再びの叫び
「こんのバカチンが! どうしてお前はいつもそうなんだよ相棒! 心配ばっかかけさせやがって!」
「ルード」
綾人とティターニが皆と合流すると、いの一番に飛び出た言葉である。
荒っぽい口調で詰め寄るルードは、短い手で綾人の頭をペチペチと叩く。ルードの気持ちが分かるからこそ綾人はなすがまま受け止める。
「無事でなによりだ」
「ブットル」
ブットルは相も変わらず無機質な表情だが安堵を吐き出す。綾人にはそれが何より嬉しく感じた。
「おかえり。王子」
「え? なんで? え?」
唐突な再開に綾人は困惑し返事に窮した。だが、この場にいる。ということで全てに説明がつく。
それが分かると、どこか気恥かしい感覚になり視線を外す。
——ん?
……。
——ん?
そこには死闘を繰り広げた黒い女が不敵な笑みを送っていた。
うん。と綾人は一度頷く。アレは見えてはいけない何かだろう。きっとお化けの類だと決め込みスススと視線を外すと周囲の光景が目に飛び込む。
ひどい惨状であった。
天災に見舞われた光景であり、自身が引き起こしたというのが記憶にはある。やるせない痛みが綾人を支配した。
「ざっと見たが怪我人はゼロだ。なによりだ」
ブットルの言葉に綾人は胸を撫で下ろす。
ティターニが綾人を追いかけた後、皆で怪我人がいないかを探し回ったことを伝えた。
「皆、マジで迷惑をかけた。すまん!」
綾人は直ぐに頭を下げる。そして親指で自らの胸を指す。
「暴走した原因は全部俺の弱さだ。この中にある黒い化け物は消えてるけど、また出てくるかもしれねぇ、でも、次は負けねぇからよ」
「その意気だぜ相棒。皇帝邪竜の俺様に負けんじゃねぇぞ」
綾人とルードは笑い合う。この二人もまた多くの苦楽を共にしている。故に言葉は不要とばかりに通じ合っている。
それから綾人は記憶を繋ぎ合わせ、これまでの経緯を説明した。
アクア、ヒルコ、悪魔アスモデア、そしてベルゼの登場。一連の流れが徐々に明瞭になりそれらを語る。
凛とサギナは時折助言をもらい、状況を理解していく。
「海国の闇は大方解決したかしら?」
説明が終わった後、ティターニが確かめるように問う。
「そうだな。一の剣の復習、古代生物のヒルコ、それと悪魔討伐は解決したと言っていいな。だが——」
「解決していないとするなら?」
「クソベルゼだ。あいつはまだ何か仕掛けてくるはずだ」
歯切れの悪いブットルの言葉にティターニが問いを重ねる。問いに答えたのは綾人であった。
このまま解決などあの悪魔が許すはずがない。まだ仕掛けは残っていると綾人は考えている。
「魔物の数もかなり減ったな。あの兄ちゃん達は相当頼りになるな。皇帝邪竜の配下にしてやってもいいくらいだ」
「だれが好き好んで黒豆の配下になる奴がいんだよ。アホか——ん?」
綾人とルードのいつものやり取りである——いつものやりとりだが、綾人はどうにもいたたまれない気持ちになる。それは皆の視線である。
「あれ? あれあれ⁉︎ あれあれあれ、綾人くん! きみそんな態度とれるんだ〜へぇ〜、あ、そぉ〜。我々に攻撃したきみが、へぇ〜あ、そぉ〜」
「そうね。どの口が言っているのかしら? あれ? なんだか凄く右腕が痛いわ。きっと誰かさんの——誰かさんの攻撃を受け止めた反動かしら?」
「奇遇だなティターニ! 俺様も妙に頭が痛くてよ。なんでだろうな〜たぶん頭突きとかしたからかな〜」
苦楽を共にした旅仲間の粘着質な態度に、綾人が顔を歪ませる。適した擬音を使うならば「ウゲッ!」である。悔しいがなにも言えない。なんとか反撃したいが言葉が出ない。決して借りを与えてはいけない二人に借りを与えた。そんな様である。
「二人とも、まぁ、気持ちは分からないでもないが。あまり攻めても可愛そうだぞ」
天然蛙の頼りないフォローでは状況は変わらない。
「——王子」
ねちねちと嫌味を言われうぐうぐしていると、凛が近づいていた。綾人は肩を跳ねさせ伺うように視線を動かす。
「無事で、よかったよ」
そこには涙ぐむ凛の姿。その姿を見て、改めて迷惑をかけたのだと実感する。
「その、なんつうか、いきなりこんなことに巻き込んで、ごめん」
「王子、おかえり」
「いや本当ごめん。なんて言って謝ればいんだ、とにかくごめん!」
「ううん。私は王子を助けるために来たんだから! もっと胸張ってよ!」
「そうは言っても、やっぱり——」
「っていうか、まだ聞いてない。おかえりって言われたらなんて言うの?」
ムムムと顔を近づける凛に対して綾人はなんとも言えない表情となる。
「おかえり。王子」
「た、ただいま。凛」
「うん!」
花のような笑顔を向けられ頬を染める綾人、あまりの気恥ずかしさに視線を外すと——。
「さて、私のことは何と呼ばせようかな? やはり凛と同じように、今は名前で呼んでもらおうかな?」
「やっぱり気のせいじゃなかったか⁉︎ それとも俺が急にシックスセンス的なやつに目覚めたかのどちらかだな。うん。できれば目覚めていてほしい。幻であってくれ」
「なにをごちゃごちゃ言っている」
「幽霊であってくれよ! ってか何でいるんだよここに! 凛がいるのは分かるよ。エアリアが責任をもって修行するって言ってたからさ、それが終わったんだろ。想像つくよ、お前に関しては全くこの場にいる想像がつかないわ。いや、ほんと今更だけどなんでいるの⁉︎」
「随分な言われようだな。さすがの私も傷ついてしまうぞ、イタタタタ、なんだかお腹が痛くなってきたな、厳密に言えば、誰かさんを庇った時に負った、ナイフの傷跡が痛むな!」
腹を抑えながらも、声を出すサギナだが、その様子は全く痛がっている様子はない。それを言われると綾人は非常に弱い。またしてもウググと唸るのみにとどまる。攻守逆転と見たサギナはニヤリと口角を上げ、しなを作りながら綾人に近付く。
「そうそう。そう言えばだが、名前。違ったんだな? なんだかやるせないな、命を賭して守った相手に未だに名前を教えてもらえないなど、女としてはこれ以上の悲しみはないな。はぁ〜悲しいな〜」
寄りかかり、綾人の顎に頭を乗せる仕草は、ある意味可愛らしいが、サギナがやるとどうにも別の意味合いにみえてくる。
「空上綾人です。よろしくね」
「ふふ。改めてサギナと言う。生涯呼ぶ名だ。忘れるなよ」
「はぁ⁉︎ なんだよ障害って?」
「喜べ綾人。貴様を私の婿にしてやるぞ」
「え、やだ」
「私に勝った男だ。この身も心も貴様に捧げよう」
「いや、話聞けよ。嫌です。結構です。ご遠慮します」
「そうだな、子は多い方が賑やかで楽しいだろう。最低でも三人は欲しいな」
「おいおい皆、ヤベーぞこの女、全く人の話聴いてねぇぞ! 助けて! 怖い!」
「三名ならば、小隊を組めるから丁度良いな。もちろん子はもっと多くても問題ないぞ! 好きなだけ拵えようか。あの時も言ったが、この体を好きなようにして、いいんだぞ」
ギュッと寄せられた二つの大きな宝は、黒い胸当てに寄って隠れているが、綾人には分かる。その実った果実の存在を。
「ふふ。やはり興味はあるようだな。いいんだぞ、好きなようにして——」
ゴクリと自分自身の唾を飲む音が耳に届く。それは罠である。ハマれば抜け出せない絶対の罠。
「私は尽くす女だ。なに、悪いようにはしないさ。綾人の喜ぶことを第一に考えよう」
罠の強度が増していく。甘言に耳を傾ければそこに待つのは——。
「ダメ〜〜〜!」
罠からの解放は大きな声であった。
「凛よ、先ほども言っただろう。婿は半分ずつにしようと」
「だから王子は物じゃないってば!」
「英雄色を好むとある。婿よ。ここは度量の見せ所だぞ、どうする?」
「王子! サギナの胸見てエッチな顔しないで!」
全く緊張感のないやりとりに綾人は辟易しながらも、サギナと凛によって右に左に振らされる。助けてくれと視線を流すが。
「プッ! ——ケフン! 存分に楽しむといいさ。相棒」
「そうね。プッ——オホン。良かったわね綾人。式には呼んでね」
ティターニとルードは満面の笑みを向ける。
——こいつら、ただ楽しんでやがる。
綾人は余計に困りチラとブットルを見るが、水王は暖かい目で綾人を見ていた。普段の無機質な目ではなく、まるで雛鳥の巣立ちを見ているような雰囲気であった。
「いや、お前のリアクションが一番オカシイから! なんだその嬉しさの中にもシンミリした感じ!」
「綾人は女性関係で悩んでいたみたいだからな。海国到着の当初に言っていただろ? 相手が見つかって良かったなと思ったんだ。これで男として一皮むけるな。微笑ましいぞ」
「だまれ天然蛙!」
「そうよブットル。綾人に失礼よ。この男は一生童貞のまま終わるのだから可哀想よ」
「そうだな、俺様もそう思うぞ」
「待て。いつもいつもさりげなく俺だけをハブろうとするが、性悪エルフと黒豆も経験ないだろうが! いや、あえて無言になってもバレバレだからな! おい、止めろ! そのやれやれみたいなリアクション! 腹立つ!」
「安心しろ婿よ。早ければ今日の夜にでも純潔は捨てられるぞ」
「だから、王子にくっつかないでよサギナ!」
「堂々巡り! これさっきと同じパターンだから! とりあえず離してくれよ二人とも!」
やんややんやと騒ぐ一行である。
綾人が無事に意識を取り戻したことなど、もう忘れたように騒ぐ辺りが、ある意味この一行らしい。だが綾人にはこれが心地よかった。妙な気を使わない関係がいつもの綾人に戻していく。
ブットルの時とは違い、ティターニは凛とサギナを既に仲間として認めていた。
命を懸けて綾人の暴走を止めたのだ。それだけでも信用に価するには十分である。若干だがティターニがサギナの胸元に苛立たしげな視線を送る時もあるが——。
ほんの少しの時間だったが仲間達とのやりとりは、綾人の気分を明るいものにしていく。だがほんの少しの時間だ。直ぐに戦いの合図が海国全土に響く。
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不快感を固めたソレは何度も響きわたる。
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嫌に力強く、耳に張りつく叫び。それは間違いなくヒルコの叫びであった。
「おいおいおい、相棒! こりゃヒルコってやつの叫びじゃねぇのか?」
「あぁ、この嫌な声はそうだな。でもあの化け物は俺がぶっ潰したはずだ。やんわりとだが覚えてるぜ」
「それは私達も目撃したわ。そうよね。ブットル?」
「あぁ。そうだな。綾人——といえばいいのか分からんが」
ブットルはそこで僅かに伺うような視線を送る。
「あれも俺でいいぜ、あの黒い鱗の状態も俺ってことで覚えておけ」
なぜか尊大な態度の綾人に——なんで偉そうなんだこいつ——と皆が思ったが、ある意味らしくなってきたとブットルは苦笑し言葉を続けた。
「俺が見た限りヒルコは死んでいるように見えたな。死んでいなくともあの状態からここまでの叫びは上げられないだろう」
思い浮かぶヒルコの姿は、大きな水色の体を横にし、体の数カ所を食われ、ピクリとも動かない姿である。厳密には死んではいなかったが、ブットルの言うように、今響いている叫びは相当な勢いがあり、半死のまま叫べる力強さでない。
ありえない事がおきる。その裏には必ず誰かの、何かの思想がある。導き出された答えは——。
「ベルゼか」
「えぇ、おそらくね」
綾人の口からは何度も出た名前に、ティターニもいつものように同意する。それぞれが叫びの上がる方角を睨み出す。海国で繰り広げられた戦いがいよいよ終着へと向かっていく。




