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2.扉の向こう

 昼食の時間から、少し外れているためか、食堂はがらんとしていた。あまり人込みが好きではない十樹は、あえて皆が昼食をとる時間を避けている。

 物静かで、他人との距離を置き、一人の時間を大切にする性格だ。

 十樹が他の大学関係者から一目おかれているのも、人を近づけない、その性格からのものであろうと桂樹は思っている。

 その十樹は食事を終えたのか、ガラス越しに窓の外の光を浴びながら、コーヒーを片手に読書をしている。


「十樹!」


 その声に応じるように、十樹は桂樹に気付いた。それと同時に、三人の子供達を見て言った。


「お前の隠し子か」

「あのなぁ」

「お前のことだから、同時に三人の女と付き合った結果だろう。私に泣きつかれても困るな」

「オレがそんなに不誠実に見えるかよ!?」


 十樹の言葉に桂樹は深くため息をつく。しかし、本来の目的を遂行する為、気を取り直した。


「ほら、リルちゃん、リルちゃんの言っていたのはこいつのことだろ?」


 桂樹はリルの肩に手を置いて、ずずい、と十樹の目の前に差し出した。


「うん、そうみたい……でも、何で二人は似てるの?」

「双子なんだよ。オレ達」

「不本意ながらね」


 十樹の言葉には、本当なら双子でいたくない、という気持ちが篭っている。十樹はコーヒーを静かに飲んだ。


「この間は一人だったのに、どうして今日は三人なんだい?」

「お前、やっぱり知ってんじゃねーか! 知っててオレの隠し子なんて言うなよ」

「冗談に決まってるだろう」

「お前の冗談は、洒落にならねーんだよ」


 唸っている桂樹を無視し、その間に十樹は三人の名前を確認していた。


「カリム、リル、ゼンだね? 私達の名前は、白石十樹、そして、弟の桂樹だ」

「しらいし……?」


 リルと言う名の少女は、たどたどしく二人の名前を呼んだ。


「私のことは、十樹、弟のことは桂樹と呼べばいい。ところで、今日も私達の研究室から来たのかい?」

「ううん、違うの、ひゅーって落っこちたの」


 説明不足のリルの代わりに、桂樹が三人に会った時の経緯について話した。十樹は、それを興味深げに聞いていたが、何かに気がついたように、桂樹の口に指を当て、それ以上話さないようにストップをかけた。


「研究室に行って話をしよう」

 

                 ☆


 ビービービー


 食堂から出て、五人が宇宙科学部の研究室に戻ると、突然、警備システムが作動した。室内に警報音が煩く響き、機械的な音声が流れてきた。


『盗聴電波確認、盗聴電波確認』


 この研究室は、何か異変があるとこうして住人に知らせるシステムが備え付けられている。治安の良くないこの幾何学大学では、さほど珍しいことではない。

 桂樹は少々バツの悪そうな顔をした。まさぐった白衣のポケットの中に、小さな盗聴チップがあることに気付いたからだ。


「隙あらばってやつか?」


 桂樹がチップを手にとり二つに折ると、先程まで鳴っていた警備システムが停止した。盗聴器が壊れたことを確認すると、桂樹は口を開いた。


「さっき、神崎に会ったんだ」

「そんな事だろうと思ったよ」


 十樹はため息をついた。神崎亨は、十樹達の研究する、未確認の一件について責任を追及している。桂樹の白衣のポケットに、盗聴器を仕掛けた人物は、まず間違いなく神崎の仕業だろう。

 カリム、リル、ゼンの三人は、十樹の研究する人工宇宙を食い入るように見ていた。


「すげー、何かすげーよ!」


 ゼンは大学に来てから、村では見たことのないものばかりで興奮していた。ガラスに両手だけじゃ飽き足らず、頬と鼻までつけて宇宙を見ている。


「ここは気に入ったかい?」


「ねぇ、十樹、リルこの間はこの部屋に着いたのに、どうして今日は宙から落っこちちゃったのかなぁ?」

「そうだね、きっとあのコスモカプセルが君達のいる世界だったのかも知れないな。こっちに来てくれるかい?」


 十樹は三人を連れて、リルが最初に訪れた研究室の物置を開けると、虹色の空間のひずみがあり、それは三人がいた村へと通じているようだった。


「何これ? この先は、あの「神隠しの森」なのか?」

「そのようだね」

「ここを通ると光虫になるのか……」


 カリムは唖然としていた。リルやゼンと違い、カリム一人がこの現実と向き合っていた。


「――それで、どうすれば、オレ達は光虫にならずに村に帰れるんですか?」

「それは……」


 十樹が口を濁していると、桂樹が「戻れねぇよ」と呟いた。


「治してくれる、「偉い人」はいないの?」

「治す……と言うか、この世界を知ってしまったら、そのままの姿で君達の住む世界には行けないんだよ」

「何だ、その規則を変えればいいじゃん」


 ゼンの言葉に賛同して、二人は「そーだ、そーだ」と言う。


「あのなぁ? それが、どんだけ難しいことか分かってんのか? 幾何学大学が出来て以来、どんなことがあっても変わらなかった規則だぞ」


 桂樹が、三人の無茶な物言いに頭を抱えていると、十樹は分厚い本を本棚から取り出し、ペラペラとページをめくった。


「ここに来たのは、君達だけじゃないんだ。過去に何十人という人達が、この世界に迷い込んできている」

「あっ! オレの父ちゃん、オレの父ちゃんは来てないのか?」

「さて、分からないな。名前まで記録には残っていない……」


 最後の記録は、中年の男だった。それが、ゼンの父親であるかどうかは分からないが、その男の行き先が、それには書いてあった。


「もういいです。オレ達、自分で帰る方法を見つけます」


 はっきりしない十樹と桂樹に見切りをつけたカリムは、二人に背を向けて研究室を出て行こうとした。


「カリム……」


 リルが、つん、とカリムの服の裾を引っ張った。


「もう少しお話聞こうよ。ゼンのお父さんのことだよ」

「そうだ! オレの父ちゃんに会えるなら、会わせてくれ!」


 十樹の白衣をぎゅっと握って、ゼンは真っ直ぐに十樹の瞳を見つめた。その純粋な瞳に、十樹はため息をつく。


「ゼン、君のお父さんの居所を少し探ってみようか……だから、私が戻ってくるまで、君達は絶対にここから出てはいけない」


 十樹はゼンの肩に手を置き、宥めるようにポンポンと軽く叩いた。


「桂樹、そういうことだから、この子達と一緒にいてやって欲しい」

「結局、留守番かよ」

「お前は、世間の迷惑にならないためにも留守番が適役だ」

「どういう意味だ」

「言葉通りの意味だよ」


 十樹と桂樹の雰囲気が、だんだん険悪になってきて、子供達三人は互いに顔を見合わせた。


「本当に、どうしようもないおじさん達だねぇ」

 

                ☆


 パキン、と金属片が割れる音が、耳元で鳴った。


 白石桂樹の白衣のポケットに忍ばせた盗聴器の壊れた音だった。生体医学部の研究室で、十樹と桂樹の会話を聞いていた神崎亨は、ちっ、と舌打ちをして、耳にあてていたイヤホンをデスクの上に放り出した。


 神崎は、あの宇宙科学部で行われている十樹の秘密を知っている。けれど、まだ推測の域を出ていない以上、倫理委員会にあの二人の罪を訴えることは出来ない。出来るだけ確かな情報が――確かな証拠が必要なのだ。


「いつか必ず、倫理委員会にあいつらを突き出してやる」


 神崎はそう毒づくと、机の上にある書類をくしゃりと片手で丸め、ゴミ箱に投げ捨てた。


                ☆


 宇宙科学部の研究室から、十樹が去った後で桂樹は「やれやれ」とコントロールパネルのある椅子に座った。

 あの時の十樹の顔色を見る限り、恐らく中央棟に向かったはずだ。あそこには過去から罪人を収容する刑務所と病棟がある。


「はーい、行くよ。最初はグー」


 桂樹の心配を余所に、子供達三人は無邪気にじゃんけんを始めた。子供は子供なりの時間の使い方を知っているようだ。


「じゃんけんぽん!」

「あ、リルの負けだ」

「えー、リル鬼は嫌だなー」


 カリムやゼンはグーを出して、リルはチョキを出している。そんなほのぼのとした様子を眺めていると――


「はい、桂樹、じゃんけん」


 リルが突然、桂樹に向かってじゃんけんを求めてきた。


「ぽんっ!」


 桂樹が反射的にパーを出すと、リルはチョキを出し「勝ったぁ」とピョンピョンとウサギのように跳ねて喜んでいる。


「何だ何だ」


 桂樹は思わず自分の手を見る。


「じゃあ、桂樹が鬼ね!」

「リル、何かズルくない?」

「ちょっと待て、何の鬼だって?」


 訊くと、三人同時に返事が返ってきた。


「かくれんぼ!」

「桂樹、眼ぇつむって十数えろよ!」

「はあぁ!?ちょっと待て! かくれんぼはちょっと――」


 そう言っている内に、子供達は隠れに行ってしまった。


「マズイだろう」


 この研究室には、見られてはならない物が多く存在するのだ。桂樹は慌ててかくれんぼのルールを無視して三人を捜しに行った。


 子供達にとって、かくれんぼはちょっとした探検だった。十樹と桂樹に割り当てられたこの研究室は、奥にいくつもの部屋がある。その扉の向こうにあるものは、まだ三人にとって未知の世界である。バタンバタンと、一つ一つ扉を開ける度、新しい発見があるような気がした。


「別々の部屋に隠れようぜ」

「何か村に帰れるような情報があったら、教えろよ」

「うわぁ、何かリル、わくわくしてきた」


 三人は皆、笑顔で別れた。しかし、その僅か十秒後には、皆の期待が悲鳴に変わり、研究室に響き渡ることになる。


「こうなると思った……!」


 桂樹は各々の声が聞こえる方向を見に行く。


――あの部屋に行っていないことを祈って。


               ☆


 リルの悲鳴に、カリムとゼンは慌てて自らの入った部屋の扉を閉めて、リルの悲鳴が聞こえた部屋に駆けつけた。


「リル、大丈夫か!?」

「オレ、ぜんっぜん大丈夫じゃねぇよ。気持ち悪りぃ……」

「ゼンに聞いてないよ。今はリルを――……」


 扉には「関係者以外立ち入り禁止」の札がかかっていた。二人は、ごくんと生唾を飲んで扉をゆっくりと開けると、唖然と腰を落しているリルの姿があった。


「――……っ」


 カリムとゼンは声もなく立ち尽くす。

 そこで三人が見たものは、信じられないものだった。青白い光りが射す水槽の中、瞳を閉じ、水中に浮かんでいる十五歳ぐらいの少女の姿が、そこにあった。

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