再開
「空の敵はシルヴァとレダ、それとヨーダンで対応してくれ」
「来い! 白夜!」
「おいで、メーベェ」
両名は胸に手を当て頭を下げると直ぐに行動に移す。
シルヴァの凜とした声が天まで届くと、魔物犇めく上空より白竜が姿を現す。
主の元に向かう途中で何体かの魔物を爪で引き裂き、牙で食いちぎる姿は天空の覇者といえる威風堂々とした振る舞いである
レダの気怠げな声に答えたのは天馬である。白竜と同じく空より現れる。
こちらは目にも止まらぬ速さであり、魔物はメーベェの姿を追うことすらできなかった。
白竜は口に魔物を加え、戦闘を渇望した様子で主人を見る。
「いいぞ白夜、存分に暴れるがいいさ!」
白い兜を被り面頬を下げ全てが白に包まれると、人族最強の矛が白竜と共に空へと向かう。
「メーベェ! お、お姉さま」
レダの元に現れた天馬は美しく気品があり、エルフとの親和性は非常に高く感じる。
ティターニは驚愕の声を出した。メーベェは家族皆で過ごした時の愛馬であり、末娘が起こした事件と同時に失踪したからだある。
ふるふると鬣を揺らし、ティターニに近寄り甘えた声を出す。
久しぶりの再会にティターニの顔は戸惑いが消えないが、それでも嬉しく。メーベェを撫で優しく声をかける。
その様子を少しだけ見ていたレダは二人に近寄る。どこか尊い者を見るような顔だが。目には険しさが宿っていた。
「ティターニ。マリアンヌのこと、メーベェから聞いてるよ。話はこの戦いが終わった後でね」
声音は硬く否応にも緊張が伝わり、¡ティターニは姉の言葉で様々なことを理解した。
あの事件の日からメーベェはレダを探し世界を駆け回った。
幾つもの苦難を乗り越え、ようやく再開したレダとメーベェ。全容を聞かされたレダは深い慟哭を上げた。事件を追う過程で天使の使徒、悪魔の存在を知り、それらを追うアルスと行動を共にするようになった。
ティターニは声をかけようとしたがレダの姿はなく。遥か上空で槍を振るっていた。
「ふむ。若い者には負けられないの。犠牲はこれ以上ださぬ為に気張るかの」
ヨーダンは再び杖に腰を落とすと、するすると上空へと登っていく。
その目端には、泥水で汚れたぬいぐるみが落ちていた——大賢者は過去を思い出す。
魔法に全てを捧げる一生であると考えていた。そんな折に一人の女性と出会い。愛し、結婚し、子が生まれ、子が子を産み、孫に囲まれた日々を過ごすようになった。
若かりしヨーダンは家族という温もりに幾度も救われた。その思い出は決して忘れることはない。
——あの日のことも決して忘れない。
なんでもない一日の始まりであった。
よく晴れており、魔法の研究の為に家を留守にし、帰りが遅くなった日。これもよくある、いつも通りの日であった。
帰りが遅くなる連絡を伝達魔法を使用し伝えようとしたが、家族からの返答がなく不思議に思った。それでも特に気にせずに帰る。
家に着いたのは深夜。
家族の者を起こさぬよう家に入ると、直ぐに違和感に気付く——何かがおかしい、静かすぎる、胸騒ぎと同時に足を踏み入れると僅かな生温い温もりが全身にまとわりつく。鼻が曲がりそうな悪臭がした。
たどり着いた場所。いつもは家族が団欒する室内をただただ見入ってしまった。
屍体となった家族の出迎え出会った。
無残であった。
悲惨であった。
妻も子も孫も、地獄の責め苦を受けたような顔であった。
生きたまま腹を裂かれたのだろうか? それとも指を切られたのか? どれも違う、生きたまま家族同士で食い合いをさせられたのだ。
孫の手には大好きなぬいぐるみが握られていた。
ヨーダンにはそのぬいぐるみが目に焼きつき今も離れていない。
そこから復習の鬼となった男の第二の人生が始まった。家族を殺した犯人が悪魔だと知るまでに長い年月がかかった、アルスらと出会うまでのヨーダンは鬼であり、全ての悪に怒りをぶつけていた。
ぬいぐるみから視線を外す。僅かに瞑目し、敵を葬るための魔法を展開。
その様は修羅の如しである。
空に向かった仲間達に一瞥をくれることなくアルスは次の指示を出す。
「地上の魔物はジーナ、ホッポウ、ラピスに頼みたい」
命令を受けた三名は得物を手に魔物へと走り出す。
アルスは息つく間もなくティターニとブットルに向き直る。送り出した仲間には一瞥すらしていない。冷たいようだが彼らへの信頼がそうさせていた。
「憲兵の状況を確認してくれませんか? 僕たちはこの国に来たばかりなので、正直何がなんだかさっぱりな状況です。なのでここは僕らよりも貴方たちに任せた方が適任かと思います」
ティターニは僅かに顔を曇らせ問い返す。
「あなたとお嬢さんはどうするの?」
「僕は、あの奇妙な悲鳴を確認しに行きます。悪魔が絡んでいる場合ならカナンと共に討ちます」
己の力に自信がなければ出てこない発言である。
一刻と争うが了承するのが躊躇われた。ヒルコの元にはアクアが動き、そこには綾人がいるからだ。
「私たちは——」
ティターニが何かを言いかけた時、一部の空が異常な明るさを見せた。
嵐を割り煌々とした光が空を占めていた。
まるで極小の太陽が空から地に落ちたようである。
あまりの白さで眩いを通り越している。もちろん直視などできない。それでもティターニ、ブットル。ルードは、明るすぎる空を見る。
その輝きを誰もが見入る、人も魔物も見る。一瞬ではあったが魔物との戦闘は止んでいた。
「あれは、悲鳴のあった方角か?」
アルスの言葉は誰にも向いていない。明るくなったのは色街の端の一角であった。
空の明るさがまた分厚い暗褐色が空を支配する。
「——光の王子。悪いけどあなたが憲兵の様子を見にいって頂戴。私たちが悲鳴の元に向かうわ。バカが、無茶をしてそうだからね」
返答を待たずにティターニは背を向ける。
その態度は有無を言わさぬ迫力があり、言葉をかけるのも躊躇われた。
「ティターニ、急ごうか」
「言われなくても」
先に動いていたブットルはカナンよりルードを預かり肩に乗せる。
「気を付けてね、トカゲさん!」
「竜だっつうの!」
「お兄ちゃんを、止めてあげてね」
悲痛に染まったカナンの声はルードには届かなかった。
瞬く間に去る者達をアルスとカナンは見つめていた。あの悲鳴の場所には重要な何かがあるのは間違いない。それを行かせて良かったのか。
そう悩むがカナンがアルスの手を握り「大丈夫だよ」と声をかけた
「うん、そうだね。彼らを信じよう。さてカナン。僕らもやるべきことをやろう。魔物は皆に任せて事態の収拾を図ろうか」
「うん!」
アルスとカナンは手を繋ぎ走り出した。
―――
「まるで獣ね」
たどり着いた場所でティターニはそう呟く。誰に向けて言ったのかは明瞭である。
いつもの調子であり、いつもり、見る者全てを魅了する美の化身・ティターニ・Lは絹糸のような美しい髪を手の甲ではらう。
スッと視線を巡らせる、蹲る一の剣アクア。半死している水色の大きな体をもつ者。同じく体の数カ所を食われたスーツの男。
聡明たるティターニは起こりうる過程全てを計算したあと、深いため息を吐く。
「あれがヒルコで、あれが悪魔かしら? これまでの状況を加味すれば悪魔の可能性が高いわね。魔人族の猿顔をした奴がいないのが、少し気になるわね」
周囲を見渡し、次には唸る化け物を見据えだす。
「あなたの呪いを知りながらも、手をこまねいていた私にも多少の責任はあるのかもね」
化け物とエルフは距離をあけ睨み合う。
「さて、綾人。言葉は分かるかしら? あなたは本当に手のかかるクソ野郎ね。さっさと意識を取り戻しなさい。世話がやけるにも程があるわ」
ティターニの言葉は綾人には届かず、だが化け物には届く。威嚇が終わると敵に向かい瞬時に駆け出した。
大口を開ける姿は、仲間へと向ける姿ではない。またその速さも異常である。ティターニが舌打ちをうつ間に牙が迫っており、数泊遅れて短剣を引き抜くが防げる距離ではない。
両者の耳に痛いほどの音が鳴り響く。硬質同士がぶつかり合うかの音は、化け物とティターニの合間に大きな氷壁が現れた為によるものだ。
「綾人。やはり一人で行かすのは危険だったか」
ブットルである。空に子供一人程の水塊が浮かんでおり、それを足場にふらふらと浮かびながらの登場であった。
登場こそ呑気だが、水王の顔には緊張が張り付いている。
一見して気付く底知れぬ畏怖。
とてもじゃないがマトモには見えない。
呪いが悪を纏い、狂気で武装している。ブットルには今の綾人がそう見えた。
チラと視線を移すと、倒れるアスモデアとヒルコの姿。視線を戻すと顔に険しさを貼り付ける。
ブットルもティターニと同じ結論に至ったからだ。
頭の回転が早い男である。おおよそを把握したのだろう、状況は予期せず最悪であり、直ぐに危機的状況であると察しがつく。否、初めから危機的状況であったが、どこかで認めたくはなかったのかもしれない、仕える男の暴走を。
氷塊の砕ける音でブットルの思考は中断される。
化け物は新たに現れた敵に明確な敵意を向けた。ティターニは僅かに足を前に出したが直ぐに引き、大きく後方へと跳躍し距離を取る。エルフの背中には嫌な部類の汗が流れた。
足を前に出したのは自らの手で綾人を止めようと思ったからだ。
だが即座にそれは無意味と悟った。短剣を突き立てると同時に、化け物の鉤爪が胸に深々と突き立つ映像が浮かんだからだ。故に距離をとった。だが、距離をとったところで、どうしようもない。
呪いの塊となった綾人を止めることが叶わず、ティターニは唇を噛む。
ブットルは新たに氷壁を生成し化け物の動きを封じるが、それが足止めの効果を果たしていない。化け物はいともたやすく氷壁を次々と破壊していく。
ガラスが砕ける音よりも重い音が連続で響く、その音がブットルの不安を大きくしていく
「ティターニ!」
「分かってるわよ!」
二人はらしくもなく声を荒げる。化け物の行動一つ一つが安易に死を連想させるからだ。距離を取るが化け物がそれを許さない。
獣じみた動きでティターニに肉薄し、死の一撃を繰り出す。
ブットルはもてる魔力を全て使用し、最高度の氷壁で再度化け物を囲む。さらには足元に泥水を作り、瞬時に沼へと変化させ動きを封じる。加えて水で生成された大きな蛙が泥沼から現れ、化け物を体内へと包む。
並の魔法使いならば、下級魔法を二つ平行して扱うだけで全身疲労に見舞われ、しばらく動けなくなってしまうが、高度な魔法を三重展開するのはさすが水王といえる
だが——
「これでも止められないか!」
ブットルの顔に驚愕が張り付く。化け物は全てをたったの一撃で、右の鉤爪で、魔法を打ち消したからだ。




