18.テレビの中の人が消えた
だが、司はそうは思えなかった。
今まで、ちゃんと存在していた人間が死ぬというレベルではなく、初めから存在そのものを抹消されるのは、物凄く残酷な事ではないかと思ったのだった。
……テレビの中で、首相は軍備の拡大を求めている。日本に必要な事だとして、その為の更なる増税法案を通そうとしている。
司は自分の目頭が熱くなっていくのを感じた。
喉に熱い塊がこみ上げているような気がする。
「今のっ……日本の首相は……居な……かった!」
声が裏返り、涙声になりながらも、司は叫んでいた。
あっさりとテレビの中の首相が消えた。代わりに見たことのない首相にしては若い壮年の男が、落ち着いたように少子化対策について喋っている。
司の視界は溢れてくる涙で見えにくかったが、テレビの首相演説のテロップは変わらないことは確認できた。
首相が忽然と消え、入れ替わった事に対して、何の騒ぎも起こっていない。
「ごめんなさい。私のせいで司を苦しめて」
「雪ちゃんに消す力が無いのだから、仕方ないよ。さぁ、続けよう。こんな大きな力を持っているなら、追ってくる人がいるのは当然だ。利用されたらとんでもない事になる」
司は、涙を払いながら、テレビのチャンネルを回した。
テロの首謀者をさっきのように居なかった、消えろと念じながら声に出すと、テロはただの爆発事故の話題になった。
先導するものがいなくなったためか、死傷者は、さっき報道されていた名前の聞き取れなかった一人だけになったようだ。テロは悪であるとテレビで繰り返しアナウンスされていて、さっきより罪悪感は感じずに済んだ。
「それが……、そうでもないのよ。あの私を追い回している人たちの怖い所は、捕まえて、……殺そうとするの。利用しようともしないの」
「なんだって?」
耳に届いた雪の悲痛な呟き声が信じられなくて、司は慌てて雪を振り返った。
雪の顔色は悪く、沈鬱にテーブルへ目を落としていた。
「だから、朝、訳がわからないって言ったじゃない。でなきゃ、私だって、あんなに必死に逃げない。最初に捕まった時、すぐには殺そうとしなかったけど、どうやって殺すか相談してて、私、必死で逃げたの。私だって、利用されるだけかと思ってたから、誰か男の一人を誘惑でもして、逃げようなんて気楽に思ってたのに……」
司は、さっきまで明るかったのが嘘のように落ち込んでいる雪の言葉を疑う余地も無かった。だが、単純に、雪が命を狙われているなんて話は信じたくも無く、
「嘘だろ……」
と、力なく呟いた。
雪は、そんな司の様子を見て、慌てたように取り繕った笑顔を浮かべた。
「あ……ごめん。で、でも、あの男達だって、司に守ってもらっていれば、手出しできないだろうし、問題ないよね。私の被害妄想だったかもしれない。きっと、あの人たちは、私を利用しようと……」
「なんで、それを早く言わないんだ。それじゃ、警察に通報して守ってもらうとか考えないと」
命を狙われているというレベルの事件なら、金持ちであっても一般人が手に負えるレベルではない。
目の前の女の子の命が狙われているのだ。その事態の深刻さに司の頭はパニックになり、口の中はカラカラに干上がる。
二人の間に、シンとした痛い静けさが舞い降りた。




