色んな気持ち。
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ヒルコに似た叫びは、嵐を引き裂くように海国に響く。
倒したはずのヒルコが復活したかは謎だが、このタイミングでは向かう価値は十分にある。おそらくベルゼはいないだろう。諦観を決め込む悪魔の顔がよぎり、綾人は舌打ちをする。
「決着つけてやるよ」
繰り返される叫びに向けて綾人は歩き出す。
「そうね。いい加減に終わらせたいわ」
ティターニは一言だけ言い終えると綾人の隣に並ぶ。
「やってやろうぜ相棒!」
「ルード、ビビって小便漏らすなよ」
「——おいおいおい! 言うねぇ。設定自慰野郎」
二人は顔を見合わせニヤリと笑う。
「綾人」
「迷惑かけっぱなしだな。頼めるかブットル」
「任せてくれ。迷惑をかけられるのはもう慣れたさ」
「おっ! 言うね〜」
この二人も皮肉めいた笑いを送り合う。綾人はハタと気付き足を止める。この場には新たな仲間がいるからだ。
「王子」
綾人は凛を見つめたまま逡巡する。うまく言葉が出てこない。行動を共にすることで傷つけてしまったら——心に鎖が巻かれたように重くなりかけた時。
「早く行こ! この国を救わなきゃ!︎」
そんな悩みを吹き飛ばす。あっけらかんとした態度に、あれ? と首を傾げる綾人。
「凛。今から危ない場所に行く——」
「分かってるよ。だから早く行って問題解決するんでしょ!」
「そうだけど。危ないんだぞ。何かあっても守ってやれないくらい、危険かもしれな——」
凛はスッと綾人の前に移動し言葉を止める。傷があっても可愛らしいその顔は不適に微笑んでいた。
「王子! 私、めっちゃ強いから、王子に守って貰わなくても大丈夫だよ。なんてったって私の師匠は精霊族最強、風のエアリアだもん。行こ!」
ポカンとする綾人に対して、急ぐよう凛が言葉を重ねだす。
——あぁ。やっちまった。
綾人はがしがしと頭を乱暴にかく。凛がここにいるということの意味を正しく理解した。自分に厳しく、博愛の精霊が凛を送り出す意味は、きっと綾人が考えているより深い。
「わりぃ。凛の気持ちもだけど、エアリアの気持ちも無下にする所だったわ。だせぇ姿ばっか見せてんな俺」
凛は一笑し気にしてないよと付け加え、行こうと綾人の手を引き走り出した。
「全く、綾人はなにも成長していないわね。しょうもない男ね、ほんとダメね」
エルフの言葉に、水王と幼竜がジト目を向けているのは、今は些細なことである。
「婿よ。私の心配もしてよいのだぞ? ここにもか弱い女子がいるぞ」
「黙れ! 手の平から槍を出すような女はか弱いとは言わねぇだろ!」
「からの〜」
「ちょっと、この人、超絶ウザいんですけど〜! 何だよ、からの〜って、やめろその何かを期待するような顔! お前にはなにもねぇよ!」
ニヤニヤと何かを期待するサギナに綾人が辟易していると、凛がジト目を向けていた。
「なんか、王子とサギナって仲良いんだね」
「いや、どう見ても違うだろ。仲良くないだろ、この人が勝手に突っ掛かってくるんだってば!」
「からの〜」
「いや、マジでヤメろや黒女! 何を求めてんだよ、からの何なんだよ! え、ちょっと痛い痛い、なんで抓るの? 野々花さん! 何で二の腕めっさ抓ってくるの?」
「いや〜楽しいな。また婿とこうして話せるのを私は望んでいたぞ。婿と一緒にいればより手強い相手と戦えると思っていたからな。早速の状況で心が躍るな」
「うわっ。やっぱりお前はそういうのが目的なのかよ。別に俺はすき好んで殺し合いしてるわけじゃねぇぞ。そういう事をしたいなら他所を当たってくれ」
シッシッと手を払う綾人にサギナはくすりと笑む。その顔は、男の視線を集める蠱惑的な笑みであった。
「殺し合いが目的ではないぞ、婿と一緒に、好いた男に寄り添いたいからここまで来たに決まっている。私はお前を好いている。この思いは真剣だ。信じてほしい。それとも好きという気持ちを思うのもダメか? 迷惑であるならば私も潔く引こう」
「へぇ⁉︎」
根が純情男の空上綾人は困ったという顔をしながらも、鼻の穴が大きく膨らんでいく。真正面から好意を向けられることに慣れていない男は、サギナの告白にしどろもどろに答えていく。
「いや、別に、イヤっつうか、別に、迷惑? とかは、まぁ、思ってないっつうか? うん、好きにしたら、っつうか——」
終始もにょもにょと要領を得ない回答を纏めれば「迷惑じゃないから、近くにいればいいじゃん」という答えであり。こじらせ男子のデレ成分が非常に高い返答であった。どこにも需要が無いのは確かであるが、受け取るサギナには違って見える。
「そうか! 一緒にいても良いのだな! 良かった。これからは私にもお前の背中を守らせてくれ」
「——ツ!」
黙っていれば、絶世の美女たるサギナである。
凛のように可愛いとは違い、ティターニのような芸術的な美とも違う。妖しく。一度足を踏み入れたら骨まで吸い尽くされそうな妖艶な美である。
「それと、そろそろ名前で呼んでくれないか? いい加減寂しくなってしまうぞ」
体を寄せられ「頼む。名前を呼んでくれ」と耳元で囁かれれば、こじらせ男子はさらにしどろもどろになっていく。
「シャ、サ、ササ、サギ、ナ」
「ふふ。どうにも照れくさいが、悪くないな。愛しているぞ、綾人」
そんなサギナが、少女のように安堵した笑みを綾人におくるのだ。これぞギャップである。純情男など、その笑顔に当てられれば一発で落ち——。
「痛い、痛い、痛い、痛いって凛! さっきからずっと痛い! なんでずっと抓るんだよ! さっきよりも強い! 痛いって!」
「むぅ〜。サギナ、ズルい!」
「何がだ凛よ? 私は素直な気持ちを婿に伝えただけだぞ」
「あのさ、この際だからだけど、その婿っていうの、やめっ——」
「今、言わなくてもいいじゃん! 今、王子は、その、あの、つ、疲れてるんだし、吊り橋効果的なやつが発生するじゃん!」
「いや、あの、凛もさ、ずっと王子って呼んでるけど、恥ずかしいからやめ——」
「ならばいつ言うんだ、思い立ったら即言わねば後悔するぞ。婿は無意識な人たらしの節があるからな、これからもどんどん寄ってくるぞ、早めに行動したほうがよかろうに」
「いや、サギナさ、だから婿って呼ぶのやめっ——」
「それは分かるけど、でも私なんか——サギナと私じゃアドバンテージが違うじゃんか」
「またそれか。くだらんぞ、凛。いつも言っているだろうが、凛はハイパー可愛いと。それに強い。惚れない男など、それはもはや男ではない」
「ねぇ? 俺の声聞こえてるよね? なんで二人とも無視するの、え? 聞こえてるよね?」
「——ッ〜。やっぱりまだ無理! 恥ずかしいもん!」
「だから抓るなって! マジで痛いっつうの!」
サギナの助言を受け、口をパクパクと開閉し、綾人をチラと見た凛。何かを言いかけたが、顔を真っ赤にしながら再び綾人の二の腕を思いっきり抓りだす。その行為にサギナはやれやれとポーズをとり、手のかかる妹だと溜息を吐く。
「イタイ、イタイぞ〜俺様もイタイぞ〜」
「イタイ、イタイわ〜、本当にイタイ〜、誰か助けに来てくれないかしら〜」
「おい、性悪エルフと黒豆のアホ二人、そのイタイは俺の存在そのものを言っているように聞こえるぞ」
「そんなこと無いわよ綾人。とりあえず黙ってた方がいいわよイタイから」
「そうだぞ相棒。イタイから黙ってろよ」
「いや、やめろその薄目! 俺はイタイ奴じゃないはずだ! 俺は——」
「——もういいか? 急ぐぞ」
天然蛙のらしい一言で茶番は終了する。一行は黙々と叫びの方角へと走っていく。綾人の叫びだけが虚しく響いたのは言うまでもない。
——俺ってば昔からこうなんだよ。ほんと嫌になるね、自分の詰めの甘さが、肝心な時にコレだもんな〜。そもそも生まれた時からだもんよ。神様ってのは、俺を見放してたんだよ。神様なんているか知らねぇが、っつか魔人族が神様を語るってのも可笑しな話だ。やれやれほんと自分の不運が嫌になるね。え? なにが不運で、何で見放されているかって? そりゃお前、俺なんて、本当は血湧き肉躍る戦いでおまんまを食っていきたかったのによ。俺に与えられたのは「詐術士」なんてジョブだぞ。人を騙すのが生業だもんよ。なりたい事と真逆だぜ! 不運だし、神様に見捨てられた証拠だろ。
俺だって正面切って、正々堂々戦いを繰り広げたかったぜ。それがよ〜。こんなジョブなんだもん。なんだかな〜って感じだろ? 子供の頃の俺は小さな嘘を付くのも嫌だったんだよなぁ〜なんだったら、嘘ついてる奴を見るとムカっ腹が立って喧嘩吹っ掛けにいってたくらいの子供だったんだよ。その俺のジョブが人を欺くってんだからよ。つくづく世の中ってのは思うようにいかないもんだよ。
男なら剣を持って敵を倒す。カッコイイじゃねぇか。
それがよ——おっと、暗い話になっちまったな。ヘヘッ。勘弁してくれよな。俺だって愚痴くらい言いたくなるさ。え? いつも愚痴しか言ってないって? まぁその通りだけどな。
ともかくよ。戦いを望む俺が詐術士になっちまったもんでよ、周りからイジメられたぜ、腰抜けなんてよく言われたもんだ。悔しかったぜ、そりゃな。本当に悔しかったぜ。
でも今はそれで良かったと思ってる。
だってよ、俺の周りの奴ら、全員死んじゃうんだもん。同じ釜の飯を食った奴全員だ。笑えるだろ? そいつらは俺の憧れのジョブだったわけよ。そう! 戦闘系のジョブだ。皆死んだよ。戦争ってのはあんなにあっけなく人が死ぬんだな。俺を腰抜け呼ばわりしてた奴らなんて、敵さんに捕まって拷問の末に死んだ奴もいるんだよ、それを考えれば戦闘ってのはおっかないぜ、俺は戦闘よりも生きることを選んだよ、だからこのジョブで良かったんだよ。
生きてりゃ楽しいこと色々あるだろ?
あん? もちろん辛いことだってある。
でもよ、人生ってのは良いこと悪いこと丁度半々位なもんだからさ、いいんだって。とりあえず生きてればいいんだよ。
そんな俺だったわけだよ。戦闘を嫌いになった俺が、ときめいちまったもんな。
あんな命のやりとりを間近で見せられたら、いや、魅せられたらよ。そりゃ長年死んでた俺の少年心が咲いちまうだろ?
それぐらい輝いて見えたんだよ。カッこ良かったよ。忘れかけた何かを思い出させてくれたよ。
だからだろうな、そういう心の隙間に入られちまうんだな。甘い言葉の裏側には何かあるってな。
だいたい、俺は悪魔っていう存在はそもそも信用してなかったんだよ。詐術士の俺を言いくるめるなんてよ、相当だよありゃ。
まぁ、そんなこんなで。人に褒められる人生じゃなかったけどよ。
最後の最後は戦いに身を置けたってのは、まぁ良かったの、かな?
人生良いことと悪いことの半々ってさっき言ってたか? じゃあ、まぁ。良い方だったのかな〜。
最後の最後に、俺自身が騙されるってのが、何とも可笑しな落とし所だけどな。
——キキキキキッ——。




