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1-4

「俺もあやめの事は、もっとちゃんと知りたいと思う」

「蒼司、なら……」

「『ちゃんと』だ。素のあやめを、だ」


 自分に合わせてもらったせいで病まれたら、後味悪すぎるだろう。


「これも私の素よ。蒼司の事を知って、もっと深く繋がりたい。そう思っている私は間違いなく本当」

「言訳だ。知り合うだけならんな手段いらねェ。あやめが感じてるんだろうプレッシャーも少しは想像できるつもりだが、安易な手段はとりたくねェ。パートナー、なんだから」


 あやめ本来の意志のままで、本当の意志で同調できたらいい。

 いや、そうでなければ駄目だ。無理矢理合わせたパートナーなんて、パートナーなんて呼びたくない。


「パートナーを歪める様なやり方、したくない」

「……っ……」


 そう言うと、あやめは少し驚いて目を見開き、それからほんのりと頬を染めた。


「――貴方のA・Aがなぜ前衛なのか、分かった気がするわ」

「そんな攻撃的な性格してるつもり、ねえんだけどな」

「そうね、私もそう思う。でももしそうなら――貴方はとても魅力的よ」

「だから、そういうのは……」


 よせ、と自然顔を歪めてしまった俺に、あやめは微笑んだまま言葉を被せてきた。


「本心でも言ってはいけない?」

「……そ、んな事は」


 ない。

 ないけど、無いだろ。こんな美人が。いくら相対的に男が少ないったって、選べるぐらいはいるんだから。


 ――例えそんなことがあったとしても、それはA・Aとしての俺に対して。


 A・Fとして価値を置いてくれるのは、まあ、嬉しいが、男女であるということとは別だ。

 ……別なんだと、もう思い知らされている。


「私、頑張らなくても貴方のこと、好きみたいだわ」


 それが恋愛感情も含めてなのかパートナーとしてなのか、全く読み取れなかったがあやめの笑みは晴れやかで、綺麗だったから。


「そう思ってくれるなら嬉しいが」


 A・Aとして、A・Fとしてなら、俺も素直に受け取るべきだ。


「本気よ。今まで見てきた誰よりも、貴方が好きよ、蒼司」

「っ……」


 A・Aとして、A・Fとして、だ。


 それ以外の好意としてなんて、絶対に受け取らない。

 あやめがそのつもりだったとしても、俺は、御免だ。


 俺の拒む気配を感じ取ったか、あやめは色香を纏った女の顔から、ふんわりとした先輩の顔に戻って、くるりと身を翻した。動きに合わせて、ふわりとスカートが広がって翻るのが、また優美で絵になる。


「さ、義務の話はおしまい。学生らしく、遊びましょ?」





 実戦訓練は週に二回。

 学生一年目の俺も即行実戦をやっているのは、早いうちから慣れるためと、慢性的に騎士の数が足りていない、実務上の理由のせいだ。


 何しろ魔導騎士育成と銘打っている学校に、教えを説く魔導騎士すらいないんだからな。

 黒月の雫は溜まった体積分強くなるから、大きいものは本物の軍人に任せ、まだ小さいものを学生が露払いする構図ができ上がっている。


 それぐらい人手不足の現場ではあるが、パートナーが決定して、昨日今日で実戦に駆り出されるわけではない。

 今日はただの顔合わせだ。同調調整もしないといけないので。これは安全のためなので、絶対に外されない。


 状況によっての変更はあるとはいえ、一応正式なパートナーとして長く付き合うだろう相手である。さすがに緊張もする。


 もっとも、俺以上に相手の方が緊張しているだろうが。

 実践室B―5の前に立ち、自動扉が開いて中に入ると、そこにはもう三人とも揃っていた。


「蒼司」


 立ち上がって真っ先に手招きしてくれたのはあやめだった。

 唯一顔見知りである彼女が先にきていてくれた事に、やはりほっとしてしまう。

 ……いや、そうだから来てくれてたんだろうけどな。


「紹介するわね。こちらが浦賀愛希先輩」

「浦賀愛希。三年E組。アニマは水・闇・剣。……よろしく」


 露骨に一線引いた、何か気掛かりでもあるのか、どう見ても沈んだ様子で浦賀先輩はそう言って俺に深く一礼すると、怯える様にすぐに持っていた本に目を戻してしまった。


 ……避けられてるだろう、これは。


 艶やかな黒髪ロングで顔も美人系なんだが、雰囲気が拒絶していて近寄りがたい。A・Fとしてどうなんだろうか。


 あやめのように積極的になれとは言わないが、ある程度の社交性は必要だと思うぞ、A・F適性の中に。リンクできんのか、この人と。

 幸先に不安を感じた俺の前に、今度はもう一人が立ち上がって、華やかに笑って手を差し出してきた。


「はじめまして、天満凉だ。二年B組所属。今回は前衛のA・Fに選ばれて光栄に思っている。全力で貴方を補佐しよう。よろしく、蒼司。凉でいいよ」

「よろしく」


 こちらはまたずいぶん覇気のある人だ。

 バッサリとしたショートヘアと勝気な顔立ちで、背も高くスラっとした純モデル体型。


 ……女子に人気ありそうな感じだな、この人。

 しかしどうだろう。俺も自己紹介した方がいいのか。言うべき情報は皆知ってるみたいなんだが、そういう問題でもない、よな。


「――あ」


 タイミングを逃すと、なかなかにやりずらい物がある。

 意を決して口を開いた俺の言葉を遮って、再び扉の開閉音が背後からした。俺も含めて全員がそちらを一斉に振り向く。


「うん、よし。全員揃っているな。感心感心」


 入って来た吉川がうなずき、皆が一斉に居住まいを正す。


「少し早いがいいだろう、早速始める。皆所定の位置に付け」

「はい」


 自己紹介しそびれたが、今更そんな感じじゃない。

 吉川も触れないって事は、勝手にしとけって事なんだろうな。覚えておこう。次機会があった時のために。


 補助具のリングを着け、ベットに似た台の上に横になる。

 アストラルにいる間こっちの肉体は空になるので、立ったり座ったりしていると危ない。基本的には寝る姿勢が一番だ。


 目を閉じ、意識をアストラルへと切り替える。

 アストラルの風景を思い浮かべ、そこに立つ自分をイメージする。空の黒月まで『視え』ればもう――


「……ふっ……」


 目を開けば、そこはもうアストラルだ。

 本当はもっと一瞬で意識を切り替えられるようにならないと危ないんだが、慣れも必要なんだし今はいいだろう。吉川が何も言わないところを見るに、まだ許される範囲っぽいし。


 俺がこちらで覚醒すると同時に、俺の意識を辿ってまずあやめの意識が触れてくる。

 同調とは言っても完全に意識が繋がるわけではなくて、自分の意識の内側に少しだけ他人を入れる、そんな感じだ。

 ややあって姿を具現化して、あやめは俺の右隣に降り立った。続いて凉。そして――


「っ!!」


 次に自分の中に入ってきた意識に、痛みに近い不快感を覚える。


「蒼司? どうしたの?」

「いや、何でも……」


 とっさにあやめにはそう答えたが、自覚できる程度には何でもなくはなかった。

 これは俺の許容値オーバーという事なのか。


 しかし最初の痛みが消えると、今はそれ程でもない。鈍い鈍痛は続いているが。

 最後に姿を具現化させた浦賀先輩を見て、俺は自分の思い違いに気がついた。


 俺が、じゃない。彼女がだ。彼女が俺を拒んでいるから、異物を受け入れたような痛みが消えないのだ。

 それでもまあ、行けなくはない――と思っていると、もう一つ、圧倒的な存在感と力を持って意識が滑り込んできた。


「うっ!!」


 冗談でなく、今度のは重い。多分、この一人だけで俺が受け入れられる魔力量ギリギリだ。少し超えてすらいるかもしれない。


「全員今すぐ離脱しろ!」


 具現化したそれは一声そう叫ぶと、一瞬で離脱し、消えた。

 純白のドレスと鳥類の六枚羽の、自らが発光しているかのように強大な魔力に満ち満ちているA・Fだった。一瞬だったが分かった。吉川だ。


 とにかく、教官自らが降りてきて警告するぐらいだから、急いで還った方がいいだろう。

 まずはA・Fから。そして最後に俺が離脱してアッシャーで目を開く、と。


「どういうつもりだ、浦賀」

「……私は、何も……」


 切羽詰まった感じだったから、緊急事態かと思ったがどうやらそうではないらしい。

 注意を受けているのが浦賀先輩って事は――


「同調率が五〇%を割っていたぞ。それでも三年か! 何を学んできた!!」

「……」


 やっぱりか。本当に低かったんだな。

 同調率は高ければ高いだけ良いものだが、その最低ラインは五〇%だと言われている。

 今の感覚だと多分、痛いと感じたらアウト領域だ。


「内訳を見ても四〇%弱、椎堂の方でお前を受け入れている! 前衛A・Aを潰すつもりか! 恥を知れ!!」


 昨日葉崎に対して怒ったのとはレベルの違う、本気の叱責だ。項垂れたまま拳を握り、浦賀先輩は沈黙している。


「やる気がないなら辞めろ。お前の代わりはいくらでもいる」

「――辞めません!」


 今までほとんど言葉を発さず、叱責をただ耐える様に聞いていた浦賀先輩が、俺が聞いた彼女の言葉の中で、一番の大声でそう叫ぶ。少しびっくりした。


「どちらにしろ、次改善できていなければお前はA・Fとして使い物にならないと判断せざるを得ない。辞めるか、退学になるか決めておけ」

「……っ……」


 そう宣告すると、吉川は俺の方を振り向いた。


「椎堂、大丈夫か」

「あ――、はい……」


 うなずきながら起き上がろうとして、違和感に気が付く。

 上手く体が動かない。


(何だ、これ……!?)


 自分の意志で自分の身体が動かない。それは初めて経験することで、結構な衝撃を俺に与えた。、ドクドクと焦りに心音が早くなる。


「中から精神を傷付けられたせいだ。心配するな、治療はすぐ済む。――すまなかった」

「?」


 なぜ吉川に謝られるのかが分からずに、彼女の顔を見上げると、表情は無表情のまま淡々と答えが返ってきた。


「浦賀は二年の終わりまでは本当の意味で優秀だったんだ。私も期待していた。戻ってこれるとも思っていた。しかしどうやら見込み違いだったようだ」

「っ……」


 吉川の後ろになっていて俺からはその表情は見えなかったが、浦賀先輩が息を詰めた気配は伝わってきた。


「今日は終了。解散しろ。ここに救護班を呼ぶからお前は寝ていろ。以上」

「はい!」


 あやめと凉は揃って返事を返し、浦賀先輩は――


「浦賀」

「は……、はい」

「椎堂のA・Aに悪影響が出ていたら、覚悟しろ」

「……はい」


 『次』すらも許されない最終通告を、言い渡された。

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