ばされたんだよ。まぁ、領土っていうか——とにかく魔人族が一杯いる所」


 意を決して美桜が口を開いた。この場の誰よりも博愛である彼女だからこその発言だ。クラスメイト同士分かり合えるかもしれないという願いを込めた問い。二人だけじゃないもしかしたら魔人族の人とも――そんな願いが込められた問いだが、彗の目をみれば、それが不可能に近いことが分かる。


「考えてみてよ坂下さん。例えば、クラスの中にいきなり異質者が来たらどう? しかもその相手が理由も分からないけど憎い。僕と嵐はそんな状況に放り出されたってわけ。本当にどうしようもなかったよ」


 安易に想像ができてしまう。多数の意思に負ける思考。多くに同調することで考えを同じにすることで、自分も輪の中の人間であるという安心を求める。

 その為なら異物は排除してしまったほうが良い。これが多の力の恐ろしいところである。


「本当に辛かったよ、嵐と二人で、逃げて、逃げて、また逃げて――」


 彗の口調が変わっていく。当時を思い出すように、悲しくなりながらも、行き場のない怒りが感じられた。


「でも結局捕まって、拷問の末に殺されちゃったんだよね、俺と嵐は」


「ハハッ。彗。あれは――」


「分かってるよ嵐。手の平で踊らされたっていえばそれまでだけど、とんだピエロだって思ってさ」


 死という言葉を受け取った元クラスメイト達。顔には驚愕という文字が貼り付けられる。

 二人の会話の意図は読めない。だが真緒は汲み取ったらしく。彗とおなじく下唇を噛む。


「ともかくさ、殺されてさ、生き返ったんんだよ魔人族として、だからこんな格好なの。まぁ最初はショックだったけど、慣れれば案外楽しいよ。一気に強くなれたからさ。俺らを殺そうとした奴らとか、拷問にかけた奴を片っ端から嬲ってやったよ。結構楽しいんだよね。拷問って。坂下さんも今度やってみない? 俺が人間の時にしつこい拷問士がいてさ、そいつは殺さないようにしてるんだよ。そいつの今の姿なんて面白いよ。爆笑間違いなし!」


 彗の言葉は淡々としていたが、こんこんと募らせた怒り故か不気味な話にしか聞こえてこない。話に出た。拷問士がどんな姿になっているのか、彗の嗜虐的な言い方を考えれば考えるだけで目眩を起こしかねない。

 元人間であり、勇者候補であり、今は魔人族となってしまった少年は、「これで終わり」だよ。とさっぱりとした顔で話しを終えた。


「ハハッ! 早くクラスの皆にも会いたいな」と合いの手を入れる嵐の顔は、少年のままである。


「さて、感動の再会はもういいかしら? お仕事をしましょう。彗、嵐。あなた達も参加しなさい。それとアレお願いできる?」


「まぁ、オフィールさんの言うことなら従うけどさ。言っとくけど、他の魔人族には従うつもりはないよ」


「ありがとう彗。その言葉だけで私は嬉しいわ」


 オフィールに返答する彗の言葉は、自身も魔人族であるが、それとは一線を引くような言い方である。


「っていうかオフィールさん、嵐にやらせなくても、自分でやればいんじゃない?」


「二人に甘えたいのよ」


 彗ははいはい。と流すように返事をしたあと、ため息を吐き嵐に声をかける。


「ウルテアとレットを呼び戻して」

「ハハハッ!」


 嵐が笑いながらも両手を合わせる。突如の行動に、咄嗟に構える勇者一行。


「いいね。相当戦ってきたのが見えるよ。さて、いつまでも話し合ってもしょうがないから結論から言うよ。皆も魔人族にしてあげるよ! 一回死ななきゃダメだけどね。でも本当に一瞬さ。魔人族になったら皆でこの世界をひっくり返してやろうよ!」


 彗の嬉しそうな声が朗々と響く。

 やはり魔人族側の狙いは斗真の、今はクラスメイト全員を魔人族に変えることであった。

 反論は行動で示せと彗が提示したことで、剣を向ける。例え元クラスメイトであったとしても。


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