第二章 A・Aの役割
吉川の言っていた通り、治療に時間はかからなかった。
カウンセラーとの問答と、それで障害がなければ基本的には寝てるだけ。
……寝てる間に何かをされていたのかどうかは知らない。知らない方が良い、気もする。基本的に医療は見ると怖い。俺だけか?
だから俺にとっては、治療本体よりその後のメンタルチェックが長かった。そのチェックも含めて治療なんだろうけど。
そして結論から言えば、俺のA・Aには変化が少しあっただけで、おおむね変異点はなし。それもマイナスの変異でもなく。
「水と闇属性がC+になった。なかなか、タフだなお前は」
俺の『イフリート』のデータを持ってきた吉川から、くつくつと笑って楽しそうにそう言われる。
浦賀先輩をA・Fとして宛がったのも、その属性を発現させるのを期待して――みたいな事をあやめが言ってたが、吉川の表情を見るに、それで当たりっぽいな。
「反属性が付くとなると、本格的に将来が楽しみだ。能力値的にも、近い内に一段階進化するかもしれんな」
「何かスゲー器用貧乏になりそうな気がすんですが。その傾向」
ゲームでパラメータを自分で割り振るタイプのものだと、俺は平均に上げがちだ。
いや、分かってるんだけどな? 大体、一芸に秀でた方に育てた方が強くなるのは。でも何か駄目なんだよ。
……まあ、だから、現実の俺もそんな感じになるんじゃねーかな、とか……。
「何、ものは言いようだ。全ての能力が満遍なく高ければ、完璧なA・Aと言えるだろう」
「どうでしょう……」
その境地に果たして到達できるのかどうなのか。
いや、本気で国のため世界のために戦おうとか思っているわけじゃないから、別にそこまで優秀じゃなくてもいいし、むしろそれは危険度も増す気がする。
強くなれば、当然それなりの相手と戦らされる、よな。嫌だと思ってしまう俺は、多分進化には程遠いだろう。
「時に椎堂」
「はい」
「お前は時和と天満、どっちが好みだ。それとも葉崎の様な初心な方が好きか」
「好……っ!?」
いきなり何を言ってくるのか。これが教師が生徒に向ける質問か、と思ったが、吉川の目は真剣だった。
「浦賀の後釜の話だ。データ的には時和の方が同調率は高かったが、気安いのは天満だろう? となると最終的には天満の方がやりやすいのかも知れん」
今回同調率が高かったのは多分、あやめの方が付き合いが長いからだろう。
言われてみれば凉の方が俺的には付き合いやすいタイプだ。こう……含む所がなくて、意志表現をはっきりしてくれるタイプ。
――いや、そうじゃなくて!
「後釜って、浦賀先輩は辞めたんですか?」
「まだだ。だがすぐにそうなるだろう」
もう決まっているような吉川の言い様。
事実そうなんだろうと思うが、それに対して抵抗を感じる。
「辞めたくないと言ってましたが」
「そりゃあ辞めたくはないだろうさ。男にしろ女にしろ、魔導騎士は最高の名誉職だし、正式な軍人となれば給料も半端じゃない。あぁ、この間のゴブリン五匹の討伐分、振り込まれてるぞ」
訓練とはいえ実戦には違いなく、また黒月の雫討伐は国務のため、学生の俺でも報奨金が出るのだ。やる気のキープ、というのもあるんだろう。
「あいつにはそのいずれもが必要なものだ。学年も変わって持ち直すかと思ったが、残念だ」
「――……」
知ってて浦賀先輩を使った、という時点で、吉川が先輩を買っていたのは確かなんだろう。落胆も本物だ。
それでも、これ以上のチャンスは与えられないのだ。
「『次』まで往生際悪く縋りつくだろうが、何も変わらん。だからもう決めておくのさ」
そうだろうな、とは思う。
浦賀先輩の拒否り方は尋常じゃなかった。一日二日では変わらないだろう。
「さて、データ上は心身ともに問題なし。後は本当にちゃんと同調できるかの最終チェックだけだ。本来なら学生を使うところだが、お前は私の魔力を受け入れらる許容値を持っていたからな。私がやろう」
「分かりました」
あれは受け入れられると判断して良かったのか。
俺の感覚だと、吉川だけでかなりギリギリな感があったんだが――吉川が言うなら、大丈夫なんだろう。
多分必要はないんだろうが、一応補助具を付け、アストラルへと移行する。吉川も何も言わなかった。
アストラルへと降り立つと、続いてすぐに降りてくる吉川の気配。さすがに早い。
「うん、大丈夫のようだな。A・Fを受け入れるのに抵抗もないようだ」
「はい」
ほとんど毎日やってるようなものだし、そろそろ慣れたさ。
受け入れるっつっても何もかもバレバレになるわけでもなし。
「大したものだ」
「……はい?」
唐突に褒められても、何の事に対してかが分からず、間の抜けた声が出てしまった。
まずかったかと思ったが、吉川は気にする風もなく先を続ける。
「私はお前がA・A自体、弱体化させると思っていた。少なくともしばらくA・Fは受け入れられないだろうと。しかしお前は自分を傷付けた女のアニマを理解しようとしただけで、お前からは一切拒絶せずに受け入れた……」
「……おかしいですか」
「いいや。お前は強くなるだろうという話だ。ただ、だからこそ心配でもある」
「っ」
吉川が優秀なせいだろうか、それとも互いしか繋がっていない状態のせいだろうか。
普段はぼんやりとした感覚でしか分からないその心が、内から俺の全てに沁み込んでくる。
「私はお前が少し心配だ。無理はするなよ」
――少し、ではないようなんだが。
いや、でも本人が少しだというんだから、これは吉川にとっての少しなんだろう。単純に教師として教官として、教え子であり部下である俺を、ただ普通に心配した。
分かっていても、ダイレクトに伝わるその感情はかなり気恥かしい物がある。
「――……はい」
「……では、戻る。お前もすぐに戻ってこい」
俺が感じてしまった事が、どうやら吉川にも伝わったらしい。
同調してる以上当然と言えるし、まして吉川は指導者だ。
俺より遥かに優秀で、意志を感じ取るのも敏感なんだろう。
俺と吉川の立場で意識するとか、気まずい事この上ない。
やや微妙な空気を振り払うように、咳払いをしてからそう言うと、一瞬後に気配が消えた。
吉川が離脱した途端一気に軽くなって、やはり今の俺に彼女程のA・Fを使いこなす器はないのだと痛感させられる。
教師だから当たり前なんだが……微妙に……いや当り前だから気にする所じゃない、うん。
あまりダラダラしていると、離脱にかかる時間について注意を受けそうなので、吉川を追って俺もすぐにアッシャーへと戻り、補助具を外す。
「時和と天満も心配していた。お前の口から問題ないと報告してやれ」
戻った時には、もういつも通り教官然とした教官だった。勿論その方が俺もありがたい。
「はい」
あやめと凉も勿論だが、浦賀先輩にこそ会っておいた方がいいんだろうな。