53.遊園地デート
オレンジや赤やピンクの鮮やかな色のコーヒーカップが、目にも留まらぬ速さで回っていた。楽しげでゆったりした音楽とは別に、記録に残りそうなぐらい凄まじい勢いである。
その中の一つに、仲良く司と雪が入っていた。
雪が張り切ってカップ中央のテーブルを回している。その細い腕からは予想も付かないほど力強い。
「遊園地楽しい! 最高! ねっ、司も回してってば」
無邪気にはしゃぐ雪だったが、司は目を回してぐったりとしている。
「……ねぇ、雪ちゃん。本当に君を追う男達は襲ってこないの?」
――司が、処刑者に撃たれて重症を負ってから約一ヶ月がたった。
一条院家の優秀な医療班のお陰で、司は重症だったにも関わらず傷は完全に治っていた。
今日は、間宮達護衛を巻いて、海近くの大型遊園地に来ていた。雪が男達は追ってこないから大丈夫だと言ったからなのだが、司は心配だ。
暖かい行楽日和で、風に乗って潮の匂いがした。
朝から雪は大はしゃぎで、渋る司をあちこちに引きずり回している。
「今は大丈夫でしょ。あの人だって燃えちゃって、司より重症だったじゃない」
雪はカップのテーブルを回していた手を止めて、軽く白い頬を膨らませる。
しかし、司には雪が断定的なのが妙に引っかかった。
「それに、前から何度も遊園地に逃げ込んだら助かったって言ったじゃない。しばらく襲ってこないのよ。原理はよく分からないけど」
訝しげな視線を向ける司に、雪は朝から何度も繰り返した台詞をもう一度繰り返す。
「納得できない。もし、今、男達に襲われたら大変な事になるよ。今からでも良いから帰らない?」
司は至極もっともな事を言ったが、雪は盛大に片眉を上げる。
「何度も言ったけど、大丈夫よ。それこそ、今男たちが襲ってきたら、生贄に捧げられてやるわ」
「納得できない。どうしてそんなに確信があるんだよ」
「ええいっ、面倒くさい。納得しなさいっ」
出会った時にも、交わしたような言い合いを二人は延々と続ける。
それこそ、コーヒーカップが止まって、降りても道端で言い合いを続けていた。
司としては、自分の大事な婚約者を守らなくてはならないという気負いがある為、譲れない話だった。
一方、雪も雪で、司との遊園地デートは譲れないらしく、一歩も引かない。
その内、雪が違うアトラクションに行こうと、強引に司を引きずっていく。
何回か色々なアトラクションで同じような騒動を繰り返した後、司は雪の我侭に根負けした。自分だけでも雪を守ると腹を括り、大人しく雪に付き合うことにする。
そして、そう決めたからには常に周りに気を配りながらも、雪と一緒に遊園地を楽しんだ。
ほとんどは、元気な雪に引きずられていたが、最近できた新しいジェットコースターで心底絶叫したり、ストロベリーチェロスとパンプキンチェロスを買って食べさせ合いっこをしたりする。お化け屋敷では、今まで想像上だった『お化けに怖がっている可愛い女の子に抱きつかれる』というのを実体験したりしたのだった。
夕方、これで最後と言って、雪が司を観覧車の前に引っ張っていく。
ゆったりと回る観覧車は、二人を難なく回収し、空へと向かっていく。
賑やかな遊園地と広い空は、夕焼けで赤のグラデーションに染まり、外を眺める司と雪も薄く赤に染め上がる。
少しずつ地上が遠くなり空へと近づいて、地上の遊園地がおもちゃ箱をひっくり返したように小さく見えた。ゴンドラの丸い窓から見える何もかもが、赤い上等の薄絹を優しく被せたように柔らかい。
ほのかな光が漂うゴンドラの中で、雪がそっと口を開く。
「前に私が遊園地を作ったのを覚えてる?」
窓から差し込む柔らかい光が、雪の黒い美しい目に映りこんでゆらゆらと輝いていた。
「私、遊園地が好きなの。メリーゴーランドやコーヒーカップとか綺麗な機械が動いて、楽しそうな音楽が流れてて、家族連れとか友達とかカップルとかが一杯いて……」
そこで、雪は言葉を切って照れたように艶やかな髪を梳きながら笑った。
司は、雪の純粋な気持ちに静かに顎を引く。
彼女が作り出した遊園地やオルゴールのメリーゴーランドは、甘く切なく美しかったのが思い出される。
「いつも逃げ込むんじゃなくって。いつか、自分の好きな人と、来れたらなって思ってた。今日はありがとう、司」
ありがとう、と言って無邪気に笑う少女には顔立ちによるものだけではない美しさがあった。
言葉は借り物だけれど、確かに雪ちゃんは間宮さんの聞かせてくれた歌のように『素敵なものが一杯』でできている、と司は思った。どこかで見た単純な恋愛物の漫画のように誰かへの好意で、胸が一杯になり呼吸すら苦しい、というのを初めて知るのだった。
「これからは何度も来よう。次は賑やかに皆で来るのも良いかもしれないね」
司は深呼吸をして、なんとか気持ちを落ち着かせてから、それだけ言って笑う。 自分も雪ちゃんのように笑えているだろうか。
「それ、いいわね。トモくんとか、間宮さんとか、後、学校でできた友達も連れてきて、皆で騒いだら楽しそう」
楽しみ、と手を打ち合わせて喜ぶ雪を、司は胸の奥がじんわりと熱い思いで見つめた。
「大好き」
雪が座っていた座席から身を乗り出して、司の額に軽くキスをした。
司は、自分から何度も告白はしていたが、雪からきちんと『好き』と言われたのは初めてで、思わず言われた瞬間に意味を考えるよりも涙が先に出ていた。手品でもしているかのように後から後から大粒の涙が零れた。
「ご、ごめ……ん。嬉しくて」
「もう、司ったら、それじゃ私が司の事、前から好きだったのを知らなかったみたいね」
しょうがないなぁとでも言うように雪は笑って、ハンカチを取り出し司の涙を拭う。
司は信じられない思いで、涙を流したまま目を丸くして、目の前の微笑む少女を見る。
「会った時から優しそうな司の事好きだったの。でなきゃ、強引に付いていって婚約者になったりしないわよ。まぁ、実際どこまでも果てしなく優しくてちょっと頼りないけどかっこいい私の王子様………………ば、馬鹿! そんな真面目な顔で見ないでよ。オウジサマって所は笑うところなんだからね!」
「ご、ごめんっ」
乙女がちな自分の発言に照れたのか、雪は我に返って真っ赤になり、平手で司の肩を強く叩く。
司は司で、まだ肩は銃で撃たれた後遺症で強く叩くと痛いやら、雪の嬉しすぎる発言に素直に喜びを表して良いのかどうか悩んだりして訳が分からない。
結局顔を火照らせたまま窓から外の景色を眺める。
二人とも夕焼けに負けないくらい真っ赤になって仲良く外を眺める。
思いが通じ合った恋人達を乗せたゴンドラは、地上に着いてしまうのを惜しむかのように、ゆっくりゆっくりと下へ向かうのだった。




