表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/188

さいかい


 時間は綾人とアルスが会合した場に戻る。

それとなく和解した両名であり、戦闘狂たるエルフは大物を取り逃がした不満を、口先を尖らせることで表していた時であった。


 大きな悲鳴が海国全土に響く。

 厭な悲鳴であった。不快で耳を劈くような悲鳴。いつまでも耳朶に張り付き、不安を駆り立てる悲鳴は、産声にも聞こえたことからブットルが言葉を漏らす。

 

「生まれた、のか」


 酷い悲鳴がやむ。誰かの唾を飲み込む音と共に、嵐の音が再来する。

 緊張感が流れる場でアルスは、水王の言葉に顔を顰め問いただす。


「生まれた?」


 どう答えてよいかと悩みブットルは返事を窮した。単に古代生物兵器が産声を上げたと説明しても、あまりにも漠然とした回答だからだ。


「王子、潮の匂いに混じって魔物の匂いがします。それもかなりの量かと」


「そのようね。このタイミングで大量の魔物が街を襲うだなんて、誰かの嫌らしい手口みたいね。まるで笑えないわ」


 ジーナに相槌を打つティターニがチラと綾人を盗み見る。

 綾人は口を曲げ、怒りの落とし所を見つけているようで返事が無い、さして気にした様子を見せないティターニがブットルとルードを見る。


 三名は僅かに目配せし最適解の行動を考える。今の綾人はベルゼのことよりアクアへと怒りが向いている為、どう止めても動くことは想定済みである。


 ベルゼの動向も気になる。奴を探し出すのも先決ではあるが、溢れ出る魔物を野放しもできない。ティターニの悩む姿にアルスが声を掛けた。


「君たちはなにと戦っているんだい? もしかして、僕らと同じ悪魔なのかい?」


 同じ敵を追うもの同士、どこか似た空気感を感じ、アルスはそう言った。


「そうだよ!」


 答えたのは祓魔士である魔人族の幼女カナン。

 大きな目には輝きがあり、それらが綾人等に向けられる。


「頼もしい仲間ができたね、アルス!」


 その言葉で聡いアルスは全てを理解した。それはエルフ、水王も同じである。

 様々な視線が交差する。アルスは綾人をティターニはアルスとカナンを、ブットルはジーナとホッポウを、ジーナとホッポウは視線を左右に振りそれぞれを見る。


 唯一、空上綾人だけはヒルコの産声が上がった方角を睨んでいた。


「時間をかけて詳しく話し合いたいが、そうもいかないみたいだ」


「ええ、全くだわ」


 アルスの言葉にティターニが返答し、これからの行動を決める。


「僕の仲間達もこの異変に気付いているはずだ。皆で手分けして魔物の討伐に当たろう——それとさっきの気味の悪い叫びも気になるね。あれは——」


 アルスの指示は的確である。味方と判明した瞬間に綾人、ティターニ、ブットルを戦力に加算しこの場での最も適した動きを導き出していく。


 手慣れた様子は様々な戦いを潜り抜けてきた証拠である。

 だが綾人はそれを無視し一人で歩き出す。アルスが綾人を止めようとするが、それをルード、ティターニ、ブットル、加えてカナンが止めた。


「アルス。お兄ちゃんを行かせてあげて。じゃないとお兄ちゃんが、壊れちゃうから」


 アルスの袖口を引くカナンを見て、ルードが感心したように頷きだす。


「なんだい嬢ちゃん、随分と物分かりが良いな! こりゃ将来が楽しみだぜ」


「ありがと! トカゲさん!」


「うん。竜だよ。俺様はトカゲじゃなくて邪竜だからね! 間違えないようにね! うっすら空飛ぶトカゲ感あるなって俺自身思ってるけど、竜だからね」


「トカゲさん、可愛い!」


「いや、竜だっつうの!」


 ルードとカナンの信頼関係はもう出来上がっているようだ。

 ぬいぐるみの如く抱きしめられ、カナンに頬擦りされるルードは勘弁してくれともがくが只の愛玩動物と成り果てている。


「まぁ、うちの黒豆とそちらのお嬢さんの意見は同じのようだし、あのバカ男に関しては無視して良いわよ。どうせ言っても聞かないから。その分私と陰湿蛙がそちらの指示に従うわ」


「どうしても悪口を言いたいんだな」


 ブットルがため息と共に言葉を吐き出す。

 あら悪い? といった態度のティターニに大袈裟に肩を上げ、ブットルなりの了承を送る。


 「あら? なにかしらお嬢さん」


 ルードを抱きしめたままのカナンがティターニに近寄り、爪先から頭の天辺を見る。


「きっと会えるよ! そしてきちんとお話できるよ」


 カナンはそれだけを言い、今度はブットルに向き直る。


「あのお兄ちゃんが大事なんだね。その思いはちゃんと届いてるよ。でも、お兄ちゃん。かなり不器用だから——分かってあげてね!」


 カナンの言葉はブットルの中にキレイに落ちた。

 思い返す姿は、悪態を吐きながらも気遣うというなんとも不器用な姿であった。


「あぁ、分かっているさ」


 カナンは花のような笑顔で、大きく頷いた。


 ——光の王子と行動を共にする祓魔士。


 ブットルにはその情報だけで十分である。

 おそらく大きな力を秘めた子であると、安易に推測ができる。


「お姉ちゃんもお兄ちゃんといっしょで凄く、すご〜く不器用で加えて素直じゃない。心配なら心配って言えばいいのに。本当なら一緒について行きたッ——」


「ちょっとこの子なにを言っているのかよく分からないわ。だれか通訳を呼んでもらっていいかしら? あまり意味不明なことを言っていると悪い蛙があなたの夢に出てくるわよ。黙っておきなさい——さて、さっさと魔物退治に行きましょう。なにをグズグズしているの、こうしている間にも被害にあっている人がいるかもしれないわよ、少しは状況を把握しなさい。バカと呼ぶわよバカども」


 いつもの倍のテンポで言い終えたティターニは綾人とは逆方向に歩き出す。


「やっぱり素直じゃない」


 一度も振り返ることなく歩くティターニにはカナンの言葉は届かない。

 ルードはカナンに抱かれたまま笑いを堪えており、それでも小刻みに肩を揺らす。ブットルに至ってはニヤニヤと卑しい笑みである。


 そのやりとりを見ていたアルス一行は——この人達は悪い人ではない——というのを感じ取った。


「行こうか」


 アルスの仕切り直しの言葉と共に、行動が開始された。

 動き出す直前にカナンは後ろを振り返る。そこには空上綾人が歩いており、その姿は怒りの中にどこか弱々しい空気を纏っており、危うく感じられた。


 カナンは祈りを捧げるように両手を組み、綾人を見送った。




―――




 海国を襲う魔物の群れは膨大であった。この世全ての魔物をかき集めたような錯覚すら覚える。


 アクアの裏切りによって憲兵は完全に機能を失い、他の五剣帝——二の剣シンラの失踪。五の剣コーガの重症。四の剣サマリはなんとか状況の打破を進めるが圧倒的な人手と情報不足。ましてや明確な指揮が出せず右往左往するばかり、剣に関してサマリは優秀だが、それ以外は修行中であった。


 アルス一行とティターニ、ブットルがいなければ海国は滅んでいたのは間違いない。それこそアクアの計画通りであった。


 綾人と別れた皆は人々の悲鳴が上がる場所へと駆けつけ、次々と魔物を狩り続けていく。その速さは圧巻であり、見ていて気持ちのよいまである。

 

 素早く駆逐が始まる。

 ティターニの多彩な技、ブットルの魔法は言うまでもない、加えてアルスの様々な剣技、ジーナの海魔法も加われば、並みの魔物など数のうちに入らない。


 四人は完全に攻撃に集中できるからこそ、圧巻の速さで魔物を狩っていく、それは黒騎士ホッポウが全体の守りを一手に担っているためだ。

 

 優秀な盾役であるホッポウには全ての攻撃が集まる。

 彼の耐久力もまた並みではなく、攻撃を一切通さない。


「いけいけ〜!」


「よっしゃ! やっちまえ!」


 ホッポウに守られながら、カナンとルードが声援を飛ばす。

 体制は問題ないが、それでも戦闘する者たちの顔には油断がない。かなりの数を片付けているのだが、魔物は全く減らず、増長しているように思えるからだ。


「王子、ここにいたか」


 狩りを続ける最中で、アルスらの元に現れた人物はホビットの老人。


「大賢者ヨーダン」

 

 ブットルとティターニが声を揃えた。

 薄茶色の杖の上に胡座をかきながら空より現れる大賢者は、嵐であるが一切濡れておらず、それは何かの魔法によるものだろう。 


 ヨーダンはブットルとティターニを交互に見て顎に手を置く。


「ほう、これはまた強者であるな。水王に暴蘭の女王か。新たな仲間なのか王子? これはなんとも頼もしい」


 大賢者ヨーダン。この世界では有名すぎるホビットの老人。

 操る魔法は万を超え、極級魔法を同時に三つ使用できるという噂があり、魔法使いの間では伝説とされている。


 彼はある日を境に表舞台より姿を消した。

 噂では時空魔法を極め、どこか別世界に飛んだという話が流行したほどである。


「ヨーダン、今は——」


「うむ。そうじゃな。今は魔物の殲滅、悲鳴の正体、それと悪魔の居所を突き止めるのが先じゃな」


 アルスは状況の打破を優先する。ヨーダンも了承しカナンへと振り向く。


「ごめんなさい。分からないの。お兄ちゃんの感情がずっとカナンの胸を締め付けて——分からないの」


 元気であったはずのカナンは突如として悲しみを抱いていた。お兄ちゃんというのは綾人のことであろう。彼女は何かを感じ吐き出すように言葉を連ねる。


「かなしくて、つらくて、くるしいの、でも一番は——」


 カナンはルードを強く抱きしめた。

 

「お兄ちゃんが自分自身にかける呪いが一番くるしいの」


 俯くカナンの目からは涙が流れていた。その姿に誰もなにも言えず僅かの沈黙が流れる。


「むぅ。それにしても魔物の数が凄まじいの、空からも敵さんのお出ましじゃ」


 ヨーダンの言葉通り、空一面を覆う黒々とした雲間より魔物が現れだす。

 その数もまた膨大であり海国の上空は魔物が溢れかえっていた。万でも足りない、下手をすれば億の数の魔物の群れに戦士達の顔は狼狽する。


「ふむ。海国の戦士達が全く出てこないのも何か原因があるようじゃの」


「ヨーダン、あの奇妙な叫びも気になります。」


「うむ。ジーナの言う通りじゃな。やることは多々ある。それでも大量の魔物を放ってはおけまい、力なき魔物も永遠と増え続ければ一つの災いとなる。さて、どうする王子?」


 ヨーダンが試すような口調で王子に問いを投げる。ジーナ、ホッポウも使える主をジツと見つめだす。


 ティターニとブットルはこれが彼らのやり方なのだと納得する。

 大賢者ヨーダンの知恵を持ってすれば、一番の答えに近づくのは間違いない。だがヨーダンは、仲間達は、アルスに答えを求める。


 その行為が、光の王子という存在を信じていることが伝わってくる。

 皆から視線を受け、アルスの顔が引き締まる。どこか頼りない印象は微塵もない。


「戦力を分散する。ヨーダン皆を集めてくれ」


 遠くで落ちた落雷と共にアルスの命令が下る。


「あい承知した」

 

 ヨーダンは恭しく頭を下げ、次には地上に降り立つと直ぐに杖を手に取り魔法を唱える。それは転移の魔法。一部の空間がグニャリと曲がり極彩色に輝き出す。


「これはまた、とんでもない大物が現れたな」


 現れた人物にブットルが舌を巻く。

 極彩色の空間より現れたのは人族最強の矛と謳われた白竜騎士シルヴァである。首から下、爪先まで白い鎧で覆われている姿はそれでも美しく品がある。


「む⁉ 何やら見ない顔がおりますな。協力者——いや、新たな仲間と捉えてよいのかな?」


 快活に笑う彼女の白い細剣は赤黒く染まっており、魔物と戦闘をしていたことが窺える。


「あら? ティターニ? おひさしだね〜」


 ティターニとブットルがシルヴァの登場に困惑していると気怠げな声。水色の髪を肩口で切り揃えたエルフのレダが、転移より現れた。


「レダお姉様!」


 あまりの驚きにティターニはすっ頓狂な声となった。

 天馬騎士レダもまた有名である。その美しい容貌からかけ離れた槍の技巧。彼女の槍技はどんな敵をも突き刺すと言われている。


 だが、そんなことは今のティターニにはどうでも良かった!


「い! 今までどこをほっつき歩いていたんですか!」


「ウゥ〜。ティターニうるさい。久々の姉妹の再開なんだから、もっと楽しくいこうよ」


「十数年姿を消していた人と、どう楽しく過ごせと言うのですか!」


「できるよ。ティターニならできるできる〜久々のお姉ちゃんの胸に飛び込んできなさい」


「できるか!」


「えっと、ティターニさん」


 ブットルとルードが同時に声を掛けた。

 普段の冷静さの欠片もなく、実に見応えがあるのだが、今はそういう場合ではない。


「おおっ! レダ殿の妹気味ですか! レダ殿同様じつにお美しい! というよりも待ってください。エルフで、ティターニと言えば暴蘭の女王ではありませんか! なんとも凄腕の武人が仲間になりますな、それとそちらの亜人は蛙族で、その並々ならぬ魔力。まごうことなく水王ブットルとお見受けするがいかがか? いやはや何とも心強い!」


「そうなのシルヴァ、うちの妹チョー強いんだから〜ねぇ、ティターニ? そっちの蛙族も強くて有名なんだね。よきよきだね」


「白竜騎士に覚えてもらっていたのは光栄だが、何とも個性的な面子だな」


「忘れていたわ。レダお姉様はある意味綾人よりめんどくさいことを——」


 現れた絶世の美女二人は場の空気を読まずどんどんと盛り上がっていく。

 

 そこに——。



「ちょ、ちょっと! 私の登場がまるっきり霞んでいるじゃない!」


 絶世の美女がもう一人、金切り声をあげながら登場した。彼女は亡国の姫ラピスである。


「こじらせ姫は黙ってて。今は妹との感動の再開なの」


「誰がこじらせ姫よ!」


 宝石の雫と言われるほどの美女は人族とドワーフのハーフである。

 ラピスの両親は共に他国同士の王であり、姫であった。種族が異なる王家の婚姻は表立っては初めてであり、垣根を越えて愛し合い、子を授かり。それがどれほど素晴らしいことかを説いた。


 この世界ではハーフを混じり子と呼び、差別の対象とみなす傾向があったが、ラピスは違った。

 己を受け入れ、全てを許容し、世界に優しさを与えた。また、世界もそれを受け入れた。


 彼女は聖女として世界に優しさと希望を与え、種族間の戦争を無くすことに努めていく。その行動は日々成果を表し、各種族が手を取り合う日が現実に訪れる予感を示した。


 ——悪魔が現れるまでは。


 ラピスの元に、ボロを纏った男が現れた。

 男はたった一つの嘘という毒でラピスの全てを奪い、破壊した。今までの努力は無となり、全てを失った。追い討ちをかけるように民衆は反旗を起こし、国が滅んだ。


 父と母は責任を取れと民より声が上がり、斬首となった。首は腐り果てるまで見世物とされ、ラピスもまた、絞首刑となり命を落とすはずであった。


 だが一人の男がそれを止めた——それはあまりにも酷いと声高らかに叫び、それがラピスの命を救った。

 

 その男はボロを纏っていた。

 卑しい笑みを貼り付け、人を惑わす甘い言葉を吐き続ける。

 それは、男は、嘘で国を滅した悪魔であった。


 自らの国を滅ぼした悪魔は、国の姫であるラピスを助けた。どうして助けたのかは至極簡単な理由である。


 ——面白いから。


 全てを失ったラピスにはあまりにも強烈な言葉であった。

 アルスと出会わなければ自ら命を絶っていたであろう。ラピスは当初、死人のようであったが、ようやく人としての感情を取り戻した。それは、仲間たちの温もりがそうさせていただのかもしれない。


 レダはあえてラピスをいじるのはそう言った背景があるからだ。仲間達は気付いている。ラピスもおそらくは気付いているが、どうにも気恥ずかしく強く言えない状態なのである。


「お喋りはそれくらいにしよう——」


 アルスの言葉に緩んでいた空気が引きしまる。


「戦力を三つに分ける」


 改めて戦いの幕が上がる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ