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お姫様が創造  作者: ひとみんみん


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50.守りたい

 月の光が蒼白く美しい夜だった。

 冴え冴えと万物に降り注ぐ月光は、体を包帯で包まれ、意識もなく真っ白なベッドに弱々しく横たわる少年の病室にも平等に届いていた。

 白で統一された一条院家の病室には、夜の空に輝いている月よりも美しいのではないかと思わせるような少女が少年の傍らに座っている。それこそ自らの名の如く 雪のように白い顔で、ベッドに横たわる少年を見詰めていた。

 二人の他には病室に誰も居ない。静けさが病室を治めていた。

「司……」

 ややあって、静けさを破り、寝ている少年を起こさないような微かな声で、少女が名前を呼ぶ。少女は寂しそうな顔で、眉を顰め少年を見詰め続ける。

 それからしばらくして、囁くような微かな声に応じたのか、意識がなかったはずの少年がぼんやりと目を開けた。

 焦点がふらふらとして定まらないその瞳に、雪の姿が揺らめいて像を結んだ。

「…………あ、雪ちゃん」

 左肩と腹部を打たれて、内臓にも傷がついていた司は相当の重症で、山ほどの麻酔薬と痛み止めも打たれていたから意識が戻るはずはなかった。

 それなのに、自分の婚約者の名前を呼び、今にも消えてしまうような微笑を浮かべた。

「ご、ごめんなさい。起こしちゃった? もう男達は行ったから寝てて良いのよ」

 慌てて謝る雪に、司が笑みを濃くした。

「そうじゃない。僕は、大丈夫だって雪ちゃんに言えなかったと思って。大丈夫だよ。雪ちゃん」

 司の黒目がちの瞳は、あの時死んでしまった犬達のように純粋で澄み渡っていた。

「僕は大丈夫だし、男達が来たら何度だって追い払うから。だから、君がそんな悲しそうな顔をする必要はないよ」

 その言葉は不思議な重みがあった。

 例え司が起き上がれない今、男達が襲撃に来たとしても追い払ってしまうのだろうと思わせる力があった。

「もしかしたら、雪ちゃんの力だって、最初から有ったものを言い当てているだけで、僕がただ単に特定の有るものを消す力を持っているだけなのかもしれない。間宮さんを見てて思ったけど、過去の記憶も持っているし、過去を積み重ねているようだった。間宮さんの手は節があって固くて、ずっと前から存在しているようだった。こんなに綺麗で無邪気で強気な可愛い雪ちゃんが、強大な力を持っている『生贄』なんて、何かの間違いだよ」

 司は、雪を慰めようと考えていたらしい言葉を次々と重ねる。

 時々、息をしにくそうに咳き込んだが、慰める言葉を重ねるのはやめなかった。

 司の穏かに囁かれるような言葉が、雪の胸にしんしんと降り積もっていく。

「それに、時間を稼いだら、もしかして男達が追ってこなくなるかもしれない、って間宮さん言ってたよ。これだけ男達が焦っているのは、それだけ時間がないからじゃないかって。だから、……大丈夫」

 その畳み掛けるような優しい言葉に、雪は何度も頷いて微笑み、司の頬にゆっくりと軽く手を触れた。

 司は、麻酔薬と痛み止めで頭がふらついているせいなのか、照れもせずに、雪の手の感触を受け入れる。

「司にそう言われると、私もそんな気がしてきたわ。もう十分よ。ありがとう。ありがとう、司。重症患者なんだからそろそろ寝なきゃダメよ。声かけてごめんさない」

 雪のその微笑みは、何かを諦めたようなそんな笑顔だった。

 司は、そんな雪の表情に不安を覚えたのか、時折閉じそうになる目を無理に開いて、覚束ない焦点を雪に定めようとする。

 大量の出血と怪我のショックから体が休息を求めているのだろう。

 まるで、寝たがらない子供のような仕草に、雪は、

「ふふっ、寝なきゃダメだってば。また、司が起きる時も私、ここにいるから安心して」

 司の額にキスをして、乱れてしまった毛布をきちんと直した。

 声に出して、笑う雪に安心したのか、司の黒目がちの瞳の焦点がぼやけたようになり、目が閉じかける。

「僕が雪ちゃんを守るから。僕も雪ちゃんも大丈夫……だから。ごめ……、ちょっと……」

 何を言おうとしたのか、語尾は宙に消え、司はまた意識を失うように目を閉じた。

 時折、咳き込みながら軽い寝息を立てる司は、安心して深い眠りに入ったようだった。口元がまるで赤ん坊のように微かに笑っている。

 雪は眠っている司を、しばらくの間穏かな顔で見詰めてから、そっと病室を出た。

 一条院家の病棟の一角は、廊下も患者に眩しくないようにと照明を落とされて、シャンデリアもかかっておらず、普通の蛍光灯になっている。

 廊下には誰も居なかった。司を『常に守っている』はずの護衛部隊すら居ない。

 この状態では、また男達が襲ってきたら、司しか雪を守るものも居ない。

 そして、司は雪を守ろうとして重症を負うような事になるのは明らかだった。

 司が雪を守りきれずに、雪も司も共倒れするのは時間の問題だろう、と誰にでも簡単に推測できる状況だ。

 あまりにも不自然で作為的な人気の無さを、雪は自分が作り出したかのように、自分の手をジッと見つめる。

 巨大化した一条院家も間宮達護衛も雪が作り出したものではあった。

「私、自分が生贄だって思い出したわ。私、自分が死にたくないから我侭で忘れていただけなの。ごめんなさい、司。私が生贄にならないから、どんどん司が傷ついていくのね、ごめんなさい」

 やがて、誰もいない廊下に、低い悲しみの音が響いた。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 雪は、何度も何度も雪は廊下で司に向かって謝り、泣くと、意を決したように突然立ち上がり、誰も居ない一条院家を駆け抜け、外へと出て行った。

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