52.雪のお世話
微妙な空気が病室に流れた所で、大きなスライド式の扉が勢いよく開いた。
洗面器とタオルを抱えた雪が入ってくる。
男臭かった病室が、花も恥らうような天下無敵の美少女の登場で一気に華やぐ。
実際、司は雪の周りに色とりどりの花が散っているような気さえした。
しかし、友宏と間宮の二人は、雪と司から居た堪れなさそうに目を逸らした。
「雪ちゃん」
「司、起きたのね。良かった。じゃ、やりやすい」
雪は零れるような笑みで、微かに湯気を立てる湯が入っている洗面器とタオルをサイドテーブルに置いた。
「え、何を?」
司は、いまいち状況が把握できずに首を傾げる。
頼みの友宏と間宮は、目を逸らしたまま明後日の方向を向いている。
「そうでした、やはり私は部屋の外で見張りを続けます。では、これで」
「じゃ、じゃあ、オレもまた来るから。安静にしてろよ、イチジョー。またな」
友宏と間宮は、司と雪の方は見ないようにしながら立ち上がり、そそくさと部屋を出て行こうとする。
「あ、トモ。間宮さん」
司は妙な雰囲気に戸惑って、出て行く二人に追いすがるように声を掛けたが、スライド式のドアが滑らかに閉まって、二人の姿は消えた。
何が起こるのだろうと見ている司の前で、雪がカーディガンの腕をまくって、お湯にタオルをつけてきつく絞る。一旦濡らしたタオルをサイドテーブルに置いて、白魚のようなすらりとした手を構えた。
やる気で目を輝かせながら、雪が司に宣告する。
「体拭くから、パジャマ脱がしてあげる」
「…………えっ」
雪の信じがたい言葉は、音として司の脳に伝わったが、意味を考えるのは拒絶され、幻聴として処理されてもう一回聞き返される。
「もう暖かいんだし、裸になっても風邪引かないわよ」
司の聞き返しを別の意味に取ったのか、雪は不満そうに可愛く唇を尖らせる。
実に行動は素早く、あっという間に司に掛かっていた掛け布団を剥ぎ取り、白い綺麗な指先が司のパジャマのボタンに掛かった。
「えっ、ちょ、待って、待って待って!」
司はパジャマのボタンを死守しながらベッドの上を後退りする。
もしかしなくても、美少女の前で自分が裸になる事を、当の美少女自身に強要されている?
……司の全身から嫌な汗が出てきていた。
「ほら、汗出てきてるし、拭いて綺麗にしないと」
司が押さえるボタンとは別のボタンを、雪は器用に外していく。
「いや、これは。あ、あのっ、自分で、そう自分でやるから。だ、誰か。トモ! 間宮さん!」
司はこれ以上ないほど焦って、パジャマの前をかき合わせる。
頼りない事に、清潔なパジャマの下には下着のシャツは着ていなかった。
そして、間宮とトモの返事は世の無情を思い知らせるかのように無かった。
「何遠慮してるの。この二週間、ずっとやってきた私がやる方が効率良いでしょ」
きょとんと雪が目を丸くする。
司は耳まで真っ赤になり、息も絶え絶えに雪を見返した。
「ずっと? ずっと僕を拭いてた?」
「ええ、それが何。だって意識がなかったら、お風呂は入れないじゃない。汚いでしょ」
「ま、まさかとは思うけど、まさか全裸?」
耳まで赤くなり死に物狂いで問い詰めてくる司に、ようやく司が躊躇っているのか分かったらしい雪は、それでも可愛く小首を傾げた。
「だって全部脱がないと全部拭けないでしょ。何で婚約者の前で恥かしがってるの?」
「うわぁぁあああああ!」
雪の言葉に今こそ全てが分かった哀れな男・司は、とりあえず絶叫した。その声は、陰鬱な男に銃で撃たれた時よりも大きく、そして広大な一条院家に物悲しく響くのだった。




