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(――っと)
服の内側で携帯がバイブして着信を告げる。メールだ。
気分を逸らすのにも丁度良くて、ほっとする。
(あやめか)
用件は俺の体調を気遣ったものだった。昨日休んでもいるし、そのせいだろう。晴人と遊んでただけだけどな。
「そう言えば浦賀先輩は……大丈夫みたいですけど、大丈夫、ですか?」
あやめや凉も勿論だが、浦賀先輩も最初から最後までリンクしてた。貫通した時も勿論。
外傷は目に付く所にはないし、動きにも不自然なところはないんだが、精神面の方も大丈夫だっただろうか。
吉川には大丈夫だったって言われてるけど、一応な。
何かあっても、俺には隠されそうな気がしなくはないし。
「大丈夫よ。全然とは言わないけど、君ほどじゃないわ。アストラルでの身体はA・Aのものだし、そのせいでしょうね」
そう答えながら、携帯を持つ俺の手に、そっと浦賀先輩は手を重ねた。
「っ!?」
繊細で柔らかな、女の、手。いきなり触れた肌の温かさにぎくりとする。
「ごめんなさい」
「な、何がッ!?」
「戦えるのはA・Aだけだから」
思い切り動揺した声を上げてしまった俺だが、続く浦賀先輩の言葉にはっとする。余計な事を考えたのが恥ずかしくなる真摯さだった。
「そんな事ねェだろ。A・FがいなきゃA・Aだって大した事できないんだから」
「そう言ってくれるのね。……ありがとう」
事実でしかない俺の言葉に感謝の言葉を述べて、少しだけ強く彼女は俺の手を握った。
「一緒に戦いましょう。できる限り貴方が傷付かないように……私の持てる意志力の全てで、私が貴方を守ります」
「……あぁ」
そう、共に――だ。A・AとA・Fはリンクしている以上、一蓮托生。
「俺もA・Fを傷付けなくてすむように頑張るよ」
主に戦闘技術と魔術詠唱な。
「うん。頑張ろう」
世界のためだったり国のためだったり。
一個人である俺は流されてここにいるわけだが、こうして隣にいる人の温かさを守るためら、『頑張る』事ができる気がした。
「ところで蒼司君」
「はい?」
「いつまで携帯見てるのかな? メール越しの会話じゃないと気詰まりするタイプ?」
「いや、そういうんじゃないですけど、心配してくれてるみたいだから、あやめに返信しとこうかなと」
「んー……」
俺がメールを打つ手を、少し困ったように見詰めていた浦賀先輩は、おもむろに手を伸ばして来て。
「えい」
「あッ!?」
いきなり、取り上げられた。
「あの、先輩?」
「あやめちゃんはね、今返信すると、多分折り返しで電話かかって来ると思うの」
「?」
何で言い切れる? いや、多分ってついてるけど、明らかに自信持ってる言い方だったよな。なぜ?
「メールは帰ってから見た事にして、今日は私に付き合って欲しいな?」
「付き合うって、コレですよね?」
食べ終わったクレープの紙を丸めつつゴミ箱を探す。これは口実ではあるが、本題の方もこれの最中に終わっている。
「用事はね。用事がないと付き合ってくれない?」
「そ、そんな事はないですけど」
俺と浦賀先輩の関係なら、付き合う事そのものが用事だと言ってもいい。
「あやめちゃんの態度を見るに、蒼司君彼女はいないよね」
「い、いません、けど。態度って? ってかんな話すんですか!?」
「してないよ。でも分かるでしょ?」
分からねーよっ!?
彼氏がいるとかいないとか、言われるなりばっちり相手を見るなり、そういうのがないと分かる訳ないだろうが!
分かる人もいるけど、それは言いたい人だから。
あやめや凉に彼氏ができても、俺言われないと気付かないと思うぞ!
いるのかいないのかも今も知らないし、興味もない。
女の場合、A・Aである俺に声をかけて来てるからって、フリーだとは思わない方がいい。比べて値踏みされてる可能性もある。
そんな風に見るのが失礼だ、と言う女もいるだろうけど、それはそういう事をする奴を少なくしてから言ってくれ。
「蒼司君」
「はいッ!?」
ってか、近い! 今更だけどベンチの幅狭い!
今まで気にもならなかったけど結構傍で体温感じる!!
「私の名前知ってる?」
「え、は、はい」
脈絡は分からなかったが、問われた内容に正直にうなずく。
そりゃ知ってるだろ。流石にA・Fになる人の顔と名前ぐらい、二日目からでも間違えないように覚えるわ。
「ん?」
何かを期待して俺を促す浦賀先輩。言えって事か。
「あ、愛希、さん」
「うん。そう」
間違えなかった俺の回答に、愛希さんはにっこりと微笑んだ。
「あの、浦」
「愛希、だよ?」
う。
笑ってるけど、えも言われぬ迫力を感じる。
「……愛希さん」
さんは取れない。この人からさんは取れない。何となく。
ちょっと不満そうに小首を傾げて見せたが、どうやら妥協してくれたらしくうなずいて。
「うん、じゃあ行こうか。蒼司君はインドア派かなアウトドア派かな」
「……どっちでも」
……何だろう。逆らえない気がすんですけど。物凄く。