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戦士故の


「おらぁぁぁぁ!」

「はぁぁぁ!」


 剛剣と剛拳がぶつかり合う。その衝撃で空気が揺れる。

 マグタスとレットの打ち合いは豪快であり、見ていて気持ちの良いまである。


「ははっ! 良い! 貴様の戦士としての資質は認めるぞ! 私の名はレットだ。貴様の名を教えてくれ⁉︎」


「男に教える名前なんぞ、持ち合わせていねぇよ!」


 マグタスは大振りである。隙が多いがこれはわざとである。力を込め、体を大きくしならせ大振りをしなければ、レットの圧力に負けるからだ。

 大剣に合わせるレットもわざと大振りで拳を振るう。だがマグタスと違い剛拳を振るう顔にはかなりの余裕がある。

 何度目かの打ち合いも互角に終わり両者は互いに振るった一撃の衝撃で距離を開ける。


「こっちにもいんだぞ、ゴラァ!」

「ぬん!」


 左右から樹、寛二の一撃がレットに迫る。


「良い連携だ。貴様らも戦士の素質は十分にあるが、少し物足りんな!」


 樹の炎が左半身を焼く、寛二の戦斧が右肩から胸にかけて傷を負わせた。

 レットは高い戦闘能力を誇る。そんな戦士が二人の攻撃を躱さずにいたのはおかしな話である。それは子供の一撃を受ける大人の感情に似ている。攻撃を受けてやった。

 黒い模様が浮かぶ美丈夫は——その不気味な顔は真っ直ぐ前を向いている。見つめる視線は、先ほどまで対峙していたマグタスを超え、一人の少女を見ていた。


「くそ! また、なんで止められないの!」


 真琴は焦りながらも、何度もレットを捉えるが、動きはほんの一瞬しか止めることができない。

 何度捕縛してもレットは一瞬止まるだけで、直ぐに動き出す、それは真琴が発生させる不可視な鎖を引き千切るような動き。これでは捕縛士としての役割を果たせない。


 戦いに於いては僅かな瞬間でも動きを止められれば十分と言える。だが、それは相手による。


「むん!」とレットは大きく息を吸い込み、自身に力を込める。その圧力だけで樹と寛二は吹き飛ばされてしまう。


 筋肉が脈動するように動くと、炎で焼けただれた皮膚が新たに作られた筋肉にのまれていく、同じように肩から胸にかけた傷も新たな筋肉にのまれ消えていき、無傷となったレットが悠然と立つ。


「もっと攻めてこい、そうでなければ殺してしまうぞ」 

 

 レットは酷く物足りないといった口調であった。戦士として戦いを望む男がこの場の誰よりも攻防を求めている。

 樹が飛び出そうとするがマグタスが止める。このまま戦っても勝機はない、策が必要だがこの偏った面子ではそれも難しい。

 マグタス、樹、寛二は力で道を切り開くタイプであり、真琴は力技を繰り出す三名の支援をするのが強みである。


「どうして嬢ちゃんは、このメンツにしたんだ⁉︎」


 思わずマグタスが愚痴をもらした。

 この面子で、レットの迎撃を当たらせたのは、真緒の指示によるものだ。

 幾多の手筋から最善手を導き出す少女だが、それは時間を止めた時という条件がある。

 レットの奇襲は急遽であり考える時間は皆無。それなのに真緒は、いつものように最善手を導き出したかのような指示を出した。


「さすがの嬢ちゃんも咄嗟のことで混乱してたのか? だいたいこの面子は――ん?」


 マグタスが樹、寛二、真琴を順繰りに見やる。どうにも違和感があった。

 今思えば、どうしてこの場に真琴がいるのか? レットは見ただけで分かるように力で相手をねじ伏せるタイプである。

 現にマグタス、寛二でなければレットの一撃を正面から受けられない。他の者であれば防御もろとも打ち砕いてしまうだろう。樹は炎を纏い、通常よりも高い守りと攻撃力を誇っている為に、レットの攻防には適任といえる。であるならば、本来は真琴ではなく、ハンクォーか斗真、もしくは翔が良い。なのに何故、真琴なのだ?


「え、えっと、団長?」


「真琴。お前のジョブは――」


そこでマグタスは目を見開きハタと手を打った――そういうことか嬢ちゃん! 俺が気付くべきことは当然嬢ちゃんも気付いてるってことか!


 マグタスは口端を上げ笑う。

 髭面の大男のニンマリとした笑顔は妙に不気味であり、長い時間を過ごした三名は引いている。


「ははっ! シルヴァに言われた通りやはり俺もまだまだだ。自分の気になるトコばかり気になってしまう。だが、それで良い。現に気付くことに気づけたからな。どれやってみるか!」


「やべぇ、団長が急に笑いだした。頭おかしくなったんじゃね? 真琴どうにかしてやれ⁉︎」

「なんで、ウチ⁉︎ 嫌だよ。髭はちょっと――石巻が慰めればいいじゃん、同じ背丈なんだし」

「おじさんを慰める趣味はない」


「お前ら全部聞こえてるぞ。さて、これから作戦を言い渡す。筋肉ゴリラをやっつけようか」

 

 作戦を話すマグタスの顔は良い意味で悪い顔となっていた。作戦を聞き終えた樹、真琴、寛二もまた悪い笑みとなる。


「作戦会議は終わったか? さて次はどんな戦法でくる? つまらなければ即殺してやろう」


 レットは己に力を込め、筋肉でできた鎧をより強固にしていく。


「行くぞ〜お前ら~」


「「「うっす」」」


 マグタスと返答する三名の姿は、これから悪いことを始めますよという顔である。

 さながら、ノリの良い教師とやんちゃな生徒同士のやりとりに見えた。


 


「アルカバン、全身武装せよ!」


「先ずは貴様か? あまり失望させるなよ」


 戦斧を掲げた石巻の体に鋼の鎧と盾が装着され、重戦士さながらのいでたちとなる。


「むん!」

「遅い!」


 強固な守りを得る代わりに失う速度。戦斧を上方から一直線に振り下ろす。だが、レットには届かない。 

 筋肉の塊となったレットだが、動きは早い。即座に回避し寛二の横手に移動。

 空いた脇腹目掛け、レットが拳を振るう。


「守護たる大盾よ!」


 寛二の体に届く前に、全長二メートルほどの大盾が地面より現れレットの拳を受ける。


「ほう!」


 拳の一撃を受けた大盾は反響音を周囲に響かせる。それは硬質な槌で叩いたかのような音であり、それがレットの威力を表している。

 戦士は僅かな興味を示す。

 

「良い受け手だ! どれほど耐えられるか試してやろう!」


 レットの連撃は凄まじい速度と威力である。受ける寛二は苦悶を上げ、大盾は衝撃に耐えきれずどんどんと形を変えていく。


「ぬぅぅぅぅぅぅ!」

 

「そら、これで(しま)いだ」


 レットが大きく拳を振りかぶると、大盾が吹き飛び、次いで寛二は倒れてしまう。


「呆気ない、どれ、盛り上げる為に一人ほど殺してやろうか」


「させるかよ!」


 熱波がレットを襲う、同時に寛二の前に樹が立つ。

 炎の渦に包まれたレットの口端は上がる。


「この程度の炎では、私は倒せんぞ!」


 纏わりつく炎を強引に振り払い、レットは瞬時に詰め寄り拳を振り上げる。樹の炎衣ではレットの一撃を真正面からうけるには無謀い近い。だが振り下ろされた拳は、硬く硬質な物質にぶつかり止まる。レットの白い目が捉えたのは盾であった。 


「重てぇ盾だな!」


 レットの眉間に深いシワが生まれる。

 炎滅士であるレットの防具は炎衣のみ、だが今は斧騎士である寛二が使っていた盾を構え、レットの一撃を受けていた。


「なっ⁉︎ だがそれがどうした!」


 レットは僅かに困惑する。だがそれは本当に僅かである。

 ジョブを使用して具現化した武器、防具などは本来は別のジョブが扱うことができないからだ。己が生み出し装備を他人に使わせるというのは往々にしてありえない。


 だが、あり得てしまっている。


 寛二がイクシオンと呼ぶ戦斧から生まれた全身武装の一つである盾。歴としたジョブから生み出された防具である為、寛二しか使うことができない。

 本来なら樹には重くて持てない、弾かれる、消失するなどの物理的に扱えない事情が発生するが、だが樹は寛二の盾でレットの一撃を防いだ。

 故にレットは僅かに困惑した——困惑はしたが、関係が無い。些細なことは力でねじ伏せれば良いだけである。

 樹の口端が上がる、それを挑発と捉えたレットは次なる拳を繰り出す。樹は盾を構え踏ん張るが、力の差は歴然であり、直ぐに吹き飛ばされてしまう。


「少し驚いたがそれでは私には届かん。安い芸では私を倒せんぞ」


「ご高説ありがと、さん!」


 炎を払い除け、近づくレットに今度はマグタスの一撃が襲う。

 隙をついた一撃であり。レットは腕で受け止めると膝が下がる。

 初手で打ち合った時よりも、マグタスの大剣は重くなっていた。


「ど、どういうこと、だ?」


 重くなっただけでは無い。大剣には燃え盛るような炎が纏わりついていた。


「樹! こんな暑いのをよく扱えるな!」


 レットの混乱をよそにマグタスの追撃が始まる。

 炎剣となった武器を振るうたびにレットは腕でうける――ズシリと足にまで響く重さである。加えて皮膚が焼け、肉を焦がしていく。堪らずに苦悶の声を上げるとマグタスが、口端を上げる。


「そら、もう一撃だ!」

「調子にのるな!」

 

 炎剣は天に掲げられ、上方からの大振りが迫るがレットは正面からの打ち合いを避け、速度でマグタスの腹に一撃を入れる。浅い一撃であるが鎧攻士の一撃であれば、十分な威力となる。


「一体、どういう――」


 苦悶を上げ腹を抑え、地に膝をつけるマグタスにトドメをさそうとしたレット。先の説明通り、炎滅士の炎を剛剣士が扱うなどあり得ない。

 本来ならば、拒絶反応のように炎に焼かれ消失するはずである。謎がレットの行動を遅らせた。その僅かな時間に、レットの本能が回避しろと命じていた。


「貴様、なぜ――!」


 動転したのは確かである。故に回避するはずの一撃を両腕で受け止める。

 炎剣と同じように、肉が炎に焼かれていく。


「ぬっぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 寛二の咆哮である。マグタスが膝をつくと同時に現れた寛二が使用していた武器は、先ほどまでマグタスが使っていた炎剣であった。

 手品を見た子供のように、レットは目を丸くするが直ぐに意識を持ち直し、寛二の腹に蹴りを入れ離そうとするが、寛二の盾を掲げたマグタスがそれを阻止。「またか」と舌打ちをうつ。


「貴様ら、どうなっているんだ?」

「おい、もう一人忘れてねぇか?」


 専門武器を他人が扱う謎にレットが困惑していると、炎を纏った戦斧が迫っていた。


「どうなって——」


 レットが再び呟く、と同時に戦斧は首の半分までくい込んでいた。

 戦斧を使っていたのは樹。

 炎滅士である樹の力では、寛二の戦斧を持ち上げることすらできない。加えて鎧攻士である鋼よりも強度のある体に戦斧で斬ることができないはず。

 

 首を半分切られたレットはそこで違和感に気付く。

 寛二が攻撃した一撃、炎が消え、ただの大剣となっていた。大剣は寛二の下側で盾を構えていたマグタスが握っていた。

 他にももう一点、足裏を当たる盾にそこまでの重さを感じない。先ほどまで巨木を蹴り付けた重量感があったはずだが、見るとマグタスではなく寛二が体を屈め盾を持っていた。


 グイと炎戦斧が再度レットの首を両断しにかかると、樹の顔が返り血に染まる。

 レットの足元に赤黒い血が広がり出す。ぐらりと大勢を変えながら、戦斧を掴むと簡単に引き抜けてしまう。

 戦斧ごと樹の体を投げると小石のように飛んでいき、そのまま地に転がる姿は非力であった。

 戦斧を持ち上げることすらできていない。それこそ専用の武器を扱えない別ジョブの人間のようである。

 

「――そういうことか」


 レットの首が言葉と共に宙を舞った。

 首を切断したのはマグタスである。大剣には炎が宿り、一撃は三人分かのように重い。


「キッツぅ!!」


 首を飛ぶ前のレットが捉えていたのは真琴である。

 前線で戦っていた三人よりも疲労が目立つ。大粒の汗が何度も落ち。地面を濡らしていた。肩で息をしている。

 捕縛をするために掲げていた両手はレットではなく、仲間である。マグタス、樹、寛二に向けられていた。


「スキルの捕縛と共有か――」


 言葉と同時に、レットの首が地面に落ち、次いで体も倒れる。

 

「あんた達! ウチに土下座して感謝しろ!!」


 真琴の息も絶え絶えの叫びに、男達は「ははっ~」と頭を垂れる。

 

「にしても嬢ちゃんらしい作戦だな。力には力でってか!」


 マグタスが戦いの終わりを告げた。


「くっそ、真緒の奴、これ狙ってたとしたら本当にいい性格してるよ。ウチはもう動けないよ!」


 真琴が女の子座りで地面に腰を落とす。

 

「サンキューな真琴!」

「園羽のスキルのおかげだな!」


 樹と寛二も疲労を隠せずその場に座り出す。

 マグタスの考えた作戦は、真琴のスキルを活かし力には力で対応するというものである。



 スキル:スキル捕縛 対象者のスキルを数秒奪うことが可能。

 スキル:スキル譲渡 スキル捕縛で奪ったスキルを使用もしくは譲渡することができる。



「疲れた~。団長、スキルの捕縛と譲渡は疲労感半端ないんですからね! もうヘトヘト」


「ハハハッ! 真琴のおかげで勝てたな! よくやった!」


 不満顔の真琴の肩をマグタスが乱暴に叩く。体格と力の差がありすぎるので叩かれた真琴はつんのめり「痛いバカ!」と激怒する。

 それでも褒められた嬉しさからか真琴の口元は緩んでいる。


 めちゃくちゃな作戦であった。

 相手が接近戦を駆使し、かつ目の前の敵に集中するタイプであったから、作戦が成功したといえる。

 仮に相手がウルテアであったら通用しなかっただろう。レットも馬鹿な男ではない。違和感に気付いていながらも戦いを優先してしまったのが敗因である。

 レットであり、この面子だから勝てた作戦である。本来なら早々に通用する策ではない。


 勝利ムードの一行には見えていない。生首となったレットの目に生気が宿り出したことを。黒い靄がレットの生首から発生していく。その靄はどうにも嫌な部類に入る。その直後僅か数秒でレットの体が再生される。 首がない体は溶解して消えていった。


「さて、ボチボチ皆と合流――」


「見事な連携であった」


 レットが二本の足で地に立つ。首と体は完璧に繋がっており、受けた傷も見当たらない。

 マグタス、樹、真琴、寛二は悪魔の力を知らない。敵を見据えるレットは奇襲をすることはない。

 

「この首を飛ばした一撃は、躱せぬことはなかったが。お主らに敬意を表して敢えて首を飛ばさせてやった」


 これがレットの戦士としての矜恃である。

 今も、勝利ムードの四名を一気に仕留めることもできた。だがレットはしない。

 認めた相手にはある意味の敬意に似た感情をもつ。


「さて、本格的な殺し合いをしようか?」


 故に、認めた相手には全身全霊の力をもってひれ伏すまで拳をふるう。

 それがレットという男である。

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