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1-3

「椎堂君」

「あ」


 てっきりもう寮に帰っていると思っていたのに、時和先輩は廊下一つ分先で俺を待っていたらしく、角を曲がった所で声をかけられた。


「時和先輩、何か」

「今日、何も言われなかったから私は正式にパートナーに決定よ。辞令はまだだけど、きっと今日中にはくるわね。だから、あやめでいいわ。私も蒼司(そうじ)って呼ぶから。いい?」


 ふふ、と一つ上の先輩だという事を差し引いても、ちょっと色気を感じる笑い方で時……あやめは笑ってそう言った。


 柔らかそうな亜麻色の髪と、女性にしてはやや高めの身長。女性らしい丸みの強弱が絶妙の、グラビア系のモデルやれそうな美人顔とスタイルだ。

 彼女の意図は分かるので俺も形から入ることにして、下の名前で呼ばせてもらう事にする。


 シンクロ率と親しさは決して無関係ではない。阿吽の呼吸を手に入れるには、時間の共有が一番だし、相手のことを知る必要がある。


 男女比一対九。そしてA・A一人に対してA・Fは二人から四人が普通だ。この学校に入るだけでも難関なのに、女生徒の場合は半分以上が学ぶだけで終わるのだ。


 A・Fとして選ばれるという事は、エリートだ。名誉である。

 そしてA・Fから外されるということは、いっそA・Fに選ばれない事よりも、彼女達にとって恥ずべき事態であるらしい。

 個人の合う合わないもあるし、やってみなきゃ分からない事だってあるだろうから、人付き合いは仕方ない部分もあると思うんだが、彼女たちにとってはそうじゃないんだ。


「分かりました」

「敬語もいいわ。リーダーは貴方なんだし」

「……いいんですか? 俺、素は結構口悪いですが」


 敬語を使うのを意識すれば、どんなに元が口悪くても、意外と出てこないで誤魔化せるもんだからな。


「いいのよ。貴方のことを知りたいのだから、素の貴方じゃないと意味がないわ」


 ……そうだな。

 『俺』と合わせなければならないんだから、そりゃそうだ。むしろ取り繕うだけ彼女には迷惑だろう。


「分かった。じゃあそれで」

「じゃあ、蒼司。私の感覚ではまだそう疲れてはいないわよね?」

「あぁ。少しは慣れたし、あれぐらいなら」

「なら、今から少し出かけない?」


 まあ、そういう誘いだよな。


「……ノープランで気の利いた事できる自信、ねえんだけど」

「ふふ、ならリードは私ね。誘ったのは私だから、それでもいいでしょ? じゃ、行きましょうか」

「制服で?」

「あら、嫌?」

「いや……」


 魔高の制服はその存在理由上、どうしたって目立つ。


 それ自体は遠慮したいが、この制服を着ていれば、同時に女子と歩いていてもそれ程勘繰りは受けない。コミュニケーション訓練的な意味合いで取られる方が多いからだ。実際このお誘いもそうだし。


「そうだな。その方がいいか」

「私服で出かけるのは休日にしましょう? 女には準備が要るものなのよ。そしてできれば、男にもちゃんと準備はして欲しいわ」

「……成程」


 これだけ美人だということは、元も勿論だが本人も努力しているからに違いない。自分自身は勿論、隣を歩かれる相手だって、そりゃあ選びたくはあるだろう。


 ……いや、俺は引かれる程マズい容姿も格好もしてない、と思うけど。ただ彼女の隣を歩ける程かと言われれば、……分不相応、だろうな。


 女から見た自分、というものを考えた時、まだ新しい記憶が浮上してきてずくりと鈍い痛みを感じた。


 ……さっさと、忘れないと。


 あやめが俺を誘うのはただA・Fとしての義務。それだけだ。分不相応とか何とか、そこまで考える必要はない。

 しかし、まま成績に繋がる事とはいえ、休日まで出かける気があるのか。さすがにそれは面倒だ。


 デートだってなら一般的には喜ぶべきところだろうが、これは俺達にとっては半ば義務。あまり嬉しくもない。

 ついでに俺自身の感覚としては、A・Fの女子にデートとして誘われても、やっぱり全く嬉しくない。


「そう言えば」

「何?」

「天満先輩と浦賀先輩って知ってるか」

「あら。私のことに質問はなし?」


 一緒に歩いているのに、一番に聞いたのが他の人の事ってのは失礼だったか?

 ちょっと俺がうろたえていると、あやめは悪戯っぽく笑う。


「冗談よ。そうね、天満さんのことは知ってるわ。クラスも違うし、親しくはないけれど。確かアニマは火と土ね。浦賀先輩は話だけ。アニマは水と闇と剣ね。貴方に水や闇の適性はなかったはずだけれど、マイナスも付いていないから発現を期待されてるのかもしれないわ」

「水と闇はともかく、剣?」


 初めて聞くアニマだ。それは属性というよりも物理的な作用を感じる。


「そうね、一年ではほとんどど聞かないでしょうね。専制補助アニマ。発現は稀。A・Aの剣戟属性強化と、スキル拡張。剣属性スキルを持っていないA・Aには不要だけれど、持っているA・Aは同調するだけで基礎攻撃力が上昇するわ。……優秀な人らしいけれど、組んだA・A全てのA・Fから外されているわ。難しい人なのでしょうね」


 優秀、と言いつつあやめの口調はどこか冷ややかだ。吉川と同質の物を感じる。


 A・Aに合わせられないA・Fはどれ程能力が優秀でも、無能。

 力を活かすことができないのだから無意味だと、それが通常の見解だ。


「苦手属性のないA・Aは珍しいわ。貴方はきっと器の大きい人なのね」


 ほんの少し冷ややかさを帯びたあやめの声は、俺の事に戻ると、すぐにふんわりとした柔らかいものに変わった。


「どうかな。明日には苦手ができてるかもしれない」


 それが演技なのではないかと、薄ら寒く感じるのは……俺の考え過ぎなんだろうか。


「ええ。もしかしたら風属性が相性最高になってるかもしれない」


 あやめの言葉はそれを望んでいるようだった。自身がA・Fとして、より力を発揮し、有能な人材となる事を望んでいる。


「……あやめはどうして魔高に入ったんだ?」


 男である俺は、戦闘に耐えられるA・A持ちという事で強制的だったが、逆に戦闘に耐えられるA・Fを持つ女性は少なくない。

 英雄職であるため、入学志願者も危険度に関わらずで少なくない――というか、むしろ多い。


 俺には、英雄職だからって自ら危険に飛び込もうとする勇気はない。単純に凄いとは思うが、なぜ、とも思う。ここに通う女生徒のほとんどは自らの意志で入っているのだ。


「ふふ」

「っ」


 俺の質問に対して、あやめは丁度良く開いていた間を詰めて顔を寄せ、俺の耳に唇の熱が伝わる程の近さで囁いた。


「私の事も気にしてくれる?」


 肩に置かれた女性のたおやかな手と、密着したせいで腕に触れた、男には無い部位の柔らかな感触。かかる吐息が産毛を揺らして、なんか今ゾクッと来た。


「――っ、ち、ちょっ……!」


 これを意識するなというのは無理だ。顔が熱い。

 反射的に身を引くと、あっさり解放はされた。


 ……ってか、触れるってか、今挟まれてたに近かった。サイズの誤魔化しなしか。柔らかかったが、気持ち良さそうな弾力もあったし――じゃなくてだ!


「そ、そいううのは止めろ」

「貴方の事を知りたいだけよ。そして知って欲しいだけ」


 乱れた髪をふんわりと掻き上げ背に戻すと、あやめは艶めかしく笑ってそう言った。

 『知り合う』という目的において、あやめの選択はむしろ一般的だと言っていい。


 声高には言われないし誰も言わないが、A・AとA・Fの関係を持った場合、A・Fの女性全員と付き合うのは、ほとんど常識的に公認されている。


 ――けどそんなの、あまりに虚しくないか?

 彼女達は俺に逆らわないだろうし、俺が望む事しかしない。俺が望む形に己を変え、有用なA・Fとなるのが軍人としての優秀さだと思っている。


 A・Aに比べて、A・Fはあまりその質が変化する事はない。

 例え男に従いその好みに自分を変えたとしても、彼女達の心ははそれを『自分を変えた』とは認識しないのだそうだ。

 それでもちゃんと同調率は上がるのだから、女という生物は器用で――そして怖い、と思う。


 彼女達にとって、己の価値観を男に寄せる事は、ただ支えるための技能。それだけの認識らしい。

 けれど勿論全くではないし、頑張り過ぎて心と体を壊してしまった人もいる。

 優秀な人ほど有用である事を求められるから、きっと今、あやめは凄いプレッシャーを感じていることだろう。

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