3-6
「蒼司」
「凉」
放課後、図書館に向かう道すがらで凉に声をかけられ、自然に隣に並んで歩き出した。
「図書館に用事か?」
敷地の広いこの魔高では、必要がある施設の場合、一つ一つもかなり大きい。
今俺が向かっている先にはもう図書館しかない。それぐらい広いのだ。
「あぁ。第二形態についてちょっとな」
「もう第二形態の話が出てるのか!」
ぱ、と顔を輝かせ凉は嬉しそうに笑って見せた。
自分の付いているA・Aの優秀さは自身にも返ってくるから、そりゃ嬉しいよな。
「おめでとう」
「いや、まだなってねーから。……で、能力的にはもうなってもおかしくないから意識しろ――って言われたんだが、どうなるのかも分からないしな?」
「一年一学期の教科書に、第二形態の事がそんなに詳しく書いてるはずもないからな。私も付き合っていいか?」
「二年の先輩の話とか聞けると助かる」
本人達に会うのはちょっと避けたい。
先達の話は絶対ためにはなると思うんだが、前衛ってだけで相見よろしく敵意持たれるのも御免だし、早過ぎるって事でまた何か言われんのも嫌だしな。
「あぁ。お前の役に立つならどんな事でも」
凉は晴れやかに笑ってそう言った。
その言葉に、本人は何の違和感も覚えないらしい。
「……助かる」
「何だ?」
少し言葉に詰まった俺に、凉は不思議そうに首を傾げた。
……そう、不思議なんだろうな。凉にとってはA・Aの『役に立つ』ことは、ごく当然の事なのだ。
(気にするな)
義務に対して反応し過ぎだ。いい加減吹っ切れ、俺も。
彼女達は自分の役目に真摯なだけだ。その姿勢は褒められこそする物で、責める所など何もない。
「悪い、何でもない」
「そうか」
凉は実に模範的なA・Fだと、そう思う。
絶対納得できなかったはずなのに、こうして従順なところとか、な。
図書館に入ると、普段顔を合わせる事のない二、三年生から多少視線を向けられた。
『今年の前衛』とかいう言葉も聞こえてきたから、目立つ事は目立ってんだろーな……。
確か今年は、東京魔高だけで俺含めて前衛三人いたはずだ。
二、三年あわせて何人なのかは知らない。そんなことまで気にしてる余裕なかったし、気にもならなかったので。
羨望も混ざる視線の中を凉は颯爽と通り過ぎ、本棚をざっと目で探して、一冊の本を手に取った。
「蒼司、これ」
「あぁ」
本棚の側に備え付けられている、ちょっとクッションの柔らかい椅子に並んで座り、ページを捲る。
学校自体が新しいってのもあるし、国の支援する英雄職に相応しく、魔高の資材は上質な物が多い。
寮の自室も一人で使うには広い面積だし、用意されてる調度品も質が良い。
女子は確か二人部屋だけど、男子は必ず一人一部屋与えてもらえる。
「やっぱり始め火属性だとそのまま火属性になる事が多いのか?」
「多いかどうかで言ったら、そうだ」
火属性四種のうち、純近接系と今の俺の近・中距離系二種が前衛向きだ。
望まれるのはこの辺なんだろうな。もし純粋に今の形態を継承するなら――
「――フロラウス、か」
神話上の魔神の名前を模した、それの名を呟く。
イメージを強要しないためだろう、性質の情報だけで、挿絵の類は載っていない。
うろ覚えだが、確か神話に伝えられるそれの姿は、豹であってドラゴンではない。
いや、イフリートだって別にドラゴンじゃないから関係ないのかもしれないし、別にドラゴンに拘るつもりはないから豹でも全然いいんだが。
「あとお前に付いていないのは土属性と光属性か」
「あぁ、そうな……る」
言葉が一回切れたのは、凉が少しむっとしているのを見てしまったからだ。
「……凉?」
持っているアニマが宝の持ち腐れになるのは、A・Fとしては面白くないかもしれないが、全体的に見れば割と普通だ。
A・Aが持ってる属性が普通二、三種類だから、自然そうなる。A・Fだってそうだろ。
俺は持ち過ぎの部類だ。だから器用貧乏になりそうでちょっと嫌なんだが。
「お前は」
「?」
言いかけて、凉は一回言葉を切った。
言い淀んでいる。珍しい。
言うと決めた後で凉が迷う所、あんまり見た事なかった。
「……お前は、浦賀先輩の様な人が好みか?」
「――は、ァッ!?」
ためらった上で口にされた凉の台詞は、気にしない様に抑え込もうとしていた憤りを、直撃されるに等しいものだった。
またか! またその話か! いい加減勘弁してくれ!
好みかそうでないかで言われればそりゃ好みだよ、美人だからな! つーか魔高美人率高いけどな!
これは偶然でも何でもない。何を言ったって美人の方がいいだろ、男女両方共。
男の方は容姿でなど選べないが、A・Fは別。
A・AがA・Fに好感を持ちやすいように、魔高入学に関しては容姿も選考基準の一つなのだ。
人の価値に美醜の差があってはならないとか、そうあるべき理想を実現しているような余裕が今の情勢にはない。
こと魔導騎士関連に関しては、という限定だが、あくまでも。
「あのな、あやめにも言ったが俺はA・AとA・Fだからって理由で、そういう関係持ち出す気はない。愛希さんが俺の好みかどうかとか、関係ねェだろ」
やや苛立って強い口調で言った俺に、びくと凉は体を震わせる。
――しまった、と思ったが言ってしまったものはもう遅い。
「すまない……」
しかも先に謝られてしまった。すぐに俺も続いて謝る。
「いや、悪い。むきになる程の事じゃなかった」
こういう時に凄く思う。
俺達の関係は対等じゃない。そもそも対等にもなれないのかもしれない。
それでも本当に信頼を築きたいなら、俺の方から強く出てはいけないのだ。
俺が強く出れば彼女達は従ってしまうし、次から絶対に委縮してしまう。
(……そういう意味じゃ、凉が言ってきたのは、少し近付こうとしてくれてたって事なのかもしんねえのに)
特に凉のような模範的なA・Fが、A・Aに対して不満を見せてきた、その事が。
「ごめん」
「良いんだ、私が……余計な事を」
「別に聞かれたのが嫌って訳じゃねえんだ。答えろっつわれたら恥ずかしいもんがあるけどな。けどA・Fだからって俺に無理に合わせようとする、そんな情報にはして欲しくないし、凉にもして欲しくないし、でなきゃ駄目だ、とか思われてんのかとか。……それで、ちょっと。悪い。信頼してもらえねえのはまだ当然だったのに」
「わ、私の方こそ、済まない。そこまで考えていた訳じゃないんだ。お前がそんな狭量でない事は分かっている。もう同調してるんだぞ? 自分の好みの相手しか受け入れない奴ならもう答えは出ている」
好みであるかどうかなんて本人に聞くまでもないか。そりゃそうだ。
「……ただ少し、悔しかったんだ。羨ましかった、のかもしれない。浦賀先輩との初同調の時は酷かっただろう?」
「あぁ」
否定はしない。確かに酷かった。
「あれだけの事をして、それでも受け入れてもらえる浦賀先輩が羨ましかったんだ、多分。自分に置き換えた時――私は、その、あまり女らしくはないから。いや、これも下衆な勘繰りだな。すまない」
あぁ……分かった。
モデルみたいな綺麗な美形だが、本人が言うようにあやめや愛希さんと比べて、あまり凉は女を意識させないもんな。
それが良い悪いって訳じゃねえけど、男から――っつーかA・Aに好まれるA・Fである自信が無いって事なんだろう。
間違いなく美人なんだから、そんな大した事では、と思ってしまうが、凉にとっては大問題なんだろう。
「凉が気になるなら仕方ないんだろうが、俺は凉の事好きだぞ」
「――えっ」
「真面目だし、あんまり裏表なさそうなのがな。付き合いやすいと思ってる」
あやめや愛希さんにはない性格特性だ。あの二人は正直裏が怖いんじゃないかと思ってる。見たくねえ。
「知り合って何週間だから、まだ全然呼吸なんか合わねーけど。これからお互い上手くやって行ければいいと思ってる」
「……」
「駄目か?」
「まさか! こっちこそ……よろししく頼む」
言って改めて差し出された手と、握手した。
――と、そのままちょっと強く俺の手を握り締めながら、凉は吹っ切れた瞳を輝かせつつ。
「私はきっと、時和と浦賀先輩に対して気が引けていたんだろう。しかし、それはただの杞憂でお前にも失礼な事だったな! 黒月の雫と戦う同士として、私はお前がパートナーで良かったと思う」
元気になってくれて何よりだ。自然俺も顔が笑みを作る。
「私は負けん! 最も強くお前と結びついてみせる!」
「それは言い方が恥ずかしい!」
「!」
俺に言われてはっとした顔をして、ちょっと頬を赤くして咳払いをして。
「でも、間違ってはない」
「……ん、だろうな。頑張るよ。つーかそこ、勝ち負けか?」
「勝ち負けだ。仲間でもな」
きっぱりうなずいた凉に、そんなものかと納得しておく。
……俺としては全員と上手くやっていけりゃ一番だと思うんだが。……駄目か?