2.遊園地が現れたり消えたり
その頃、学校までの道を歩いていた男子高生・一条院司は、自分の目を疑って立ち止まった。
いつもどおりの道のりに、妙なものを見つけたからである。
ふと、今時の男子高校生にしては珍しく染めてない髪が風に揺れる。純日本風の すっきりとした顔立ちの少年だった。目が穏やかそうな光を放っている。かっこよく見えないこともないが、全体の線の細さが、どことなく弱々しそうな印象を与えた。
司は、長くなってきた前髪をかきあげて、更におかしな対象物をじっと観察した。
……なんだ、あれ。
広大な敷地を持ったデパートの屋上に、……遊園地を見つけた。
しかし、遊園地があるくらいなら誰も驚かない。
最近では、そういうコンパクトな遊園地はどこにでもある……のかもしれない。何せ、屋内にも遊園地が出来る時代だ。池袋やらお台場やら探せばどこにでもあるだろう。
ならば、デパートの屋上に広大な敷地を生かして、遊園地を作るのもありかもしれない。
様々な風船やらガラス天井があっても良いだろう。朝の忙しい時だって言うのに、のんきに絶叫マシンで声をあげている暇人がいるのも仕方ないかもしれない。メリーゴーランドから陽気に手を振っている人がいるのも許そう。
「ハッピーランド」とかいう安直過ぎる遊園地名に突っ込みも控えてやろう。
だが、一介の男子高生でしかない自分が問題にするのはそこではない、と司は思った。
昨日は、その遊園地はなかった事が問題だった。
昨日まで、シートが掛かっていたり骨組みができていたりして、建設途中だったとかいう事でもない。
ましてや、そんな遊園地が出来るなんて話すら聞いた事もない。
「なんなんだ。どうしたっていうんだ」
思わず、そんな意味も無い独り言が司の口をついて出る。
「なに? どうした、イチジョー。何でそんなトコに突っ立ってブツブツ言ってるわけ?」
司の肩に、誰かの手が掛かった。
「あ、トモ」
ちょうど良い所に司のクラスメイトで、友達の橋本友宏が司に声をかけてきた。
橋本友宏(通称トモ)は、いかにも軽薄そうに髪を金に染めて、ピアスをジャラジャラつけて、始終ヘラヘラしているが、面倒見の良い親切な奴だった。
だから司も、声をかけてくれた事に甘えて口を開いた。
多分、おかしがられるだろうな、とは思うがトモなら大丈夫だろう。
「あそこ、遊園地があるんだ。変じゃないか?」
司が指差す方向を、友宏も見た。
そこにはハッピーランドがある。
トモの目には、ハッピーランドにはなんの異常も認められないらしく、軽く首を傾げた。
「別に、ただの遊園地だろ。変なとこがあるように見えない」
見たままを友宏が答えると、司はわずかに苛立った顔をした。
「違う。遊園地があるのがおかしいって言っているんだ」
「へ? イチジョー、どうした? ハッピーランドはずっと前からあるだろ。何、 今更もしかしてハッピーランドが気に入らなくなったとかか?」
「ずっと前からある?」
司は、目を見開いたまま呆然とした。
昨日までは絶対になかった。
なのに、トモはずっと前からあるという。これは一体どういう事なのか。今まで、自分がこんなでっかい遊園地に、気付かなかったなんて事はあり得ない。
だってここは高校二年になった自分が、ほぼ一年間ずっと通ってきた通学路なのだ。
「オレ達が入学した時からずっとあるだろ。どうした、大丈夫か? 最近暑くなってきたから気分悪くなって軽い記憶喪失か? まぁ、ないことじゃないな。学校早く行って保健室で休んだ方がいいぞ」
友宏は日頃の付き合いで、司が冗談をいうような奴ではないと知っているのだろう。心配するように真顔で司を見詰めた。司の額に手を当てて熱がないか調べたりする。
「記憶喪失……? この遊園地についてだけか? 絶対おかしい。こんなの無かった。遊園地なんて無かった!」
司は、友宏の手を振り払って、小さく叫ぶ。
自分の頭がおかしくなったようで、どうにもこんな現実は許せなかった。
しかし、自分の頭が正常である事を何も証明する術がない。
それが司を苛立たせた。現実というものは、こんなにも頼りなかったっけ、という思いで一杯になる。
「あ、ごめん、記憶喪失とか言って悪かった。な、とりあえず学校行こうぜ。そろそろ行かないと間に合わなくなるぞ。学校行ってからでも、この話はゆっくりしよう」
友宏は、珍しく怒っている様子の友人を見て驚いたように眉を顰めた。振り払われた手をゆっくり下ろす。
友宏の本気で済まながっている様子が、また司を苛立たせた。
絶対になかった。こんな遊園地は無かった。
でも、急がなくては遅刻してしまう。
遊園地を睨みつけてから学校へ急ごうとして、視線を外そうとした瞬間、
「あ……?」
目の前で遊園地が消えた。
跡形もなく忽然と消え去った。今まで遊園地で楽しそうに騒いでいた人たちも、舞い上がっていた風船もアトラクションも何もかも消えた。
何もなくなった屋上が見えた。遊園地があった空間がぽっかりと空いている。遊園地に遮られて見えなかった空がやけにくっきりと見えた。
大勢の人が何もなくなった屋上で、意味もなくガヤガヤ騒いでいる。
「う、嘘だっ!」
なのに、司の他は誰も声を上げない。
一緒に遊園地を眺めていたはずの友宏でさえ、キョトンとした顔をして司を見た。




