せめてもの強がり
「な、な……」
「お~いってぇ~、これ大丈夫か俺? 血が止まんねぇぞ」
笑いながら体をペタペタと触る綾人、それを見るシュナルは二の句を継げることができず、口を開いたまま固まってた。
「サシャ……シュ、ナル」
「リーズ、サシャ!」
リーズの弱々しい声に反応したシュナルは、重い体を引きずりながら仲間の元へ近づいていく。
「リーズ! 俺が分かるか? サ、シャ……くそっ!」
リーズは手足をだらりとさせ、強がりの笑みでシュナルの言葉に答える。意識はあるものの危険な状態というのは一目瞭然。
サシャの身を包んでいた司祭服はぼろ雑巾のように破れ、矢が刺さっている太腿の血とは別に、臀部下部から太腿内側にかけて血が流れている。サシャの目には生気は無く空っぽな人間になっている。
「くそっ、くそっ! すまない……」
シュナルは自責の念に押し潰さながらも、懐から小さい小瓶を二つ取り出し、中身の青い液体をリーズとサシャの傷口にかけ始める。
淡い光に包まれた傷口は血が止まり、ゆっくりと裂かれた肉と皮膚が元の形状に戻っていく。
綾人はサシャの体がこれ以上外部に晒されないよう、スカジャンを脱ぎそっとかける
黒いTシャツ一枚になった上半身は傷口からは血が滲み、火傷と火脹れがだらけになり、見てるだけでも痛々しい姿。
それを見たシュナルが息を詰まらせつつも、ようやく声を出す。
「危ない所を助けてもらい感謝する。この礼は必ず」
言うと懐から再度青い小瓶を取り出し、綾人に差し出す。
「ポーションを飲んでくれ。一つしか渡せなくてすまない先程の戦闘で全て使いきってしまったから」
シュナルの言葉尻に被せリーズが口を開いた。
「すまないが、あんたに頼みがある、この洞窟の奥に俺達の仲間が一人ゴブリン共に捕まってる、助けて欲しい頼む」
「リーズ! カトラは、もう……ダメかも知れないんだぞ。それにこの少年だって傷を負っている。今は一度ミストルティンに戻り、ゴブリンの異常発生をギルドに報告すべきだ、最早我々の手に終える案件ではない……」
語尾が弱々しくなるシュナル。今は一度引かねば、自分達もこの少年も危険だと頭では分かっている。
だがこのまま奥に進めば万が一の確率で、仲間であるカトラが無事な可能性もある。少年の強さならばあるいは、と考えるが少年の傷も深刻だ、そんな状態でゴブリンの巣穴に潜るのはあまりにも酷。
「足首のホルスターに特級ポーションがある。飲んでくれればあんたの傷は一瞬で治るはずだ、頼むカトラを救ってくれ」
裾を引き上げ、足首に巻かれているホルスターをみせるリーズ。小さい硝子瓶の中には碧い液体、だがその特級のポーションが必要なのはこの場に置いては誰よりもリーズだ。
その言葉を聞き、悩んだ末にシュナルは立ち上がりポーションを綾人に差し出す。
「飲んでくれ君の傷も深刻だ、リーズは特級ポーションを飲めそれを飲まないと危険だぞ。カトラは俺が助ける」
シュナルは決意する。これが一番最善策だと、たとえ命を落としてでもカトラは助けると。
「バカかシュナル、お前は死ぬ気か! さっきの戦いぶりを見てたろ。お前が行くより彼が行った方が確実だ!」
「バカはお前だリーズ! 見ず知らずの人に死んでくださいと言ってるのと同じだぞ!」
そのやり取りを見ていた綾人は眉間の皺を緩め、ようやく喋り出す。
「その飲み物は二つしか無いんだろ? ならオッサンと茶色い髪のあんちゃんが飲みなよ、んで俺はあんちゃん達の仲間を助けに行く」
決まりだなと何事でもないように歩き出す。
待ってくれとシュナルが叫ぶと。
「オッサンも立ってるのがやっとだろ? 心配すんなってこの空上綾人様に任せとけよ」
振り返らずに言葉を伝え暗闇に消えていく。
立っているのがやっとのシュナルは、綾人を見送ることしかできない。自分の不甲斐なさに奥歯を噛む。
ありがとう、と唇だけを動かしたサシャは、涙を一筋流しスカジャンを握りしめた。
歩きながら思う。
彼等の精一杯の強がりと優しさに綾人は心打たれる。と同時にこの世界の不条理にさに腹を立てた。
「あんないい奴等が、こんなひでぇ思いをするのは納得がいかねぇ」
誰に言うわけでもない声は明らかな憤怒。
それは新たに手に入れたスキル:不倶戴天の効果が発動している為。
だがその事を本人は知る由も無い。
ーーー
「ギィギギギ」
「ギギギギギ」
「ギィィィギ」
何度目かになるゴブリンの襲撃を拳一つで黙らせる。薄暗い一本道の洞窟を歩くこと五分。ようやく灯りが見え足を踏み入れる、寸詰まりの空間に立った綾人は一度目を閉じる。
魔法の一種【発光】で照らされた空間には、女達がゴブリンに犯され、男達が壁に張り付けられ拷問を受けていた。
中央の椅子に座る黒いゴブリンが、その光景を眺め嘲笑っている。時には目を瞑り犯され拷問される声を、至高の一曲のように優雅に聞きゆったりと微笑む。
その微笑みに答えるべく他のゴブリンは肉を削ぎ、汚す行為に精を出す。
「ふぅ~」小さく息を吐き出し呼吸を整える綾人。
一度目を閉じたのは冷静になる為。
熱くなれば負ける、喧嘩に明け暮れた綾人が徹底している事。だがこれは喧嘩じゃない、そう切り替えた瞬間に。
「ぶち殺すぞクソが!」
叫ばずにはいられなかった。声に反応したゴブリンは行為を止め、武器を手にし一斉に綾人を襲いだす。ゴブリンメイジ、ゴブリンシャーマンは杖を手に取り、魔法を放つ。
大型ゴブリンが咆哮を上げ圧力をかける、だが綾人にはその全ては関係が無かった。
【殺す】ただそれだけ
斬りつけられようと、魔法をうけようとも、一匹一匹を確実に捕まえ砂塵に変える。傷は痛まない、むしろ傷が増えれば増えるほど体が軽くなり力が漲る。
そんな事を考えながら、都合30匹のゴブリンを砂塵に変える。空間内全てのゴブリンを殺すと、【上位種】であり【稀少種】でもある黒いゴブリン。
ゴブリンキングは椅子から立ち上がる。
綾人に近づきながら手に持つ大剣を引き抜き、洗練された無駄のない早業で、頭上目掛け一直線に振り下ろす。
だが次の瞬間には、中心から真っ二つに折れた大剣と、頭を抑えてよろめく綾人の姿。
綾人は頭部に衝撃を受け倒れないよう踏ん張る。
人間の体を真っ二つにするはずの自慢の大剣が、中央から砕け折れた。ゴブリンキングは折れた大剣を持ち固まった。頭を斬った筈が、アダマンタイト級の鉱石に当てたような感触に、現実を受け入れられず阿呆な表情のまま固まっている。
綾人自身何があったのかは理解出来ていない。
大剣の軌道も見えずに、気付いたら頭に拳骨を落とされたような衝撃。よろめいた後には、目の前には隙だらけの阿保面が立っていたので。
「いてえぇじゃねぇかこらぁぁぁ!」
力任せにゴブリンキングを殴ると、勢いよく後方へと飛んで行く。砂塵に変わらず大の字に倒れるゴブリンキング、頭を持ち上げ勢いよく頭突きを入れる。
この場に置いてはあまりにも滑稽な音が響く、だが綾人は頭突きを繰り返す。
「何でだ!」
全身の傷から血が吹き出すが頭突きは止まらない。口からも血を吐くが言葉は止まらない。
「何でこんなひてぇことをするんだてめぇらは!」
頭突きは延々と続いた、ゴブリンキングが砂塵に変わるまで延々と。
ーーー
ゴブリンキングが砂塵に変わった後、しばらく呆ける。捉えられていた女達は体を寄せ合い震え、男達は壁に張り付けられたまま項垂れている。助け出そうと立ち上がると。
「あれ~? 何これゴブリン共全員死んでんじゃん」
声と同時に何もない中空に現れる手首、続いてずるずると這いよる芋虫のように前腕、上腕、肩が現れ中央にある椅子を掴む。バタバタと片腕が苦しそうに動いた後に、空間の亀裂から現れたのは、骸骨のマスクをつけた大男。
「よっと」
軽快に飛び地面に着地をする骸骨マスク。緑色のパーカーにショーツのチノパン、足元はスポーツシューズと、この世界ではない服装に綾人は戸惑い目を開閉させる。
骸骨マスクは周囲を見渡した後に、綾人をじっと見つめる。顎を上に向け思案した後にもう一度綾人を見る。
「あ~あ、最弱のゴブリンが世界を統治するって面白いアイディアだと思ったんだけどな~残念無念」
額に手を当て残念、といったポーズをとるが声色は非常に明るい。
「おい骸骨マスクお前がゴブリンの親玉か?」
「次は何で遊ぼうかな~いっそ最強の魔法使いでも育ててみようか? それとも最弱の邪神とか? やるべきかやらざるべきか、これが世に言うTo be or not to be that is the question.というやつなのか? 考え深いな~君もそう思うだろ?」
「あ?」
骸骨マスクの芝居染みた台詞と立ち振舞いに興味は無い、と睨み付ける綾人だが。
「きみ~そんな態度とっていいのかな? せっかく日本に帰れる方法を教えてあげようと思ったのに、僕は酷く残念だ、あぁとても残念」
正体不明な骸骨マスクから飛び出た、日本という言葉に動揺し口を何度か開閉させた後、ようやく言葉が出た。
「おっ! お前今何て言った」
「ふふん、良い顔だね君の中で色んな感情がゴチャゴチャグチャグチャドロドロと混ざりあってるね、ん? ん? ん~? それよりも何よりもどれよりも随分面白い目と魂を持ってるね、これはこれはとてもとても、面白いね」
骸骨マスクの雰囲気が明らかに変わる。新しい玩具を与えられた子供のように目が輝くが、一通り遊び終わったら壊して楽しむという、歓喜と狂気を含んだ目。恐怖の為か綾人は身を固くする。
だが聞かずにはいられない
「日本に、帰れるのか……」
「帰れる! 勿論帰れるとも! 君達の不当な召喚には僕も心を痛めていたからね、嘆かわしいね、お労しいね。うんうん。でもでも一つ忠告しておくよ」
骸骨マスクは陽気に微笑みながら目の前に立つ。綾人は動けない全本能が警告している、こいつはヤバいと逃げろと、だが動けない。
「悪魔を信じちゃいけないぜ」
ズプリという擬音が一番適切だろうか。下を向くと骸骨マスクの人差し指が、綾人の左胸に深く侵入していた。
「なっ、て、お……」
今までどんな攻撃にも耐えていた綾人が膝をつく、痛みからではなく体に力が入らない為だ。続いて呼吸の異常。空気を吸い込め無いだが苦しくはない。それが余計に頭を混乱させる。声は辛うじて聞き取れる。
「第一手術成功! 続きまして第二手術に移行します。あっ! 日本に帰れる方法はね幾つかあるんだその中の一つを君に教えよう!いや教えたい! 何故ならそれが君の目眩く冒険の第一歩だからさアモ~レ! うんうん、話がずれたね。そうだね。だが全てを教えることはできないのが残念だ! 何故と問う君の質問には答えられない。それが残念でならない。なので一つだけ最重要ヒントを与えよう!」
間を一拍置く骸骨マスク。大仰な言葉使いや立ち振舞ではなく不可解なほど自然に言葉を伝える
「無限牢獄に君の求めるものはある。全ての答えはそこだよ」
無限牢獄
その言葉だけが綾人の意識を繋いでいた。「君の言いたいことはよく分かる」と再び大袈裟な立ち振舞いを見せる骸骨は、最後にこう締めくくった。
「何でそんな事知ってるのかって? 嫌だな悪魔は何でも知ってるもんなんだぜ! ではでは第二手術開始~!」
骸骨マスクは楽しげに鼻唄を歌う。




