まるで歌劇の一幕のような
この世界では五つの種族が争いを繰り広げてきた。
亜人族は自由を勝ち取る為に。
精霊族は領土を守る為に。
海人族は向けられた矛に屈しない為に。
魔人族は殺戮という快楽を楽しむ為に。
人族は民を守る為に。
五種族は争いを繰り返し、やがて精霊族と海人族は争いを拒絶した。
亜人族、人族、魔人族で繰り広げられる戦争。戦に駆り出される戦士は、なにを思い、剣を振るうのか、魔法で敵を倒すことに意味を見出せず、国の為という大義名分の為に命を捧げる。敵というが、同じ世界で暮らす者同士である。その観点から見れば戦争など、愚か以外のなにものでもない。
そんな愚かな戦争が、一部の者達によって仕組まれたものだとしたら。
あなたは、どうする?
ーーー
勇者一行は占術士を探す。という長い旅を終え、人族の領土に戻る事ができた。
長旅であったが皆に疲れはない。有事に備え十分な休息をとるよう占術士――千姫――からお達しがあったからだ。
「長い旅路で疲れたろう、戦いも多かっただろうに。このまま移動すればお主達の王城に夕日が沈む頃には辿り着くだろうが、今は休む事が先決じゃ。旅の疲れは今日ではらうように」
千姫の言葉を聞いた一同は「そんなに気を張らなくても大丈夫ではないのか?」と返すが、そこは千年を生きる占術士の一喝で、誰も反論せずに終わる。
「どうにも、嫌な予感がするの」
その一言で。到着目前であったが、大事をとり休息となった。
青峰斗真、古賀樹、石巻寛二、貝塚翔、坂下美桜、奏真緒、七海アスカ、園羽真琴は、これまでの疲れを癒すように深く眠り。
騎士団団長マグタス、副団長ハンクォー、小隊長レフィーナ、千姫も適度な飲酒をしたあと、これまでの疲れからか直ぐに眠りだす。他の騎士団員も同じく休息をとる。
その眠りはこれからの激戦を表すかのようであった。
翌朝。皆の顔色は目に見えてよくなり、体の動きが軽いとはしゃぐ者達もいた。
ここまで来れば、急ぐという感覚が皆鈍くなり、通常時よりものんびりとした移動となった。
隊列を組む頃には引き締まった顔となり、移動を開始。緊張の中でも穏やかな空気が続き、それもまた、皆の精神や体力を十分に回復させた。
程なくしてたどり着いた人族の領土。
騎士団員は無事に戻れた喜びから、歓声が上がる。勇者一行も交え、これまでの苦労話に花を咲かせる。
日の光が頂上にもいかない時間に、王城が見えてきた。発展する都市が目立つ人族の領土は他種族と比べても随分と裕福であるが、今は妙な静けさがあった。街道に人の姿はなく、商いの声もない、怖いくらいに静かであった。
それは、勇者一行、騎士団一行が不在であった為に、住人が外出を控えていたからだ。
いつ戦争が起きても不思議では無い為、大事ないよう先手を打った国の方針である。
「勇者一行のお帰りだぜ、凱旋パレードくらいしてほしいぜ」
シンと静まった街道で貝塚翔が皮肉混じりに冗談を言う。
「確かに、でも、帰ってくるのは久々だな」
「なんか長いようで短いようで、あっという間だったような、めちゃ時間経ったような、私はそんな感覚だよ。樹ちゃん」
「いや、どっちだよ」
樹が考え深げにため息をつくと、アスカがこれまでの感想を語り、真琴がツッコミを入れる。寛二は無言で相槌を打つ。
そんな輪の中に馴染まずに美桜は、落ち着きない様子で辺りを見渡していた。まるで誰かを探しているような素振り。
ニマリ―― それを瞬時に見逃さない女――アスカが美桜に近づく。
「お姉様に言われたことが気になるんだね。探し人は何処かね〜?」
「なななな、何のことかなアスカちゃん! 私は別に、誰も、探して、ないし!」
アスカの言葉を必死に否定する美桜。
「千姫の言葉? あぁ、アレよね。もうすぐ――」
「真琴ちゃん! 冷静に思い出さないで」
慌てる美桜に――見逃さない女二号――真琴がニヤニヤと近づき、息をするように美桜をイジり出す。
隊列の前方では、斗真が若い騎士団に質問責めを受けていた。
勇者から戦いを学ぼうと、前のめりになる新兵達。斗真はいつものように愛想よく、当たり障りのない返答をしていた。
千姫は馬車の中で眠っており、護衛という形で小隊長レフィーナが付き添っている。
いつもの光景であり、いつもの移動風景であった。
やがて大きな門が見える。見上げるほど大きな門を潜れば、王国が管理する都市があり、その先に王城が見えてくる。
「マグタスだ! 門を開けてくれ!」
先頭を歩く団長の大声も、いつもより伸びがある。
顔には出さないがマグタスも同じように、無事戻れたことに心を弾ませていた。
自動魔法により、重々しい音と共に両扉が開かれていく。足を踏み入れた王城都市内は他の都市と同じように、静まり返っている。通りにも人の姿は無い。
いつもであれば、王城内の都市は賑やかであり、転移したクラスメイトは訓練の無い日は遊びにでる者達もいる。賑やかな雰囲気を知る一行は、少し寂しさを感じていた。
しばらく歩いた時、マグタスが足を止める。――隊長が止まることで隊の進行も止まる――全体止まれの号令後、数秒経過したがマグタスは動く気配が無い。異変を感じた副団長ハンクォーと勇者一行が、先頭に移動する。
「団長?」
阿吽の呼吸たるハンクォーでもマグタスの行動は読めず、問いかけるが返答はない。少しあってからようやくマグタスの口が開く。
「静かすぎるな」
物音が一つも無い。
人の話し声も無い。
言葉通り静かすぎる。
まるで人が一人もいない。そんな様である。
皆も気付く、おかしい。
視線を左右に転じ異常を探る。だが建物が並ぶ都市はどこも変わった様子はない。そう思った瞬間である
「あなたが、勇者?」
幼い少女の声である。
声は前方から。やや距離がある場所で少女が佇んでいた。
白と桃色のドレスが似合う可愛らしさがある。だがどこか不気味であった。
少女の肌が異様に白く、バランスが取れた顔立ち。大きすぎる目をしており、まるで人形のようであるからだ。
「え、こわい」
少女の異様さに、アスカが慄く。
「気を付けてください。様子がおかしい」
ハンクォーは、皆が動揺しないよう注意を促すと「あなたが勇者?」被せるように、またも少女の声が響く。少女の異質さはもう一つあった。
「あなたが勇者?」と問いかける言葉が耳から入らずに、脳に響くような不快感があったからだ。
「あなたが勇――」
「戦闘準備‼︎」
意識をもっていかれた皆は、マグタスの怒号で我に返る。
勇者が聖剣を構えた時――「ふふっ」と耳朶を舐めるような甘い響きが届く。
「ウルテア。あまり恐がらせてはダメよ」
「はいはい。オフィール」
あまりにも自然な会話が皆の耳に届いた。動揺が隠せない一同には、そのやりとりは酷く滑稽に聞こえた。全員が声の方向に振り向く——だがそこには誰もいない。
斗真は聖剣を掲げる。
樹は己を鼓舞させるように、全身から炎を発生させる。
寛二は巨大な戦斧を、翔は細身の槍を構える。
アスカは分身を作り、皆を守るように広がりだす。
真琴はいつでも敵を捕縛できるよう、大きく五指を広げ出す。
真緒は精霊コッコちゃんを呼び出し、いつでも時を戻す準備を始める。
美桜は味方の回復に務める為、又は堕天の準備の為、膝をつき祈りを捧げる。
七名はこれまでの戦いで身につけた所作は見事であり、騎士団よりも素早かった。だがこれまでの、どの戦闘とも違う異質さを感じていた。恐怖が心根の奥底から湧いてくる。そんなイメージであった。
得物を構える勇者一行。皆の不安を軽減させるように、マグタスとハンクォーが前に出た時、ふと違和感に気付き後ろを見る。
――いない。
先ほどまで隊列を組んで移動していた騎士団の姿が消えていた。
一人もいない。荷を引く馬も、千姫が休んでいた馬車の姿も無い。後方は大きな門が見えるばかりである。
「団長」
「ハンクォー。いざとなったらお前が皆を連れて逃げろ」
「了解しました」
勇者一行は不測の事態に焦りを見せるが、マグタスとハンクォーは冷静に、短く、事務的なやりとりで認識を共有させる。
そのやりとりに皆が驚く。何度も死戦をくぐり抜けてきた仲間である。ハンクォーの性格を考えれば、皆で生き残る。と反論すると思っていたからだ。
これは決して冷たいやりとりではない。
戦いに身を置くものであれば当然の思考である。多くを助ける為には個を犠牲にする。勇者一行はどこかで、本当に僅かだが甘えがあったかもしれない。
改めて常識が通じない世界だと覚悟を決める。
「斗真!」
「樹、いざとなったらアレをやろう」
「おう!」
「アスカ、分身達を都市中に散らばせて様子を伺わせて。真琴、周囲に網を張って敵の有無を確認。美桜、戦闘になったら随時回復を」
「任せて」
「了解」
アスカは素早く行動に移す、真緒の命令を疑わないのは、これまで培ってきた信頼であり、それは真琴も同様である。分身を終えたアスカは四方に散り、都市の調査に向かう。真琴は五指を水平に広げ、目に見えない感知の網を地面に広げ出す。
「真緒ちゃん」
「大丈夫よ、美桜。いざとなったら時間を戻すわ」
不安げな美桜の心配を和らげようと、己の肩を指差す真緒。そこには子猫の姿をした精霊コッコちゃんが、眠たげな様子であくびをしていた。
「おい、石巻。あれ」
「うむ。先手必勝といこう」
二人は先手を打つ為に少女に向き合っ――ケタケタケタケタケタケタ! 突然に少女が笑い出した。人の笑いではない。明らかな異常。
「先手必勝!」
一瞬である。瞬時に詰め寄った翔の細槍が少女の首を貫いた。速度だけでみれば、この面子の中では上位を誇る。
穂先が少女の喉を貫通した。だが異常な笑い声は止む気配が無い。少女は首を九十度に曲げ、四肢を逆側に向ける。その様は人を無理やり蜘蛛の形に近づけた様である。
少女はやはり人形であった。
止まらない笑いに翔が後退するが、細槍が引き抜けない。喉を貫通した穂先を引いても、押しても動かない。まるで人形の中に別の生き物がいて、がっしりと穂先を掴まれている感覚だ。
「貝塚!」
咄嗟に聞こえた仲間の声。
瞬時に細槍から手を離し跳躍。戦斧が真横に一閃。重い音と同時に硬質が砕ける音。寛二の一撃で人形は上下に分かれ、地面に落ちると同時に、粉々に砕けた。
「助か――ってマジかよ」
「なんと――」
細槍を拾い、礼を言う翔は言葉の途中で固まってしまう。
寛二もソレらをみて息をのむ。
先ほど破壊した気味の悪い人形が、建物の影より現れる。それは一体ではない、十体、百体、千体と、気付けば無数の人形が周囲に蔓延っていた。通りの一面に、屋根の上に、路地裏に、至る所に同じ顔、同じ服装、同じ笑い方の人形達。
――ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ!
その様は、魔物よりも恐ろしい。
大量に現れた人形。ここは捕縛士の力で一網打尽が望ましい。
真央の考えはいつも正解であり、間違いが無い。
だが、不測の事態には弱さがあり、それは真緒も自覚している。それを精霊コッコちゃんと契約することにより「時を戻す」力で補っていた。だが、もし時を戻すが通用しなかったら。
「真琴!」
「任せて!」
人形は囚われまいと一斉に動き出す。
「争いは好きじゃないんですがね」
またもや声。聞き覚えのない、弱々しい呑気な男の声。先ほどと同じようにどこから聞こえているのか分からない。
声はもう一度聞こえた。
「ソネット。横着も大概にしなさい。レヴィ様に報告するわよ」
「オフィール殿はいつでも手厳しいです。まぁ、やれることはやりますよ」
艶のある女の声と、呑気な男の声は下から聞こえた。
影からである。判明した瞬間に皆が足元を見る。
「そこまで注目されると、照れてしまいますね」
足元の影より現れたのは魔人族の男。いやに細い。枯れ枝のような体格である。黒いボロを纏い、吹けば飛びそうな男の得物は大型の鎌。その風貌も相まって、死神のように見えてしまう。
勇者一行に囲まれた魔人族の男――ソネットが勢いよく両手を合わせると、ぐにゃりと空間が歪む。
――不味い。マグタスとハンクォーが動く。
突如現れた魔人族。会話をしていたことを考えると他にも控えているはず。加えて今の空間の歪み。おそらく何かの魔法を作動しようとしている。
「やらせません!」
素早く動いたハンクォーの刃が、ソネットの首を跳ね、マグタスの大剣が胴を両断する。
「惜しい。あと一歩でした」
本当に残念といったソネットの口調。地面へと転がる首と体からは血は出ていない。だが人形ではない。断面からはしっかりと肉と骨が見える。
魔人族の魔法は防げたが、一抹の不安は消えない。真緒はそっと聖霊に触れ、助言を求めようと呼びかける。
「コッコちゃん⁉︎」
「真緒。気を付けて、時間を戻すタイミングは見誤らないで」
「——あら、稀有な能力だわ」
会話に割り込むのは、男を惑わす艶を詰め込んだ声。何が楽しいのか――ふふ。と誘うような笑いが続く。
次には翔と寛二の声が響く。
「なんなんだよ、この不気味な人形達は!」
「数が多すぎる!」
翔の細槍、寛二の戦斧が何度も人形を破壊するが、その度にわらわらと、とめどなく現れ一行を囲うように迫ってくる。
「あなたが勇者かって聞いてるんだけど?」
大量の人形の口が一斉に開く。一斉に同じ言葉を、寸分違わぬ口調で斗真に向けられる。勇者は聖剣に力を込める。大技を駆使し状況の打破を試みる。
「素質は十分にあるようだが、少し若いな」
張りのある、力強い男の声が斗真の耳元で聞こえた。瞬時に左右を見るが、先ほどと同じように誰もいない。
その声を聞いたあと、斗真はどうしてか汗を流していた。
樹が人形を一掃しようと行動に移す、空に紅蓮の業火を発生させる。大きな火柱を人形と、倒れる枝のような魔人族に向ける。
「だめよ。勢いばかりでは。女は直ぐに逃げてしまうものよ」
艶のある女の声が辺り一帯に響くと、火柱が縮小していく。自らの炎が弱まっていく様に、樹が焦りの声を出すが、皆の耳には女の声しか届いていない。
「歓迎するわ。ようこそ私の世界へ——」
誰しもがその声に意識を奪われていると――パン! ――と勢いよく手と手を合わせる音。
―――――続く緊張の場に、耳鳴り音が響く。
「あれ⁉︎ 私、さっきまで王城に向かってたのに。なんで皆いるの? ってかここ、どこ?」
襲撃には対応せず、都市の状況把握に動いていたアスカが、いつの間にか皆の側に現れた。
「転移結界」
ハンクォーが驚愕の声を出す。
「あら。騎士なのに、随分と魔法に明るいのね」
弾んだ女の声が古城のような場所に響く。
「ここは、どこ?」
美桜の不安げな声は、これから先の行末を表しているようであった。
いま、皆が立っている場所は、王城内の都市ではない。先程まで戦闘をしていたかのような、荒れ果てた古城の庭園であった。
明るかった場所は薄暗い闇に覆われている。
古城は半分以上倒壊しており、城を守る城壁も原型が分からぬほど崩れている。
掲げられた旗には炎が灯り、薄暗い空間に赤色の光を与えている。旗は燃え尽きることなく、いつまでも燃えており、不気味さに拍車をかける。
石畳の地面は鮮血の赤がそこかしこに散らばっており、他にも長い間放置された赤黒い血もこびりついている。
ひしゃげ、血に塗られた武具、防具、馬具が散らばるこの場所は、先ほどまで城攻めを受けていた印象を与える。
大量の人形達も消えていた。皆が呆気にとられていると、コツコツと、石畳を歩くピンヒールの音が場違いに響く。
「ようこそ勇者様。私、魔人族のオフィールと申します。以後お見知り置きを」
色気を固めたような魔人族の女が勇者一行の前に現れた。簡潔な自己紹介は、先ほどまで耳元で聞こえていた声と同じ。まるで歌劇の一幕のような優雅な所作である。
勇者らは戸惑いを見せる。王国の人間の話では、魔人族は野蛮で下劣と聞いていたが、目の前のオフィールからは、高い知性を感じたからだ。




