30.丸く収まった
間宮は、瞬時に頼むべき相手を悟って、全面的に雪に向きを変える。もともと雪から生まれた者だから、雪に従属しているのかもしれなかった。
「今回のような事は起こさないよう、しっかりと警護致します。こちらこそ、宜しくお願いします。津川様」
「ありがとう」
自分に向かってお辞儀をする大人を前にしても、雪は物怖じせずに笑ってお礼を言う。
むしろ女神の微笑というより女王の貫禄を兼ね備えている。圧倒的な美貌を持っているだけに、構図だけ見れば、間宮は雪に仕えている騎士のようにも見えた。
「そう、雪ちゃんを守ってくれますか。僕より、雪ちゃんが狙われてて……がふっ」
また、訳の分からないボケボケのお人好しっぷりを披露する司の後頭部に、雪がキレの鋭い平手の一撃を喰らわせる。
男達に代わって雪が、ボケボケのお人好しにうっかり止めを刺しそうな容赦の無い攻撃だった。一応、途中までは司に喋らせる辺りが、雪の優しさなのかもしれない。
倒した後に、雪が司の胸倉を掴んで立たせる。
細い腕をしているのに尋常じゃない腕力だった。少女の澄んだ黒い瞳が、激しい力をもって司を見据える。その様子には、さっきまで怯えて震えていた少女とは思えないほど、激しさが込められていた。
「ちょっと、司。あなたね! 私を守るんでしょ。なのに、どういう事なの、さっきから。男に向かって私の前に出るわ、銃口に自分から向かっていくわ、挙句の果てには、自分より私を守れって。私が、ちょっと男達に怯えてたからって、そんなに簡単に自分を投げ出しちゃったら、私はどうなるの!」
「あ……」
……そうか、そうだった。
雪の瞳は睨んでいるのに、悲しみで揺れている。
司はすぐさま泥のように重い後悔で一杯になった。
「結果的には助かったけどね。私は、すぐに殺されたりしないんだから、もう少し自分の心配もしなさいよ。手を放さないで、ちゃんと隣に居て!」
「う、うん。分かった。ごめん、雪ちゃん。さっきは助けてくれて、ありがとう」
司は胸倉を掴まれたまま素直に頷いた。
一人で逃げていた雪ちゃんが、『守って』と自分を頼ってくれた事、ちょっと強引だったけど婚約者として自分の家族になってくれた事が思い出される。もっときちんと正面から考えれば良かった、と司は思った。
「あ、ま、まぁ、ちょっと言い過ぎたかな。私も、ありがと、さっきは守ってくれて」
雪が、司の悲しげな表情に、言い過ぎたかな、というように態度を一転させて、パッと手を放した。
あれだけ強く出てしまっては、大分遅すぎるが、上目遣いで司を可愛く見詰めた。
「ううん、僕が悪かったんだ」
「そんなことないって。やりかたはちょっとマズイかな、って思ったけど、かっこよかったよ、司。銃の前に出るなんて普通できないと思うし」
さっきとはうって変わって、猫かぶり美少女モードに戻った雪は、止めとばかりに目を潤ませて、柔らかく司の手を握る。
柔らかい雪の手の感触が司を夢幻の世界へと誘った。
「自分の婚約者を心配する私のキモチ分かってくれる?」
切なげに潤んできらめく瞳と、夢のような言葉に、司は耳まで顔を赤く染めて力強く頷く。
司は、目の前の少女をもう二度と悲しませないと心に固く誓った。
もう、念頭からは、雪が強引に力で司の婚約者になったという事実が消し飛んでいた。
更には、朝から目の前の少女から、一方的に騒動に巻き込まれていたという事も忘れている。
「では、司様の部屋でお二人を厳重に守らせていただきます」
「よろしくお願いします、間宮さん。先ほどは助けてくださってありがとうございました」
司の気が変らないうちにと言い出した間宮の言葉に、司が即座に同意する。
雪は司の見ていない隙に、小悪魔の笑いを浮かべた。
落として、持ち上げて、自分の思った落とし所に嵌める。結局は、雪の希望通りになっている事に司は最後まで気付かない哀れな男だった。
もちろん、いかにも人生経験豊富そうな間宮は、それに気付いていたのか朝のような生暖かい視線で、仲良く手を繋いで笑いあう二人を見守っていた。




