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恋する乙女の力


 凛、サギナ、ブットル、ルード、ティターニが化け物を追う。

 道中では無残に食われ砂塵に変貌する魔物、倒壊した建物などが目に付いた。見る限りは民間人の犠牲は出ていない。


「つまり、王子の中にあるルードの悪い血が暴れて、王子が王子じゃなくなった。ってことなの?」


「まぁ、分かりやすく言えばそんなもんだ!」


「なるほど。それがやり合った時に感じた呪いの正体という所か」

 

「いえ、綾人の中にある呪いはルードの血だけではないはずよ、きっとベルゼにも何かしらの細工をされているはず」


「確かに。綾人の呪いからは見てはいけない、触れてはいけない、覗いてはいけないという、どうにも嫌な気持ちになる呪いがある。それが悪魔の細工というわけか」


 禍々しいまでの力は目に焼き付いていおり、ティターニの考えにブットルが賛同する。


「ほう、水王も婿の呪いには気付いていたのか? して、その婿は暴走状態なわけだな」


「あぁ、気を付けてくれよ。今の綾人はこの世界とは別の強さだ。真面目に相手をしても敵わない。弱点を攻めるのが最適解だ」


「そうだぜ、デコについたヒビを攻めて、鱗を剥がしちまえば、きっと相棒は正気に戻る!」


「ルード、その根拠は?」


「根拠は——呪いをかけているのはある意味俺様自身だからよ! 俺様自身だから分かるとしか言いようがねぇぜ。信じてくれティターニ」


 ティターニはいつでも冷静であり、確認が取れなければ攻め時を変えようとすら思っていた——昔の彼女ならばその根拠のない計画を止めていたかもしれない。


 ——だが。


「もちろん、信じているわ。ルード」


 華のような微笑で答えたティターニは我先に走り出す。暴蘭の女王には、信頼という言葉が飾られていた。その様子を見ていたサギナは、認識を改めたような顔で「ほう」とつぶやいた。


「ねぇ! あそこ⁉︎」


 凛が指差した場所は魔物がひしめき合っていた。大なり小なりの魔物が重なり蠢く様は蠱毒である。そんな中心に黒い化け物がいた。


 蠱毒の中でも異形となるその漆黒は異彩を放っており、見るものを不安にさせる。残虐、暴虐の塊は甲高い叫びを上げ、次々に魔物を葬っていく。


「あれが、王子?」


 その様子に凛が緊張を表す。


「むう。今の婿の様子はあまり好めないな、さっさと鱗とやらを剥がして元に戻ってもらおうか」


 一方のサギナは戦闘体制に入る。手の平から這い出る二つの槍。長槍テイバイと短槍フルカスは相も変わらず奇妙で奇怪な雰囲気を発していた。


「好機ね」

 

 それをチラと横目で流し見たティターニが呟く。ブットルと殺し合いをしたという人物なら、相当な実力者なのは間違いない。興味はあるがそれよりもと視線を前に向ける。


 魔物を蹴散らす化け物はまだ気付いておらずまさに好機である。いつものようティターニは先手を取ろうとするが、大技の反動は必用に残っており、思うように動かず、小さな舌打ちが己を責める。


「ティターニ、私にやらせて!」


 静かだが、強い意志が込められた声音であったが、ティターニは迷いが生まれる。


「凛——」


 先陣をきるのは自分以外で構わない。ブットルでも良い。ルードでも効果があるのを証明されているので問題無い。怪しいが黒い女、サギナでも問題も無い。同行していることにブットルが口を挟まない所を見ると、実力は確かであるのが分かるからだ——まだ信用はしていないが——ともかくも凛以外のメンツなら良いわけだ。


 凛がダメな理由は単純である。危ういからだ。

 異世界人たる凛の能力向上というスキルは重々に知っており、並みの人間より遥かに優秀なことも理解している。だがこのメンツに比べるとどうしても劣るのではとティターニは考える。


 それは経験の差、戦闘の場数など多岐にわたるが、圧倒的にティターニが懸念しているのは痛みに対する考え方である。


 凛には大小の傷跡が無数とある。一生治らない傷は凛から戦闘という行為を遠ざけており、それはティターニも良く知っている。


 通常の戦闘であれば、ティターニとて強くは止めない。だが今は違う。相手は化け物である。綾人という自我が限りなく無に等しい存在であり、ティターニとブットルが最大戦力で臨んだにも関わらず、僅かな足止めしか出来なかった正真正銘の化け物。


 そんな相手に、痛みにトラウマのある凛を対峙させるのはあまりにも危険——。


「大丈夫だよ。ティターニ!」


 そんな考えを察して、凛は明るい声をだした。


「私ちゃんと修行して強くなったから! エアリアにだってお墨付きをもらったんだから!」


 グッと握りこぶしを作る凛の姿は、亜人帝国で見た時よりも大きく感じられティターニを驚かせた。

 凛はクスリと笑う。それは目を見開いているティターニを見て笑ったのではない。脳裏に浮かんだエアリアの姿に思わず笑ってしまったのだ。


 凛が旅発つ時、四六時中心配顔のエアリアは旅立ちにこんな言葉を贈った。


 ——凛。気を付けてください。また心配ばかりと言われますが、せめて旅の無事を祈るくらいは許してください。それならばいいでしょう? 日々精霊神ルミスにお祈りしますね。六時間ほど——いや長いよ! と突っ込んだのはつい先ほどのことである。エアリアを心配させない為にも凛は務めて気丈に振る舞う。


「それに! 恋する乙女にはこれくらいどおってことないよ!」


 言葉を置き去りにし走り出す凛の周囲には緑色の靄が発生し、それを手ですくいながら叫ぶ。


「それにそれに! 今度は私が王子を助ける番だから!」


 一人先行する凛を追おうとするが、それは凛の決意を蔑ろにするような行為に思え、ティターニは追うことができなかった。


「行かせてやってくれ、暴蘭の女王。露払いなら私がするさ。少しばかり休んでいるといい」


 サギナもまた加速する。長槍と短槍が歓喜に震えているように見えた。


「王子〜! 早く戻ってきて!」


 凛が大地を蹴り大きく空に飛ぶ。緑色の靄は風へと変化し周囲を守る衣となり、ぐんぐんと凛を上方に導いて行く。


「お願い、英霊ちゃん!」


 魔物犇めく一帯の上空で凛が叫ぶ。手をかざす場所は一帯の中心、魔物と混戦を続けている黒い塊。



煌風王霧二英雄ノ舞ヘルユス・レジェ・ハーロヴィール



 突如嵐とは別の突風が発生。風は緑色に可視化され凛の背後へと集まっていく。次いで翡翠の粒子が空より降りる。それらが集合すると一人の騎士の姿が顕現した。


 緑色に光る騎士の大きさは二十メートルほどの大きさである。全身に鎧を纏わせ、握る槍は見るものが見れば業物であるこが一目で分かる。


「英霊ちゃん! 王子を助けて!」


 騎士は頷き了承を送る。槍を操る姿は一片の無駄もなく美しいまでの動き。槍の騎士が動き出した瞬間に騎士がもう一名現れる。双剣を持つ騎士である。槍の騎士と同じく、全身を鎧で固めており、一片の隙も無い。双剣を構えると攻撃の一手を繰り出すため動きだす。

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!」


 転移前の凛からでは考えられない大きな声。答える騎士も同じように叫んでいるように見える。



 極級魔法 煌風王霧二英雄ノ舞ヘルユス・レジェ・ハーロヴィール



 亜人帝国では精霊族の長・風のエアリアが使用した最大魔法。

 並みの者ならば扱えない魔法。魔導を極めた者でも二〜三体が限界である。端的に見れば、凛は魔導を極めた者と同等の力を要していることが証明された。


 そこから汲み取れるのは、いかに凛が努力したのかである。

 エアリアの修行は決して甘くなかった。彼女は凛に一人で戦える力を授けるために、徹底的に厳しくした。普段の優しいエアリアからは想像もつかないほどに、それでも凛は泣き言を一切言わず耐え抜き日々の修行にうち込んだ。


 綾人と別れた日、共に行動できない自分の弱さに憤りを覚えた。戦闘への恐怖が拭えない自分に情けなさを感じた。だが一番はどこか甘えてしまう自分の弱さに悔しくなり、泣いた。


 それを感じたからこそ、エアリアは修行前に凛に告げた。


 ——凛。私を認めさせてください。そうしたら直ぐにでもあの方達の元へと送り届けてあげます。ですがそれができないのであれば、私はあなたを一生外の世界に出すことはありません.


 強い言葉であった。ともすれば誤解を招きかねない言葉である、

 エアリアの性格を考えれば、本来なら言うはずの無い言葉。それほど真剣であることが分かり、凛も覚悟を決めた。


 厳しく、辛く、過酷であったが裏を返せばエアリアの思いが、生き抜いて欲しいという愛情が伝わる修行であった。凛はそれを感じたからこそ耐えられ、成長した。サギナに言わせれば恋する乙女の力という力もあるだろう。


「こりゃ、凄いな」


「そうね」


 魔法を使う者どうしだからこそ、その魔法の凄さが、凛の努力がブットルには分かり、素直な感想を漏らした。ティターニも全く同じであり、凛を止めようとした自分を恥じた。


 「いっけぇぇぇぇぇぇぇええええええ!」


 緑の颶風が魔物の一帯に、化け物と化した空上綾人に襲いかかる。

 

 槍と双剣の騎士は上空より必中の一手を繰り出した——————一切の無駄のない見事な一撃は大きな衝撃音と共に地に降りた。大地が軋み腹底にズシンとくる響きであり、衝撃と余韻で僅かに体が拘束される錯覚まである。


 有象無象は必中によりほぼ滅んでいた。大量の魔物を一瞬である。その威力は凄まじいの一言に尽きる。周囲には小隕石が落下したかの如く悲惨な現状となったが、それが威力の壮絶さを物語る


 騎士の一撃後には静寂が訪れた、その後——ビキリ、パキンと硬質な何かが砕ける音。肝心の目標である化け物の頭部にさらに深い傷とヒビが発生した。


 静寂後に————化け物の咆哮が響き渡る。

 凛の一撃は確かに究極魔法の名に違わぬ一撃であったが、化け物を仕留めるまでには至らなかった。


「王子! ——あっ!」


 空に浮いていた凛はバランスを崩し、そのまま地上へと真っ逆さまに落ちていく。

 かなりの高であり、そのまま落ちれば一溜まりもない。凛は魔法を駆使して着地を試みるが発動はしなかった。


 極級魔法の使用により魔力が枯渇した状態であるからだ。そのまま落ちると、化け物、もしくは僅かに残った魔物の餌食になってしまう。地上から沸くのは黒く濁った怒りの波動。それは化け物から発していた。やられた痛みは身を以て体験して貰おうとでも言うように落ちる凛を待っている。


「凛!」

「任せてくれ」


 ルードが、ブットルが、ティターニが凛を助けようと動くがそれよりも早く、黒い影が動く。

 言葉を置き去りにしたサギナは超高速で移動し大きく跳躍、凛を空中で抱きかかえるように保護する。


「よくやった、凛!」


 綺麗に衝撃をころし地に降り立つサギナは、動けない凛を介抱した。


「あんなに頑張ったのに、王子を止められなかった。悔しい」


 過酷な修行をした凛にはそれなりの自信があったが、止められないことへの怒りと悔しさを滲ませ目尻を潤ませる。それは弱い涙ではなく強くなった証拠である。

 

「そんなことはない。私は凛を誇りに思うぞ」

 

 凛を抱えるサギナの元に魔物が襲来する。凛へと向けていた優しい眼差しを名残惜しそうにきり、凍えつきそうな視線を魔物に向けた。


「妹との会話を邪魔するなど、死よりも重いぞ」


 様々な魔物がここぞとばかりに襲いかかってくるが、槍の一振りでそれらはバラバラとなって砂塵に変わっていく。散った魔物が弱いわけではない。サギナが強すぎるだけである。


 そのサギナは前方を睨む。その先にいるのは勿論、空上綾人である。


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