遠い過去 3
大惨事を引き起こしたヴィーザは眠らされ、そのまま監視付の部屋へ運ばれた。
表向きは目を覚ました時、制御の効かない魔力が再び暴れだす危険性アリとの事だったが、実質「監禁」と変わらない厳重な監視体勢だった。
最初、監禁状態のヴィーザへの扱いを抗議する者も居たが、あの凄まじい魔力の暴走を目の当たりにし、再びその危険性を示唆されると納得しないわけにはいかない。
だが強制的に眠らされたヴィーザは、その後自ら目を覚まそうとはしなかった。
己自身の葛藤に身体も心も疲れ果てたのか、あるいは自分を抑えきれなかった事に絶望したのか……。
彼ら種族の「深い眠り」とは明らかに違い、このまま永遠の安らぎを求めるよう、だた昏々と眠り続けた。
アウインたちマスターは事の次第を魔王へと報告、その後の処理に追われるも、代わる代わるにヴィーザが眠る場所へと訪れた。
あれだけの事を引き起こしたヴィーザだが、やはり可愛い生徒であることには違いない。
そして魔力の暴走を止められなかった自分達の方にこそ責任があると考えていた。
「アウイン様、ヴィーザの様子は…」
ラドゥがヴィーザの元へ訪れた時、入れ違いに部屋から出てくるアウインと出会った。
警戒が厳重とはいえ、罪人ではないヴィーザの所への人の出入りが制限されているわけではない。
「全然起きる気配がないわ。それどころか眠りが更に深まったみたい…」
そう言うと大きな溜息を一つ吐く。
「あの子、このまま起きる気はないのかしら…」
浮かない顔をするアウインは、目を覚ます様子の無い一番の弟子に、これ以上手の施しようがないと半ば諦めているようだった。
「親衛隊はヴィーザに何をしたんですか?」
昏睡するほど強力な魔法をかけられたんだろうか?
心配顔のラドゥに、アウインは苦笑いを向ける。
「まぁ、言い方は悪いけど手の負えない凶暴な魔獣に、魔法による麻酔弾を物理的に打ち込んだ、と思ってもらっていいわ。だからその効果が切れると、普通は自然と意識を取り戻すはずなんだけど…」
もう一度、何故とばかりに盛大な溜息をアウインは漏らした。
「今までこんな事はなかったのよ。個体差は有れど、数時間もすれば目を覚ましてきたのよねぇ」
「それがもう一週間ですか…」
ラドゥは専門家であるアウインにも原因が掴めず、困惑しているのがよく分かった。
一礼してアウインと別れたラドゥは、部屋に入るとヴィーザが眠るベッドの傍に座った。
「ヴィーザ、何故起きてこないんだ?皆心配しているぞ?」
目覚めを促すよう、ラドゥは眠り続けるヴィーザに語りかけた。
「シェルティアの事が辛かったんだろう?…いくら感情制御に長けていても、あの出来事は制御しきれるものじゃないぞ」
そう言うとラドゥは悲報を聞き、ヴィーザの部屋へ駆けつけた日の事を思い出したのか、眉を険し気に寄せた。
「君の持つ瞳が魔法を操るのに、感情次第で非常に危険になることも聞いていた。だが、ああいう場合は逆に全部を吐き出してしまったほうが良かったんじゃないか…?」
ラドゥの静かな声が眠るヴィーザの意識に届いているのか、微かに表情に変化が現れた。
「それに君が引き起こした魔力の暴走だが、死者は出ていないと聞いている。もし制御し切れなかった自分を責めて目を覚まさないのなら、それは違うと思うぞ。私の判断だが、ちゃんと最悪の一線は越えないよう、魔力を抑え切れていたんじゃないか?後、君の本能も……」
その場に居た者が全滅してもおかしくない惨状の中、死者が居ないのは奇跡だとラドゥはアウインから聞いていた。
「第一、無理に感情を押さえつけようとして、反動が出るのは当たり前だ。幾ら感情制御が必要でも、その辺はマスター達の失態だな。昇華できない行き場のなくなった感情がどうなるか、溜りに溜まっていつか爆発するのは素人の私でも分かることだ」
と、ラドゥは以前から感じていた不満を眠っているヴィーザに漏らす。
「だから君はちゃんと起きて、シェルティアを失った悲しみを嘆き、向き合っていかないと、今度はシェルティアが悲しむと思うぞ。私の許婚はこんな弱虫だったのか、と…」
『シェルティアが悲しむ』と言った瞬間、ヴィーザの瞼がピク、と動く。
「多分君のことだから、彼女でなく自分が生き残っている事に怒りを感じているんだと思う。しかし、シェルティアが身を挺して守ったヴィーザがこうして生きることを拒んでどうするんだ?彼女は無駄死にをしたと言う事になるぞ」
そこまで話すとラドゥはゆっくりと息を吐いて、眠ったままの親友の姿を見る。
「シェルティアの意思を徒にしないで欲しい。残された君が辛いのは分かる。だが私の知っているヴィーザはその辛さを乗り越えられるはずだ」
「……私は、…私はこのまま、彼女が居なくなった世界で…、存在していても、いいんだね?」
眼を閉じたままの目尻から一筋の涙を流し、ヴィーザは目を覚ます。
「勿論だ。それどころか居なくなったらシェルティアに怒られるぞ。折角私が守ったのに、全部パァじゃない、って…」
そう言ったラドゥは半分泣き笑いの様な表情を浮かべていた。
「うん、…彼女に怒られないよう、これから頑張るよ…」
ヴィーザはそのまま横を向くと枕へ顔を押し付けるようにし、改めて大事な人が亡くなった悲しみに、溢れるままの涙を流し続けた。
*☆*――…――*☆*――…――*☆*――…――*☆*――…――*☆*
ヴィーザはその後なんとか平静を装えるまで立ち直るが、自分の未熟さを痛感したのかそのまま最小限の魔族としか会わず、修練後決まっていた城勤めも一旦は辞退していた。
完璧に出来ていると思っていた感情が制御できず、再び惨劇を引き起こすのを恐れたからだったが、それを聞いたラドゥが己の師のところへヴィーザを招いた。
老師の待つ部屋へと入ると、ラドゥと二人差し向かいで床に敷かれた敷物の上へ座ってヴィーザを迎え入れる。
「ヴィーザ、久しぶりだな。もう、具合はいいのか?」
声をかけられ、自分が小さい頃から知っている老師の姿を見ると、懐かしいような笑みを浮かべながら「はい」と答え、ラドゥの隣へと腰掛けた。
「ラドゥから聞いておるが、お前さんも大変だったな。どうせ、魔法を云々とか言われ、必要以上に感情を抑えてしまった挙句の、『事故』なんだろう?」
種族は違うが己の孫のように思っているのか、酷い目にあったなと、労わるような眼差しで老師はヴィーザを見る。
「いえ、あれは私の修行不足が招いた事で、マスターたちは全力で私を止めようとしてくれました。それにその後、未熟な私を責めるどころか、気づかなかったと謝られました…」
特にアウインはそこまで追い詰めていたか、と非常に落胆した顔で目を覚ましたヴィーザを前に項垂れていた。
ヴィーザの感情を必要以上に、半ば無理やり抑え込んでしまった事に誰も疑念を抱かず、あまつさえそれを良しとしていたが、それも無理もないことだった。
絶大な魔力の源を持つヴィーザ故に完全な感情制御が必要だったからだ。
勿論、普通やある程度優秀であれば彼らが今まで指導してきた内容に間違いはない。
「まぁ、普通は絶対なる力には絶対なる制御が必要と考えるだろうな。…だが、制御だけ重要視し、彼らは精神の鍛錬を疎かにしてしまった。魔術使いは体術や武術に繋がる精神を蔑にしがちだからなぁ」
そう言うと老師は苦笑いを漏らす。
「私も常々ヴィーザは感情を抑えすぎだと思っていた。もう少し早く、老師に相談していれば今回のような出来事は回避できたんじゃないかと…」
隣で座っているラドゥもヴィーザの精神的な不安定さを危惧していたと話す。
「それなら私もラドゥのように精神修行を積めば、この間の様な事は起こさなくて済む、と言う事ですか?」
精神的に強くなればこれからの暴走リスクは断然低くなる。
彼らの言葉からヴィーザは欠けていたものが何か、気づいたようだった。
「ヴィーザ、お前さんはこれからもうちょっと喜怒哀楽を表に出したほうが良いだろう。勿論禁忌にされていた怒りと哀みという負の感情もな」
そう告げられたヴィーザの目が丸く見開かれる。
「そ、それは……」
今まで負の感情に捕らわれないよう必死に修行し、今では殆ど制御して表さないようになっていた。
驚くヴィーザに老師は優しく笑いながら「全部を抑え込むのではなく、ある程度は放出しないと、この間のようなことになるのは解ってきたんじゃないか?」と、説く。
この言葉にヴィーザは頷くしかなかった。
老師は人狼族の紋が入った指輪を自分の指から抜き取り、そしてそれを目の前の、縋るように己を見つめるヴィーザへと手渡す。
「案じることはない。今、お前さんに渡した指輪をじっくりと見てごらん…」
ヴィーザは手の中に収まった指輪を摘んで、老師に言われた通りにじっと見つめた。
「それを見つめながら『自分は大丈夫。この指輪が有る限り、感情と本能に支配されることは無い。絶対に必要以上に力を放つことは無い』と強く念じながらゆっくりと嵌めるんだ」
老師に言われたとおり先ほどの言葉を口にしつつ、ヴィーザはゆっくりと自分に暗示をかけながらリングを左手の中指に嵌めきった。
最後に眼を閉じ、心の中に刻み込むようもう一度戒める言葉を呟いた。
「お前さんには今までの修行の成果がある。新たに精神の修行を積まなくても、今の言葉で負の感情を抑えきる事が出来るだろう」
その言葉に新しく自分の指に嵌めた指輪を見ると、今まで無理やり押さえつけ、出てこないよう閉じ込めていた負の感情部分に言葉の鍵がかかった感覚があった。
これから必要な時に、ほんの少し扉を開けるように負の心を放出し、後は暗示の鍵をかけて出てこさせないようにする、そんなイメージがヴィーザの頭の中に広がった。
そしてこの指輪の鍵を外さない限り、自分は二度と暴走することはないと信じることが出来た。
「老師、ありがとうございます。……これで私はシェルティアの遺志を無駄にしなくて済みます」
自分を制御する指輪を老師から贈られたヴィーザは、あの事件以来本当に嬉しそうな笑顔を浮かべることが出来た。
~ To be continued ~




