3-2
魔導騎士の数は、どこでも慢性的に不足している。
アストラルに移行した時、風景は違えどそこはアッシャーの座標と同じ所である。そして黒月の雫は落ちてくる場所を選ばない。
どこの豪邸の中だって、研究施設の中だって、国会議事堂の中だって、発見が遅れればアッシャーにまで具現化してくる可能性があるのだ。
黒月の雫が具現化する条件というのがまだ未解明なだけに、余計後手に回る事が多い。
故に、どの国も一人でも多く魔導騎士を欲している。
このA・Aでの黒月の雫討伐が定着してきてから、人攫いの犯罪が増えた。主に、男の。
そして確実に戦闘に耐えられるA・Aを持つ、魔高に通う男は更に狙われやすかったりする。
そういう理由があって、魔高は海に浮かぶメガフロートの上にあり、生徒は皆寮生活。島の外に出るには面倒くさい手続きが必要で、軍用衛星からの監視が付く。
安全のためにも手間のためにも費用のためにも、外出があまり必要ないよう、街の施設は全てメガフロート内に詰め込まれている。ここに住んで、働いているのは全員厳重な審査を通った人間だけという徹底ぶり。
透明で一見そうは見えないが、ドーム状に島全体も壁で覆われていて、かなりの数の警備員が二十四時間体制で島全体を警備している。
警備員の格好していない人も、実は警備員だったりもする。
正式に魔導騎士になるとSPまでつくらしい。噂だが。
そんな訳で、魔高の男子生徒であると分かると、大抵どこでも対応が皆温かい。
「ごめんね、付き合わせて」
「いや、いいですけど」
学校帰りに浦賀先輩に呼び止められ、付き合ってくれと言われて街に出たので、今は制服のままだった。
あやめの時も思ったが、思った以上に視線を向けられる。
別に後ろめたい事がある訳でもないからいいけど……やっぱりできれば、ちょっと嫌かもしれない。
「それで、何か」
「うん、あれ」
今俺達がいるのは、リラクゼーション効果満載の、綺麗に整えられた森林公園。
そして浦賀先輩が指差したのは、並木道へと通じる手前の広場に、屋台で営業しているクレープ屋さん。
「蒼司君は甘いの平気?」
「はい」
「好き?」
「結構」
重ねて聞かれた問いに正直に頷く。
昔は男が甘い物が好きだとか言い出しにくい空気があったそうだが、今はそんな風習もない。
だってなぁ、良いだろ、好きなものは好きで。
「良かった」
「付き合うって、アレですか」
「うん。カップル限定のね」
「かっ……っ1?」
さらりと言われた言葉に、つい反応してしまった。
「冗談」
動揺に言葉を詰まらせた俺に、実に楽しそうに浦賀先輩はくすくすと笑う。
……明るくなって何よりだ。
「でも、ちょっと本当」
「乗りませんよ、もう」
美人に言われりゃ、その気がなくたって動揺する。
……別に興味がない訳じゃないんだ、仕方ねーだろ。幸いにしてあやめのおかげでちょっと耐性付いてきたけどな。
二人で注文したのはダブルショコラチョコレートなる、チョコとチョコとチョコでできた一品だ。頼んだの浦賀先輩で、俺は便乗しただけだけど。
正直に言う、味あんま変わらなくね? ピザとかクレープとかって。俺の舌が鈍いのか?
「今日は付き合ってもらってるので、お姉さんの奢りです」
「じゃ、ありがたく頂きます」
多分この間の礼と詫びとを含めてなのだろうから、問答せずに俺は奢られる事にした。
移動してベンチに座って、買ったばかりのクレープにかぶり付く。美味い。
「学校内でも良かったんだけど、君といると人の目がどうしてもね」
……まあ、そうだな。どうしても行動を見られがちではある。
「別に人に聞かれて悪いわけじゃないんだけど。お礼を、言いたかっただけだから」
「じゃあA・F続行できたんですね」
「うん」
「良かった。……ん、ですよね?」
「うん、良かった」
目を細めて微笑んだ浦賀先輩は、鬱々とした雰囲気が消えたせいで彼女本来の魅力が損なわれなくなって、……まあ何というか、美人だった。
あやめや凉のように華やかなタイプじゃないんだが、清楚で静かで落ち着く感じだ。何というか、居心地のいい人。
「分かってるかもしれないけど、私、相見君にアストラルに置いて行かれた事があったの。私は何とか還ってはこれたけど、もう一人の子は死んだわ。私も……ほんの少し掠っただけぐらいだったのに、還ったら体が動かなくて。一ヶ月まともに動けなかった」
置いて行ったのは、想像していた。
『絶対やると思った』とまで言えるのは、つまりそういう事だと思っていたから。
そしてそれ以上に――相見が、という事よりも死んだ人がいる、という事実そのものに俺は驚いた。
当然あり得る事なのは分かっていたが、学生のうちはという安心感が、俺の中にはあったのだ。
(……でも、そうだよな)
デュラハンにだって、一歩間違えば殺されておかしくなかった。
避けて、凌げたからこうして何とか生き延びてるが、攻撃力だけで言えば相手は俺を簡単に殺せる力を持っていた。
晴人に言ったのは嘘じゃない。A・Aを使える事は、本気で良かったと思ってる。
けれど浦賀先輩の言葉に、恐怖を煽られたのは確かだった。
「辞めようと思わなかったんですか」
「辞めたら、いつか殺されるのを怯えるだけの人生になるわ」
表情を引き締め、浦賀先輩は空を見上げてこちらにはない、おそらく黒月をだろう、睨みつけた。
「魔導騎士の数は足りないの。主要都市や、権力者は素早く守られるわ。でも地方は手が回らないのよ。魔導騎士の都合がつく頃には黒月の雫が具現化してしまっていて、手遅れになる事も少なくないわ。その後の被害の酷さは……知識としてなら、言うまでもないわよね」
「……っ」
知らなかった。知らなかったから言葉が出てこない。
俺は男だから、魔導騎士候補として浦賀先輩の言う主要都市部の内側でずっと暮らしている。この年になるまでずっと安全に守られて生きて来ている訳である。
あまり意識したことはなかったが、そういうこと、だよな。
黒月の雫が具現化する話は知っていても、すでにしている事例がそう多くあるとも知らなかった。
アッシャーに具現化した黒月の雫を倒す手段は一つだけで、それはアストラルでの方法と変わらない。
すなわち、意志の力で倒す事。
だが意志の力をアッシャーに具現化する術はまだ開発中で、威力も心許ない。だから酷い被害が出る。
勿論、何とかA・Aをアッシャーに具現化させられないかと研究・思考錯誤は続けられている。
今のところそれを可能としているのは、世界でただ一人、今日本で最強と言われている第四形態の前衛A・A『オーディン』だけだという。
他の第四形態のA・Aはできていないから、進化による能力という訳ではないようで、原理も不明のまま。
そのオーディンも、体調によって可能な時と不可能な時があるという。
そういう訳で、一応日本は最も有効な対抗手段を持ってはいる。
しかし例えオーディンがどれほど優秀でも、一人でカバーできる範囲などたかが知れている。
「私の家は……関東だけど田舎だから、何かあったら間に合わないわ」
断言だ。
という事は……浦賀先輩自身が、遭ったのか。実際に。
「だから私は戦力になりたい。一人でも多くのA・Aを守り、戦力が充実して防衛ラインを築けるように」
A・Fであれば、戦力になれる。守る事ができる。
(……うん)
彼女が必死だったのは、きっと守りたい人がその危険に晒されている事を、常に知っていたからだ。
理解が、できる。
だから次はきっと、もっと上手く同調できるだろう。
「だから、ありがう。私をA・Fでいさせてくれて。A・Fを減らさないでくれて。相見君は残念だったけど、彼女達はきっと大丈夫だわ」
「残念だ、って言えちゃうんですか」
そいつのせいで死にそうな目に遭ってるのに。
「だってA・Aだもの。もう違うけど」
……そう、なのか。それでいいのか、浦賀先輩は。
あっさり断言して見せた浦賀先輩に、俺は少しばかりもやもやとした何かが胸の内にわだかまるのを感じだ。
A・Aであれば、それだけで価値があるんだ、彼女達には。……だから、俺もな。
しかしA・Fの無事を喜ぶ浦賀先輩の感情は嘘ではない。俺のこのもやもや感の方が身勝手なのだ。