24.ほっぺにチュ
司が雪の手を引いて恐る恐る自分の部屋のドアを開ける。
外を見ると、窓の外の出来事が嘘のように何事も無く、誰も居ない廊下が続いていた。
司の部屋と同じような木製の大きな扉が幾つも並び、廊下の中央には複雑な模様の絨毯が敷かれていた。
鮮やかに光を弾く精巧な細工のシャンデリアが眩しい。重々しくクリスタルが垂れ下がった照明は、落ちてきたら絶対死ねる、と司は下を通るのが少し怖かった。
「誰も居ない」
その重厚な豪華さに圧倒されて、司が呟いた。
「皆、下に集まっちゃってるのかしら」
「そうかもしれない」
二人の繋いだ手に汗がじっとりと滲んだ。
毛の長い絨毯が、足音を吸収していく。
更には、足を絨毯が軽く受け止め、歩いているというよりはふわふわ浮かびながら進んでるような奇妙な錯覚を生んだ。歩いている事すら嘘のような錯覚で、得体の知れない男達が攻め込んできているということすら嘘のような気を与えるのだった。
外から冷たくて青白い光が、大きな窓に切り取られながらも一杯に差し込んでいる。
様々な光に照らされ、自分の家とは思えない幽玄な風景だった。
多分、緊張しすぎだから現実感が沸かないのかもしれない、と司は思った。
一介の男子高校生でしかなかった司の許容量を軽くオーバーする位には、今日は様々なことが起こりすぎていた。
「多分、間宮さんはこんな騒ぎになってるし、自分の部屋に居ないと思うけど、とりあえず一度間宮さんの部屋に行ってみようか」
「ええ、いいんじゃない。行く前に誰かに会えるかもしれないし」
二人は、学校から帰ってきてから聞き出した、間宮の部屋に向かって早足で歩き出す。
二人にとって幸いな事に、間宮の部屋は、一階に降りなくても済む二階の階段踊り場の隣だった。
……また、どこかから二人の耳に低い悲鳴が届いた。
どちらも顔色は良くなかったが、間宮の部屋にたどり着いて助けを求める、という目的が定まっている為、オロオロして時間を無駄にするという事は無かった。
「さっき、撃たれてた人、死んでないといいわね」
少しの沈黙の後、雪がぽつりと呟く。
「うん、僕の力そういう事に使えるものだったら良かった」
「私の力も……治療は無理なのよね。昔、万病を治したり、死んだ人を生き返らせる薬を願った事があるの。だけど、無理だった。手ごたえすらなかった」
雪の瞳が少し陰りを帯びる。
司は彼女が背負っているものが巨大すぎる事を感じた。力があるが故に、本来人間としてできなくて良い事まで責任があると思っているのだろう。
「雪ちゃんができる事は、大きいように見えて、結構小さいのかもしれないね。持ってないものは……仕方ないよ」
司は何故か、雪がそういう力を持っていないのが自然に思えた。
「えっ……仕方ない? ふふっ、司ってば、意外とざっくりした性格してるのね。だけど、そうね。仕方ないよね。持ってないし。なんか、私らしくなく今日は色々悩んで、全部司に解決してもらっちゃった」
雪の瞳が、さっきまでの陰りは嘘のように明るくなる。
「ありがと」
そう言って、微笑む少女は、憂いを帯びている目をしている時より、何倍も司を惹き付ける。
そのまま、雪の顔が近づいてきて、司の頬に柔らかい感触が当たった。
司は、その柔らかい温もりが体全体に染み渡る気がした。
雪の行動がごく自然に振舞われていた為か、いつもの司なら、大慌てで飛び上がるか、舞い上がるかしていた所を、夢見心地で微笑み返す。
好きな女の子に単純にキスされたというよりは、何かこの上なく綺麗なものに触れられた、というような感覚だった。




