波長が合うから笑い合う
フルカスに取り込まれ死んだはずのノーマは、さも平然と生き返る。砕かれた指も、突き刺された目や喉も完全に治った状態である。嵐に合わせ踊りも激しくなっていく。サギナは一笑した。
「ふむ。今のでフルカスは当分使えないか、テイバイもすっかり怯えている」
長槍と短槍からは奇妙で奇怪な雰囲気が消え、ただの槍と貸していた。
漆黒の瞳が左右に流される。攻撃魔法を駆使し魔物を止めている三人もいずれ限界がくるだろう。地面にめり込み動く気配の無い綾人。対峙するのは殺しても死なない敵。状況はよろしくない。否、このまま消耗戦が続けば全滅である。絶望が先にある中でサギナは——。
——おもしろい。と美しい顔を歪めて笑う。
「ここで貴様を倒せば、皆に、というより。暴蘭の女王の信頼を得られるだろうな。故に貴様には供物になってもらおう」
サギナは感の良い女である。当然ティターニからの信頼を得られていないのは気付いている。ならば行動で示すのがいちばんの近道だ。再度笑う姿は妖しく魅力的である。嵐の中で輝くサギナ。その頭部の角が雨に濡れギロリと光り、鬼のように見えてしまう。
二槍を器用に操り鬼姫が駆ける。ノーマはでたらめな構えで迎え撃つ。
追い風を抜き去るサギナの疾走。一瞬で距離が詰められる、ノーマは慌てた様子でパンチを繰り出すがもう遅い。二槍が嵐と共に踊り片足を細切れにする。
ギャウと情けない声を上げノーマはバランスを崩し地に倒れこむ。ノーマはやられているが笑い出す。戦闘に身を置ける自分に高揚していた。
「その笑い声は、随分と癪にさわるな」
鬼姫の攻撃は止むことがない。瞬時に移動すると長槍が乱れ飛ぶ。ノーマの喉に何度も刺さり声を殺す。次に狙うのは目。無駄のない攻撃でノーマは声と目を失う。
サギナは大きな巨体をつたい、時に地面を駆け移動する、次に狙うのは首。切断しようと試みた時、本能が後退せよと伝えてきた。直ぐに後方跳躍。
「ほう、よい攻撃ではないか化け物よ。悪くないぞ」
それは舌である。口内より伸びた舌は異常に長く、先が槍のように尖っていた。大地に刺さる舌が引き抜かれると、地面には穴が開いており、簡単に人の体を貫けることが証明される。
戦闘経験がないノーマではサギナを捉えることができない。故に行き着いたのはヒルコの主武器の舌であった。自由自在に動く舌が直ぐさまサギナに襲いかかる。
「だが、こんな攻撃ではいつまで経っても当たらんぞ!」
幾多の戦闘を繰り広げた鬼姫には届くはずもない。躱し、弾きながらも前進していく。ノーマはヒルコの力をうまく使いこなぜず焦り距離をとろうとするが、細切れにされた足はまだ再生しておらずズルズルと後退する。
「そら観念しろ。その野太い首を切断してやる」
ノーマの体をつたい首元まで移動したサギナは唇を舐める。逃げることは鬼姫が許さない。舌先の攻撃を大きく弾くと両肩を隆起させ、槍を握る手に圧力が増していく。
高く掲げられた二槍は真っ直ぐにノーマの首に突き刺さる。体はヒルコであるためになかなかに貫くことができない。だが鬼姫は力で強引に槍を進めていく。黒く硬質な腕はその力を受け軋み出す。踏ん張る足も同じく軋む。
——ムン! と一歩強引に踏み込むと槍の穂先が喉を貫通。ニタリと笑う喉から野太い声が上がり出す。
「ぬぅぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお‼︎」
二槍を強引に動かす。長槍を右に、短槍を左に動かし、力で首を切断にかかる。はたから見れば異常である。そんなことができるはずがない。
体の質量が違いすぎる。サギナとノーマでは小人と巨人ほどの差がある。小人が巨人の首を力で、細槍で切断しようとする行為は、誰しもがやらない狂喜の沙汰。
不可能を目前に、漆黒の瞳が輝いていく。そしてありえないことに二槍は徐々に左右へと動いていく。力のみで強引に不可能をねじ伏せていく。
先の亜人帝国の発言でサギナはこう語ったことがある。
——私と力比べで勝てるのはこの世界に五、六人くらいなものだ——。この言葉が真実であると告げている。ブットルの極級魔法——狂水竜の顎——に正面から向かう度胸といい、やはりこの黒い女はとち狂っているのが分かる。
魔法攻撃を発動し続けている凛とティターニは、ただただサギナの戦闘スタイルに驚き、ありえないと表情で語る。実力を知るブットルでさえ、ありえない女だ。と喉を唸らせる。だが目の前でありえている。全てを力でねじ伏せる。それがサギナである。
「さぁさぁ、半分まで来たぞ化け物よ! 早く私を殺さねば、首が跳ぶぞ!」
ノーマの首中央に突き刺す二槍が、左右半分まで移動していた。黒腕の軋む音をより響かせて切断にかかる。
ノーマとてただやられているわけではない。槍と化した舌先でサギナの体を貫き、野太い腕を暴れさせるが、サギナは止まらない。鼻、口内、耳から血を流し、腹に穴が開くのも構わずに力を込めていく。
「気合を入れろ化け物よ、そんな攻撃では私を殺せんぞ! ハハハッ! 焦っているな、古来より化け物退治は首を跳ねるのが一番だと言われるからか? ならば簡単だ、お前も私の首を跳ねてみろ!」
サギナが再び叫び力を込めると、呼応するように槍の進みが早くなる。させまいと舌先がサギナの首を貫く。首に大きな穴が開き血の塊が溢れ出す。さすがの鬼姫も攻撃の手が緩んでいく。口から血の塊を吐き出す。万事休すとはいかない。鬼姫の口角は上がっていく。
「良い攻撃だ、だが、今一歩だ、婿のように、私を痺れさせるまでには至らぬな!」
——————。ノーマの不明瞭な発音の後、首が空中へと上がる。野太い首を細槍で切断するという力技には絶句という言葉が適切だ。
切り落とした首が地面に落ちる。大口を開け、長い舌がだらりと飛び出し、猿顔は苦悶の顔で首を切り落とされた。
首が再生はする兆しがない。体も横たわったまま動く気配がない。一息つくとサギナの顔には達成感がある。
「ふぅ。さすがに堪えたな」
二槍に寄りかかるようにへたり込む。
穴が空いた腹部を撫でる姿は戦闘終了を告げた。少しの休憩後、魔物を抑えている三人の加勢に向かおうと段取りをつける。
だが忘れてはいけない、相手は詐術士である。騙すことが生業なものには正攻法は届かない時もある。切り落とされた首。白目をむいていた目に意思が宿り出す。そのことに誰も気付かない。
ノーマの体が動きサギナはバランスを崩し地に落ちる。のそりと動く体には首がない。ないのだが——キキキ——と聞こえるあの笑い声。へたり込んでいたサギナが顔上げると腹部からノーマの猿顔が飛び出していた。
——キキキキ——。
腹部から生えた猿顔と地面に転がる猿顔の笑い声が重なり合う。それは音の拷問のように周囲に響く。笑う声の中には「俺は強い」と誇示するような面も伺えた。
休むこともままならないサギナは、槍を支えに立ち上がる。目に見えて疲弊する黒い女に嘲笑を送るノーマ。
一頻り笑うと反撃が始まった。でたらめなパンチは格好こそ悪いが威力は相当であり、二槍で防御するが簡単に吹き飛ばされてしまう。
一撃をくらい吹き飛ぶサギナ。凛が、水王が、ティターニが助けに向かおうとするが、魔物の波は一向に収まる気配がない。攻撃魔法を止めれば、瞬く間に連携が崩れ一気に劣勢となる。この状況でそれは悪手であると三人は理解していた。故に動けない。
何とか立ち上がろうとするが腹部に違和感を覚えた。焼けるような痛みで顔を顰めながら視線を落とすと、真っ直ぐに伸びたノーマの舌先が突き刺さっていた。
腹に穴が開くのは初めてではないが、妙な痛み。まるで毒でも仕込まれたかのようだ。振り払おうとするもその力はなく、腹に舌が貫通したまま上空へと持ち上げられる。その格好はまるでモズの早贄である。
「——くっ! この!」
抵抗をするが、地に足がつかない状況ではうまくいかず、ジタバタとしかできない。ノーマはそれを楽しげに見て、パッカリと大口を開ける。不規則に並ぶ乱杭歯。
ポンと、間抜けな音が発生する。サギナの腹部より舌が抜けた音だ。足場もなく、移動が不可能な状態である為、そのまま落下していく。待ち受けるは乱れた牙と暗い口腔である。
さすがのサギナも体を切断され、化け物の胃の中に収まれば死んでしまう——マズイ——サギナは空中での移動を試みるが上手くいかず、二槍を使い上手い脱出を考えるが時間が足りない。不揃いな牙がもう目前まで迫っていた。
さいあくは腹の中で槍を振り回し反撃する。だが上手くいくかは微妙である。折角心を許せる者達と、自身を委ねられる者と出会えたのに、こんな場面でお別れとは、上手くいかぬものだな。自嘲気味な笑みがこぼれ、僅かに目が閉じられた時だった。
「天上天下唯我独尊」
怒号と共に怒りの拳が嵐を、魔物の叫びを黙らせ、次いでノーマの巨体を吹き飛ばす。空に吹き飛ばされた巨体は、周囲を囲む魔物達の一部に突っ込む。下敷きになった魔物は断末魔を上げ消えていく。
落下するサギナは、何が起きたか理解不能のまま、僅かに思考を停止してしまう。ハタと気付くと、目の前に迫る地面。受け身を取ろうとしたが、間に合わない——。
——きゃ! と随分可愛らしい声であった。
「大丈夫か?」
「——ッ、婿」
サギナは落ちる直前で綾人に救われる。
それもお姫様抱っこで抱きとめられてしまう。二人は見つめ合う。大きく見開いた瞳を綾人に向けるサギナ。その顔は少女そのものだ、抱きとめる綾人は気恥ずかしさから顔を逸らすが、満更でもない様子でもう一度サギナを見る。
こうして二人のラブロマンスが始まる——。
「ははははははは!」
「だはははははは!」
——わけはないのである。二人は笑い合う。サギナは煩わしそうに綾人の腕から離れ、地面に立つ。綾人はサギナを地面に放り投げる。
「ださっ、なに? キャって⁉︎ なに?」
「ん? 誰がそんなこと言ったんだ?」
「いや、言ったじゃん。「キャ」ってアホみたいに「キャ」って」
「先ほどまで地面に埋まっていた男が言うではないか? あれのほうが数倍ダサいぞ。頬に土がついているのがよりダサい」
地面に埋まっていた男と鬼姫のラブロマンス的な空気は一瞬で消え去った。見つめ合いながらニヤリと笑い合う。ノーマの舌先が二人を襲う。左右に分かれながらも会話は続く。
「ボロボロだけど、やれんのかよ?」
「誰に言っている。当然だろう。婿こそまた呪いに負けそうではないのか? ん?」
「いや、全然! もうアレ俺の力になってっから。こっからぶちかましてくスタイルだから」
左右に離れ、縦横無尽に飛び交う舌先を躱し進んでいくと、向かい合う形となる。
「んじゃまぁ。このデカブツをサッサとぶっとばすか!」
「そうだな。さっさと片付けて、我々の歪んだ愛でも語り合おうか!」
サギナの言葉に綾人は舌を出し、うへぇとする。それを見てサギナが笑い、綾人も笑う。この二人は分かっているのだ。
俺と——私と——サギナは——婿は——似ている。
だからこそ、相手のミスを揶揄し合う。本心は心配をしている。だがどうにも面と向かって素直になれないややこしい性格の二人。故に気不味い雰囲気でこそ笑い合い、悪態を吐く。そこに決して悪感情は無い。ある意味、心根から信頼しているからこそできるやりとりである。波長が合う二人にノーマが迫る。
「だが婿よ、あれは首を切り落としても死なないようだがどうする? 何か策があるのか?」
「あぁ、じつはちょっと試したいことがあんだよ」
「ほう。起死回生の一手か?」
「まぁ、そんな感じだ。あの力でブッ飛ばせば、たぶんいけると思う」
あの力というのは呪いの力である。この世の理から外れた呪い。それを纏った綾人は化け物と化し、ヒルコを討ち、あまつさえ悪魔まで食らうという出鱈目なことをしでかした。
綾人が考えるように、呪いの力を使えば、おそらくノーマにトドメを刺すことができるだろう。だが、つい先ほどまでのまれていたから分かる。あの力を使うのがどれほど危険か。
「扱えるのか?」
確信をつくサギナの言葉に、綾人が黙ってしまう。
リスクとリターンが合わない。危険である。また仲間に手を出してしまったら、傷付てしまったら、罪の無い人をこの手で——そう考えると直ぐに返事ができない。
「何を情けない顔をしている」
清々しい声であった。サギナは微笑しながら言葉を続ける。
「空上綾人。貴様は私が見込んだ男だぞ。呪いとやらに負けない姿を見せてくれ。やれるだろう? 私を倒した男だぞ? 呪いに勝って私を虜にしてくれ」
サギナの声には、どこか渇望する響きを含んでいた。
「お前を虜にする気はさらさらねぇけどよ。煽られて黙ってるほどまだヒヨってねぇぞ俺は! 見てろや!」
「それでこそ私が見込んだ男だ」
——ケッ! と悪態をつく綾人だが、その顔は感謝の為か妙に赤い。それを受け止めるサギナは一笑を送る。綾人は大地を踏みしめ、深い呼吸を繰り返し、目を閉じる。もう一度、あの力を使う為に——。
「時間なら私が稼ぐ。しかし。どう足止めをしたものか」
再びノーマと対峙するサギナだが表情は明るくない。
首を切っても復活する化け物相手に痛みで足止めは不可能である。動きで翻弄しようにも体に蓄積されたダメージが早々消えるものでもない。フルカス、テイバイの能力も使えない状況ではサギナに残された手は少ない。
それでもと、二槍を構える。ここで踏ん張らなければ皆の命に関わる。ならばやるしかない。ノーマの攻撃を綾人に向かせない為、前に出た時——。
「無茶は禁物だぞ、若いの」
嗄れた声が耳朶に届く。振り向くと空に浮く杖に胡座をかくホビットの老人がいた。




