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4-6

「蒼司! おいっ」


 吉川の姿を目にして動けなくなった俺を、強引に晴人の手が引く。反射的にその手を払ってしまった。


「お、い……っ!!」

「っ。わ、悪い」


 慌てて謝った俺の手首を、すぐさま晴人は掴み直す。今度は振り払えないしっかりとした強さで。


「いいよ。んな事どうでもいい。なあ、馬鹿な事考えてないよな? 逃げるんだよ、分かってるだろ?」

「……けど」

「駄目よ。何もできないの! 分かって、蒼司」


 手を重ね、俺と目を合わせながら言ったあやめの瞳も、恐怖と憤りに震えていた。


 そうだ、何もできないのは悔しいし、恐ろしい。

 だから彼女達はここにいるのだ。どんなに恐ろしくても。


「アッシャーでは、何もできないの……ッ!」


(……本当に?)


 そう言われているが、俺はまだ試してない。


(だって、できるんだぜ?)


 可能か不可能かだけで言えば、可能だ。

 目の前の黒月の雫がそうだし、つい先程空裂弾(エア・ボム)を生み出している。

 前例だってある。『オーディン』という先人が、既に果たしている事じゃねえか。


(アストラルには俺が『在る』んだ……!)


 思い出せ。いつもやっている事だ。

 アストラルからアッシャーに還って来る、それだけだ。

 ここに在る俺も、アストラルに在る俺も何も変わりはしないのだから――!



 アストラルへと向けた意識が、コポ、と耳のすぐ傍で小さな水音を拾った気がした。


(違う)


 気のせいじゃない。聞こえる。内側から。


 漆黒の空に浮かぶ月が、ぼんやりと遠くに視える。

 たゆたうこの視界は、水の中だろうか。

 しかし視界そのものはクリアだ。『俺』は外界から遮断された珠の中に居る。


 そして、気付いた。


 ここはアストラルじゃない。似て非なる場所。この珠で一枚隔てられた、俺という肉の器で守られた、世界(アストラル)から遮断された俺だけの精神(アストラル)

 珠の壁は薄いが、硬い。『俺』という個が世界の意識から『俺』を確立させて存在させるための、唯一にして最大の防護壁。


 『これ』が俺の意識だ。

 フロラウスの装甲を纏って、珠の中で静かに座って外へと意識を向けている。

 大分傷付いているのが視覚的に分かる。先程シルフ、ノスフェラトゥに付けられた傷が、そのまま生々しく断面を見せていた。


 起きよう、と思えば意志に従って『俺』は立ち上がり、自身を守る壁の外へと手を伸ばす。

 『これ』が食い潰されれば、つまりは俺自身を失うというという、そういう事だが。


(……何を怖れる)


 アストラルで戦ってんのと、何ら変わりはしねェだろうが!



 ぐるり、と肉体と精神がアッシャーで反転した。

 フロラウスの装甲と炎が体を覆い、右手を一振りすればちゃんと剣も形成される。


「そ、蒼司……っ!?」


 驚愕したあやめの声。分かるが、今はそれに付き合っている時間はない。


「成せばなる、自分を信じろ――って奴だな!」


 A・Aに関しては、間違いなく。


 しかしどうやら、こちらで具現化させていられる時間は長くはなさそうだ。

 アストラルに存在している時は、意識と魂が個として存在する事をこちらに残った肉体の方が守っているようだが、今俺はこちらで守られるべき部分を表側に出している。


 『俺』という個を守るための殻を内側に持って行ってしまっている状態だ。

 黒月の雫どうのの前に、時間が経てば世界という集合意志に喰われる。黒月の雫がアストラルへ還るのも多分同じ理由だ。


 ――黒月の雫は、肉体という殻が欲しいのかもしれない。生まれた己という存在を守るために。

 だが生憎、くれてやる殻は一つも無い!


 床を蹴って飛び出すと、すぐにノスフェラトゥが気がついて振り返る。

 余裕たっぷりだったその表情が、ちゃんと覚えているのか、俺を見るなり凍りついた。


「始末しに来てやったぜ!」


 言いながら剣を一閃し、雫を散らす。しかしA・Fの補助がないせいで、威力が格段に落ちている。

 ノスフェラトゥもきょと、と斬られた部分を一撫でして――ニィ、と笑った。


「椎堂……!?」

「逃げて下さい! 俺がやります!」


 声で吉川だと分かったが、振り向きはしない。一撃くらってヤバいのは、A・Fがいない今、アストラルの時以上だ。

 しかし俺を片手間に相手する程舐める事もないだろうから、逃げる隙は十分にあるはずだ。


 実際、ノスフェラトゥの目は俺だけを見ている。この場で唯一、己を傷付けられるモノを。

 相手もそうだが、こっちもかなり重症だ。

 どちらが早く削りきれるか――勝負!


 狭い教室内で魔術の効果的な距離を取るのは諦めたらしく、肉薄する俺に応じてノスフェラトゥも伸ばした凶爪を振るう。


 防戦に回れば押し切られるだけだ。傷を負うのを無視して、相手に一撃ずつ重ねていく。

 アストラルでは傷を負っても存在しない、肉体だけが持つ赤い液体がノスフェラトゥの爪を濡らし、歓喜の表情で雫を飛び散らしながら、相手も相手で捨て身で爪を振り回す。


「ぅ、ぐっ……ッ!」


 気力が尽きなければ、消失のその瞬間まで何とかなるアストラルと違って、肉体に()るアッシャーでは息も上がるし疲労がまともに体に出てくる。


 重くなったせいで引き戻し遅れた右腕を、まずいと思った時には――ノスフェラトゥの爪に深々と抉られていた。


「ぅ……っ! 痛ッ、あぁッ……!」


 噛み殺そうとして、しかし堪え切れずに悲鳴が上がる。握る事を忘れた手の平から剣が落ち、消える。

 体に纏った炎が多少ノスフェラトゥをも焼いてくれたが、食らったダメージと差し引きすれば慰めにもならない。


(ヤバい……ッ!)


 悠然と爪を振り上げるノスフェラトゥの影が頭上に被さる。

 早くここから動いて逃れるか、剣を作って防がないと。


 けれど右腕はもう使えない。今までその用途に使った事のない左手の中に再び剣を形成し、余裕で振り降ろされたノスフェラトゥの一撃に――


「っ!?」


 受けた腕に走った存外軽い手応えに、考えるより前に跳ね飛ばした。


(何だ?)


 絶対耐えられないと思った。なのに、なぜ。


 戸惑っているうちに答えはすぐ分かった。自分を守る魔力障壁が、アストラル同様に強化されていて、驚きと共に後ろを振り向く。


「……成せばなる、という所かしらね」


 さすがにアストラルそのまま、という訳ではなかったが――それぞれの背に羽根を生やして淡く燐光を纏い、精神集中のためか、手を組み、祈るようなポーズを取ったA・Fの皆。

 俺と視線の合ったあやめが、薄く微笑してそう言った。


「――助かった!」



 お……おぉお……っ!



 変化に気が尽き、劣勢を悟ったか、ノスフェラトゥはうろたえ、今度はアストラルへと逃げようとする。


「二回も逃がすか!」


 瞬発力も何もかも、先程までとは訳が違う。

 移行の構えを見せたノスフェラトゥが、次に何をする事も許さず、頭から真っ二つに両断した。


「っ、は……ッ!」


 形を崩して黒月の雫となり、またその雫も飛び散り消失したのを確認して、安堵と共に俺はその場で意識を失った。

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