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(俺を覚えてんのか?)
いや、覚えているのだ。覚えているからこその、からかう動作だ。無様に逃走した俺への挑発。
(やっぱり違うものになってんじゃねえか!)
そう内心で教師達を詰ってから、すぐに思い直した。
多分タイミングが悪かったんだ。黒月の雫が落ちて来た時、俺と久坂がほぼ同時に離脱した。
更に運が悪かったのは、丁度いい場所と時間に、おそらく違うデュラハンが存在してしまっていた、という事なんだろう。
俺の相手からする気になったのは、逃げられたのが面白くなかったからかもしれない。
その余裕たっぷりの隙のおかげで、初撃は何に邪魔される事なくローブごと薄い肉付きの身体を斬り裂く。両手で持った長剣で袈裟掛けに大きく。
ヒット幅は大きかったはずだが、散った雫はごく微量だ。
「――!!」
手応えらしい手応えが全く無い。
人から聞いただけでなく、実際のデータ上の数値でも俺の攻撃力は高い方に入るから、もう少し削れるんじゃないかと思っていた分だけ、ショックだった。
デュラハンはもう少し何とかなりそうだったが、これは……ッ!
「ノスフェラトゥだと!?」
微かにでもとにかく斬れて、A・Fの皆にも認識できるようになったらしい。
目の前に居るモノの姿を見て、凉は悲鳴に近い声を上げる。続いて、すぐにあやめが俺に相手の情報を教えてくれた。
「ノスフェラトゥ・闇属性不死族。レベル三十六。弱点は光。火・水・闇・物理属性に耐性有り。正規の魔導騎士でも、原則弱点を突ける二人以上で狩るのが鉄則のレベルよ!」
「火・物理耐性有りかよ!!」
与えられた相手の情報に悲鳴を上げる。俺の主力部分が両方共耐性付きだ。後使えるの風系魔術ぐらいだが……。
それならば接近している必要はないか――と、俺が足を後ろに引くと。
「距離を開けたら魔力戦になるわ!」
「ノストフェトゥは魔力こそ高い、退くな!」
「!」
あやめと凉の警告に、慌てて退いた足に力を入れて踏み止まる。相手が得意だというなら、魔力戦はヤバい。
レベル七のシルフの使う魔術でも、結構大きく傷を負うのだ。
三十六だなどという相手の使う魔術なんか、被弾しようものなら一発で洒落にならない重傷になる。聞かなくたって容易に想像つく。
ばさりとローブを翻して伸ばしてきた手は、見事に人の形を模していた。ただしその爪は長く伸び、硬質の輝きを持っている。
のっぺりとした人形のような、端正だが虚ろだった顔の中で、一つだけ際立って赤く色彩を持っていた唇が――ニィ、と大きく裂けて三日月に吊り上がった。
やけにゆっくりと振り上げられた腕に、逃げるためではなく自分の間合いを取るために飛びのく――が、ゆらりと上体を揺らしたノスフェラトゥが、異様な速さで距離を詰めてきた。
「っう――ッ!」
いや、異様と言うのもおかしいのか。こいつ等はどういうものであったとしてもおかしくなどないのだ。
左右から関節を無視して振り回される凶爪が、速い。見切れない。
直撃こそ何とか避けられているが、一撃一撃、程度の差はあれ傷が増えていく。
(どうする!?)
やっぱり、無茶か。大体、こいつが移行しようとしていたのも見ていたなら、今頃魔高は避難してるんじゃないか?
一人と五十人弱の数の差は、でかい。
……救援なんか、そもそも来るのか? 一か八かででも俺も逃げるべきだったか?
「蒼司!」
「っ!」
ギィン、と硬い金属の音を響かせて、ノスフェラトゥの爪を受けた剣が、折れた。
「――っ!」
武器は戦意の象徴だ。それが折れたという事は、俺の戦意がそこまで落ちている、という事。
まざまざと見せつけられたそれに、生き残るために頭が認めるのを拒否しようとする恐れに、それでも正直な身体が震える。
(諦め、てんのか?)
そうかも、しれない。
過った弱気で、こいつの攻撃に耐えられなくなるには十分だったんだろう。それだけの力の差がある相手に挑んでいるのだ。
――駄目だ。倒せねェ。
「蒼……っ」
「逃げろ!」
相手に遠距離攻撃があると分かっている以上、飛んだ所で意味はない。
俺は逃げられないが、逃がせる人間ぐらいは逃がすべきだ。
常識と倫理観と、単純に短いながらもパートナーとして付き合った女の子達を死なせたくはないと思って、ノスフェラトゥから大きく距離を取る。
俺にとっては絶対的に不利な、魔術こそが最大の効果を得る、距離。
「アッシャーに戻って、逃げろ! 時間稼ぎも少しはできる!」
「ふざけるな!」
間髪入れずに怒鳴り返した凉にぎょっとする。それぐらい本気の怒気だった。
「私の全意志力を以って、貴方を守ると言ったはずよ」
「パートナーを見捨ててのうのうとできるほど、図太くはないつもりよ?」
愛希さんとあやめからも、いっそ穏やかにそう言われた。
「私達を殺したくないなら、諦めないで」
「――!」
決して強い語調ではなかった。
それでも、はっきりとした強さを湛えたあやめの言葉に、カチリ、と俺の中で何かがしっくりはまった気がした。
(っあ……!)
型に填まりきらないそれを、ずっと無理矢理押し込めていた。
それが今綺麗に収まったような、そんな感覚に満たされる。
(――俺は)
俺は多分、彼女達が嫌いだった。
魔導騎士としての俺を必要とする彼女達が、嫌いだったんだ。
けどそれは、人としての彼女達が嫌いだった訳じゃない。それは本当だ。
ただ信じてはいなかった。彼女達がA・Fである事を、その覚悟を。
(一番下らなかったのは、俺だ)
俺は一体何を見ていたのか。何に囚われていたのか。
彼女達の本気を、一体何と見誤っていたのか!
――瞬間、体の作りがほんの一瞬で変化する。
(そうか)
憧憬を引き継いで形を成していた竜の角と鱗、翼は全て消え去り、ここ一月で俺が有効だと認めた機動性を重視した、全身にフィットしたアンダースーツと、その上から布っぽい質感のコートが形成さた。
かつて鱗が担っていた役目は、必要最低限の分だけ装甲から形を変えて、金属の鎧として残される。
更にその上から頭部・胸・小手・具足に、炎の幕が自身の防御をカバーするかの様に常時生まれた。
前衛としては軽装すぎ。要所をカバーする炎も、防御用でありながらも、攻撃性を失っていない。
それが答えだ。
生きるために守るのではなく、生きるために倒すための力。
だってそうだろう。守りきるためには、守り続けるだけでは勝てないんだ。
守りたいなら、倒すだけの力が要る。
戦うにあたって俺の中で『勝つ』ために――自分を守るためよりも、まず先に敵を倒す力の方が欲しかった。だから俺は前衛属性なのだ。
第二形態・フロラウス。
「蒼司!」
「!」
平時であればちょっとした感動ものだが、今はそれどころじゃない。凉の警告は放たれたノスフェラトゥの氷の飛礫へのもの。
強化されたとはいえ、もう自分で何となく判断が付く。俺の魔抗力で食らったらまずい事に変わりない。
手を一振りして剣を再び形成する。
炎系魔術で迎撃したいが、唱え終わる訳がねえ。多少の被弾は覚悟して、剣で撃ち落とすしかない。
その構えた俺の後ろから、聞き知った声が凛と響いた。
「魔抗壁!」
「!」
名前だけは知っている、下位上級の、水・闇属性の防御術。目の前で薄青い光を放つ壁が出現し全ての飛礫を防ぎ切る。
「よ、待たせた」
「――超待ってた」
後ろに降り立った晴人に、温かな気分で笑ってそう言った。




