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2-2

 三年のクラスが立ち並ぶ二階は、一年の俺には物凄いアウェー感がビシビシ突き刺さってきて、居心地が悪い。


 しかし確実に浦賀先輩を捕まえるには、ここまで出向いた方がいいだろう。

 三年E組。ここだ。


(――と……っ)


 教室の中を覗き込み、ざっと見まわすと、いた。

 俺の知ってる彼女のデフォルトである、本に視線を固定した姿は、どうやら教室内でもデフォルトらしい。


 あやめの微妙な言い方からして、A・Aから外されてることで、クラス内でも何か言われて孤立しているのかもしれない。


「浦……」

「どうしたの? 君一年だよね」


 俺が声を発しようとしたのとほぼ同時に、近くにいた先輩から声を掛けられた。

 純粋に親切心だろうから、好意を跳ね付けるのは気が引けて、必要はなかったが用件を伝えて呼んでもらう事にする。


「はい。っと、すみません、浦賀先輩を呼んでもらっていいですか?」

「浦賀さん……? あ、君、椎堂君?」

「あ、はい」


 確かに男は少ないんだが、それでも一クラスに最低三人はいる。

 一学年六クラスで、ざっと全校で五十四人ぐらいいる事になる。


 途中で退学する奴も珍しくないので、実数はもう少し少ないが、それでもそう変わるわけじゃない。

 二クラス弱の人間を、まさか全員把握してんのか?


「浦賀さん、もうA・Fから外されたんでしょ? 次のA・F探してるって先生言ってたもの」

「いや、まだ……」

「ね、私どう? 水・風属性だけど。成績はまあ……ちょっと次点なんだけど。でも椎堂君が推してくれれば、多分許してもらえると思うのよね」


 ……あぁ、そういう事か。

 A・Fとして活動できるチャンスは逃したくないって事だ。熱心だな。

 と言っても多分、魔高に入ってる女生徒達は大概そうなんだろうが。


「すみません。まだA・F浦賀さんから変わった訳じゃないんです」

「……そう……?」


 教師が探していたというから、俺の言葉はおかしく感じたかもしれないが、事実だ。

 何より俺が、確定するまで決めつけたくない。


「……そう。でも考えといてね。私安曇(あずみ)香奈(かな)。――ちょっと待ってて」


 自己紹介をきっちりしてから、安曇先輩は浦賀先輩を呼びに行ってくれた。

 顔を上げた浦賀さんは俺を認めて驚いた顔をして、しかしすぐに席を立ってきてくれた。


「……どうしたの?」

「少し話したくて。今いいですか」

「……ええ。私は別に」


 微かにうなずいて見せて、並んで一緒に歩き出す。どこに行こうというわけじゃない。その場で立って話すのが、視線が痛かっただけだ。

 黙って俺に付いてきてくれたのは、浦賀先輩も同じ意見だったか、それともやはり、A・Fだからか。


「大丈夫だったの?」


 何かあればその時点で彼女は退学を強要される。浦賀先輩にとって、今一番の心配事だろう。

 先日よりも、さらに表情が曇っている気がする。


「はい、何も。むしろ属性のプラスが増えましたよ」

「そう、なの?」


 予想外だったらしい。伏されがちの瞳を見開いて俺を見る浦賀先輩は、普通に可愛い。

 喋らないし無表情だから、損してる人だな。


「水属性と闇属性が」

「!」


 俺の言葉にはっとして、浦賀先輩は純粋な驚きから、はっきりとした驚愕へと表情を変える。


「二年生の時は大丈夫だったんですよね? 何があったんですか」


 彼女が拒む理由を知り、俺がそれを改善できなければ、次の失敗も目に見えている。


 ……正直に言うと、吉川の言う通りA・Fの代わりはいくらでもいる。さっきの安曇先輩のように、一年の俺にでも構わないと言う人が大多数だ。

 合わないと切り捨てても、俺には何の問題もない。優先されるべきは数の少ないA・Aで、A・Fの絶対数には余裕があるからだ。

 しかし――


「辞めたくないんですよね?」

「……ええ」


 再び目を伏せるいつもの表情に戻った後で、その儚げで細い睫毛を震わせ、浦賀先輩はうなずく。


「ええ。辞めたく、ないわ……」

「俺とは無理ですか」


 無理判定される程にはお互い何も知らないと思うのだが、第一印象で無理だと思われているなら仕方ない。さすがに少しショックだが。

 しかし幸いにして、浦賀先輩は彼女にしては強い勢いで首を横に振ってから。


「ごめんなさい、そうじゃないの。私の覚悟がなかっただけなのよ」

「浦、」

「ごめんなさい。次は……ちゃんとやるわ」


 言ってそれ以上の追及を拒んでもう一度首を左右に振り、逃げる様に――ってか、実際俺から逃げてだろう、足早に浦賀先輩は離れて行った。


(……仕方ないな)


 あの様子では追いかけて、行った所で無理だ。

 何とか俺の方で最低ラインまででも受け入れられればいいんだが。


 息をついて、すぐの改善策は諦めて時間を確認する。浦賀先輩の後であやめと凉にも会いに行こうと思っていたのだが、時間はちょっと微妙である。


(後でいいか)


 そう結論づけ、自分のクラスに戻ると、逆にあやめと凉がきていて俺を待っていた。


蒼司(そうじ)

「テスト、今日だろう? どうだった」


 浦賀先輩ほど切羽詰まっている感はないが、俺の状態の話は俺が思っているよりも二人にとって重要な事だったらしい。


 そりゃ、そうか。せっかく自分がA・Fに選ばれたA・Aだもんな。


「問題なかった。悪い、行こうとは思ってたんだが」


 先輩二人に足を運ばせてしまった事に、若干焦りを感じる。後でいいかってのは、ちょっと軽視し過ぎてたか。


「いいのよ。確認したかっただけだから」


 柔らかく微笑して、俺の答えにほっとしたようにあやめは言う。凉も同じ表情だ。


「次から多分、普通に訓練再開だと思う」

「そう、良かったわ」

「浦賀先輩の代わりは決まったのか? できれば本番前に会っておきたいんだが」


 下位魔術では存在しないが、中位以上の魔術からは複数のA・Fと共に詠唱する魔術が増えてくる。その時は勿論A・F同士の同調率も関わってくる。気になるのは当然だろう。

 前回の同調は大失敗だったから、凉がもう浦賀先輩が外されたと思っていてもおかしくはないのだが。


「まだ浦賀先輩から変わってない」

「え?」

「何?」


 心の底から予想外という表情で、あやめと凉は間の抜けた声を上げた。

 ……やっぱり、彼女達の常識の中では、そうなんだな。


「俺のA・Aに影響はなかったし、それなら元々『次』が駄目だったら、って話だったろ」

「いや、確かにそうだったが、しかし……」

「平気なの? 蒼司」


 二人が共に心配そうにそう言った。

 俺自身への心配と、せっかく自分達がA・Fとして活動できるチャンスを失いたくないのと、両方だろう。


「……正直言うと分からないんだけどな」


 初めの時だって、アストラルの中にいる時は耐えられると思ったのだ。

 しかし戻ってみれば体は動かず、結構な大事で一晩治療室で過ごす羽目になった。


 しかし言い換えれば、それで済んだのだ。

 もしここで俺が一言Noと言ってしまうと、その瞬間に彼女のA・Fとしての人生は終わる。


 こんな物騒な事、しなくて済むならそれでいいと思うんだが、浦賀先輩は辞めたくないと言っていたから。

 必要な理由もあると、吉川も言ってた。

 ――必死だったし、見間違いじゃなければ多分、泣いてた。


 それ程までに必死になる理由なんか俺には想像つかないが、その必死の思いを潰してしまうのに罪悪感を感じる。

 俺はあと一度、彼女をA・Fに繋ぎ留める機会を与えられるのだ。


「だったら止めるべきだわ」

「私もそう思う。万一のリスクも避けるべきだ。黒月の雫との戦闘でというならともかく。A・Fでのリスクなどあまりに馬鹿馬鹿しい」


 あやめと凉の意見は、A・Fらしく吉川と同じらしい。

 浦賀さんも、同じA・Fなのにな……。


「……人を切り捨てるかどうか、間際の選択が馬鹿馬鹿しいか?」

「!」


 吉川の言い様にしてもそうだが、A・Fの軽視のされようには違和感を感じる。同じA・F同士からも、こんなセリフが当然のように吐かれるのだ。

 使える者、使えない者という判断があまりに機械的で、情がない。


 優遇されているから今の俺はあまり感じないが、それはA・Aに対しても同じ事。

 前衛である俺は、後衛のA・Aよりも優遇される立場にいる。入学から少し経って、今は教師達から露骨にそれを感じ取れるようになった。

 教師のほとんどもA・Fだから、余計そうなのかもしれない。


 しかし――しかしだ、それはやはり、違わないか?

 彼女が別段気にしてないってなら、俺もわざわざ危険そうな事を試そうなんて思わない。けれど泣いてしまう程に必死なのなら。


「二年の時、彼女に何があったのかとかって知ってるか」

「いいえ、知らないわ」

「しかし何があったとしても、覚悟がなかったと言わざるを得ないだろう。それだけの話だ。本来ならお前が気にするような事じゃない」

「……」


 そう、なのだろうか。

 確かに彼女達は志願してなっているわけだから、厳しい言い方をすればそうなのかもしれないが……。


「けど貴方が言うならあと一度、何も言わずに従うわ。けれど次で終わりにしましょう?」

「あぁ」


 どちらにしろ次上手く行かなければ、間違いなく吉川が許さないだろう。

 さすがに教師の決定事項に、一年の俺が意志を挟む余地なんかないから、な。

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