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戦いの痛み



 魔を討つ赤白の光が収まると、荒れ果てた古城が変わらぬさまで闇に姿を晒していた。


「もしかして、やっつけちゃった?」


「どうでしょうか? 相手は大魔女とも呼ばれた人物です。素直に倒されてくれればよいのですが」


 樹と斗真の合わせ技が終息すると魔人族の姿が消えていた。 

 キョロキョロと見渡すアスカにハンクォーが返答。油断をするわけではないが、少し気を落ち着けた時に禍というのはやってくる。

 

「――おイタがすぎるわね」


 前方の空間、暗闇の輪郭がぼやけると、オフィール、ウルテア、レットが姿を現す。三名は一切の負傷がない。

 あまりにも自然な登場に緊張がはしる。


「ありがとう。ソネット」


「オフィール殿は本当に人使いが荒いです」


「助かった」

「少しは役に立つじゃん。ソネット」


「ウルテア殿もレット殿のように感謝の言葉を述べてほしいものです。しかしアレほどの大技を抑えるのは少々堪えましたよ。さすがは勇者と言ったところですか」


 ソネットの両腕は悲惨であった、火傷と火膨れ、指先は炭化しボロボロと地面に落ちる。細い腕は何度も捻られ、関節部から骨が飛び出し、見るだけでも顔を顰める状態だが本人はさして痛みを感じていない。


「かなり消耗しました。嘘ではありませんよオフィール殿。私は少々休ませていただきます」


 スッと音もなく後退し闇に紛れるソネット。その行動に仕方ないわねとオフィールが肩を竦める。


「あっちはやる気みたいだよ、オフィール。もういいでしょ?」


「そう、ね」


 蛇のような狡猾さをオフィールから感じ取り、全員が構える。

 

「お願いできる。レット」


「承知」


 瞬時に空気がひりつく。


「来るぞ!」


 ウルテアとレットの姿が消えたのは、マグタスの怒号と同時であった。

 

「青峰君、アスカ、貝塚君、ハンクォーさんは右。樹君、真琴、石巻君、マグタス団長は左!」


 迷いのない司令塔の指示に皆が一斉に動く。


「美桜、皆の回復をお願い!」


「う、うん」


 美桜は司令塔である真緒の横顔から不安を感じた。

 いつでも冷静である真緒らしからぬ焦った表情。しきりに肩に触れる仕草もまたいつもとは異なる。不安は増大されていく。 


「あっはっはは! やっと勇者とやり合えるよ! ボクを楽しませてくれよ!」


 狂気に染まる少女の声。


「同じロリとは思えぬ異常さ! 忍法セクシー影分身」

「ロリには興味無いんでね!」


 右側を任された四名が直ぐさま迎撃に当たる。初手はアスカの分身と翔の突貫であった。

 複数に増えるアスカがナイフを逆手にウルテアに迫る。

 翔は速度を生かし槍を突き出す。


「雑魚はお呼びじゃないんだよ!」


 ウルテアの五指が動く。


「「って! ドラゴン!!」」


 ウルテアの五指が器用に動くと、大きな竜が石畳の地面を割り現れる。

 突如現れた十メートルほどの竜に、対峙する皆が驚愕した。

 翼がない竜は地竜と呼ばれており、別名大陸の覇者との異名もある。地中で生活することから滅多に人の目に触れることのない稀有な竜である。

 黄土色の鱗、短剣のような牙、赤い瞳は虚であり既にこと切れているのが分かる。


傀儡士(くぐつし)か⁉︎」


「お前は目一杯痛ぶって殺してやるよ!」


 ジョブを当てたハンクォーにウルテアの笑みが送られる。地竜の腹と喉が大きく膨れ上がる。


灰色息吹(ブレス)が来ます! 一旦引いて下さい!」


 ハンクォーの叫には焦りがあった。それを察し、アスカ、翔、斗真が後方跳躍。


「全部溶かしてしまえぇ!」


 ウルテアの指先が動くと同時に、灰色息吹が盛大に吐き出された。

 息吹が広がる場所が溶け始める。石、レンガ、転がっていた武器武具。全てを溶かす息吹が大量の湯気を上げ、右側で戦闘する者達の姿を消していく。


「こんな攻撃で死なないでよね! もっともっと痛ぶってやるからさ!」


 ウルテアは地竜の背に飛び移り、灰色の沼と化した場所に進んでいく。




ーーー





「よそ見とは随分余裕だな」


「そっちこそ、奇襲をかけなかったのは余裕の表れか? 色男の魔人族」

 

「安心しろ。オフィールが死角から攻撃することはない。貴様らは私に集中していればよい」


 マグタスはレットに向き直っているが、オフィールの警戒もしていた。

 虹の魔女は攻めてくる気配は無く、戦う者達を観賞していた。


「オフィールが戦わないことを看破した小娘には少し驚いたが、まぁ、そんなことは些細なことだ、何故なら――」


 レットは足を止め、自身に力を込めていく。体内に虫でもいるかの如く筋肉が動き出し鎧の形状となる。

 

「全員ここで息絶えるのだから!」


鎧攻士(がいこうし)か!」


 マグタスはレットのジョブを言い当て、直ぐに大剣を振りかざす。その一振りは岩をも両断するがレットはなんの躊躇いもなく前腕を掲げる。

 金属と鋼がぶつかり合う音が響く。片腕だけで受け止めたレットの前腕は傷一つ無い。


「そういう貴様は剛剣士(ごうけんし)か! 悪くない一撃だ!」


 レットが前腕を大きく振るうとマグタスの体勢が崩れる。隙だらけとなった胸元に、レットが指を揃え貫手を繰り出す。

 鎧攻士はその体自体が武器であり防具となる。指を揃えた貫手が槍の一撃と同等である。


「団長! ぬぅぅぅぅぅん!」


 マグタスに迫る槍を寛二が割って入る。

 戦斧の腹をマグタスの前に突き出すが、貫手の衝撃を殺せずマグタスと共に後方に倒れてしまう。


「ふん、貴様は少し力が足りんな」


 体格のみで見れば、マグタスと寛二はさほど変わらない。

 しかし、一撃を受け止めただけでも分かる者には分かる。これは寛二が非力ではなく、レットの力が規格外なだけである。


「「離れろ石巻!」」

 

 樹と真琴の声が重なり響く。

 地に倒れるマグタスと寛二にゆっくりと歩み寄るレットの動きが止まる。

 正確には真琴の捕縛により動きを止められる。レットの表情に僅かな驚きが含まれた瞬間に、地中より炎が現れる。


「燃え尽きちまえ!」


 炎滅士の一撃をまともに受ければすぐ様、全身が炎に包まれあっという間に死滅する。

 本来ならばそうであるが、相手は武に身を置き、戦いを望む魔人族。


「良い連携だ。二人の練度を感じるぞ」


 炎の中でレットが笑っているように見えた。


「こ、こいつ、なんで! 平気なんだよ」

「樹! ダメ! 抑えられない」


 樹が炎をより強くする。

 真琴が片手を突き出し捕縛していたが、強引にレットが動く。片手では抑えきれず両手を動かすが、それでもレットが動く。


「すぅぅぅぅぅう、ぱぁぁぁぁぁ!!!」


 レットが地面を力強く踏みつけ、咆哮を挙げると炎が四散、捕縛も解かれていく。

 

「貴様らが私を倒すには少々の工夫が必要だな」


 全身火傷となったレットは悠然と佇む。熱で爛れた肌や燃え尽きた体の一部が徐々に回復していく。後方で待機するオフィールの支援である。

 皆の連携同様、魔人族も阿吽の呼吸で連携を行なっていた。


「樹! もう一度炎だ! 真琴、奴を捕縛しろ! 体制を立て直す! 寛二、大楯を準備しろ、俺が奴に切り込む」


「「「了解!」」」


 マグタスの指示は速やかに実行された。

 樹が広範囲の炎でレットの視界を遮断。

 真琴は再度捕縛を開始。数秒の時間稼ぎを行う。

 寛二は戦斧――アルカバン――の名を叫び守護たる大盾を顕現させる。


「楽しませてくれよ!」


 レットの危機とした叫びと共に樹の炎が広範囲に広がり、外側からの状況が把握できなくなる。




ーーー




 左右で交戦が繰り広げられるなか、真緒と美桜は中央に残る。


「みんな」


 美桜はより深い祈りを捧げ仲間たちの傷を癒すことに努めた。

 

「ふふ。そんな怖い顔していたら折角の美貌が台無しよ」


 真央が睨む相手はオフィールである。

 登場から立ち位置は変わらない、左右に展開したウルテアとレットの中心に立つ。

 戦闘をする兆しは見えないが、ハンクォーの話では相当な実力。

 余裕の態度で立つ姿は、仲間を信頼しているからか、それともただ観賞していたいだけなのか、同じようにただ立つ真緒と明確に違うのは、力の有無。


 ――コッコちゃん。お願い、返事をして―― 。


 この空間に飛ばされてから、コッコちゃんの姿が消えていた。時を操る精霊の力がなければ真緒は非力な少女である。 

 力がない自分は、仲間を癒す美桜も守ることもできない。

 もしここで、枯れ枝のような男――ソネットが姿を見せたら、美桜に堕天してもらい応戦するしかない、だがそれをすれば皆の回復が遅れ、もし深傷を負ってしまったら——。

 

 悪い想像を振り払うように首を左右に振るうが、その事態も想定しておかなければならない。

 得意とする智略で、仲間たちをサポートもできない。左右は毒沼から立ち上る瘴気と、炎の壁により逐一状況が把握できないからだ。

 圧倒的無力である自分に強く唇を噛む。


「ふふ。美しい少女の血はとても赤々としているのね、長く生きているけど学ぶことはまだまだあるわ」


 オフィールをもう一度睨む。

 真緒は精霊に呼びかけるしかできない自分に、強い劣等感を覚えた。




ーーー




「ほらほらほら、勇者! 早くかかってきなよ!」


 毒沼の中央でウルテアが叫ぶ。

 明らかな挑発にのるものはいない。

 

「さて、どうしましょうか。斗真さん?」


 毒沼を回避し、城壁に身を隠した一行はウルテアから視線を外さない。


「あいつ絶対サイコパスだよ。まともにやり合っちゃダメっぽいね」


「俺が超特急で突っ込んであいつの首を跳ねる。でもその前にあのドラゴンをどうにかしなきゃか」


 思案する斗真にアスカが声をかける。翔も自身の案を伝えるが、途中で断念してしまう。


「そうだね。良い手はあるけど――いや、俺らならイケるね。この戦法でいこう。先ずは――」


 斗真は一度言葉を切り、ハンクォー、アスカ、翔を見る。勇者の言葉に皆が力強く肯き、反逆の手筈を確認しあう。


 ——。


「全く。斗真キュンはどうしてそんな危険なやり方思いつくかね?」


 アスカがため息混じりに吐き捨てる。


「本当だよ。斗真、失敗したら全部お前のせいだかんな、失敗すんなよ?」


 翔は悪友らしく、皮肉のこもった笑顔となる。


「あまり、手放しで賛同できませんが、でも今取れる方法としては最善手ですね」


 ハンクォーも悩んだのち了承を送る。


「よし! いこうか!」


 斗真の力強い言葉と共に戦闘が開始される。


「おい、そこのロリ娘!」


「あぁん!」


 地竜の上で踏ん反りかえるウルテアに声をかけたのは同じロリであるアスカだ。


「なんだチビか。お前みたいな雑魚は呼んでないよ。さっさと勇者を出せ!」


 指先を操ると地竜が動く。

 傀儡士の特性は、指先から出す糸を対象者に絡ませ自由に操ること。生身の人間を扱えないことから人形遣いという別名もある。

 このジョブの恐ろしい所は、生前のレベルに関係なく、糸を死体に通せば操れてしまうことだ。つまりレベル1の少女がレベル99の英雄を操ることも可能である。

 地竜が腹底に響く獰猛な叫びをアスカに向け、足下を踏みつけ灰色の毒を散らす。


「くっ! チビにチビと言われる屈辱はいずれ返す! 忍法セクシー湯煙」


 ――にんにんだってばよ。とポーズをとるアスカ。緊張感のある場では間抜けだが、毒のしぶきを煙となり回避する。


「セクシー忍法、影分身だってばよ!」


 アスカの姿が増えていく。体の軸が僅かにぶれ、一人が二人、二人が四人、四人が八人となり攻撃を仕掛ける。

 ウルテアはさして興味もなく地竜を操る。尻尾の一撃がアスカに向かう。真横に一線する範囲は広く、また威力も桁違いであり、城壁などを簡単に砕いていく。

 分身となった八体は全て犠牲になり、本人は煙となり一撃を回避。そのまま地龍にナイフを突き立てる。


「硬すぎワロタ!」


 ナイフは地竜の鱗に負け砕けてしまう。アスカの攻撃ではダメージを与えられない。反撃の牙や爪を煙となり回避する。


「我に攻撃は効かんぞ! ドSロリ娘!」


「チビのジョブは暗殺士ってところか? 暗殺士を前にだすなんてダサい戦い方。お前を殺す方法なんていくらでもあるっつうの!」


 互いに攻撃が通用しない、その状況を地竜の背から興味なさげに吐き捨てたウルテア。

 暗殺士を前にだすのはダサい戦い方。吐き捨てた言葉は実に上手く表している。


 暗殺士の得意とするのは、死角から急所を狙い一撃で仕留めることである。

 全面にでることは良い手とはいえない。普通であれば、他の仲間が撹乱し敵の注意が乱れたところで、スッと背後に忍び寄り首元に短剣を突き刺すことを生業とするジョブ。

 危険を少しでも排除する為、自身の体を煙にしたり、分身を使用し敵への接近を行う。動きを邪魔しないように衣装も肌に吸着する薄地である。故に防御力も弱く一撃を受ければ瀕死となる。


 そんな特性をもつ暗殺士に、一撃を与えるのは至難の技であるが、ウルテアの言うように、やりようはいくらでもある。

 五指を操る動きに合わせ短剣が並ぶ口内が開く。大口からは鼓膜が破れるかと思うほどの大咆哮がアスカを襲う。


 音の攻撃を回避することができずアスカは体を硬直させる。

 それを見たウルテアが下唇を舐め「まずは一匹」と漏らし地竜を動かす。体が強張る暗殺士に牙が襲い掛かる。

 動けないアスカが牙の餌食になるすんでの所で動きが止まる。


「ん? なんだ⁉︎ さっさと動けグズ!」 


 傀儡士の指が忙しなく動き、地竜を動かそうとするが、口を開いたままの状態で止まっている。

 蹴り付け罵倒するが、地竜は見えない何かに縛られているように、体を小刻みに揺らすことしかできない。

 

「ハンクォーさん遅い! マジで危なかったじゃん!」


「申し訳ございません。七海さん。種まきに少々時間がかかってしまいました」


 体の自由を取り戻したアスカは地竜から素早く離れ、安全を確保。

 アスカの代わりにハンクォーが前に出る。


「さて、あなたの糸と私の華、どちらが強いか試してみましょう」


「お前、華剣士(かけんし)か!」


 ウルテアの叫びにハンクォーが微笑みで返す。

 アスカのナイフを簡単に砕いた鱗からは華が咲いていた。


「くそ! さっさと動け」


「私の役目、地竜の足止めを全力で当たらせていただきましょう」


 ハンクォーは細剣を突き出すと地竜の体内より華が咲き出す。毒沼と地竜の肉を養分とした華は綺麗とは言えない不気味さがあった。

 ウルテアが指だけではなく、腕を振るいだすと、ようやく地竜が動く、壊れた人形のようにギシギシと音がなりそうだが、ゆっくりとハンクォーに向かっていく。

 

「さて、大二弾の芽吹きが完了したようですね。行きましょうか!」


「お前! いつの間にっ――くそ!」


 ハンクォーが移動し、地龍へと詰め寄り細剣で切り込む。ウルテアは何かを察して地竜の背から飛び降りる。

 硬質の鱗には傷をつけるにも厄介であるが、華剣士には関係が無い。


アンシャルフレール(華よ咲き乱れよ)


 細剣より大量の華が発生し周囲に舞う。


 華。華。華。


 色とりどりの大量の華が周囲に散る光景は芸術的な眺め。原色に彩られる地竜は華に埋もれ身動きがとれなくなる。

 滅びた古城の一部が華の庭園と変わっていく。

 毒沼もすっかり消え美しい華が咲き出す。華を愛でるという心持ちが一切無いウルテアには不愉快の塊である。指先を動かし傀儡を動かすも、ハンクォーがそれを許さない。地竜は体から生えた華を乱暴に払うがすぐ様、別の華が生える。

 見切りをつけたウルテアが別の傀儡を使用する動作に入る。


「行くぞイクシオン! ロリ首取ったリィィィィ!」


 軽鎧(ライトアーム)に身を包んだ貝塚翔がそれを阻む。槍と糸が衝突を起こし火花を散らす。

 翔の突きが二、三繰り出される度、ウルテアの糸が阻む。勇者一行の中でも速さだけならトップクラスの翔は、自身の特性を活かした攻撃でウルテアを翻弄する。

 突き、薙ぎ、上方、下方と銀の起動がウルテアを襲う、その度に指先を動かしそれを防ぐ、攻撃を繰り出す際には目の前にもういない、気付けば横合からの攻撃に変わっており、上手いように翔に翻弄されていく。

 一撃一撃は軽い為、そこまでは問題ではないが、つかず離れずで攻撃をされ続ける身としては溜まったものでは無い。


「くそが! ウザったいんだよ!」


 癇癪持ちのウルテアは直ぐに頭に血が上り、大技を繰り出そうと両手を広げ出す。

 頭に血が上る。ということは周りが見えなくなる。ということでもある。


「これにてチビと呼んだことはチャラにしてやろう。そしてさようなら。忍法、螺旋丸的(らせんまるてき)ななにか!」


「なっ、チビ女~!!」


 アスカが手の平に風魔法を圧縮させウルテアの背中に叩きつける。本人曰くオリジナル魔法である。

 暗殺者らしく背後より忍び寄るアスカ。その音もなく気配を感じさせないのは流石である。

 もっとも、ウルテアを熱くさせる為の布石を打ち続けた、連携の賜物でもある。

  

 直撃を受けたウルテアは骨と内臓をシェイクされ吐血しながらも反撃を行う、糸がアスカの首周りに巻きつく。回避するため煙になるが、ウルテアが上であった。

 首回りの糸はフェイクであり、本命の糸は体に巻まれ、煙の発動も止まり、身動きができない状態となった。


「バ〜カ! お前の体にはもう糸を仕込んでるんだよ、煙になんかさせるかよ! 死ねチビ!」


 アスカの体に細い糸がくい込み血が流れだす。


「こいつ、またチビと言いやがった! 翔ちゃん!」


「おうよ!」


 このままいけば、アスカは細切れになるが、怯えた表情は少しもない。痛みで表情が歪むこともない。

 何度も死戦を潜り抜け、信頼できる仲間が助けてくれると信じていたから。

 離れた距離から超高速で迫る槍がウルテアの喉元目掛け飛来。これも連携を駆使し意表をついた良い一手であるが、相手が悪い。


「もう手は打ってあんだよ!」


 相手は戦闘を好む魔人族。


「って! うぉい! なんじゃこりゃ!」


 ウルテアの喉元に槍の切っ先が届く寸前であった。あと一歩の所で翔の体は急激に上空へと上がる。まるで蜘蛛の糸に絡められ、空へと放り出された獲物と同義である。


「はい、残念。そしてさようなら!」


 糸を操る指先が動くとアスカと翔が絶叫する。二人の体からは赤い線が滲み出し。ゆっくりと体に切り込みを入れていく。アスカの薄布も翔の軽鎧が早々に破られるものではないが、ウルテアの糸はそれを可能にする。直ぐに殺さずにゆっくりと痛みつけるやり方は、ウルテアの性格をよく表している。


「お前は特に痛めつけてやるよ!」


「二人とも!」 


 嗜虐が向けられた相手はハンクォーである。

 二人の窮地に駆けつける為に、地竜の拘束をより強めウルテアへと迫る。相手の隙をついた見事な一撃は逆転の一手となるにふさわしい。

 死角より現れ、細剣が下方から上空へと一線。ウルテアの足元に咲いた華は、足首に絡み回避を防ぐ。

 

「もうお前にも糸を通してあるんだよ!」


 首を狙った一撃はすんでの所で起動が変わる。

 ウルテアは笑みを堪えるような表情で人差し指を上げるとハンクォーから悲鳴が上がった。


「良い声じゃん。次はどこを切り落としてやろうか⁉︎」


 ハンクォーの右足、くるぶしから先が消失していた。

 軸足を失い、バランスを崩した為に起動が逸れたのだ。

 続いて左足首にもゆっくりと糸が巻かれていく。


 アスカ、翔、ハンクォーの悲鳴を聞き、ウルテアの顔は恍惚となる。


「さて、次は手足を切り落として――!」


 そこで気付いた。勇者の姿がないことに。視線を左右に転じてもどこにもいない。

 戦闘に集中しすぎた為、その存在を忘れていた。急激な苛立ちがウルテアを支配する。


「勇者! さっさと出てこい! 出てこないならお前の仲間を切り刻んで大鬼豚に食わせてやる!」


 仲間たちを傷付けていれば勇者は助けにくるだろう。ウルテアらしい考えにいきつき、糸をよりきつく――


「きみ、相当口が悪いね」


 突如前方に現れた勇者の聖剣は光っていた。

 そして、アスカ、翔、ハンクォーよりも深い傷を負っていた。

 片腕がない。顔には鮮血が流れている。端的に酷い状態であった。


「はぁ?」


 そのことにウルテアの理解が追いつかない。戦いに一切参加していないのに、何故?

 だが突如現れたわけではない。斗真は初手から戦闘に参加し誰よりも傷ついていた。

 ウルテアが見えなかっただけだ。否、見させないように、アスカと翔とハンクォーがスキルを使い続けていただけだ。


 スキル:隠れんぼ 暗殺士の影と同化し姿を消すことができる。一度でも攻撃をくらうと解除される。

 スキル:華幻鱗(かげんこう)  特定の華の鱗粉を対象者が吸い込むと軽い幻聴を見せることができる。(効果は数秒)

 スキル:変形槍(へんけいそう)  槍の形状が変化する。相手にはただの槍にしか見えない。


 隠れんぼと華幻鱗で斗真の姿をウルテアから見えなくし、変形槍で大楯に変え、ウルテアの視界を遮り、斗真の姿を隠し続けた。

 理由はウルテアの体に聖痕(せいこん)を施すためだ。


「その聖痕からは逃げられないよ。安心して地獄にいけばいいさ」


 スキル:聖痕光滅(ホーリーケイン) 聖痕を相手に刻み、聖なる光をもって敵を滅ぼす。


 ウルテアの体の数カ所が発光し始める。光は徐々に広がり周囲を照らす。魔に染まった敵にのみ有効な勇者のスキル。


「ボクの攻撃を、全部、受けていたのか?」


 聖痕光滅は近距離まで近づき聖剣の光を相手に浴びせ、聖痕を刻むスキルである。

 欠点は聖痕を刻む際には近距離で敵に接近すること。言い換えれば敵の反撃を受けやすいと言っても良い。

 頭から流れる血を乱暴に拭う斗真の笑顔。

 誰よりも命のやり取りを望む勇者の作戦は、自分が一番窮地に立つというものであった。


 斗真がウルテアに背を向け歩き出す。

 聖なる光に包まれるウルテアの体が徐々に光にのまれていく。伸ばされた手に斗真の冷めた目が送られた。

 ウルテアの激情を表すように体内からは激しい光。やがて光は風景に馴染み、静かに闇が広がる一部を照らす。


「ゆ、う――」


 ウルテアが光と共に消失。

 見届けた斗真は仲間達の元に戻る。




「とりあえずだね。痛みが引いていく~。美桜ありがと~!!」


「痛い、痛すぎる作戦だったぜ、斗真。坂下がいなきゃ俺ら死んでるぞ」


「美桜さんには感謝しかありませんね。さて、次の敵へと向かいましょう。よろしいですか斗真さん?」


 傷ついた体が回復魔法で癒されていく。ハンクォーの切られた足も元に戻る。一番激しい傷を負った斗真も無事に回復。

 それぞれが美桜に感謝を送る。


「皆と合流しよう!」


 回復した斗真の声、四名は次の敵へと向かうべく行動を開始した。

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