アクア・スカイラ
「あぁ——」
ヒルコの産声を聞いたアクアの第一声である。
待ち望んでいた復活はしっかりと海国全土に響き渡り、これから始まる地獄への契機となる。
産声の後には雨音が室内に響く。
アクアは会議室の中にいる。
会議室には、以前アクアを商売女の目で見ていた海人族の代表者達。彼らはヒルコの産声に「なんだ? どうした?」と不安な様子を露わにしている。
「なんだ、今のは? 何が起こった」
慌てた様子で疑問をぶつけるのは、会議の場でいつもアクアに「いくらだ?」と聞く野蛮な男。
「今日の騒動といい、何がどうなってるんだ⁉︎ アクア君?」
男は会議の場でいつもアクアの過去、身売り時代のことを言う男。
「アクアさん、あなたは軍事の責任者だ! さっさと憲兵を連れて調査に行ってください!」
怒号を飛ばすのは、いつもアクアの肩に気安く触れ、値踏みするような視線を送る男。
それら全てを無視してアクアは呟く。
「あぁ、ようやくだ——これで、ようやく」
慌てる代表者達には一瞥もくれずにアクアは大きく深呼吸をした。
その様子を見ていた代表者達は一様に首を傾げ、アクアに言葉の真意を問いただす。
その言葉はどれもみな乱暴であった。まるで奴隷に言うような言い草である。さして気にした様子もなくアクアはゆっくりと、大きな赤い瞳を弓なりにした。
「ようやく、方々を殺し、この海国を、世界を壊す事ができます」
「はっ? 何を言っとる売女が! さっさと発生源を確認——」
アクアの言葉に理解が及ばず、一際乱暴な男は言葉を吐き、詰め寄りながらさらに怒号を飛ばすが——。
「え? ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
絶叫に変わる。
「うるさい蛆虫だ。貴様の私を見る目が心底気持ち悪かったから、丁度良い罰だ」
男の右目は鮮血に染まり、痛みと衝撃で狂ったように叫ぶ。
「その汚い声も耳障りだ」
アクアの手には真っ赤に染まる明炎王刀が握られており、それが一閃。切っ先には別の赤色が付着する。喉を切られた男は叫べず、苦しみと痛みに耐えながら膝をつく。
「安心しろ。直ぐには殺さん。たっぷりと苦痛を与えたあとに、殺してやる」
蹲る男を蹴り上げると——止めろ! と別の男が叫んだ。仕立ての良いスーツを着用しいつもアクアの肩に手を回す男。
「な、何をやっているんだ、お前は! 我々に刀を向けるなど正気か? お前は誰のおかげで今の地位があると思ってるんだ! この売女め! ただでは済まされんぞ!」
「お前、いつも私の肩に手を回していたな、取り敢えずその腕を切り落としてやろうか?」
男の罵声を受け、アクアは妖艶に微笑み言葉を続ける。
「ただでは済まん? 至極真っ当な意見だが、だれが私を止められるんだ? この国には私より強い者などいないだろうに」
アクアの赤い瞳に見入られた男達は震え上がる。
「この時を、待っていたんだ」
表情は悦に入っている
男たちは腰を抜かし全員がへたり込む。恐怖に慄く顔は滑稽と云ってよいほど歪んでいる。
明炎王刀がゆっくりと動き、男たちの、人としての最期を告げた。
ーーー
「な、なんだ! 今の悲鳴は! サマリさん!」
「う、うん。すっごく気持ち悪い感覚だよ。コーガ君」
ヒルコの産声にサマリコとーガが反応する。
二人は多くの憲兵と共に白服集団の死体処理に追われており、会議場周辺で産声を聞いた。
多くの憲兵も気味の悪い叫びに右往左往している。
——ただ事ではない、何かが起きる
本能でそう感じたサマリとコーガはアクアの指示を仰ごうと会議場内、国の代表者達が集まっている一室に向かう。
「コーガ君、凄く嫌な予感がする。なんだろう?」
「奇遇ですね。とりあえず今は、アクア様の元に向かいましょう」
サマリとコーガが走りアクアがいる一室へ辿り着く。
扉の前で二人は顔を見合わせる。
おかしい——静かすぎる。そう感じた。
扉にノックをしても返答が無い。コーガは扉を開ける、
「え?」
「あら? コーガそれにサマリも。しまったわ、つい夢中になってしまったわ」
コーガは目の前の光景に言葉を失う。
サマリは口に手を当て目を見開く。二人とも状況の整理ができずに、ただただ混乱した。
「くす。二人とも面白い顔ね、この蛆虫共もきっと喜んでいるわ」
アクアの平素と変わらぬ態度も混乱に拍車を掛ける。これは夢なのではと考えるが、二人の鼻腔に悪臭が掠めたので、現実であると認識する。
海国で名前を知られている代表人達は、全員が同じ格好となっていた。
まず肘から先と、膝から先の腕と足が無い。断面は焼かれ炭化している。その状態で裸にされており。体には無数の切り傷が見える。
手足を短くされ、四足歩行を余儀なくされた者達は、喉を切られ大声が叫べないようになっており、顔は焼けただれ直視できない程に痛々しい。
代表人達はそれでも生きており、全員が首輪を嵌められており、散歩するかのようにアクアは手綱を引き、男達を移動させる。
声は出せないが想像を絶する苦痛なのが見て取れる。
全員の男がその焼けただれた顔をこれでもかと歪め、苦痛を表している。中には気絶する者もいるが、都度アクアが回復薬を投与し、生かさず殺さずの状態に留めている。
「アクア、様、な、何をしているのですか?」
ようやくコーガの口から出たのは、実にありふれた質問であった。
「何を? 蛆虫の散歩ですよ。コーガ」
アクアはゆっくりとコーガに近づく。
コーガは今だ状況を理解できずに混乱していると、腹部に熱を感じた。ただの熱ではない全てを焼き尽くすほどの熱。
コーガの腹部には明炎王刀が突き刺さっていた。
「ア、クア様?」
「男は皆嫌いです。なので殺します。ですがコーガは少しマシなので、これで許してあげますね」
痛みと、尊敬する者からの蔑視の視線と言葉を受け、コーガは床に崩れ落ちる。
「コ、コーガ君」
「サマリ」
サマリの肩が恐怖で跳ねる。
「あなたはまだ生かしておきましょう。でも敵になるなら容赦なく殺します。バカな姉は海国にはいないからあなたを助けてあげられませんよ、これからも——大人しくしていなさい」
まるで塵芥でも見るかのようなその様に、サマリはただただ恐怖してその場で崩れ落ちる。
——単純に恐いと感じた。
アクアはお粗末なペットとなった男達を引き連れ一室を去っていく。
炭化した断面が床に付く度に激痛が走り、ペット達は身悶えしながらも進んで行く。
アクアはそれを楽しそうに眺めていた。
サマリは呆然とした後、コーガの処置をする。自分の情けなさは勿論あるが、大好きな姉を侮辱されたにも関わらず、何も行動を起こせなかった己に深い慟哭を上げる。
アクアは優雅に歩き会議場を跡にする。
手持ち無沙汰になったらペットに刀を突き刺し、ケラケラと笑う。
目指すは我が子が眠る研究所。
ヒルコの力で海国を、世界を、滅する。そう思うだけで人生の楽しみをいっぺんに詰め込んだように思える。
途中憲兵が邪魔をするが全て殺した。今、自分を止められるものは何も無い。
あの頃とは違う——アクアは幼い頃の自分を思い出す。
あの日も雨だったように思う。
雨は嫌いだ。だが海国はよく雨がふる——赤い瞳が昔を懐かしむように閉じられる。
ーーー
生まれたと同時に目をくり抜かれたらしい。それが、アクアが増悪を蓄える第一歩である。
らしい。というのはそう聞いたという理由だ。生まれた時の記憶など覚えていないのだから。
目をくり抜かれ、紅鮫半漁の目を埋め込まれた。紅鮫半漁は海底の王と言われる魚であり、赤く獰猛な瞳が特徴である。
母の顔は知らないが、父の顔を知っている。
生まれたと同時に娘の目をくり抜き食すような、頭のイカれた父であった。
父親は稀代の人徳者として名を馳せていた人物であった。
誰からも頼られる父は海国を代表する精神医療研究の第一人者でもあり、父を慕う者は大勢いた。
裏の顔は違った。
実の娘に、人に、愛という感情を持たぬ男であった。
物としか捉えられていない。
ましてや研究畑の男である。
かっこうのサンプルができたと、内心ほくそ笑みながらアクアの目を抉ったのだ。
父は、人はどのような負荷を与えれば精神が壊れるか。という実験にひどく熱心に取り組んでいた。
奴隷商と裏で接触し数多くの奴隷を入手し、様々な実験を行う狂人というのが彼の裏の顔だ。
アクアは、成長していくにつれ、人体を弄ばれた。
腕と足を捻じ切られ、別の人間の手足を移植された、内臓の中身も改造された。
幼い頃から美しかったアクアに、父は大いに熱を上げアクアの体で研究をし続けたのだ。
誕生日の度に新しい傷は増えていく。
アクアが泣けば父は興奮し、抗えば喜び、悦に浸っていた。
ある日、鼻の下にあるドブ臭い匂いをさせる穴からこう囁いた。
「頭を切り落として腹に突っ込んでやろうか?」
——お好きにどうぞ。と返すと子供のように笑い出す。
「それでこそ私の娘だ」そう言って、その日は永遠と笑い続けていた。
七歳になったと同時に父の興味を削ぐために全身を火で焼いた。
あっさりと興味をなくしたようで、何の躊躇もなくアクアを肥溜に捨てた。
その日は雨が降っていた。
焼けるような全身の熱を感じながら、アクアという人間が産声を上げた瞬間である。
父を呪い、世界を呪った。
目覚めた時は奴隷として売りに出されていた。
全身火膨れの女が商売女として成立するのが、この海国である。
特殊な者達が集まる店で働くことになるが、客は爺と婆ばかりであった。やるせない悔しさと怒りが募っていく。
爺と婆は人生の懊悩をアクアにぶつける。
この日々は父といた頃と同等なほど、アクアにとっては糞以下であった。
妬み、嫉み、憎しみを若いアクアにぶつけるのはさぞ気分が良かったろうが、受ける側は怒りを募らせるだけであった。
アクアが嬲られるほど、叫ぶほど、老人と老婆は喜び、騒ぎ、人生を謳歌していた。
世界を、海国を、父を、爺を、婆を呪った。
幾日か過ぎた日に客の趣向で肌を治された。
元々は美しいアクアである、直ぐに国の代表者等が集まる店へと身売りされた。
また幾日か過ぎた頃、その日の客は軍人であった。
腰に下げた軍刀を興味本位でアクアに振らせた時に才能が花開く。
ただの素振りの筈が、アクアが振るうと熱が発生する。
事は直ぐに進み、軍への入隊となる。そこで圧倒的な才能で他を潰す自分にアクアは驚いた。
刀を持ったアクアがまず始めたのは、父親を殺す事であった。
昔と同じ狂ったままでいた。
直ぐに殺す事はしない、ゆっくりと時間を掛けて殺していく。
同じことを、同じ痛みを父にも与えた。
母も探し当てたが、廃人のような女であった。
その死人同然の姿を見るだけでも嫌気がさし、首を跳ねた。
その肉を父に食わせた。
あまりにも美味しそうに食うので食してみたが、まだ蛆虫を食べた方がマシな味であった。
父は海国の代表者達から研究するように言われ、多くの奴隷を、娘を実験したという。父が語る名の中には、アクアが客として相手にした者が殆どであった。
——では、私がこれほど辛い目にあったのは海国のせいだと言うのか。
アクアの問いに父は「そうだ」と答えた。
海国は色街を繁栄させる為に、より良い人形を生み出す為に。精神を書き換える実験を父に強いていた。
その言葉を聞いた瞬間に笑いがこみ上げた。
一頻り笑った後に父の顔を踏み潰した。
——ならば今度はこの国に復讐するだけだ。
父が死んだと同時に雨が降った。
雨が頬に流れる。それが涙のように見えて笑う、涙などとうに枯れている、
そうしてアクア・スカイラという人物が出来上がった。
偉くなる為に何人も殺した。海国は古代生物兵器ヒルコを隠し持っていたことを知る。
武装国家でないこの国が、他国から戦略された際の秘密兵器であったが、アクアはこれを利用した。
目覚めさせるには多くの生命エネルギーと人手が必要だった。
アクアは、昔の時代の、自分を蔑ろにした時の客と家族に目をつけた。
膨大な数の老人や老婆を拐い、ヒルコの食事にする。
研究員はその家族達、奴隷の様に酷使する。
管理は唯一心を許せる者に託した。
こうして虎視眈々とヒルコ復活の日を待った。
計画は順調に進んだ。
唯一気がかりなのは、唐突に現れた。気味の悪い大男の言葉であった。
「君の目の前に綾人と名乗る少年が現れたら、注意した方がいい。僕の言葉を信じた方が良いよ。なんせ僕は悪魔だからね」
その日も雨が降っていた。
骸骨の覆面を被った大男はそれからも、エルフの女と蛙族の男にも気を付けろと言っていたが、今となってはどうでも良い。ヒルコが目覚めたのだ。これで全てが終わる。
今の自分を止められるものは何もない。
——あの時の何もできなかった自分とは違う、雨は激しさを増していく。
海国は大混乱となっている。
不安を駆り立てるヒルコの産声は永遠と繰り返され、それを耳にする人々は国の終わりのような既視感を覚え右往左往するが、どうにもできずにただただ騒いでいる。
憲兵を統率する五剣帝は機能を果たせない為、国を守る憲兵自体も命令が下らない現状に混乱している。
国の代表者達は根こそぎアクアがペットとして引き連れている。
トップを失った海国は滅びへと向かっていく。
混乱のなかアクアは悠然と歩く。
引き連れる元代表者等の苦悶の声は、周囲の騒ぎに掻き消されるがアクアはそれもまた一興とばかりに足を進めて行く。
すれ違う皆々は、アクアとペットを見る度に困惑した表情や、不思議な顔をするが結局はヒルコの産声に意識を取られ、不安を口にしながら消えていく。
日向の庭園を歩くが如く、アクアの心情は晴れ晴れしている。
木漏れ日でなはい、今は曇天の雲が空を覆い雨はどんどんと激しくなっていく。
小鳥の囁きではない、苦悶の声と喧騒はどんどんと激しくなっていく。
それでもアクアには関係がない、手塩にかけたヒルコと会える喜びは全てを些事に変えていく。
「アクア、様」
おずおずとした声である。よく耳元で囁かれた声でもある。
一変に気分が悪くなりそのストレスをペットにぶつける。靴底で踏み、顔面を蹴り上げるとペット達は痛い痛いと叫び、許しを乞うように媚びへつらう姿を見るとアクアの苛立ちは少し落ち着く。
明炎王刀を抜刀し声を掛けた者に向ける。
相手を捉える赤い瞳が増悪で燃えている。
「二度と姿を見せるなと言ったのに、どうやら死にたいのね」
「アクア様! シンラを許してほしいです! お側に置いて下さい。何でもします! アクア様のお力になりたいのです」
眼帯をするシンラ・クォートは泣き叫びながらもアクアに訴える。
片目を潰された相手でも、親愛は変わらない。
切なる願いを聞くアクアだ、が今はシンラなどどうでもよい。
早くヒルコの元まで行き、海国を滅ぼさなければならない。
長年掛けて積み上げてきたこの計画を、シンラによって露見する危険はアクアにとっては何よりも変えがたい怒りであり、憎しみであり、裏切りでもあった
裏切り者と秘密の共有をしただけでも、体中に蛆虫が這う不快感が漂う。
アクアが刀を振ると熱波が生まれシンラの皮膚を焼いていく。温度は徐々に上がり呼吸するのも苦しくなる。
やがて膝をつくが、それでもシンラは動かない、じっとアクアを見つめ一緒に連れて行って欲しいと。あなたの背中を守らせてほしいと懇願する。
その姿は何もできない頃の自分と重なり、アクアは激昂した。
「黙れ! 黙れ! それ以上喋るな! 死ね! お前のような裏切り者は死んでしまえ!」
何度も靴底で踏みつけ、何度も蹴り上げ、シンラを徹底的に痛めつける。
やがて立てなくなったシンラは蹲りながらも、何かを大事に抱えていた。
暴力から守っていたのはアクアより授かった白刀、皇である。
それもまた、アクアの苛立ちを増殖させ、白刀をシンラより奪う、何よりも大事な物を奪われたシンラは腕を伸ばし宝物を求める。
その手を靴底で踏みつける。
アクアの目は狂気の緋となり、呼応するように刀もまた熱を上げる。
振り下ろした明炎王刀は一刀の威力を上げ、真っ直ぐ皇に向かう。あっさりと二つに折れると用済みとなった白刀を、シンラへと投げつける。
「あぁ、あぁぁあああああ、あああぁぁああああああああ!」
シンラは絶叫した。アクアは不愉快をシンラにぶつける。
豪快に蹴り上げシンラは意識を失い地面に横たわる。
横たわるシンラをじっと見る。明炎王刀の切っ先が陽炎で揺れる。
刀を胸に突きさせば当たり前だがシンラは死ぬ。浅く胸が上下に動き、口元からは細い呼吸を繰り返している。
切っ先がシンラの胸元で止まる。そのまま突き刺そうとした時、僅かに動きが鈍る。
息の根を止める行為を僅かに躊躇うアクアの心中は、誰にも理解できない。
——————‼︎
大きな悲鳴があちこちから上がる。ヒルコの産声をかき消す程の悲鳴が海国全体を包んでいる。
それは大勢の悲鳴であった。否、複数の魔物の雄叫びも混同している。
どうやら魔物が大量に発生し、人々を襲っているようだ。
逃げ惑う人々の悲鳴と、それを追う魔物の咆哮。
海国はさらなる混乱の只中へと突入していく。
アクアはしばらく周囲を見渡したあと、シンラを見る。
胸に向けていた明炎王刀を納刀し、羽織を翻し歩いていく。
魔物は直ぐそこまで迫っている。おそらくシンラはこのまま食われて死ぬだろう。
シンラに一瞥をくれたあとその場を立ち去る。
どうせ死ぬなら、と呟く。当然その意図も誰も知ることができない。
目を潰され、状況を理解できていないペット達も置いていく。
「助けてくれ」と騒ぐペットの声は酷く滑稽であり、クスリと笑う。
ペットは自然回復の薬草を施しており、魔物に食われながらも死ねないという地獄のような時間が訪れる。
魔物出現は奴の仕業かと歩きながらに、アクアは回想する。
奴は——君の手助けをしてやろう——と、随分と横柄な態度で接触してきた。自らを悪魔と名乗る大男。
「ベルゼ君と呼びたまえ! おっと刀を向けるのはまだ早いぞ。さっきも言ったように僕は味方だからね! まぁ、仕掛けてきても悪魔の呼吸。一の型で八つ裂きだけれどね!」
妙な口調もまた勘に触る。
「君が目覚めさせようとしている化け物の手助けして上げよう! なんだいその顔は? 悪魔は何でも知ってるんだぜ。君がこの世界を滅ぼそうとしている事も知っている。それを手助けして上げるよ! ただ懸念事項があるんだなこれが!」
人をおちょくる態度に思わず抜刀仕掛けたが、魂胆を見透かされたので思わず手が止まる。
「君の目的を邪魔する奴等がもう直ぐこの海国に現れる。そいつらには注意するんだ。暴力エルフに、邪魔蛙と、可愛くてバカな人族が邪魔にくる。こいつらには気を付けるんだ! とくに髪の毛が金色の小生意気な顔をしている人族の綾人には気を付けろ! 彼奴は絶対に君の邪魔をしにくる。悪魔は預言者でもあるから、この言葉は間違いないよ!」
睨むが大男は我関せずとまた喋り出す。
「そんな怖い顔しないでよ! 助けてあげるって最初から言ってるじゃんかよ! 君が最も好むタイミングで大量の魔物をこの国に解き放って上げるよ。海国は化け物の目覚めと魔物の大群で大混乱! 果たしてこの先どうなってしまうのか⁉︎ 最高の演出だろう?」
大男はそれだけ言い消えていった。
今となっては、大男の存在もどうでも良い。ヒルコを操り、海国を滅ぼした後は世界を滅ぼす。
海国を、世界を、父を、爺を。婆を呪ったアクアの復讐劇はこれから始まる。
目の前に研究所が見えてきた。
研究所というよりは大きな屋敷である。
そんな事もどうでも良いとアクアは歩き出す。
ヒルコの産声はより大きくなっていた。
間もなく出会える我が子にアクアの胸は高鳴る
数分後には我が子と共に世界を滅ぼす旅に出るのだ。目を閉じ世界の滅びを、呪いを形にできると妄想する——とても甘美である。優雅である。幸福である——。
「よぉ、待ってたぞ。クソ女」
——だが全てを壊す粗野な声がアクアの妄想を止める。
赤い瞳がゆっくり開かれると、凶悪な面相の金色の髪の少年がいた。




