61.姫と王子のハッピーエンド
「雪ちゃん!」
何も無くなった宙から力なく崩れ落ちる雪を、司がしっかりと抱きとめる。
だが、傷だらけでボロボロだった司は、なんとか受け止めはしたものの頭から引っくり返りそうになる。慌てて間宮が倒れそうになる二人を支えた。
「ごめん、間宮さんっ」
「いえ、至急医療班を呼びます」
司が雪を今度こそきちんと抱き留めなおすのを確認して、間宮は離れた場所で黒い携帯端末を取り出し、細々と命令口調で喋りだす。
雪の釘で貫かれた手首の傷は治っていなかったし、間宮の槍で刺された傷も治ってなかった。司も護衛の者達も皆が皆傷だらけで、癒しと休息を必要としていた。
唯一、無傷だった友宏が、何が起こったのか分からないといった感じで、ドアの外から走り寄ってくる。一般人だから消えた瞬間が分からないのだろう。
しかし、さすがに抱き合う雪と司に声は掛けなかった。ただ、ちょっと離れたところから、傷ついた二人に心配そうな視線を送ってくる。
暖かい司の体温に触れて気が付いたのか、雪が痛みに顔を顰めながらも薄く目を開く。
雪は、しばらくぼうっとした目で司を見ていたが、司が安心させるように微笑んで見せると、大きな黒い瞳を更に大きく見開いた。
顔まで埃と血で汚れた司の顔が、雪の黒い宝石のような澄んだ瞳に映し出される。
雪の瞳に映った司の姿は、大人びて見えた。二人が会った時のような弱々しい印象はなくなっている。
雪は辺りを見回して、自分が気を失っている間の事を全て悟ったのか目を潤ませる。
「ごめんなさい。司が私を救ってくれたから、今度は私が司を救いたかったの」
司の腕の中で、雪が小さく囁く。
司には、雪の真摯な気持ちを胸が痛いほど理解できたが、控えめに小さく笑う。
「僕、雪ちゃんに怒られただろう。隣に居てって。僕が救われても雪ちゃんが隣に居なくちゃ意味がないよ」
「あの私を狙う男達も、私が『生贄』である自分を殺すために、昔、作り出したものだったの。自分が他の『生贄』たちと同じように死ななくてはいけないのは分かってた。でも、死ぬのは怖かった。自分が結局死にたくなくて、忘れていただけなの。……司にも皆にも一杯一杯迷惑かけたわ。司を傷つける私から守りたかった。隣にいる私が一番、司を傷つけていたの……ごめんなさい」
ついには、大粒の涙を零して泣き出した雪の頬を、司はなんとかパーカーのポケットから取り出したギンガムチェックの可愛いハンカチで拭う。
泣いている雪の高い体温と震えが抱き締めている腕から伝わってきて、雪への想いが膨れ上がった司は、強く雪を抱き締めた。
「僕は君を守る為なら、君とだって戦うよ。何度でも。隣で君を守り続ける」
自分の好きな人と戦うのは辛いけれど、雪ちゃんを守るためなら、と司は何回目かになる誓いを厳かに口にした。
拭いきれない涙を瞳に溜めた雪が、何度も司の言葉に深く顎を引く。
「ありがとう、大好き」
雪は、釘で打たれた後の手首が痛くて持ち上がらないことに気付いたような顔をした後、ゆっくりと黒い瞳を閉じて、司の頬に唇で触れた。
「僕も大好きだよ、雪ちゃん」
その全身が暖かくなるような心地よい感触を離したくなくて、司は更にきつく雪を抱き締しめた。
自分は雪ちゃんを守る事ができたんだ、と心の底から思った。
体を寄せ合う二人を、間宮や護衛の者たちや友宏が優しい目で見守っている。
皆が皆、辛い時は終った事を実感していた。
無事、自分の作り上げた茨に囚われたお姫様を、ちょっと頼りなかった王子様が救ったのだ。これ以上のハッピーエンドはないだろう。




