43.手芸とひと時の休息
「つ・か・さ。手首の周り測らせて」
司が、教室で雪を追う男達のリーダーに襲われてから一週間が経った。
しかし、猶予をくれるとの言葉どおり、男達の襲撃は無かった。
今まで、二日と空けず追いかけまくられていたという雪は、早くも一週間で平和ボケを起こしていた。せっかくの休日だから、ゆっくりお茶でも飲みましょうよ、との雪の提案に司は付き合って、自分の部屋のロココ調のテーブルセットで本格的なお茶を飲んでいた。
他にも、休日だからと遊びに来た友宏や忠実な護衛長・間宮楓がテーブルに着いている。
護衛長間宮は最初辞退したが、司がせっかくだからとお願いすると、二つ返事で了承した。
友宏には、自分の家に遊びに来ると危ない事を伝えたのだが、『お前の家が危ないのはいつもの事だろ』と軽く流されてしまった。
雪は、お茶やお菓子を飲みながら、広いテーブルの上にビーズセットを広げ、ブレスレットを作っている。友宏の提案で、司がまた身に付けるようになったシルバークロスリングに合わせて、細かいクロスのチャームと濃い黒と灰色のスワロフスキービーズが絡み合うようなデザインのブレスレットになる予定らしい。
もう半分が出来上がっていて、ビーズとシルバーのクロスチャームが、シャンデリアの光を弾いて輝く様子は美しかった。ただ、高校男子が身に付けるようなものではないことは間違いない。
ちなみにビーズ細工の材料は、雪が自分の力で出した。
司が、『どうせならブレスレットを出せば楽じゃないのかな』と言ったら、雪に問答無用で叩かれた。
「うん」
「わ、司の手首細いのね」
次第に完成に近づく豪華なブレスレットを不安げに眺めながらも司が腕を差し出すと、雪が驚きの声を上げる。
「イチジョーってば、やっぱりお坊ちゃんだから。どことなく儚げで、全体的に細っこいよな」
友宏が、テーブルの上のサンドイッチやらケーキやらを次々に口に放り込みながら会話に参加する。
司はその言葉に自分はそんなに頼りなげに見えるのだろうかと肩を落す。
「そうかな、最近は鍛えてるんだけど」
横目で優雅に紅茶を口に運んでいる間宮を見て、更に司は肩を落す。
最近一緒に射撃の練習やトレーニングをしていたが、幾らやっても男らしく引き締まった体つきをしている間宮のような体型にはなれないような気がする、と司は思う。
「一朝一夕では、なかなか変りませんからね」
「うん、そうだね。続けていけば、間宮さんのようになれるかな」
冷静な顔で実にもっともな事を言う間宮に、司は少し慰められて微笑んだ。
司のストレートな憧れの発言に、間宮は冷静な顔のまま少し顔を赤くして、
「もちろんです」
とやや上擦った言葉を返す。
先日の『生贄』や『特殊な力』についての相談の一件から、二人の間には強固な絆のようなものが生まれていた。
「頑張ってね。私の婚約者さん。はい、あーん」
一条院家シェフ自慢のチョコレートケーキを、迫力の美少女雪が、フォークで一欠片を切り取り、司の口元に満面の笑みで持っていく。
司はといえば、一瞬のうちに真っ赤になり、『ああ』と『その』とか口の中でもにょもにょ言って固まるばかりだった。
そこを雪が口を強引に開けさせて、チョコレートケーキを口に捻りこむ。
「美味しいよね?」
雪はフォークを構えたまま、司に恫喝のような問いを投げかける。
もちろん、司は脅されるまでもなく赤い顔のまま何度も縦に首を振る。
そんな司のウブな反応を見て、雪は満足そうにビーズ細工の作業に戻った。
司の目の前には、ケーキを食べさせたフォークで何事もなかったかのように、自分のケーキを食べ続ける、奇跡のような美少女の姿があった。
雪は何事も無いようだが、司としては『生まれてきて良かった!』とガッツポーズで神様に感謝したくなるような出来事だった。今でも時々、何の運命でこんな奇跡のように顔も性格も可愛い女の子と巡り合えたのか疑問に思うほどだった。
「いや、イチジョー。そこ、おかしいから。自分の婚約者だろ」
友宏が的確な突込みを即座に入れ、間宮はそれを肯定するようにチラリと司のほうを見た後黙って紅茶を口に運ぶ。
友宏の突っ込みは友人として一応心配から来るもので、間宮の反応は部下としては少々冷たいものだった。
だが、どちらの気持ちも頭の中が薔薇色になっている司には届かなかった。




