2-3
一週間、魔導騎士としての実戦授業は大事を取って休んでいたため、実践室に入るのは久しぶりだった。
そして一週間休んだせいでいきなりな感があるが、今日は初の合同訓練だ。
数の暴力が有効なのは、黒月の雫が相手でも同じ事。
とはいえA・A複数で戦うという事は、A・F含めて人数が凄く大掛かりになるので、上手く連携できないと余計に危なかったりする。
しかも連携する相手は、大体固定じゃない。
学生のうちから学べる限りの事を学んでおく事が、とにかく必要となるのだ。自分が生き残るために。
とは言っても今回は先輩A・Aに引率してもらっての演習のようなものなので、然程緊張感はない。指示に従ってればいいだけだからな。
二年になって、自分がリードする時の事を考えると憂鬱になるが。
今回の相手は二年の相見先輩と、同じクラスの久坂である。何より、久坂も一緒で良かった。
「よ」
そしてどうやらそれは久坂も同じらしい。
俺が実践室に入ると、先に来ていた久坂が手を上げてそう声をかけてきた。顔が少し強張ってる。
元々クラスに三人しか男はいないので、必然的に俺と久坂はそれなりに仲が良い。相性もいいんだろう。
ってかクラス分けの時に、相性悪いのはあらかじめ入れないんだと思われる。もう一人のA・Aもジンだし。
……この選択も多分、俺のイフリートに合わせてだ。
「先輩達はまだか」
「あぁ」
「そうか」
時間通りではあるんだから、別に先輩より早くこなきゃいけないとか、そこまで神経質に考えているわけじゃないが、やはりほっとしてしまうのは、思っていないつもりで思っているからか。
俺と久坂の挨拶に一区切りついたのを見計らって、側に控えていた久坂のA・F先輩二人が微笑して頭を軽く下げて。
「初めまして。今日はよろしくね」
「あ、はい。こちらこそ」
俺も頭を下げ返してから、あやめ達の方へと歩み寄る。
こちらは多分、俺が来る前に久坂と挨拶は済ませているのだと思われる。
「彼はジンね」
「あぁ。……そうか、あやめのメインアニマは風だもんな」
俺のイフリートにも風適性はあるし、だからこそあやめは初期から俺のA・Fだったわけだが。
「やっぱりジンの方がやりがいある、か?」
少し気になって、意地の悪い質問をしてみる。
「そんな事ないわ。前衛A・AのA・Fというだけで、どれだけやりがいあると思う? 私は貴方のA・Fで嬉しいわ。勿論、貴方自身の事を含めてね」
まったく動揺の一つも見せずに、フォローを入れる様にそう言って、あやめは穏やかに、艶っぽく笑う。
A・Aだけの事なら、それは俺自身以外の何物でもない訳だから、認めてくれるなら素直に受け取れるんだが。別の意味さえなければ。
多分あやめには『別の意味』の意図もあるんだと思うが、そこの部分は気が付かない振りで、無視をする。
「こういう言い方はどうかとも思うがお前は『貴重』だ。今日合同戦線を張る二年の相見よりも、お前の方が優先順位が高い。それが『前衛』というポジションなのさ」
「……」
相見、という名前を凉が出した時に、ぴくりと浦賀先輩が震えた……様な気がしたが、気のせいだったろうか。目を向けた時はもう視線を本に落として固めていて、俺の所からは窺い知れない。
「……しかしまぁ、そういう訳だから、少し覚悟はしておいて方が良いかもしれない」
「覚悟?」
一体何の覚悟なのか――というのは、凉に聞かなくてもすぐに分かる事になった。
パシュ、と空気の抜ける音と共に実践室に入って来たのは、両脇にA・Fの女生徒二人を連れた……というか侍らせた二年の先輩だった。
がっしり肩を組んで、逃がさないように自分に寄り添わせるその様は、まぁ……普通ではあるんだが、やっぱり見目の良いものじゃない。
特にうち一人が、明らかに望んでいない表情をしていたら。
ってか。
「葉崎……」
「あ、し、椎堂君」
相見先輩のA・Fの一人は、葉崎だった。
俺に名前を呼ばれて顔を上げて、葉崎は困った表情で無理矢理笑う。
見ていて痛々しい。そこまで我慢しなければ、本当にいけないのか。
だとすれば歪んでいると、俺はやっぱりそう思う。
いきなりの関係悪化は避けたかったので、不快感は表に出さないようにしたつもりだが、それも必要なかったかもしれない。
「ふぅん。お前が前衛のイフリートか」
「はい」
即座に俺は答えたが、心の中で正直言って――嫌だな、と思った。
向こうが隠そうともせずにこちらを敵視しているのだ。良い印象になろうはずがない。
「調子に乗るなよ。お前はまだ知らないだけだ」
「……は?」
何も知らないのは一年の長があるんだから、先輩より知らないのはそうだろうし、特に調子に乗っているつもりもないが、こういう言い方をされるって事はつまり。
「下らない嫉妬は止める事だな、相見」
俺が思ったそのままを、先輩に向けて言い放ったのは凉だった。
正直に言う、びっくりした。
凉は確かに気は強いが、俺の個人的な見解はともかく、A・Fとしての立場を考えたら、A・Aに物を言うのをためらうのが一般的だし、事実凉は真面目すぎて正にそのタイプだと思う。
単純に気に食わなかったのもそうだろうが、きっとこれは俺を庇ってくれたのだ。
そう思うと、ありがたいと思うし、悪い事をした気分にもなる。
「天満、お前……誰に向かって口聞いてんだ? A・FがA・Aに逆らっていいと思ってんのか?」
別にいいだろうと思うし、俺は三人にそう言ってるが、そう思わないA・Aが多いのも事実だ。相見先輩のこの態度も、やはり一般的な範疇に入る。
だからこそ、そんな事も口にしないと通じないし、言っても中々、信じてもらえない。
「生憎お前と私の精神性は合意点が少なすぎる。組むなんて事は一生あり得ないだろうさ。パートナーにならないA・Aとの関係などどうでもいい。まして人間的に気に食わないなら尚更だ」
「……ふん」
はっきり不快そうに眉を寄せ、相見先輩は俺とも久坂とも離れた壁際に、自分のA・Fの女子二人と移動した。
とても会話ができる空気じゃない。
久坂の方を見ると、多分俺と同じ感想を持ったのだろう、肩を竦めて首を左右に振った。
いきなりあの態度は、なぁ。連携できる気も尊敬できる気も全くしねー。
俺が心配する事じゃないが、将来魔導騎士としてやっていけるんだろうか。
……もし正式に魔導騎士になった後で会って、まだあの態度だったら……嫌だな。でも、なくはない事だ。
「気にしなくて良いぞ、蒼司」
「いや、気にしてはねーけど」
学年違うし、今の所ほとんど関わらない人だからな。今日やりずらそうだなとは思うけど。
「彼も一年の時は前衛だったのよ。三学期の終わりから後衛になったけれど」
「ああ、やっぱりか」
あやめと凉は先輩と同学年だ。知っていておかしくない情報を教えてくれた。
――元前衛、か。確かに攻撃的ではあるよな。
そしで後衛に変化して、『何も知らないだけ』で『調子に乗るな』なわけか。
(そんなに執着あんのか? 前衛に)
俺は別にどっちでもいいと思ってるが。
「……もしかして浦賀先輩がA・Fだった事あるのか?」
「……あぁ、そうだったわね、確か」
少し考えてからうなずいたあやめにやっぱりか、と思う。相見先輩見て動揺してたもんな。
やっぱり気のせいじゃなかったか。
外された相手なら、そりゃ気まずいだろう。
吉川ももう少し考えても……。いや、考えた結果で、これなのかな。
(しかし、葉崎がA・Fか)
今一年が実戦に使われるって事は、本当に期待されてるんだな。
回されてる人が若干運ない気はするが二年だし、大丈夫だろう。
そんな事を考えているうちに再び扉の開閉音。今日はチャイムとほぼ同時の、吉川含め数人の担当教官の登場だ。
「全員揃ってるな」
「はい!」
入ってきた教官達に全員起立。さすがに相見先輩も大人しい。
この実践室、何しろ密閉されてるから外からの足音が聞こえない。ゆえにいつ来られるかの油断ができない、心臓に優しくない作りである。
「椎堂、久坂。一年のお前達にとっては、初のレベル三に分類される黒月の雫の討伐だ。一学期の目標は、単独でレベル五までを狩れるようになる事だから、まだまだ初歩だ。しかし油断はするな。以上!」
「はい!」