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お姫様が創造  作者: ひとみんみん


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45/64

45.笑い上戸な男

 そんな四人の反応を見て、陰鬱な男は口だけを吊り上げニタリと笑う。

「元生贄との交渉は決裂。生贄は自分が生贄だという事を忘れたまま。前例がないことですが、まぁ、仕方ない。生贄は力ずくでもらっていくことにしましょうか。そんな生贄でも、まぁ、神は受け入れてくれるでしょう」

 陰鬱な男が、ゆっくりと銃を取り出し構えようとする。

すかさず、間宮が頭部と心臓を狙って銃弾をくらわせる。前回節を狙って効かなかった為だろう。

 廊下に射撃音の切り裂くような音が響き、陰鬱な男の額と左胸に確かに命中はした。

「くくくっ、あははははははぁ」

 だが、額と胸に命中した弾丸はそのまま体に飲み込まれる。

 男は弾をくらった衝撃にわずかにゆらりと揺らめいたものの、口だけで不気味に笑いながら四人の方へ向かってくる。男のダークスーツに確かに穴は開いているから、弾は当たったはずだった。

 なのに、血は流れずダメージを受けている様子もない。

 続けて間宮が、刃渡りの長いナイフを取り出して銃と一緒に構える。弾丸で通用しないなら切断しようと考えていたらしかった。

ただ、もはや人外とも言っていい敵に、間合いが掴めないらしくジリジリと後ろに下がる。

 司は斜め横に雪を庇い、銃を構えたまま間宮と共に後退する。

「来るなっ」

 司は、間宮に注意されたにも関わらず、銃を片手で構えて、片手をパーカーのポケットに突っ込んでいた。

 先日男に襲われたとき踏みつけられた手だった。

 そんな司の様子に気付いて男が目を細める。

「踏んだ手がまだ痛むのですか? そんなはずはありませんけどね。少し加減しましたから……くくくっ」

 陰鬱な男と四人の距離がジリジリと少しずつ狭まっていく。

「私、生贄なんて知らない。知らないから、帰って」

 いつもは強気な雪が、泣きそうな声で訴える。その弱々しそうな様子は、自分の持っている強い力の事も全く頭にないようだった。

「あなたが知ろうと知るまいと生贄である事には変わりない。あなたが死んで罪を浄化すれば、全て丸く収まるのですよ。あなたの血が流れれば良いのです」

 遠くを見るような温度の全く無い瞳で男が、雪を見据える。

雪はその視線から逃れるように激しく首を振り、司のパーカーの裾を強く握り締めた。

「あなたが拒否するなら、あなたの大事な元生贄やその取り巻きを痛めつけて、その後で同じ事を聞いてみましょう」

 男が、なおも四人に近寄りながら、銃の引き金に指をかけて銃口を司に向ける。銃身が明るい照明を受けて鮮やかに光った。

「司様!」

 いつもより、幾分か冷静を欠いた間宮の声が響く。

「うん」

 パーカーの中に入れていた司の手に力が込められる。

 瞬時に、様々な音が響き渡る。

 司の行動に不審を抱いた陰鬱な男が、司の左腕を狙って撃ち、その衝撃で司が倒れる。狙われたのは腕なので、防弾ベストでは防げなかった。

 突如として、陰鬱な男の上で光り輝いていたシャンデリアの、天井から吊られていた支柱が爆発し、派手な轟音と共に男の上に落ちる。

 以前、司が落ちてきたら絶対死ねると思ったほどの重々しいシャンデリアは、ものの見事に男の真上に落ちた。その重量で確実に男を捕らえている。重くて太い金や銀のクリスタルを支える飾りの鉄柱が、男の胴体や腕を潰す勢いで体に食い込んでいた。人体に有り得ない方向に片腕が曲がっている。

 男は完全に沈黙している。

「司、司っ! つかさ!」

 その単語しか知らないかのように、雪が倒れた司に駆け寄って助け起こす。雪の美しい大きな黒い瞳が泣きそうに潤んだ。

 あまりの痛さと熱さで腕がどうにかなってしまったのではないか。

司は大げさに考えたが、試しに痛みを堪えて指先や腕を動かしてみると問題なく動いた。

 だけど、派手に血が流れて、男に撃たれる事も想像していたが想像していたからといってどうにかなるような痛さではなかった。

身を起こすのもしんどくてこのまま痛みで気を失ってしまいたい、とさえ司は思った。

 だが、なけなしの根性と天性のお人よしさと雪への愛しさがそれを思い止まらせる。

 痛みでどうしても歪んでしまう顔の筋肉に渇を入れて、司は無理矢理震える唇を曲げて微笑みの形を作る。

「……だ、っ大丈夫。大丈夫だから、血は出てるけど、掠っただけだよ。ほら、動くでしょ」

 そう言って、司は痛みを堪えて再度左腕を動かしてみせる。微かに指先を動かすだけでも焼き鏝でも当てられているかのような痛みと熱さが腕全体に走ったが、微笑を崩さない。

 司のブレスレットやシルバークロスリングや黒いパーカーの袖が血で赤く染まっていく。

「司……早く手当てしないとっ……」

 雪が泣きながら、自分の真っ白なハンカチを取り出して、司の腕の上の方を縛る。

「オレのも使って」

「トモくん、ありがとう」

 自分の大事な友人が目の前で撃たれたため、蒼白になっている友宏が差し出したハンカチを、雪が今度は傷口に当てきつく縛った。

 司は、どうしても意識が朦朧としてきてしまっていて、二人からされるがままになっていた。そして、シャンデリアの方を心配で見つめる。

 銃に撃たれて動けても、あれだけの重量があったら幾らなんでも動けないだろう。

 自分でもてんで素人の作戦だったと思うが、足を止められただけでも想像以上に上手くいった、と司は思った。ただ、上手く行き過ぎていて、陰鬱な男があっさりと死んでしまっていないかが心配になった。

 三人の後ろで、間宮が黒い携帯端末に向かって、『すぐに来い!』と簡潔に怒鳴り通話を終える。

 すぐに司に駆け寄りたいだろう間宮は、司の思いを汲んでなのか、シャンデリアの下敷きになっている男に近づく。シャンデリアの飾りの隙間から手を差し入れ、男の首筋を抑える。

「残念ながら死んでいないようです、司様」

 間宮の低音の落ち着いた報告に、司は、

「良かった」

 と呟く。

「くくくっ。こんな事で死ぬか」

 微かな声で、陰鬱な男が目を瞑ったまま笑った。

「司様が慈悲深い方でなければ、今頃私が切り刻んでやったのだが」

脈を測っていた間宮が、不気味そうに手を引っ込める。

「シャンデリアは、今よりももっと重かった。男を縛る鎖は用意していたから廊下にある!」

 男の笑い声に、司を看護していた雪が怒りの形相で振り返り、力を行使する。

 自分のためなのか司のためなのかはっきりしない願いだった。

 それでも、願いは届いたらしく、廊下に鎖の塊が出現し、シャンデリアが重くなった証拠に、陰鬱な男は『ぐぇ』と蛙が潰れたような声を上げたあと、また完全に黙った。

 さすがの超人も超重量のシャンデリアに気を失ったらしかった。

 間宮が驚いた様子もなく、出現した太めの鎖で気を失った男を手際よく縛っていく。

 友宏は別の鎖の塊を掴んで、間宮の作業を手伝っていた。

「ごめん、泣かせちゃって。全然かっこよく決められなかった」

 せっかく男を捕まえられたのに、我ながら少しもかっこよくなかったなあ、と司は汚れていない右手を雪の方に伸ばす。

すぐにその手は雪の暖かい手にしっかりと包まれた。

「馬鹿、何言ってるのよ。司はいつでもかっこいいんだから」

 潤んだまま強い光を湛えた瞳が、司の胸を荒々しく握った。

微笑を含んだように、睫がそっと震えて、目がゆっくりと細められる。会った時よりも更に美しく更に瞳は濡れたように黒く澄んで見えた。

もちろん左腕の痛みは酷かったが、その痛みと同じくらい、司の胸に柔らかくて暖かい痛みが襲ってくる。

 出会ってまだ間もないのに、何回もその度に前よりも雪ちゃんを好きになっている。

 司は傷の痛みに負けるはずもない静かな甘い痛みに泣いた。

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