4.男が飛び出て自己紹介そして胸
だが、それを誰かに押し留められた。
大きな厳つい手が司の肩に掛けられる。
「司様、恐れながら申し上げます。お急ぎになられませんと、始業の時刻に間に合いません」
振り返ると、そこには十人ほど、黒いスーツを着た屈強そうな男達が揃っていた。
今まで誰も居なかったはずなのに……。
ダークスーツを着た大人の男達に見詰められるのは、並大抵の圧力ではない。
一介の男子高校生でしかない司の背中を、冷や汗が流れる。
「あなた誰ですか?!」
半ば悲鳴のように司が声をあげると、男達が怪訝な顔をする。
どうしてそんな事を聞かれるのか分らないと、ありありと表情に出ていた。
「誰とは……? 私は司様の護衛長・間宮です。どうなさいました? ご気分が優れませんか? おい、やはり車で学校までお送りしよう。車を連れてきたはずだな。よし、回せ」
司に手をかけた男が、有無を言わさず、すぐ近くに車を横付けさせる。
テレビでしか見たことのない黒塗りの大きな車に、ただただ司は圧倒されて声も出ない。
雪だけは上機嫌でニコニコ笑っている。
「御学友様も学校までお送りいたします。お乗りください」
「そうそう、そう来なくっちゃね」
「えぇ、オレまで乗せて貰っちゃってなんだか悪いなぁ」
喜々として車に乗り込む雪と恐縮する友宏に挟まれて、司はただただ呆然として車に乗せられた。
音も無く揺れもなく車が走り出す。
司はもう混乱の絶頂で、悲鳴を上げる事さえ出来ない。
駅から徒歩で十分の距離を、車はものの三分程度で着いた。
黒い大きな車が、学校の校門前に横付けされたにも関わらず、多くの生徒達が慣れた視線を向け、横を通り過ぎていく。
雪を問い詰める暇もないまま学校に着いてしまって、司は更に呆然としていた。
車のドアがダークスーツの男によって丁重に開けられる。
司はふらふらと車の外に出た。
傍目にはボンヤリしているようにしか見えない司に、護衛長・間宮が優雅に一礼する。
「ご気分はよろしいですか?」
心から心配そうに尋ねる間宮に対して、司は何の答えも返せなかった。
突然現れたこの人達は誰なのか? という疑問で思考が完全に停止していた。
「大丈夫、ねっ、司。私がついていてあげるから。保健室にも連れて行ってあげちゃうし」
答えない司の腕に、満面の笑顔を浮かべた雪の腕が絡められる。
思考停止した司の頭が、何か柔らかいものが腕にぶつかっているという感覚で再び動き出した。
「ちょ、ちょっと津川さん……」
「うわっ、苗字呼びなんて最悪。雪って呼んでよ」
司は赤くなりながら自由な方の手を振り回して、気の毒な程あたふたしている。
そんな気の毒な司を、雪が瞳を輝かせて、いたずらっ子のように突っついた。
司は「あ」とか「う」とか言いながら赤くなる。
「え、ゆ、雪ちゃん。悪いけど、その、あの。腕離して。む……ねが当たってる」
「ええー、司頼りないから、私がついていてあげないと」
「大丈夫だから離してくれよ。大体、さっきから訳の分からない事ばっかりなんなんだ!」
高校生にしては今時ではなく進んでいない司は、とうとう耳まで真っ赤になって怒鳴った。司は、めったに声を荒げない大人しい性格だ。
だが、朝から不思議な出来事が起こり続けている。更に美少女にもからかわれ、精神の許容範囲のメーターが大幅に振り切れてしまった。
「あ、ひっどーい。女の子相手に怒鳴った」
雪が、言葉の割にはダメージを受けていない様子で、誰の目にも嘘と一目瞭然の泣き真似をする。
とりあえず、司の腕から手を離しはしたが、全然反省の色が見られない。
「どういう事なのかちゃんと答えてくれ!」
柄にも無くまた声を荒げて、怒りの形相になった司は追及の手を緩めない。
「急がなくてもちゃんと答えるってば。もう、遅刻しちゃうよ」
「雪ちゃんが絡んできたから遅刻しそうになってるんだろ」
「いちいち細かいことにうるさいなぁ」
雪は泣き真似をやめて、今度は膨れてみせる。
そんな顔をしても、この世のものとは思えないほど可愛い雪に、司は簡単に折れそうになる。だがすぐに、首を振って自分を取り戻した。
この女の子の可愛さに騙されちゃいけない、と今までのやりとりで既に悟っていた。自分は得体の知れないことに巻き込まれている。
「細かいこと? 一体どこをどうとったら細かいなんて言えるんだよ」
「ちゃんと答えるって言ってるのに、遅刻の理由なんてどうでもいいでしょ」
「じゃあ、ちゃんと答えてくれ」
「今はやめようよ。お昼とかにしようって」
「昼まで僕はこんな訳の分からない事の理由も分らないままか?」
「そうよ、いけない? 昼まで分らないままで居るくらい我慢できるでしょっ」
「納得できない」
「ええいっ、面倒くさい。納得しなさいっ」
二人は、ぎゃいぎゃいと全然話が進まない言い合いを始めてしまった。
アイドルも真っ青の美少女と、弱々しそうに見えることを除けば、かっこよく見えなくも無い男の子の言い争いは、一見の価値ありではある。
だが、始業の時刻まであと少し。
一緒に車で送ってもらった友人の橋本友宏は、言い合いの行方より遅刻してしまうのが心配だったらしい。とうの昔に護衛長に礼を言って、校舎に駆け込んでいた。
護衛長・間宮は、守るべき対象が、言い合いもできるくらい元気な事に安心したのか、生暖かい目で二人を見守る事に専念している。間宮の任務は護衛で確かに職務は果たしていた。
二人は気にする余裕も無かったが、間宮は、切れ長の涼しげな眼をした整った顔立ちの美形だった。
そんな間宮やダークスーツの男達が見つめる中、二人が言い合いをしているのは、異様だとしか形容しがたい光景だった。
だが、相変わらず、多くの生徒達が慣れた目を向けた後、素通りしていく。
二人の騒動を見守っている間宮の胸ポケットで携帯電話が鳴る。
「どうした」
間宮は、顔に合った実にダンディな渋い声で応答する。
「護衛長、学校の周囲で不審者を多数発見しました。只今、追跡中です」
部下の一人からだった。
間宮は切れ長の目を軽く眇める。
「了解した。こちらは学校の周りの警護を強化する」
「お願いします」
間宮は携帯を切ると、すぐに周りへ、警護の強化をせよという指示を出した。
雪と司は護衛の者達が見守る中、始業の鐘がなったというのに言い合いを続けていた。




