第一章 A・AとA・F
世界はあらゆる光源を失った漆黒。
人間には見えようはずもない世界だが、今の俺はこの世界に準じるモノなので、視界は良好。
視界、というより知覚と言うべきか。
基本スタイルは人のまま。しかし頭部からは一対二本の角が生え、体の皮膚は頑丈な赤の鱗が要所要所を覆っている。背中からは鳥類に準じた――しかし一本一本が硬質なその羽根は決して鳥類のそれではない――翼が生えている。
身長等に変化はないが、尾てい骨から垂れ下った尻尾を合わせれば、全長は身長の二倍ぐらいにはなるだろう。
この異形の竜騎士っぽい姿が、どうやら俺のイメージする『戦うための』スタイルらしい。
基本の形が人と変わらないのは、やはり似ていないと動かしずらそうだ、という忌避感が俺の中にあるからなんだろう。
翼は……機動力の問題として(ちゃんと飛べる。俺が単純に空飛んでみたいという願望を持っていたとも言えなくないが)、尻尾は一体何でついたんだか。
イメージがドラゴンだからか。とりあえず付けとけな感じか。確かに振り回せばそれだけで攻撃になるからいいんだが。
俺のA・Aに付けられた名前は『イフリート』。
イフリートといえば炎の魔神として、ファンタジー系ならゲームに小説に漫画にと、出現率の高い、結構有名所である。
その姿はおおむね炎を纏った大男として描かれるが、今の俺の姿にそれを思わせる装飾は何もない。
あまり『イフリート』な感じはしないが、初期A・Aは必ず四属性にしか分かれず、炎属性ならイフリート、風属性ならジンと名称は決められている。
格好は人まちまちだが(魂・精神の具現だから)、基本能力も、アニマに適性さえあればスキルも、然程の差は出ないらしい。四つに分類すればそれで済む程度。
だから俺のA・Aは『イフリート』で間違いない。
「椎堂君、どう……?」
俺の右隣にふわふわと浮かぶ、儚い妖精じみた姿の女性徒。
彼女の姿は全長四十センチ程で、やや赤みがかった皮膚と蝶の持つ薄い翅が背に四枚生えている。
薄ぼんやりとした燐光の中で細かい造形はないものの、服の類は一切身に付けられていない。
上半身は人のそれと大差ないのだが、下半身はスカートのように広がっていて、裾の方はちゃんと柔らかそうに動きに合わせてひらひらと動いている。
幻想的で人間っぽい生々しさがないから大丈夫だが、もしこれに細かいディテールがあったら、ちょっとマズいと思う。
女子的にはどうなんだろうか……。この状態でも、結構判る物は分か……、いや、止めとこう。
ここに来てる目的を思えば、不謹慎極まりない。
「駄目だ。近くにいないんじゃないか?」
気を取り直して答えると、即座に反論が反対側からきた。
「それはないわね。一年生の課題だもの」
どこか気が引けている、弱々しい呼びかけだった右の妖精と違って、はっきりそう断言したのは甘やかな艶のある声を持つ、左隣で飛んでいる緑の妖精だ。
右の妖精はクラスメイトの葉崎結衣。左の妖精は一年先輩の時和あやめ。二人が今回のAnima・Follow、A・Fと呼ばれるパートナーだ。
やはり精神構造の違いのせいなのか、アストラルへ持ち込んだアニマがアルマになるのは男だけで、女性のアニマは具現化はするものの、個体ではほとんどど何もできない。とても黒月の雫と戦うとか、そんな事は不可能だ。
しかし男のアルマとリンクしてその力を使う時、お互い単独では圧倒的にキャパシティの足りない魔術を発動させる事ができる。
因みに男単独だと、下位下級の魔術でも下手をすると発動できない。
男がアルマを駆り、女性がフォロワーとして補佐をする。これが基本スタイルだ。
「索敵してみたら?」
「苦手なんですよ」
「今の所貴方に苦手はないわ。理論上」
「気持ちの問題で」
「そう、ならどうとでもなるわね。やりましょう」
さら、と簡単に言ってのけてくれたのは時和先輩の方。
と、言うか初顔合わせからこちら、会話はほとんど時和先輩としかしてない。
羽崎の方は必要以上に何だかビクビクおどおどしてる。
緊張しやすいタイプなのはそうだと思うんだが、クラスではもう少しまともに喋ってたから、よっぽどアストラルに緊張してるんだろう。
もしくは、俺にか。
時和先輩の方は、さすがに慣れてる。彼女は二年の首席でもある才女なのだ。
この学校の在学生徒の男女比は一対九。これはアルマを発動できるできないだけじゃなく、出生率のせいでもある。
現在、世界的に生まれる子供の男女比は三対七。染色体の崩壊だとか何だとか言われているが、正式な所はまだ調査中だ。
その時点ですでに男が少ないのに、今はさらに対黒月の雫の魔導騎士として、戦争に駆り出されているせいで死亡率も高くなっていて、余計人口減少に拍車を掛けている。
かと言って騎士を減らす訳にもいかない。国としても結構なジレンマだ。
そんな訳で一年の俺に二年主席の才女がフォロワーに付くことも、決して異常な事ではないのだ。
と、いうより二学年以上のトップクラスでなければ、A・Fにはなれないと言ってしまった方がいい。 葉崎が今回A・Fになっているのは、ただ一回経験を積む、それだけの理由だったりする。
「行きます」
「いいわ」
索敵は風系統スキルなので、時和先輩のA・Fと使う。
『疾風の君 界を巡りし全知の輝視
瞬きの尊眼 一刻我と契りこん』
すでに先人が発動させた事のあるスキルは、共通知識として公布されるのが普通だ。
使うアニマ持ちのA・Fと共に意志を形成する『言葉』を唱え、決められた『図形』を描いて力を具現化する。
科学で魔術を切り拓いたとは、よく言ったものだ。
当り前だが、黒月の雫が具現化するのは日本だけではないし、A・Aの存在も然りだ。
だから発見された『力を導く言葉』は言語が様々になる。ネイティブに理解できればどんな言語でも問題ないんだが、そんな器用な人間ばかりじゃない。
そんな訳で、翻訳専用の職業が公務員でいる。こちらも結構なエリート街道だ。
最近はパターンができてきたのか、公布も早くなってきた、らしい。昔の事は正直よく知らないので、どれぐらいのスピードアップがなされたかは分からないが。
「どう?」
「魔術は成功してますけど黒月の雫は……」
格段に広がった視界を巡らせ、辺りを探る。
視界と共にその情報を受け取る俺の脳も、一時的にキャパシティが上がっているので、あます所なく知覚できるが――
「いた!」
見付けにくくて当然だ。ここからはやや離れた位置にいた。
背の高い植物の影に隠れるように、一本角の小鬼を思わせるフォルムの黒月の雫がいた。
カテゴリ『鬼』。付けられた名前はままゴブリンだ。
相手も気が付かれた事に気が付き逃げようとするが、俺のイフリートは近接・中距離型で機動力も高い。逃がすか。
「葉崎!」
「わ、分かったわ」
呼びかけると、緊張に震える声で返してきて、共に詠唱を始める。
『獄炎の君 力爆ぜる源よ 一振りの刃と我に――』
言葉と図形と、言葉に宿る意味とイメージする意志と、体に宿っているとされる、魔力。
それら全てが組み合わさって、初めて世界は意志に応える。
途中まで順調に右手に携えた長剣に宿りかけていた炎の魔力が、いきなりがくんと消失したのが分かった。失敗だ。
詠唱ミスではない。あまりの緊張に、葉崎の精神が上手くアストラルに具現していないのだ。ある意味、詠唱ミス以前の問題だ。
「ちっ!」
完全に発動させるつもりで接近して、もう剣を振りかぶっていたから、今更止まれない。
一撃は確実にヒットし、黒月の雫を消失させゴブリンの体積を減らすが、完全消滅には至らない。
キィ、と耳障りな鳴き声を上げて腕に噛み付いてきたゴブリンを、左の装甲の付いた裏拳で殴って引き剥がし、再度斬りつけて――今度は綺麗に消失して、終了。
「目標達成、帰還する」
「了解」
「……了解」
アストラルから抜ける時は、まずA・Fからが鉄則だ。装甲を持たないA・Fが残って、万一にでも襲われたら一溜まりもない。
イフリートの内部から二人の意識がなくなったのを確認してから、俺もアストラルからアッシャーへと意識をシフトし――目を開ける。
「慣れていないのは分かっているけれど、下位スペルで失敗なんて、いくらなんでも問題よ」
「……すみません」
まずA・AとA・Fとの間で同調率を補佐する、リング型のヘッドアクセサリを外す。
それから寝台から体を起こすと、俺が何を言うまでもなく、もうすでに時和先輩から葉崎へ指導が入っていた。
多分、あと数秒で教師からも入るだろう。
あ、今は魔導騎士としての訓練だから、教官か。