26.イケニエって?
すると、時間稼ぎの為、なんとなく質問した言葉に、美しい男が反応して、ぞっとするような微笑を浮かべた。
「イケニエ……言葉どおりですよ。神に捧げる犠牲者の事です。生贄から聞かなかったんですか? ははっ、聞かなかったようですね。ヒントをあげましょう。あまりにも有名すぎる生贄は、自分を捕らえようとするものが迫っても、なお自分を慕っている弟子にこう言いました。『お前は、今夜、鶏が鳴く前に、私を三度知らないというだろう』」
男が語っている内容は、何一つとして、司には理解できなかった。
内容が異様過ぎ、唐突過ぎ、現実とかけ離れ過ぎていた。
新手の宗教団体の人たちなんだろうか?
綺麗な雪ちゃんをどこかで見かけ、自分たちの信じる神様の為に捧げようとしている……あり得ない話でもないのかもしれない、と司は思った。
とにかく、生贄とはどうやら雪を指しているらしい、と判断した司は小声で、
「雪ちゃん、何か心当たりはある?」
と自分の後ろに立っている雪に尋ねたが、
「さっきも言ったけど、わかんないわよ。バカ」
と、罵倒が小さく返ってきた。その声も震えて掠れている。雪の震える声にも嘘を言っている調子はない。
今、雪が何かを作り出しても、目の前の男が銃を撃ってしまったら、その速さには間に合わない。しかも、相手は自分を捕まえて殺そうとしているのだ、いつもは強く振舞っている雪が怯えているのも無理は無かった。
「おやおや、前捕まえた時に話したと思いましたがね。忘れているんですか?」
陰鬱な男は意外と地獄耳で、二人の言葉を聞き漏らしていなかった。
「知らない」
雪が即座に否定する。
「生贄は自分が生贄だという事を忘れて逃げ回る。周りの者達は、生贄が起こした奇跡を忘れる。ふふっ、今回は散々ですね」
二人の目の前の男は、言葉上では笑ったり、自嘲したりしているのに、口だけを動かしている。凍ったような瞳は表情が変らない。
司は、凍った瞳を必死で睨み返していたが、段々力をなくして、その瞳の闇に吸い込まれそうな錯覚すら覚えてきていた。
それに、男が『生贄』と語るたびに、何か忘れていた事を思い出すようなそんな予感がしていた。




