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「各自今日のターゲット情報は確認してきているな? 相見」
「はい。レベル三・闇属性不死族『ゾンビ』です。火・光属性を弱点とした、耐久力の高い固体です」
ここら辺はさすがに二年。すらすらと淀みのない回答だ。
「その通りだ。補足として、稀に毒属性を持つ奴もいる。こればかりは相対してみないと分からないが――動きは遅い。冷静に対処すれば問題ないだろう。では、始め」
「はい!」
皆が揃って補助具を着け、台の上に横になる。
……そういや相見先輩のA・Aって何だ?
浦賀先輩が付いてたって事は、水属性か?
いやでも属性も普通に変わるから、当時の事は参考にはならないのか。葉崎がいるから今火属性は絶対にあると思うが。
雑念が入った分、俺のシフトは少し遅れた。――のだが、久坂とはほぼ同時で、相見先輩に至っては俺達より遅かった。
別にシフトの早さで有能さの全てが計れるわけじゃないが、俺達より丸一年先んじている人がと思うと、少し驚いたのは確かだ。
降り立った相見先輩のA・Aは、光沢のない黒の鱗がびっしりと生えた、どことなく人の生理的嫌悪感を刺激するものだった。
顔の表面までほぼ全て鱗で埋め尽くされ、人のそれと比べて大きくなった眼球が、人と同じ位置に二つ、額に一つ、後頭部に一つ付いている。
(メインは闇属性、だろう、これは)
ということはアニマは火と闇か、もしかすれば水も有りか――と、本人には聞ける雰囲気はないので、勝手に推察してみる。
どう見ても相見先輩のそれは第一形態ではないので、第二形態までは行った人らしい。
そこら辺もプライド高げな所以なのかな。余計な所の含めて。
第一形態は四属性で区割りされるが、第二形態からは一気に六倍、六属性四種に分類される。
第三形態からはもう区分けするのが馬鹿馬鹿しい程の差が出るのと、そもそもそこまで到達する個体が少ないのとで、それぞれ個体名がつけられるそうだ。
ちなみに、今、日本で最強だと言われているのは、第四形態の前衛で『オーディン』と呼ばれる魔導騎士だ。
まださらっとマニュアルを読んだだけなので、俺が詳しくはないだけかもしれないが、一体何だか本当に分からねェ。
「おい、ジン」
「は、はい!」
禍々しい、と言ってしまっていいそのスタイルに気圧されていた久坂は、呼ばれて慌てて背筋を伸ばして返事を返す。
久坂はふわふわと浮かぶ羽衣がオプションに付いた、幻想的なA・Aだ。
洋というよりインドとかエジプトとか、中東系の神話の臭いがする。相見先輩のA・A見た後だと物凄く心が洗われる気がする洗練された装い。
久坂は普通に持ち物とかセンス良いから、その影響だろうな。
俺と久坂は本来の体格はそう違わないんだが(若干俺のが体格いいか? ぐらい)、装甲と尻尾で嵩増しされてる分、A・Aだと俺と比べて少し余計に小柄に見える。
背中に生えた二枚羽は、天使を思わせる鳥類の物。
俺にも形だけなら鳥類のそれが付いてるが、久坂のそれは正真正銘、鳥類の羽毛だ。
ただし純白の付け根から毛先に向かって入っている漆黒のグラデーションは、無垢な天使のイメージとはちょっと違う。でもグラデの入り方とか、やっぱり格好良い。
(風・闇属性だって言ってたか、確か)
俺も闇属性あるし、というか付いたし、だから『ゾンビ』討伐なのか。
この構成で行くと俺がメインの攻撃役だな。
「さっさと索敵しろ。探査はジンの役目だ。知らねえのか」
「はい!」
俺も以前使った索敵下位魔術『索眼』の詠唱を始める。
――と、そこでようやく俺の意識に浦賀先輩が触れて来た。
良かった。相見先輩に『待って下さい』を言うのは正直嫌だった。
俺の意識に触れているのは分かるが、降りてくるのに怯えを感じる。
最終通告されているし、ためらうのは分かる。しかし来てもらわないと困る。
(大丈夫)
俺の方からも彼女の意識に触れて呼応を促す。
あやめと凉に向けている意識がおざなりになるが、彼女達は俺に合わせてくれる。問題ない。
同属性ができたからだろうか、そうして意識を向けて真正面から触れると、以前よりはっきりと彼女の感覚が分かる。
浦賀先輩は俺を拒んでいるわけじゃない。単純にA・Aを怖がっている。何があったのかは分からないが。
俺に促されゆっくりと彼女は形を成した。――今回は痛みはない。大丈夫だ。
少々違和感があるから、多分ギリギリだが。
「……椎堂君」
手を胸の前で組み、信じられない、という様子で浦賀先輩は微かな声で俺の名を呼ぶ。
吉川程ではないが、彼女のA・Fも己の力で輝いている印象を受ける。
青紫の深い色合いのドレスが、マーメイドラインの曲線を描いて優美な広がりを見せていた。
背中の翅は蝶ではなく、蜻蛉のそれだ。
全体的に儚げで美しい。つまりそういう人なんだろう。
「大丈夫ですよ」
A・Fとして呼応できている。
「貴女は俺のA・Fです」
外す事などないと、そう告げる。
「……はい」
ふわり、と笑って浦賀先輩は嬉しそうにうなずいた。
彼女が強張っていた力を抜くと、また少し感じていた重さが軽くなる。
元々が絶対に優秀な人だから、俺が彼女の不審を煽らなければ大丈夫なはずだ。何が不審に繋がるか分からないのが不安だけど。
「見つけました」
丁度その時、久坂から発見の報告が入り、全員の意識がそちらに向く。
本当に丁度良かった。
「よし、案内しろ。行くぞ、イフリート!」
「はい!」
隊列的には三角形な感じで、俺が先頭でその後ろに久坂と相見先輩がいる。
そして、久坂の指示に従って先へ進む。
アッシャーとアストラルでは、視える景色が全く違う。
アストラルの中には人工物は一切なく、生命ある物しか存在しないのだ。
アストラルが精神世界である事を考えれば、当然かもしれないが。
(しかし、という事はアレだな)
こうして同一世界に存在できるという事は、人の精神というものは個でありながら根底では皆繋がっているのかもしれない。
でなきゃ意思を反映した世界に、一緒に存在できるわけがない。
「前方五百メートル先、敵影です」
結構近かったな。
「そうか。良し、行け、イフリート」
……行けって。
「いいんですか?」
「何だ、怖いのか?」
アバウト極まりない指示に、思わず後ろを振り返って確認すると、嘲るようにそう言われた。
その顔が歪んで嬉しそうなのも、多分グロいA・Aによる気のせいだけではないと思う。
「……そりゃまあ、怖くない事ないですけど」
入ったばっかりと言っていい一年に、そんな無茶はやらせないだろうから、怖いという程怖くはないが、まったく怖くない訳はない。待ってくれも何も通じない相手だからな。
「じゃなくて、俺が勝手に行っていいんですか?」
「あぁ」
一応この場の指揮官は相見先輩のはずなんだが、見るからに投げやりでやる気がない。
余程やりたくないまま魔高に放り込まれたのか。A・Fと違ってA・Aに選択権はないからな。
(まぁ、いいか)
勝手にしていいと言うなら勝手にしよう。
相見先輩は期待できないが、久坂はフォローしてくれるだろうし。
「凉」
「あぁ。――行くぞ」
火に弱いのが分かっているのだから、当然使うのは凉の火のアニマ。
『獄炎の君 力爆ぜる源よ 一振りの刃を我が腕に与えたまえ!』
さすがに凉は失敗するような事はない。凉と俺ならむしろミスの恐れがあるのは俺の方だ。
いくらなんでも、下位下級の魔術で失敗しねーけど。
炎を纏った長剣を一振りして、地を蹴り走り出しながら後ろの久坂に叫ぶ。
「久坂、ナビ頼む!」
「今直線五百メートルだ。気付いて向き変えてる――けど、遅っそ!!」
あ。俺にももう視えた。
動き遅いって聞いてたが、うん、本当に遅い。思わず久坂が声をあげちゃうぐらい遅い。
目視で確認するに、遅い理由は人体を模した膝から下が上手く構成されていないせいだと見た。
まるで溶けかけ、腐りかけに見えるが黒月の雫的には逆で、生成途中なんだろう。
レベル三にもなりたてかもしれないな。
こっちには気が付いているが、動けない様でぐらりと上半身を傾げ――
「蒼司!」
あやめの警告の声にはっとして、この後の評価で間違いなく『過剰だ』と言われる距離を飛び退いてしまった。