49.処刑者の攻撃
二人が、雪お手製の豪華なお茶会から司の部屋に帰ってくると、外は日が傾きかけていた。
甘いものをお腹一杯に食べて、満ち足りたくすぐったいような気分になっていた雪と司は意味もなく、顔を見合わせてくすくすと笑いあう。
犬達が二人の足にじゃれついて甘えるような声を出していた。
密やかな幸せな響きが、室内に染み渡っていく。
「いい雰囲気の所大変申しわけありませんが、生贄を寄越して頂きましょうか」
突然響いた冷酷な声に、とっさに二人は声の方を振り向く。
窓の側にいつの間にかあの陰鬱な男が立っていた。
確かに捕らえたはずなのに……!
負を集めたような禍々しい美貌の持ち主は全身傷だらけで、司に銃を向けて構えている。
「いつの間に」
「あ、あ……司」
司と雪は、冷気が染み出して辺りを凍らせるようなその気迫に、なす術もなく動きを止めた。
犬達は、威嚇するように男に向かって吠えまくる。
「生贄、あなたが何かを作ろうとしたら、その時点で均衡など構わずこいつを殺す。どんなにお気に入りでも、あなたの力で死者の復活はできないでしょう」
自分を処刑する者の冷たい言葉に、雪は真っ青になって司を見る。
司は、その雪の自分に縋るような視線に自分を取り戻す。
とっさにパーカーのポケットに入れていた黒い端末のスイッチを押した。
前回と同じように派手な轟音を立てて、司の部屋の廊下のものより少し小さめのシャンデリアが爆発して落ちてくる。
残念な事に、男が立っている位置とは微妙にずれていた。
「二度同じ事が通じると思っているのですか?」
落ちてくるシャンデリアを軽々と避けた。落ちて砕けたクリスタルの残骸が踏みしめられる。
処刑者が司に向かって銃の引き金を引く。
「う……ぁあ!」
「司っ!」
当然司の方は避けられるはずもなく、左肩に銃弾が貫通する。
防弾ベストは役に立たなかったのか。
しかし、司は撃たれた衝撃で吹っ飛びそうなのを、身構えていたおかげで堪えられた。
シャンデリアを落とした隙に、小型のグレネードランチャーを構えていた。
早くも撃たれた傷口から真っ赤な血が噴出し、痛みで何もかも放り出しでしまいたいのを根性で押し留める。
司は右手だけで重い銃を構えた。左腕は焼けているような凄まじい痛みの感覚があるのみで、当然上がらなかった。
着弾したと同時に燃え上がる銃なら多少照準が狂っても、ダメージを与えられるかもしれない。
「雪ちゃんは僕が守る」
司は緊張と痛みから出る汗で滑る指を引き金に掛ける。セーフティーは既に外していた。
処刑者は、さすがに『殺す』と言いながらも、司に止めを刺す事にはそれなりの躊躇いがあったようだ。
再度司に向けて撃つことに一瞬躊躇うような顔をした。
一方、司は雪を守る為に、迷うことなく引き金を引いた。
万一、ダメージを与えられなくても、これだけ騒げば間宮さんや護衛の人が来てくれるはず。ここで、自分が人に向けて撃つのが怖いなどと言っている場合ではない。
一瞬遅れて、処刑者が司に向かって引き金を引く。
乾いた破裂音の後、司は腹部に衝撃を感じ、そのまま倒れた。銃弾は、パーカーの下に着ていた金属プレート入りの防弾ベストを貫通していた。
自分の腹が燃えているようで、息も満足につけない痛みが襲ってくる。
絨毯の上に仰向けに倒れた司は、痛みで息が上手くできなくて、口から風鳴りのような音を出しながら懸命に息をついた。すぐに気を失ってしまいそうな激痛の中で、涙で滲む目を凝らした。
肺近くに当たったのか、口から血を吐きながら燃え上がる処刑者が居た。天井まで火柱を上げて燃えている。
雪は、顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら、司に縋って泣いている。
今、状況を打開する何かしらの願いを叶えるには、口に出し、強く願うことが必要だ。その間に司は殺されてしまう事を分かっていたからだろう。
「こ……ごほっ、この同類だとおもって哀れんでやれば、つけあがって。がはっ……もう均衡など関係ない、死ねっ!」
黒いスーツを自らの吐いた血で汚し、燃え上がりながらも処刑者は、再度銃を構えて連続して撃つ。
司が、もうだめだと目を瞑ったが、銃の爆ぜたような音の後、衝撃は訪れず、代わりに犬の鳴き声がし、何かが絨毯の上に転がるような音がした。
急いで目を開けると、カインとアベルが、横倒しに司の側に倒れている。黒い短い毛皮は血に塗れていた。灰色と濃い青の瞳が、力なく司を見つめる。犬達は甘えるような声を出し、司に褒めてとでもいうように、弱々しく震えて前足を差し出す。
「カイン、アベル!」
「司様っ!」
バタン! と大きな音を立てて扉が開かれ、間宮と護衛団が飛び込んでくる。
間宮は、倒れた司と泣いている雪と犬達、燃え上がる男を見て、全てを把握したらしい。
すぐにグレネードランチャーを構えて、続けざまに処刑者に向かって発砲する。
間宮の射撃の腕は護衛長だけあって正確だった。処刑者を殺すつもりで撃っているのか、胸や頭に弾が呑み込まれて爆発する。
倒れている司にも炎の熱さが感じられるほど、男の全身が勢いよく燃え上がる。 紅蓮の炎に包まれて、血を吐きながらも処刑者は声高に笑っていた。
間宮や護衛たちは眉一つ動かさずに、処刑者に向かって銃を撃ちまくる。
「私はそこの生贄が神に捧げられない限り、何度でも来ます。何度でも来ますよ。そこの元生贄も覚えていろ」
炎に包まれ体のどこもかしこもが焼かれながら、男は窓に向かって身を躍らせる。
炎の赤に照らされて、砕けた窓ガラスがきらめいて男の体を包んだ。
「追跡しろ! 外の護衛にも連絡!」
「医療班を呼べ!」
「見張りは何処へ行った!」
司の耳に様々な怒号と銃声が届く。
段々視界が霞み、狭まってくるのを感じた。その狭まる司の視界の中でも、アップで自分の守りたかった雪の顔がある。
こんな痛みで苦しくて、視界が霞んでいる時にでさえも雪ちゃんは美しい、と司はぼんやりと考える。
「司、司っ。大丈夫? 大丈夫よねっ」
美しい顔が涙でぼろぼろに汚れている。後から後から体のどこにそんな水分が潜んでいたんだろう、と不思議になるほど雪は泣きながら司に呼びかける。
雪がそんな顔をしなくて良いように慰めなくては……。
「う……ごっ……」
『うん、大丈夫』と言おうとした司の声は、言葉にはならず、言葉の代わりに血が吐き出される。司は生暖かい液体が自分の体から出て行くのを感じ、それが自分の力を奪うのを感じた。
それでも必死に抗って目を開けて震える手を伸ばし、必死に雪を慰めようとしたが、それはついに形にならずに完全な闇に呑まれていった。




