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さぁ、いこうか


「ようこそ勇者様。(わたくし)、魔人族のオフィールと申します。以後お見知り置きを」


「――オフィール」


 ハンクォーはその名前に引っかかりを覚え、女の名を呟く。


 オフィールは一礼する。灰色の肌、頭部にある巻角、腰付近にある蝙蝠のような羽。体に張り付くレオタードに似た衣服は、女の魅力をより引き立てる。


 翔と寛二はオフィールを下から上へ舐めるように見つめ、最後には豊満な胸元に視線を固定する。


「やっと会えましたね。勇者様」

 

 微笑みを送られた斗真は、油断なく聖剣を構える。誰がどう見ても、目の前の女は普通じゃない。そんな雰囲気が漂ってきている。そんな女と対峙することは危機的状況とも呼んで良い。だが斗真の口端は僅かに上がっている。それは勇者らしく皆を鼓舞するような顔に見え、活力を与えていく。

 

「これほど大規模な転移結界を発動させることができ、尚且つオフィールという名前に、私は覚えがあります」


 ハンクォーは苦虫を吐き捨てるように呟く。オフィールは聖母のような表情を崩していない。


「人族で最も偉大と謳われた大魔女、虹のオフィール」

 

「あら? 私をご存知なの? とても嬉しいわ!」

 

 オフィールがハンクォーに向き直る。両者の表情は真反対である。かたや満面の笑みであり、かたや絶望の表情であった。


「人族時代の二つ名を呼ばれたのは、随分と久しいわ」


「私のように人族の歴史に深い知識がないと出てこないでしょうね。何せ表舞台には一度も姿を見せないことで有名でしたから」


「随分前のことだから、忘れてしまったわ」


 オフィールは昔を懐かしむように一人回想に耽っている。


「皆さん。死ぬ気で生きてください」


 いつも冷静に物事を判断する彼らしくない発言であった。


「あの魔人族は、虹のオフィールと謳われた伝説の魔女です。人族の領土から一歩も出ずに過ごした異質の大魔女。これほど大規模な転移結界など、本来は高度な魔法で使えるものがいない。それを可能にできるのは虹のオフィールだけである。古い文献で読んだ覚えがあります」


「古い文献?」

 

 ハンクォーの古いという言葉に違和感を覚えた美桜。どこからどう見ても、二十代半ばにしか見えない。


「坂下さんの疑問は当然です。オフィールが生きた時代は今から三千年も前です。八十代で亡くなったと記載されていましたが、それがどうしてこの時代で、それも若い姿で、ましてや魔人族になっているのか甚だ疑問ですがね」


 勇者一行はでたらめな存在である虹の魔女に視線を移動させる。

 優しげな瞳だが、狙った獲物は逃さないという恐さを感じた。誰しも縛り似た強張りを感じオフィールを牽制する中――。


「ねぇ? あんたって本当に勇者なわけ?」

 

 挑発するような、生意気な少女の声が響く。オフィールの背後の暗闇から魔人族の少女が姿を現す。

 随分と華奢な体であり、まとう衣服はモノクロのセットアップ。スカートより伸びる足元にも幼さを思わせる。


 見た目の愛らしさだけであれば、七海アスカと良い勝負である。だが明確に違うのは目つき、態度、立ち姿から嗜虐性が滲み出ていることだ。


「ウルテア。勇者様に失礼でしょ」


「だってさ~。オフィールだって気付いてるでしょ? あいつ、普通(・・)じゃないよ」


 クラスメイトはもちろん、マグタスとハンクォーも、ウルテアの発言に違和感を覚えた。無遠慮な言葉を送られた斗真は、眉を潜め難色を示す。


 唇を尖らせながらウルテアが歩き出す。歩く仕草一つとっても少女らしさがあった。無遠慮に勇者一行へと近づくと、重く、張りのある声が響く。


「ウルテア。勝手な行動は許さんぞ。我らは我らの成すべきことをやるまでだ」


 ウルテアは足を止め、オフィールの隣を見る。


「ははっ、レット。いい子ぶんなよ。ってか、目がイッちゃてる奴に言われてもね」


「貴様――」


 毛皮のベストと麻のズボンを履いた、魔人族の男が現れる。

 レットはウルテアを睨む。全身の筋肉が盛り上がり、非常に体格が良くどこか気品さを感じさせるが、それよりも目が行くのは刺青を施した如く、黒色の模様が顔や身体中に這うようにあることだ。瞳孔がなく全てが白色の瞳であり、どうにも異様さを感じさせる。


「二人とも喧嘩はダメよ。ソネット。早く出てきなさい」


「やれやれ、オフィール殿は本当に手厳しいですね」


 オフィールの影から現れたのは、先ほど都市内でハンクォー、マグタスによって首と体を切断された男である。


 切断された箇所は繋がっており、細枝のような手で首と体を労わるように宥めていた。


 四人の魔人族と対峙する勇者一行、マグタスが前に出て、ハンクォーが続く。


「色っぽいお姉さんがリーダーでいいのかな? こんな場所まで俺達を転移させてなんの用だい? お誘いなら喜んで応じるぜ?」


「はっ! おっさんには用は無いっつうの!」


「口の悪い嬢ちゃんだな」


 ウルテアが悪態を吐き、前に出ようとするがオフィールがそれを止める。


「今日は提案をしにきたの。そんなに怖い顔で睨まないで」


 先頭に立つマグタスとハンクォーに油断はない。戦闘態勢の二人を見てもオフィールは怪しい微笑みを続けている。


「魔人族の提案などわざわざ聞くまでもありませんね。我々人族はあなた方と敵対しているのですから」


「うっざ! こいつ殺していいよねオフィール⁉︎ 泣きながら殺してくださいって言わせてやるよ!」


 細剣を構えるハンクォーにウルテアが嗜虐的な笑みを向け、五指を広げる。


「ウルテア。目的はあくまで対話。殺してしまったら、叱られてしまうわよ」


 ふん! と盛大にそっぽを向くウルテアは地面を蹴る。構えを解かないハンクォーは視線をオフィールへと向ける。


「目的はなんですか?」


「勇者様には魔人族になってもらい。世界を救ってもらいます」


「はっ?」

「魔人族に?」

「なに言ってんだ?」

「ちょっと、なに言ってるか分かりません」


 突飛すぎる内容に、皆が間抜けた声で返答した。

 なにを言っているんだこの女は、世界を救う? 魔人族は世界に混乱を招く存在である、魔物を産み出し、争いを好み、血に飢えている野蛮な種族。それが勇者達の認識である。故オフィールの言葉の意味が理解できない。

 

 オフィールは堂々とした態度であり。その様を見る限り、間違っているのは勇者側だと思うほどである。

 

「なに言ってんだ。お前らが世界を滅ぼそうとしてるんだろうが! 魔物を生み出して、世界征服を企んでるんだろ⁉︎ お前らを倒す為に俺らはこの世界に召喚されたんだよ!」


 声を荒げ反論したのは樹。その言葉は召喚初日に王国の人間より言われた言葉である。


「世界征服なんて、そんな夢物語は企んでいないわよ。物事は多方面から見ることをオススメするわ、ぼく?」


「ぼくぅ⁉︎」


 子供扱いされた樹が飛び出そうとするがマグタスが止める。次いでオフィールを睨む。騎士団団長の圧力は相当であり、近くにいる者達は圧倒される。


「なにが狙いだ」


「勇者様へのお誘いよ」

 

「だそうだ。どうする斗真⁉︎」


「俺を誘う魔人族側の意図を聞きたい」


 マグタスの大声が闇の庭園に響く。斗真は淡々とした口調であった。

 これには皆が驚いた。てっきり斗真なら、頭ごなしに否定するものだと思っていたからだ。


「利己的、独善的、欲深そんな言葉があなたにはピッタリね、勇者様」


 オフィールが悪い笑みを斗真に送る。受ける勇者はさして表情を変えず沈黙を貫く。

 斗真は何も反論しない。仲間達はその様子に困惑する。皆の知っている斗真は——自分より他人を優先し、誰にでも優しく平等。頼れるリーダーであり、カリスマをも兼ね備えた完璧な人間——それが青峰斗真だからだ。オフィールの表した斗真とはかけ離れている。


「魔人族になればあなたの願望、希望、憧憬。それら全て叶うわよ」


「へぇ。興味深いね」

 

 斗真の目が見開く。異世界で初めて知った感情を無限に得られる。それは斗真にとってはどんな金言よりも心に刺さる。

 

「斗真!」

「斗真くん!」

「斗真さん!」


 一歩、二歩と斗真は足を前に出す。向かう場所はオフィール。

 皆が叫ぶ。ありえない。斗真が仲間を裏切って敵に寝返るなどあってはならない。


 親友である樹は斗真を抑えようと動き出す。樹だけではない、翔、寛二も斗真の名を呼び勇者の真意を確かめる為に、肩をつかもうとする。ハンクォー、マグタスもしかり。

 

 男ばかりでは無い。美桜、アスカもこれまで戦った仲間であり、皆を導いた勇者を止めようと動く。


 真緒は冷静に斗真の行動を分析する。だが分からない。全てが分からない。オフィールの言葉の意味も斗真の行動も、もしかしたら青峰斗真とは全く別次元の生き物なのか? との考えまで浮かんできている。


「ありがとう。ウルテア」


 動きだした瞬間に斗真以外の全員が止まる。体が一ミリも動かせない。声も出せない。なにか硬質の糸で縛られているようだ。


 オフィールが礼を言った相手は五指を広げ闇が広がる空に向けていた。青峰斗真は一度仲間たちを見る。その顔は無表情である。


 仲間が拘束されているにも関わらず、どうでもよい。そんな態度である。

 躊躇なく歩きオフィールの前に立つ。


「さぁ。勇者様。この手をお取りください」


 細く美しい指が斗真の前に差し出される。

 その手を取れば勇者は魔人族へと引き込まれる。世界を救うよりも世界に混沌を呼ぶ存在となるだろう。斗真が戦闘に身を置くという観点で考えれば非常に都合の良い世界と云える。

 


 初めて知った感情に斗真は抗えない。

 命のやりとりをもっと欲する為に、オフィールの手をとった。

 勇者と魔人族が手を握り合い。世界の混沌が約束された。



 ウルテアは興味なさそうにそれを見つめる。

 レットは勇者の行動に「ほぅ」と漏らす。

 ソネットは乾いた拍手をおくるが、それはオフィールにおべっかを使う拍手なのが見て取れる。共に旅をしてきた一同は必死にもがく。だが不可視な拘束から逃れることができない。


「偉いわ。今回の勇者様は当たり(・・・)のようね」


 オフィールは柔和な笑みで斗真を見つめる。

 斗真は応じるようにオフィールに視線をおくる。




「あら?」



 その声はオフィール。 

 違和感に気付き、握られた手を見ると手首から先が消えていた。

 血肉を見せる手首の断面にオフィールが頭を傾げる。


 斗真が動く。瞬時に聖剣を閃かせ、オフィールの手首を切り落としたあと、皆を拘束するウルテアに向かう。


 聖剣の切っ先には薄暗い血が付着していた。僅かな隙であった。勇者だからこそ、ウルテアに奇襲ができた。


「なっ! しねぇ!」


 ウルテアが吐き捨てるように斗真に手の平を向ける。そこからは蜘蛛の巣状に広がった糸が飛びだす。聖剣を器用に旋回し、勢いをころし真横に跳躍、移動先で地面を蹴り付け加速。狙いは皆を拘束する糸である。


「はぁぁぁぁぁ!」

 

 夜空に突き出した腕に聖剣が一閃。だが、腕を切る前に糸がウルテアを守る。ただの糸では無い。鋼すらも切断するウルテア専門の武器は、時として主人を守る最強の防具にもなる。


「残念だったな! 勇者!」


 獲物が自分からやってきた。ウルテアの目がそう語っていた。口元を舐め、今度はこっちだと糸を操る。


「いや、これでいいさ。樹!」


 勇者が呼んだのは友の名。


「まっかせろ!」


 斗真の狙いはウルテアへの攻撃、それによる仲間達の解放。

 少しで良かった。拘束の糸がほんの少し緩めば、死戦を潜り抜けてきた皆ならば、拘束を解くだろうと考えての行動だった。


 ウルテアが殺意を込めた罵倒を勇者に向けた時、頬に熱を感じた。 


「あああああああああ! いくぞこらあああああああああああ!!」


 ——鳳凰滅光灼熱波 (一億万度だこの野郎!)



 樹が燃える。炎滅士の名に恥じぬ炎が闇の空を紅蓮に照らす。

 周囲一帯に広がる熱。その様は炎の海である。

 炎海より鳳凰が現れる。羽ばたく姿は優雅であり、可憐であり狂気であり、魅力的であった。斗真の作った隙から拘束が解かれた仲間達は、大技に巻き込まれないよう素早く移動。

 

不浄なる闇に光を(テイルレニア)!」


 今度は斗真が叫ぶ。聖剣から眩い光が発生する。

 光は鳳凰に吸い込まれると、神々しい赤白(しゃくびゃく)の光となり一面を照らす。魔に魅入られた存在のみが炎と光に包まれ消失する。勇者と炎滅士の合わせ技である。


 鳳凰が闇を赤に照らし。闇を照らす白光が赤を白に変える。赤白の光にのまれれば、いかな力を持つ魔人族も敵では無い。大技を繰り出した二人は毅然とした態度で光の終息を待つ。


 オフィールは青峰斗真の存在を誤認していた。

 彼は確かに、戦闘に生きがいを見いだしている。生死の中で知った相手との感情の共感。相手が強ければ強いほど共感は増幅していく。


 魔人族と手を組めば、毎日を戦闘の中で生きることができる。それは理想。

 

 だが、先々の理想より斗真が選んだのは目先の共感であった。

 唐突に現れた魔人族。ひと目で分かる圧倒的な実力を感じた。

 身震いが止まらない。 

 先々の共感などいらない! 今、この瞬間のほうが何倍も、何百倍も俺に感情を教えてくれる。

 

 お前らと仲間になるよりも。今から殺し合いをして俺にたくさんの共感を教えてくれ!

 それが利己的な斗真が出した結論である。


「斗真! サンキュ!」


 拳を突き出す樹に斗真も拳を合わせる。


「斗真! この野郎! ビビらせやがって!」

「肝を冷やしたぞ」


 斗真の肩に勢いよく腕を回す翔。

 寛二は安堵のため息をはく


「斗真キュン! 冗談でもヤメてよね!」

「それな! マジで焦ったから!」


 アスカと真琴は斗真に文句を言うが、どこか嬉しそうだ。


「さすが俺たちの勇者だ!」

「我々もまだまだのようですね。団長」


 マグタスとハンクォーが賞賛を送る。


「青峰君。君って人は本当に……」

「信じてたよ。斗真くん」


 真緒は何か言いたげな表情のあと、諦めてため息をつく。

 美桜が微笑みを斗真におくる。


「まいったな」


 仲間達からの言葉に、斗真は口癖で返す。

 長い時間を共にした皆を見捨てることに、何も思わなかったわけではない。故に斗真は聖剣を魔人族に向ける。


「さぁ、いこうか」


 赤白の光が包まれる場所に視線を向ける斗真の口角は、僅かに上がっていた。


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