‐起の章‐ ♯1/②
「お待ちなさい…! この事態、以後はこちらでもらい受けます。双方、拳を収めなさい…!」
「……!!」
この場においてまるで予期せぬ、突如とした第三者の出現に、どちらも少なからぬ動揺が起こる。
荒い息を吐く少年は、キッと前方を睨み据えた。
目の前に立ちふさがる敵、男たちのさらに背後にその気配があるのがわかる。
いつからだったのか、そこにはまた複数の人影らしきが逆光に揺らいだ。
中でもこの先頭に立つ細い人影が、ゆっくりとみずからの歩を進める。
「…おんな?」
ムッと不可思議に見つめる少年の前で、不意の仲裁者はその華奢でみなりの整った姿を明るい光の中にくっきりと露わにする。
くせの無い長髪の少女はまるでアイドルのような着飾った見てくれで、この場に居るのが場違いなことはなはだしいきらびやかな気配を、まさしく異彩を放っていた。
均整の取れたスタイル同様、その顔のラインも美しくした少女は、その麗しい眼差しこそ大判のサングラスで隠すが、それでも美しく可憐なまさしくもっての美少女であるのが明白だ。
その彼女は先と同様、透明感のある声音で、よどみも無くした言葉を発する。
それは絵に描いたようなお嬢様が、さながら絵に描いたようなお嬢様言葉を決めてくれる…!
「ええ。まことに失礼ながら、事の次第はすべて見させていただきましたわ。しっかりとこの目で…! その上でこの案件はこちらで処理するのが妥当だと判断させていただきましてよ。みなさんも、異論は、なくてよね…?」
真正面で向き合う少年よりも、むしろその間に立つもう一方の当事者である男たちへと発された、それはある種の宣言だったか?
あくまで穏やかな問いかけのようでいながら、そこに耳に心地よいだけではない強い意志のごときものが落ち着いた声つきからしかと伝わる。
事実、少女には、このアイドルみたいな見てくれにそぐわぬ、有無を言わせぬその芯の強さ、言うなれば覇気のごときものがあった。
そして今や細い顎の面はどこに揺らぐでもなく、ただまっすぐに少年のみを見据えている…!
これに束の間、血気盛んな学生服が怯むぐらいにだ。
〈i144802|14233〉
ひたすら怪訝に眉をひそめていると、押し黙ったままの男たちにすかすな気配が生じた。
すぐ目前で今も銃を構える警官に相槌うって、この場で一番年配の男がはじめて口を開く。
枯れた茶色の背広が、いかにもお似合いな頭の薄い男は、口もとの嫌らしい笑みをそのままにしゃがれた言葉を発した。
「おやおや…! これはまた飛んだ越権行為ですな? いかに地元の有力者のご令嬢とは言え、我々のような国の擁する公権力にまで指図だなどとは…? もとよりあなたのようなお方がしゃしゃり出るような大事とも思われませんが、ああ、言葉が過ぎましたらば謝りますよ。お嬢様…?」
それはいかにも余裕のそぶりでだ。
部下らしき警官にまあいいだろうとばかりアゴでしゃくると、こちらから矛を収めさせた。
だが少年は身体中からあふれる殺気が止まらない。
それを横目に見る背広は、にたりとした相好は崩さずにお嬢様と呼んだ少女に軽くだけ会釈してみせた。
いかにも言われた通りにいたしましょうとみずから折れたそぶりだが、顔にはまるで従順な色合いがなかった。どころかあざけっているのではないかと思わせる薄ら笑いがそこにはこびりついている。
対して静かなたたずまいの少女は、目の端では男の慇懃無礼なさまを認めてもいるのだろう。それでも内心の思いは濃いサングラスの内に隠したまま、冷徹なそぶりで皮肉交じりのセリフを語った。
まるで歌を口ずさむかのようなセリフ回しで男たちの不躾な目線をさらりとかわすのだ。
「ありがとう…! このまま引き下がっていただけるのなら、今回のこと、こちらからとがめ立てることもしませんことよ? そう、今回までは…! ええ、なのでよいこと、刑事さん? いかにバックに大きなものが控えているからと、良からぬ企てはみずからを窮地に追いやること、良く理解していただきたくてよね…? ああ、これは警告と受け取っていただいてもよいものかしら。それでは、ごきげんよう…!」
ひらりと片手を上げて、フリルのふんだんにあしらわれたみずからのコスチューム(?)、純白のワンピースのドレスを風にそよがせる。
おしとやかなそぶりで、その実、もう用がないからとあしらうかのようにだ。
こちらも負けていなかった。
「…ふんっ、おっしゃっていることの意味が、皆目わかりかねますな? ですがいいでしょう、こちらも面倒ごとはご免こうむりますので、ここは引き下がって差し上げますよ。そう、今回だけは…! お嬢様も、あまり目立った行動はお控え下さいますように…ふふっ、そのきれいなお顔が傷物になるようなさま、見たくはありませんからな?」
ひとを食ったような態度でことさら大げさに肩をすくめる男は、一瞬、目元に嫌らしい影が強く浮き出る。
言葉付きにやや険があるさまで幕引きを語るのだった。
それでせいぜいプライドを保つべくか、少年には見向きもせずでこの側に歩み寄り、いまだ地面にくたばったままの男の脇腹に、軽く革靴のつま先でケリを見舞ってくれる。
やがてむっくりと起き上がる背広と警官を引き連れ、この場を立ち去るのだった。
表の通りの陽の下ではなく、裏通りの闇の奥へと三人ぶんの影が紛れていく…。
※次回に続く…!