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パシュ、と軽い空気の音を立てて扉が開き入ってきたのは、今の演習を監督していた教官達。
真っ先に声をかけてきたのは、担任でもある吉川冬華だった。
「椎堂、問題はないか? 右手を動かしてみろ」
「大丈夫です。装甲越しでしたから」
言いながらも俺は言われた通り手を開閉させて無事を示す。
とはいえ――装甲だからといって本当に何でもないかというと、そうでもない。
イフリートの構成の全ては俺の精神でできているわけで、それが傷付けられる事は、イコール俺の精神・魂がダメージを負う事になる。
装甲はそのまま防御力になるのではなく、あくまでも肌よりちょっと強い外壁の様なもの。
実はそれも、俺が『装甲だから』と勝手に思っているからに過ぎない。実際のところは、全てが生身と大差ないのだ。
装甲にちゃんとした防御力を加算してくれているのも、大部分はA・Fの魔力である。
生身の肉体だって、ちょっと擦り剥いたぐらいで生命の危機に陥るわけじゃない。しかし痛いものは痛い。
そして俺のイフリートの破損は、A・Fである彼女達の精神にも、多少の影響を及ぼす。まあ同調しているわけだしな。
外壁たる装甲ぐらいなら大丈夫らしいんだが、致命傷のレベルで傷を負うと、本体の俺は言うに及ばず、A・Fとして繋がっている方も危ないらしい。
アストラルで致命傷を受けたら、本体である俺は危ないどころか植物人間だけどな。
今回に限って言えば、相手の牙は装甲に傷も付けなかった――つまりはこちらの防御力が大幅に勝っていたということで、大事には至らない。
実戦とはいえ吟味に吟味された演習だ。上手く行ったからって、さして自慢にはならないけど。
「そうか、良かった。中々見事だったぞ、時間的にも。とっさのミスにも冷静に対処したところも」
「……ありがとうございます」
その『ミス』を引き起こしたのが、パートナーであるA・Fだけに手放しでは喜べない賛辞だ。
「お前は今年度の期待株だった。この分なら間違いなさそうだな」
出来のいい生徒を褒める満足げな表情で評価コメントを締め括ると、吉川は時和先輩へと視線を向ける。
「どうだ、時和。感触は」
「ええ、素晴らしいです。風系統の適性はB+だったのですよね? Aクラスと比較しても遜色ない発動率でした」
それは多分に甘い評価な気がするが、今意見を求められているのは俺ではないので、黙っておく。
はっきり言って、それと分かる持ち上げられ方はおもしろくはないんだが。
「そうか、それで……」
「――……」
次に目を移した葉崎に、吉川は小さく息をつく。途端びくと葉崎の肩が震えた。
「葉崎。言われる事は分かっているな」
「……はい。すみません……」
項垂れた頭に合わせて、亜麻色の髪がさらりと肩から零れ落ちる。
見ていて可哀想なぐらいのへこみっぷりだが、フォローもできない失敗っぷりだったからな。
「とりあえずお前はメンタル強化。とにかくメンタル強化だ。せっかく高い魔力を持っているんだ、自信を持て」
「……はい。頑張ります」
言葉は前向きだが、態度はどうにも後ろ向きだ。
「今日の演習は終了! 各自しっかりと休憩を取るように」
「はい!」
今まで座って自分の評価を聞いていた俺達生徒三人は、起立してから歯切れよく返事を返す。
俺達は学生だが、いずれ軍人になるだろう予備軍だから、教師と生徒の間の区切りは他の一般高よりはっきりしている。
「あぁ、椎堂。お前は待て」
「はい?」
言われた通り、とっとと帰って休もうと思っていた所を呼び止められて、俺は微かに首を傾げた。失点はなかったと先程も言われたから説教ではないだろうし、では何か。
「分かっているだろうが、葉崎と組むのは今日で終了だ」
「はい」
何分在校生の割合が一対九なので、一年に限らず女生徒の方にも経験を積ませるためという事で、一時的にA・Fとして配属される事が年に数回かあるらしい。
実際に固定パートナーになるのは二年、三年が普通だが。
「そして訓練に付き合ってもらうのも終わりだ。お前には政府も期待している。何しろ一年に数人しか出ない前衛だからな」
「……はあ」
そう――俺のA・Aに相性の良いスキルは近・中距離型の能力値だが、これが少し珍しい。
そんなに攻撃的な性格をしているつもりはないんだが、しかし魂がそうだというのだから、根本的にはそうなんだろう。
「正式パートナーも決定した。勿論合わないようであれば変えるが、一応な」
訓練などで積んだデータを元に選ばれる、あくまで在学中のではあるが、正式なA・F。
問題がなければこれから二年、ないし一年付き合う事になる人達だ。
「まず時和あやめ。そして同じく二年の天満凉。そして三年の浦賀愛希だ」
「三人、ですか?」
A・AとA・F間で魔力のやり取りをするには、互いがある程度リンクしていなくてはならない。複数人数と意識のチャンネルを合わせるのは難しい。
正式な軍人となった時には、通常時補助具無しで同調率九十%以上が望ましいとされている。
学生の俺には到底無理な数字だ。今も補助具の助けありで、葉崎が六十%、時和先輩が七十%だった。
時和先輩の方が高いのは、やはり流石というべきか。
しかしどちらにしても二人で結構ギリギリな数字だ。三人とリンクなんてできるのか。
「そう、三人だ。多くの属性のA・Fとリンクできた方が、それだけ使える魔術の幅が広がる。単純に精神防壁も強力になるしな」
「リンクできなきゃ意味ないですが……」
「相手が合わせるさ。二年と三年だ。それができないなら前衛のA・Fなど務まらん。次を探す」
「……」
吉川の言葉に容赦はなかった。こんな学生の内からもう淘汰されていくのか。
それとも、命がかかるからこそ、いっそその方が優しいのか。
「お前の精神性は稀有だ。A・Fに合わせようなどと考えなくていい。お前はお前のままただ技術を学び、磨け」
一年時前衛向きのA・Aであっても、年を経ると変化し、中・遠距離型に回る者も少なくない。吉川が、もしくはその上にいる誰かたちがそれを避けたいのだという事は俺にも分かる。
だが仕方ないだろうとも思うのだ。
実戦を積んで、その中では当然大怪我をすることだってあるだろう。最も負傷率の高い前衛を怖れるようになるのは、むしろ自然だと言える。
「明日顔合わせだ。以上、戻って休め」
「はい」
――決して気にする必要はないし、それが当然ではあるのだが、全員先輩ってのは気が引けるな、やっぱり。