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共同作業


「あれは?」


「ヒルコ、なのか?」


 ティターニとブットルは困惑した声を出す。


 一行がたどり着いた場所は、奇しくも綾人が暴走を起こした場所であった。案の定ヒルコが悲鳴の主であった。皆がヒルコのみを見据える中、綾人は周囲に視線を送る。アクアの姿はどこにも無かった。もしかしたら食われたのか? 気にはなるが、今は違うと意識を切り替えヒルコを捉える。


「ほう。これがヒルコという古代生物兵器なのか?」

 

「そうだと思うが、俺も一瞬だけしか見えていなかったが——」 


 古代生物兵器を前にしても、平素と変わらぬサギナ。返すブットルはヒルコの姿に——どういうことだと首を傾げる。 

 

「ティターニ、あの角とコウモリみたいな羽って」


「そうね、古代生物兵器というよりは、魔人族がそのまま大きくなったみたいね」


 凛の言葉どおり、ヒルコの頭部には角があり、腰付近には蝙蝠に似た羽が生えていた。答えたティターニはその形容を的確に捉えている。


 空に向かって轟くように叫ぶのは、魔人族がただただ大きくなった存在であった。その大きさは古代生物のヒルコと同等である。


「相棒!」


「ルード下がってろ。っつかクソベルゼがどっかから見てるはずだ、それを見つけ出せるか?」


「ガッテン!」


「無茶するなよ」


 飛び立つルードへと声を掛け、綾人は前方を見つめる。

 

 —————————‼︎


 そこには叫び続ける者の姿。大きな体は灰色に染まっているが、箇所箇所は水色の名残がありヒルコを思わせる。叫ぶ口は一つであり、その容姿は先の説明通り魔人族の男である。


 叫んでいたソレは、綾人達の存在に気付くと叫びをやめ、空へ向けていた顔をゆっくりと正面に向ける。


「あの顔は——」


 いち早く反応したのはティターニ。何度も辛酸をなめた故に気付く。


「おい、あいつって——」


 次には綾人。そしてブットルも気付く。


「あの猿顔。魔人族の男、か?」


 今にもあの笑い、キキキッ——という声が聞こえてきそうである。

 綾人らは名前が知らぬが、男の名はノーマ。悪魔アスモデアに仕え、魂の抜けた体を乗っ取り、綾人、ティターニを錯乱に追いやった男である。


「どうなってんだ⁉︎」 


 男は綾人を見てニタリと顔を歪ませる、それは猿によく似ていた。

 途端に空気がひりつき緊張が走る、嵐は収まる事を知らず一層に激しさを増す。激しい風、強い雨は、さながら——キキキ——と聞こえてきそうである。


 耳に張り付く嫌な音をサギナは煩わしそうに払う。濡れる漆黒の髪は毛先が僅かに跳ねている。


「婿よ。これもベルゼという悪魔の仕業なのか?」


「さぁ、どうだろうな。でも絶対に関わっているだろうよ!」


 綾人が濡れた髪を強引にかきあげる、と同時に戦闘は始まった。


 ノーマが動く、巨体には似つかわしくない速さであった。灰色の肌に、水色の斑が残る気味の悪い体は残像を残し消え、巨木のように太い剛腕が振りかざす。標的にされた者の反応が遅れる。その速さには誰もが驚き、剛腕を向けられたサギナは二槍で受け止めるが、踏ん張りがきかずに十メートルほど吹き飛ばされる。


「サギナ!」


「心配ない婿よ、しかしやってくれる!」


 雨でぬかるんだ地面で、蠱惑的な顔が汚れているが、それでも美しいサギナの顔が怒りに歪む。直ぐに槍を構え態勢を立て直すが、綾人との戦闘と、ノーマの一撃で受けた痛手は直ぐには消えず、立ち上がる際に膝を崩す。


 サギナは己を奮い立たせ立ち上がろうとするが、ふと違和感に気付く——。


 嵐が、冷たい雨風が、先ほどより和らいでいた。それは嵐が収まる兆しを見せたわけではない。周囲に答えはある。


「まずいわね」


 言葉を吐き出すティターニはノーマから視線を外さずに魔法を展開。


「これも仕組まれたと考えるべきか?」 


 ブットルは杖を操り魔法を展開させる。


「タイミング悪過ぎ!」


 凛もティターニとブットルに続き。両手を掲げ、風魔法を展開していく。


「間違いねぇ、こんな嫌がらせ、アイツ以外にやる奴はいねぇ!」


 魔物の大群である。


 一行とヒルコの周囲を囲ように魔物がひしめき合っていた。まるで魑魅魍魎、悪鬼羅刹で作られたコロッセオ。


 魔物達は大なり小なり叫び、その数をどんどんと増やしていく。海国に現れた膨大な魔物をこの一箇所に集めたようである。


「さかしいぞ!」


 満身創痍のサギナに魔物たちが襲いかかる。

 テイバイで躱しフルカスで突き殺していくがサギナの反応は鈍く、キレが無い。いつもならば笑いながら敵を殺し続けるが、体のダメージがそれをさせてはくれない。また、運の悪いことに、ぬかるんだ地面により足を滑らせる。


 よろけるサギナに魔物の牙が襲いかかる——だが一瞬間に矢が、氷の小剣が、風の刃が、嵐を切り裂く右拳が、それを許さない。


 ティターニの矢は暴風を物ともせず次々と魔物の額に命中し、サギナに襲いかかる魔物を片付けていく。ブットルと凛の魔法が周囲の魔物を蹴散らし、その難を逃れた魔物達は素早く移動した綾人の拳で灰へと変わる。


 綾人は己の拳を見つめる。やや薄黒く変色した拳からは、言いようのない期待感が溢れている。


「——婿」


「さっさと立てよサギナ。お前がこんなんで倒れるタマかよ」


 優しい言葉ではないが、これでいい。むしろ優しくされたら、差し出された手を払い除けていただろう

 ——想像以上に私の扱い方を分かっている——サギナの体が一気に軽くなる。含み笑いをしつつ、綾人の手を握り立ち上がる。


「確かにな」


 痛みは消えた。羽のように軽くなった体で、仕切り直しに二槍を構える。


「しかし婿よ。妻に向かってタマというのはあまり関心せんぞ」


「今そんなことどうでもいいから!」


 ————————!


 サギナと綾人の会話は騒音によって掻き消されていく。


 ヒルコが地面を激しく踏みしめると、魔物達は呼応するように叫び出す。

 嵐にも負けないノーマの怒号は耳に張り付き、煩わしいとばかりに綾人も叫ぶ。雨で濡れた顔を乱暴に拭うと目前にノーマの姿があった。


 猿顔が実にいやらしく歪む。攻撃をするわけでもなく、厭らしい笑顔を送っている。


 迫るノーマの顔に向け、綾人は苛立たしげに拳を振るうが、大きな体型に似合わぬ素早い動きで躱される。離れた距離に移動すると、今度は煽るように踊り出す。その様はまるで猿である。


「こいつ! 人をイラつかせる才能があるぞ!」

 

「婿よ! 周りを見ろ」


 サギナの焦った声音で、僅かに冷静さを取り戻し、ノーマにばかり向けていた視線を周囲に向ける。

 

「マジかよ——」


魔物の大群が押しては返しと波のように迫っていた。ティターニ、ブットル、凛が広範囲の攻撃魔法で足止めをするが、見ていてジリ貧なのがわかる。三人は言葉を発する間もない程、逼迫した顔である。


 大技を使えれば形成は逆転できるかもしれないが、それは不可能である。綾人の暴走を止めるために何度も使用した代償がここに現れる。——チッ——舌打ちしても状況は変わらない。全て己の責任というのは分かっているから。だからこそ綾人の顔は歪む。


「婿よ。なにをイラついている?」 


「あぁん? 別に、イラついてはねぇけどよ!」


 綾人を捉える漆黒の瞳には優しさがある。濡れた前髪を乱暴にかき上げるサギナはノーマを見つめ出す。


「適材適所ではないか」


「あん?」


 挑発の踊りはまだ続いている。サギナも綾人も決して視線を外さない。


「我々は近距離に特化している。三人のように魔法は使えないからな。ならば私と婿であのふざけた猿顔の相手をすればいい。私を殴りつけた様子を見るに、猿も接近戦タイプのようだしな。適材適所だろ?」

 

 まるで簡単な数式を解くだけだ。そう言わんばかりのサギナに綾人は笑う。


「いや〜俺も案外だけど、サギナも相当だな」


「答えはいつも単純なものさ。そうだろ?」


 暴風にも負けない威風堂々とした存在感に綾人は苦笑する。三人を見る綾人は肯く。ティターニ、ブットル、サギナは魔法攻撃を止められない。やることはいつものようにシンプルである。


「ちげぇねぇ! 分かりやすくていいぜ!」


 綾人とサギナは走り出す。ノーマは向けられた殺気に気付きふざけた踊りを止め、構えも何もないただのパンチを繰り出した。


 それは綾人のような様になっている拳ではない。

 一度も人を殴った事がないような酷く不恰好なものである。それでも体の大きさ、丸太のような腕を考えれば、その威力は計り知れない。当たれば圧死するであろう。


「ぶっ飛ばす!」


 そのパンチに向けて嬉々とした表情で、綾人も拳を固く握る。


天上天下唯我独尊(シンプルに死ね)


 丸太のようなノーマの大きな拳と、綾人の拳では比較にならない。だが、いつものように結果を覆す右拳が唸る。


 ——ギギャ! 悲痛な声が響いたように聞こえたが、暴風で直ぐかき消される。


 大きな拳の小指が綾人によって砕かれた。綾人は正面から迎え撃たず、小指のみに右拳を当て、威力を殺し、かつ破壊するという器用な芸当を披露した。


「おらおら、もっと来いよ! その無駄にでけぇ拳が泣いてんぞ!」


 綾人の挑発に怒るノーマは、今度は左拳で綾人を殴りつける。

 ノーマのパンチは決して鈍間ではない。むしろ早く重い一撃である。型も何も無いパンチだが、その威力は絶大で、現にサギナを一撃で吹き飛ばしたのが良い例である。


 並の者は受けきれずに圧死するが、綾人は違う。いつものように、腰を落とし、力を込め、拳を振るう。それはこれまでの戦闘で培われた力といってもよい。


 ノーマの左拳に右拳で迎え撃つ。またしても嵐に紛れ——ギギッ——と低く呻く声。結果は全く同じ、左の小指が的確に砕かれる。


「気合がたんねぇぞ! ゴラァァァァ!」


 綾人も拳を突き出し殴り合う意思を表明した。戦闘慣れしていないノーマは綾人の挑発に安易にのる。

 

 怒りの連打が始まる。綾人は瞳を見開く。その目は当然のように龍の目であり。拳もまた黒く硬質だ。だがいつもとは違うのが、呪いが発動していないこと。


 龍の力を操る少年の拳が振るわれる。一撃、二撃、三撃と指のみを的確に龍拳で砕く。ノーマはたまらずといった様子で悲鳴を上げる。右手が親指以外をおしゃかにされ怒り狂う。


「おらぁ! さっさとこいよ! てめぇのクソみてぇなパンチなんぞ、何遍やってもくらわねぇぞコラァ!」


 実に単純な挑発だがこれでよい。ノーマは同じ過ちを繰り返すように左のパンチを繰り出す。


「こいつ! マジで単純だな! って、アレ⁉︎」  

 

 左指の一本に拳を合わせ、綾人も右拳を繰り出すが、スッと空振りに終わる。大きく振りかぶった右拳。行き場のなくした拳が空気を切った後、ふと顔を上げるとノーマがニヤついていた。次には綾人の視界は黒一色に染まる。


 それはノーマの足裏である。詐術士の名残からかパンチに見せかけ、すんでの所で止め、足を上げたのだ。


「マジかよ」


 逃げ出そうとしても遅く、大きな生物が小さな生物を踏み潰す。


 ————ドスン‼︎ と重い音であった。


 ノーマは何度も大地を踏みしめる。止めにはグリグリと地面に押しつける。反撃がないのを確認しノーマは厭らしく笑う。足を上げると綾人は地面へとめり込んでいた、まるで漫画の一場面じみた展開に、ノーマの笑いはより大きくなる。


 残念な結果だが、これで良い。

 全ては連携のやりとりに過ぎない。


「さすが婿だ。身を呈して妻の安全を確保するその姿勢。より惚れてしまいそうだ」


 全くより惚れそうにない声音であったのは置いておこう、ノーマの視界に黒い影が映りこむ。


「行くぞ、フルカス!」


 猿顔が横に振られると同時に、短槍がノーマの目に突き刺さる。


 綾人とノーマが拳の打ち合いをしている最中、サギナは敵に迫り、気付かれぬよう巨体をつたって移動。勝機の場面で現れ、短槍を突き出す。真白い瞳が赤黒く染まる。顔を左右に大きく振るノーマ、サギナは振り回され、たまらず手を離し綾人の元に着地する。


「フルカスが刺さったままなのは都合が良い——さっさと起きろフルカス! その巨体を喰らえ!」


 ノーマが一通りジタバタと暴れ出す。子供が怪我をした様によく似ており、短槍を引き抜こうとした時に巨体の動きが止まる。


「あぁ、好きなだけ食え!」

 

 サギナの独り言ではない。フルカスとの会話である。

 ノーマの体は小刻みに揺れる。数秒後に揺れは大きくなり、その巨体故に軽い地震が発生。


 見るとノーマの口内に一つ目が見えた。瞳の中に七色の光を放つその姿はフルカス。直後に口内から灰色の触手が飛び出す。直ぐに鼻や耳からも触手が飛び出していく。


 穴という穴から触手が飛び出す姿は、気味の悪いという一言である。それを見るティターニ、ブットル、凛は——うわぁ——といった感じで引いており、サギナのみ満足そうに頷いている。綾人は今だ地面に埋まったままである。


 妻であるならば、隙を見て助けても良いものだが、どうにもその気はないらしい。


「やれ」


 サギナの言葉に反応したフルカスは穴より飛び出し伸びに伸びた触手を折り返しノーマの体へと巻きつけ始めた。触手が何重にも重なり合い、遂には肌すら見えずに触手のみで丸い球体となった。


「あれは——」


 最大魔法が破られた光景をブットルは思い出した。触手はゴムを軋ませるような音を立て、どんどんと小さくなっていく。大きな球体が人間ほどの大きさになり、やがて消えていった。サギナの言葉通りフルカスが好きなだけ食い、ノーマは消えた。後には一つ目の球体フルカスが浮いているだけとなる。


 いくら急激な力を得ても戦歴までは塗り替えられない。


 戦闘の素人は鬼姫に負けた。呆気ない幕引きであり、サギナ自身も不完全燃焼であったが、戦いをよく知る女は、こんなものかと首を巡らす。フルカスの体内より這い出る短槍は、サギナの足元に突き刺さる。それを引き抜き、長槍を回し戦闘終了を告げた。


「さて、あとは大量の魔物共だ、おきろ婿よ。いつまで寝ているつもりだ?」

 

 気遣う様子も、手を差し伸べる様子は微塵もなく、サギナは周囲に視線を送る。大量の魔物が円状に広がり、そのまま数の力で押し込もうと、中心へと詰め寄ってきていた。


 凛、ブットル、ティターニは三角形を作るように陣取り、それぞれが魔法で魔物を押さえ込んでいる。


 ——やはり手助けするべきは凛だな——と、視線を巡らせ移動を開始しようとした時——キキキキキッ——と耳に張り付く嫌な声。途端にフルカスの大きな一つ目が気狂いに開かれる。七色の瞳は危険を告げるように動き始めた。


 サギナが名を呼ぶ前にフルカスは砂塵に変わっていく。そして今一度——キキキ——と聞こえ出す。


「ほう。フルカスに取り込まれてもなお生きるとは、死なない体なのか?」

 

 サギナの声色は非常に楽しそうである。


 フルカスの一つ目が痛々しく裂け、そこからのっそりと巨体が現れる。

 嫌に笑いながらフルカスの体液を払うノーマ。傷一つなく、綾人によって砕かれた指も治っている。呑気な登場でノーマは再び地に足をつけ踊り出した。


 死なない体、強い力、加えて戦闘という理想を手に入れたノーマは歓喜を踊りで表す。それは実に不愉快な様であった。


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