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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
一章~その男巻き込まれ体質につき~
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 必ずしも正義が勝つとは限らない。


 子供の頃、そんな哲学的な言葉を教えてくれたのは祖父。


 壮大かつ偉そうな名言を残した爺だったが、若い女と家出をし一家離散の原因を作ったから笑っちまう。


 他にも偉そうな講釈を垂れていた爺だったが、一緒に逃げた女に騙され、金と残り少ない毛根まで毟り取られた挙げ句、自殺したのもこれまた笑っちまう。


 だが俺の中での爺ちゃんは英雄だ。


 熱血で豪傑で大胆不敵で涙脆く、困っている人がいれば他人だろうと自身を返りみず助ける。


 若い女の尻に敷かれる困った所はあるが、子供の頃の俺はそんな爺に憧れた。何てったってあの爺はモテモテだったし。爺のようになろうと心に決め、弱きを助け強気を挫く。


 そんな少年時代を過ごした。


 勿論敵わない時もあった、大人数にボコボコにされる時もあった。


 だが、必ずしも正義が勝つとは限らない。この言葉に救われ俺は何度も立ち上がった。


 気付けば街一番の不良と呼ばれても、俺は歩みを止めない……だって爺が言っていたから。


 強い男は必ずモテるって。



 ――真っ金金に染めた頭にワックスを塗りたくり、手櫛でささっと形を作り、おしゃれリーゼントを決める。昇り竜の刺繍が描かれたスカジャンを羽織り、ボンタンと黒のローファーを履く。


 ポケットからセブンスターを一本取りだし火をつける。深く吸い込み盛大に吐き出すと、白い煙は退屈そうに消えていく。


「学校行くか」


 誰に聞こえる分けでもない言葉は、灰と同時に地面に落ちた。




 ーーー




 陽菜高校1年C組


 まだ授業が始まる前の時間帯は、生徒達の話し声があちらこちらに響いている。


 男子15名、女子15名、計30名の彼ら彼女らは、入学した当初は人見知りや緊張もあったが、三ヶ月もたてば馴れたもので各々のグループが出来上がっている。


 教室内では昨日のテレビの話題やイケメン俳優、アイドル、映画、アニメの話しに盛り上がる者もいれば。一人、漫画やゲームに没頭し時間を潰すものと様々だ。


「ねぇねぇ美桜、知ってる?」


 美桜と呼ばれた女生徒は、宿題の予習ノートから目を離し顔を上げる。


「今日噂の不良君、学校来るらしいよ」


 その言葉を聞き、坂下美桜さかしたみおは一番後ろ、窓際の席に目線を送る。学校が始まってからの三ヶ月、一度も使われていない席だ。坂下美桜は少し考えた後に。


「そっか、どんな人なんだろう。気になるね? 凛は見たことある?」


「ないない、ってかうちのクラス誰も見た人いないんじゃない? えっ、何? 美桜、あんたまさか気になるの? やめときなよ~今までずっと停学くらってた人だよ、恐い人に決まってんじゃ~ん」


 凛と呼ばれた少女はセミロングの髪に指を絡め、クルクルと回しだす。教師にバレない程度に髪を茶色に染め。スカートを短くし自分なりの流儀で制服を着こなす野々花凛(ののはなりん)


 坂下美桜は()もこういった、今時のタイプの子が好みなんだろうか? ふとそんな事を考える。


 授業開始のチャイムがなると同時に、担任教師が教室に入る。生徒達はそれが自由時間終了の合図だと知っているので、飼い慣らされた家畜のように淡々と自分の席に戻る。


 教師が何かを話しているが、聞かなくても問題ない内容だと判断した美桜は、入学したての頃を思い出す。


 校内の地理を理解していなかった為に、道に迷い。校舎裏に行き当たっしまった時の事。


 そこで美桜はいじめの現場を目撃してしまう。


 複数の男子生徒が、泣きながら蹲る小柄な男子生徒を蹴っている場面。動転したあとに不安と恐怖で体が硬直する。それと同時に蹴られている生徒と目があった。


 助けて。と聞こえたような気がした。


 すがるような目をした彼の懇願は、美桜自身の琴線に触れ、結果思わず声が出た。


「良くないと思います!」


 言ったあと、驚くほど大きな声が出たことに自分自身で固まってしまう。


 暴力を止め、男達は迷惑そうな目や、忌々しそうな目をしていたが、じっくりと美桜を吟味する目付きになった後、下卑た笑みを貼り付かせた男が口を開いた。



「こいつに変わって、君が俺達の相手をするなら離してやるけど、どうする?」



 言葉尻と同時に蹲る男の子に蹴りを入れる前歯が黄ばんだ男。


 理不尽は暴力を受け、うぐっ、と弱々しく呻き、男の子はさらに体を丸くさせた。



「ねぇ、どうする?」



 別の男が厭らしい目で美桜を見た後に、ゆっくりと近づいてくる。


 危機感を覚え、大声で助けを呼ぼうとした。が、声帯が麻痺したかのように荒い呼吸しか吐き出せない。足は震えて動けなくなる。



(どうしよう? どうしよう? 誰か……)



 焦りと恐怖でその場を動くことができない。

下卑た笑みの男が目の前に立つ。


 右手を伸ばし美桜の肩を掴もうとした時。



「テンプレすぎて笑えねぇぞ」



 近づいてくる右手を掴む手。


 美桜が斜め後ろを見上げると、金髪の男がいた。


 それからはあっという間だった。



 金髪の男に襲いかかるいじめッ子達だったが、彼等は面白い程にあっけなくやられた。


 顔に痣を作り、前歯を折られ。先程までの威勢は何処へやら……地面に口付けしながら気を失うという情けない姿となる。そんな姿を見ると、あんなにも恐怖した自分自身が馬鹿らしく思えるほどだ。


 金髪の男は蹲っていた男の子に近より。


「立てるか?」


 と優しく声をかけた後に、肩を貸しながら校舎裏を離れようとする。すれ違い様に。


「お前根性あんな、かっこよかったよ」


 とだけ告げ金髪の男は去っていった。回想し終えた美桜は微笑する。その後の金髪男の話はあまりにも有名だ。


 報復に来たいじめッ子達を全員病院送りにしたとか。この学校の番長なる人物と喧嘩をし余裕で勝ったとか。教師を殴ったとか。堂々と煙草を吸う等々……。


 それを全て入学日当日にやりとげ。高校生活一日目にして無期限の停学を言い渡されたのは有名なエピソードだ。


 そんな噂の金髪男が同じクラスメイトだった。その事を知って興奮を覚えたのを懐かしむ美桜。


(久々の登校なのに堂々と遅刻してるし……)


 誰もこちらを見ていない事を確認し、苦笑する。


(きっと優しい人なんだろうな)


 坂下美桜はチラリと窓際一番後ろの席を見たあと、もう一度苦笑した。




 ーーー




 三時限目の授業終了のチャイムか鳴る、と同時に教室後ろ側のドアがスライドした。ドアからは一人の男がズカズカと教室内に入り込んでくる。


 男は少し歩いた後に立ち止まり、近くの席に座っている男子生徒に声を掛けた。


「俺の席ってどこ?」


 声を掛けられた生徒は動転したのであろう、何も返答できないでいる。返答が無い事を特に気にした様子も見せない男は辺りを見渡す。窓際一番後ろの席に誰も座っていないことに気付くと。


「あそこかな」


 と誰に言うわけでもなく、のそのそと移動し座りだす。席についてすぐクラス内全員の視線が自分に注目している事に気付き。


「………」


 気まずくなったのであろう、顔を横に向け外の風景を見始める。


 教室内が沈黙になるなか、一人クスクスと笑う控えめな女生徒の笑い声は、どうやら男には届いていないようだ。


 時間にしておおよそ一分。


 全員が呼吸するのも忘れ男を見るなか、ようやく教師である忍成慎吾(おしなりしんご)

「38歳」「独身」「彼女無し」「冴えないオッサン」が口を開く。



「えっと、お前、空上綾人そらうえあやとか?」



「あっ、ハイ。そです」



 名前を呼ばれた空上綾人は教師に向き直り、全く場にそぐわない明るい声を出す。


「色々言いたい事はあるんだか、まずその髪の色はなんだ?」


「地毛です」


「うん、絶対嘘だろ。なにさらっと嘘ついてんだ。地毛が金色の日本人なんていないだろ」


 綾人は真面目な顔をすると一瞬空気が強ばる。


「俺、スーパーサイ○人なんで怒るとこうなっちゃうんです」


「緊張感返せ。お前凄いな、先生ビックリだぞ、それで誤魔化せると思ったのにもビックリだ。いいから説明しろ」


 今度はやや面倒な顔をした後に「あれです、俺外人なんで」


「……うん、まぁ。髪の色は取りあえず置いとくとして。いや! 置いとかないけど一旦置いとこう」


 教師を生業にしている忍成慎吾でも、空上綾人の斜め上言い訳に困惑しだす。


「制服はどうした?」


 綾人以外の生徒は皆、学校指定の制服を着用している。男子は学ラン、女子はブレザー。


「穿いてますよ」


 立ち上がりボンタンを摘まんで広げ出す。


「下だけな! しかもそれ学校指定のやつじゃないから! 太いから! 上はどうした?」


「学校に向かう途中で、お婆さんが寒そうに震えてたので貸して上げました」


「うん! その行動は素晴らしいけど、だったらスカジャンの方を貸そう! 何で制服の方を貸しちゃった!」


「でもこれ完全刺繍で高いんですよ」


「いや、そこじゃないんだよ先生が言ってるのは!」


 二人が言葉のキャッチボールを繰り広げていると、何度目かのやりとりの最中に一人の生徒が。


「ぷっ」


 と笑い声を上げる。


 ぷっ、で堰を切ったかのように、クスクスやハハッといった笑い声がチラホラと上がり出した。そうなると教室内はザワザワとなり、生徒同士の話し声も聞こえだす。


 緊張と緩和のため、全体が幾分まるい空気になると、ふいに黒板側に近い出入り扉がスライドする。


「あれ? 忍成先生まだいたんですか? 四時限目始まってますよ?」


 どうやら小休憩の時間は終わっていたらしい。


 英語担当の教師、小野小梅おのこうめ「26歳」「彼氏有り」「男子人気No.1先生」は小首を傾げた後に教室全体を見渡す。


 金色の髪をした生徒がいる事に気付き、そういうことか、と一人納得をした。




 物事というのはいつも、此方の事情なんてお構い無しに、さも偶然を装って。



 ――――――――――――――――――――



 地震。


 震度五、六、判別不能だがとにかく大きく教室内が揺れた。


 女生徒は「キャーー!」「ちょっ強くない?」「ヤバイヤバイヤバイヤバイ」等のリアクションをとり、男子生徒の殆どか揺れる教室に興奮し「オー!」と声を上げる。



「机の下に隠れろ!」



 忍成慎吾も慌てているが、教師という使命感からか極めて冷静を装い指示を出す。


 立っているのが困難な揺れの次には、真っ白な光が教室全体を包む。だがそれは太陽からの光ではない、床からだ。


 床一面が白い光を放ち「眩しい!」と何人かが叫びだす。


 生徒は勿論、教師二人もパニックになるなか


「何コレ?」「ちょと床、床!」


 という女生徒二人の声に皆が反応し、一斉に床を見る。


 今度は床一面に赤い線が浮き彫りになっていた。


 まるで何かの絵を描くように、 重なり、折れ曲がる赤い線を、生徒達は何も言えずにただただ見ていると。


「スゲー! なんか魔法陣みたい!」


 と男子生徒の一人が阿呆のような声を出す。


 教室は際限なく揺れ、白い光が放出し続ける。


 手を合わせ目を瞑る生徒、必死に助けを求める生徒、半狂乱のように騒ぎ出す生徒、扉から廊下に出ようとするが不可視な壁に阻まれ怒り狂う生徒。


 そんななか、空上綾人はポケットからタバコを取り出し火をつける。


 ゆっくりと味わいながら、そっと右目を触る。


(右目が熱いって事は、真っ赤に充血してるんだろうな)


 と察する。 体質か何かか、悪い出来事が起こる前は大概こうして右目が充血し始める。虫の知らせのようなものだが流石にこの場では笑えない。


 生徒達の阿鼻叫喚がこだまするなか、一際強い光が教室内を包む。隣にいるクラスメイトすら視認できないほどの光が、もう一段強く光り弾けたあと。ゆっくりと光が収縮していく。


 同時に地震も落ち着き。やがて揺れは止まった。


 だが教室に入るはずの生徒達と教師の姿が唐突に消えていた。白い光と赤い線も役目が終わったとばかりに消えていく。


 元からあった机と椅子、教卓、ロッカー内の荷物を残した教室は、耳が痛くなるような静けさだけが残った。


 一年C組の生徒三十一名と教師二名はこの世界から姿を消した。

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