ようやくの再開
「相棒! てめぇって奴は今まで何処にいやがったんだよ! このスカタンが!」
「おいおい何だよこの黒い生き物は。騒がして小さい豆みたいだから、黒豆竜と名前をつけてやろう」
「記憶を失っても同じアダ名に至る辺りは、ある意味関心するわ」
「ティターニ。そこは感心しなくていい。それよりもルード、ご覧の通りだ、綾人は記憶を書き換えられている。どこで何をしていたのかは先ほど言った通りだ。あくまで予想だがな」
「分かってるよブットル。ただこの阿呆面を見ているとどうにも我慢がならなくてよ、人の心配をよそに天使の使徒だのの集団で仲良しこよしとは随分と偉くなったもんだぜ」
「それよりも場所を移動しましょう。ブットルのついた嘘で私たちは五剣帝に狙われている可能性があるもの」
「いや、ティターニ。何故そこで堂々と嘘をつく」
ブットルとティターニは綾人を運びながらルードの待つ宿へと向かい、合流を果たした。
そこから一行は今まで利用していた宿を離れ、別の宿に移動し睡眠をとる。
翌朝一室に集まり、ブットルとティターニがこれまでの出来事をルードに説明している最中に空上綾人は目を覚ました。
「っていうかさ、俺、暴れないからさ。コレ解いてくんない? 縄が食い込んで痛いからさ」
綾人は今、椅子に座ったまま、腕と足を縛られた状態となっている。
三人は薄目になる。
「いや、絶対暴れるだろ相棒。バレバレの嘘つくなよ。記憶が変わっていても阿呆な部分はそのままなのか、可哀想に」
「ルード、それは言い過ぎよ。ただでさえバカなのに、それに阿呆まで加わったら救いようがないわ。記憶を書き換えられても結果は可哀想な生き物というのが落としどころね」
「まぁ、うん。俺はバカとも阿呆とも思ってないから安心しろ綾人。ただお前の性格上必ず暴れるから縄は解いてやれん。バカとも阿呆とも思ってないから安心しろ」
「いや、なんで二回言ったし!」
どうにも緩い空気が流れる。
とても街で爆発を起こした女とそれを手助けする著名な魔法使い、記憶を無くした転移者、苦楽を共にした幼竜とは思えない。
「どうしてかお前らに悪口を言われても、さして怒ろうと思えないのは何故だ?」
首を傾げるが回答などない。自身で咳払いしつつ緩んだ雰囲気を払拭し綾人は言葉を告げる。
「ちょっと整理させてくれ。あんた等の話を纏めるとだな。俺はこの世界の人間じゃないんだよな」
「えぇ。そうよ。あなたの口から私はそう聞いているわよ」
答えたのは美しいエルフ。
「んで、俺はお前らと旅してきたのか?」
「そうだぞ相棒。一緒に畑を耕していたろ? 思い出せよ」
答えたのは黒い幼竜。
「畑? ちょっと何言ってるか分からないから横に置いといて、俺はお前の命の恩人なのか?」
「そうだ。亜人帝国での戦争で俺はお前に助けられた。綾人が忘れたと言ってもこの恩は返させてもらう」
答えたのは蛙族。
「う〜ん。なんにも覚えてないな。そもそも旅したり畑を耕したり戦争で人を助けたりってのは身に覚えがありません! お前らアレか? ドッキリか? そうなんだろ! んでネタばらしの時に赤いヘルメットを被ったおっさんが出てくるパターンだろ、ってなんだよその顔はよ⁉︎ 残念な奴を見る顔をすんじゃねぇよ!」
「ご覧の通りだルード。基本人格は変わっていない。このふざけた回答は綾人そのものだろ?」
「あぁ、ブットルの言う通りだ。本当に哀れで可哀想な生き物だよ相棒は、人格は変えずに記憶を書き換えてるってのが、発動者が相棒に気遣った点ってやつかティターニ?」
「えぇ。記憶の書き換えは、本来なら都合の良いように人格まで書き換えるのが定石だわ。そのほうが発動者にとっては都合が良いもの。命令に逆らわない人形を作るには誰だってそうするでしょう?」
「確かに。ルード様でもそうするな。ブットルでもそうだよな?」
「あぁ。ティターニの言う通りだ。だが、綾人の人格はそのままだ。これは明らかな配慮、というよりは尊重が伺える。それを考慮すると——」
「相棒の知り合い。前の世界のクラスメイトって人物か」
「って俺を無視して話を進めてんじゃねぇよ! ちゃんと思い出すから! お前らのこと思い出すから縄解いてくれよ! アレだろ? 先週号のジャンプ借りたままの関係とかだろ? 返すから、ちゃんと返すから、まず俺を話に入れてくれよ! だから無視すんなよ!」
綾人の叫びを聞くふりをしながら無視をする三人。
どうしたもんか? と手をこまねいていると一室に日の光が降り注ぐ。それは以下にも朝を告げるような光といえた。
光に目を奪われる一行。
突然にがくんと音がしそうな勢いで綾人の耐性が崩れる。
椅子の上で項垂れるように丸まりしばし動かなくなる。
三人が身構える数秒後に顔を上げティターニ、ルード、ブットルに視線を送る。
「おい、なんだお前らただでさえバカっぽい面構えがアホみたいに口開けて、残念な生き物達め、ってアレ! なんか俺縛られてるんだけど! どうなってんだよ、お前等見てないでさっさと解けよ。あれ? ちょっと待て、そもそもなんで俺は縛られているんだ? あれ? 俺は確かクラスメイトの飛鷹とあって、それから——」
勢いよく言葉を続ける綾人を三人は繁々と見る。
「相棒?」
「あん? なんだよ黒豆竜。さっさとこの縄ほどけし」
「俺様の名前、分かるか?」
「はっ? 何言ってんだ、その得体の知れない残念感は間違えようがないだろ。黒豆竜ことルードだろ?」
「相棒〜」
「いや、ぺしぺししなくていいから早く縄をほどけよ!」
空上綾人の記憶が戻った。
これで、海国入国以来の四人全員が揃った。
綾人がルードとやりとりをしているのを見ていた二人は目配せする。
記憶が戻ったのであれば、記憶を書き換えた者はおそらく——。
「綾人。今は記憶が混乱していると思うが、こっちも色々と伝えないといけないようだ。とりあえず縄を解こう」
「記憶の混乱? ブットルお前何言ってんだ? あれ? そういえば何かお前と、っていうか皆と合うの久々のような気が——」
「綾人。天使の使徒って覚えてる?」
「知ってるけど。ティターニは知らねぇのか? というか飛鷹や蛸爺、猫婆はどこ言ったんだよ」
綾人を除いた三人は目を合わせる。
今までの記憶と天使の使徒として過ごした記憶が混ざっているようだ。
「そうね、どこから語ればいいかしら?」
状況説明の枕はティターニのため息まじりで始まった。




