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第三章 戦えるだけの理由

 負った傷の全てが軽傷だった事もあり、寝て目が覚めたらもう帰宅許可が出た。

 あやめ達も一休みと検査を受けて、もう帰ったらしい。

 皆大事なくて、本当に良かった。


 一晩ぐっすり眠ってしまったので起きたのは翌日だ。

 午前中は休みで、もしまだ本調子でないなら、今日一日は連絡なしで休んでいいと言われている。


(つーかこの調子で休んでたら、俺成績悲惨な事になるんじゃね?)


 それは嫌だ。平均にはいたい。


 例え求められているのが魔導騎士としての実力の比重が遥かに高く、学力はあまり重視されていないとしても。

 とりあえず、風呂に入ってさっぱりしよう。

 精神の緊張状態が体にも出るので嫌な汗を掻いているし、午後から出席するとなればやはり気分が良くない。


「あ、椎堂(しどう)!」

久坂(くさか)


 寮の部屋に還る道すがらで、久坂と会った。

 同じ方向って事は、久坂も治療室からの帰りか。

 傷は負っていなかったはずだが、A・Aだから多分念入りに検査されたんだろう。

 行き先もどうせ同じなので、何を言わずとも隣に並んで歩き出す。


「お前午後どうする?」

「出る。成績が心配だ」


 結構切実に即答した俺に久坂はあー、と苦い声を出した。


「まァな、魔導騎士になれば別に心配ねーけど……魔高出で男の就職って難しいもんなァ。そしたらもう主夫狙いだな」


 人によっては情けない、と言うかもしれないが、今の時世久坂の言っている事はそう間違っていない。


 魔高出に限らずだが、魔導騎士になれない男ってのは、つまり戦えない男なのだ。

 臆病で根性なし。そういう評価が下される。一回魔高に入ってしまうともう確定だ。


 人口比率のバランスが女性過多に大きく傾いているせいで、何つーか……男はちょっと肩身狭い。その分法的には優遇されてる所もあるんだが。


 しかし法と現実は別物で、実生活では優遇されてる感じは全くなく、臆病で根性のない男なんか、往々にして普通の企業では雇ってはもらえないのだ。限られた肉体労働系以外ではかなり難しい。


 逆に魔導騎士になれば話は別。英雄職なので世間の態度が一気に温かくなる。


「一応A・A使える判定されて良かったけどさ。いつどうなるかなんて分かんねーし」

「そうだな」

「……相見(さがみ)先輩、辞めるってさ」

「そうか」


 男の自主退学は許されないから、要するにクビだ。A・Aが戦闘に耐えられないと判断されたという事だ。


 一定以上の力を持つA・A以外を魔導騎士にしないのは、優しさからだけではない。

 戦力として役に立たないなら、わざわざ死地に送らずに人口増加の役に立てよう、という事だ。


 ……そういう考え方がまかり通ってしまうぐらい、男は肩身狭い。


「なんかなー。しんどいよなー」

「そう言うな。それでも幸運な方なんだから」

「まーなァ」


 男でも女でも、しんどい事には変わりない。

 ……戦争中だから、なんだろうな、やっぱり。相手が人じゃないのが救いだが。


「なあ、椎堂」

「何だ?」

「……俺さ、あんまやってける自信ねーんだけど」

「……」


 こちらを見ずにぽつりと言った久坂のそれは間違いなく、今の本心だろう。


「お前は、どーよ」

「さぁ。あんまり先の事考えないからな」


 本心だ。考えたところでこの道しかないってのもあるし。

 しかし俺の答えは久坂の望んだものとは違っていたらしく、少しためらった後で、具体的な言葉を口にした。


「お前は怖くねえの?」

「怖くない事はない」

「そんなもんですむのか? 何でだ?」

「何でって」


 やや語調を強めて言った久坂に、俺は足を止めて向かい合った。


 軽いノリで取り繕ってた仮面が剥がれ、久坂の顔は必死に何かを押さえつけている、そんな歪な表情になっていた。痛々しい程に。

 無理をしていたんだと、言われなくても分かる。


「俺は怖かった」


 もう生徒達は皆登校している時間で、寮の中は無人の静けさに満ちている。

 だからだろう、久坂はA・Aとして――口に出せば嘲笑されるのは間違いない、しかしA・Aの多くが抱いているだろう思いを口にした。

 出来た、と言うべきだろうか。


「空の安全圏にいて何言ってんだって思うかもしれねェけど、俺は怖かった。お前が尻尾刺されて引き摺り落とされて、だってそれは、いずれ俺だって――……」

「……そうだな」


 いずれは自分も、洒落にならない傷を負う可能性がある。

 誰でも、どのポジションでもだ。


「俺、向こうで一回も尻尾がどうなってるか見なかった。……見れなかった」


 別に慰め合いたい訳じゃないが、俺もそう白状しておく。

 怖かったのは、俺だってそうだ。


「……椎堂」

「体にない部位だから、フィードバックも重くなかったんだろうって言われた。実際どっか別の……体のどこかだったら、今頃もっと酷かっただろうな」


 体にない部位で、肉体的なフィードバックは免れたとはいえ、結構な傷を付けられたのには違いない。

 俺の精神面への影響を怖れてか、説明はされなかったが――治療に一番時間掛かったのはそこだと思う。


 実際に傷を負ったと認識してしまった部分は、肉体の方も浅くではあるが、傷を負っていた。

 見える傷と見えない傷、どちらが恐ろしいとは言えないより正確に言うなら、両方怖い。


「そうだろう、な……。だから、俺――」


 怖いんだ、と小さく久坂は呟いた。

 俺も同じだ。怖くない訳がない。

 傷付くのに恐怖しない生き物なんて、いないだろう。

 ……けれど。


「それでも俺達は恵まれてんだぜ」

「分かってるけどさ……」

「戦えんだから」

「!」


 続けて言った俺の言葉に、はっとして久坂は俯きかけていた顔を上げる。

 黒月の雫が現実に侵入してくる事は、派手な被害を出したせいで、世界中の全員が知っている。

 けれど備えようにも対抗出来るのはA・Aだけだ。A・F単体では何もできないから。


 A・Aも単体では抵抗できる相手が物凄く限られるが、術はある。


「俺は相見に置いて行かれたA・Fを見た時そう思った」


 彼女達は怖かっただろう。俺の比じゃなかったはずだ。


 抵抗できないまま、ただ殺される一撃をくらうのを待つだけ。それはA・Fだけじゃない。アッシャーだけで生きてたって同じなんだ。

 そしてそれが魔導騎士以外の皆の、共通の思いだ。

 今なら分かる。


 多分アストラルを怖れていたんだろう相見が、それでも魔高にいられるだけのA・Aを維持できていたのも、その恐れからじゃないかと俺は思っている。


 全身を隙なく覆う鱗と、周囲を警戒するための広い視野。

 あのA・Aの姿こそが、それが事実だと教えている気がした。

 けれど、それだけでは足りないから。

 A・Fを――自分の身を守る戦う力を失いたくなくて。


「怖くない、とは言わねえ。でも俺は戦いたいと思う。戦えて良かったと思う」

「椎堂……」

「だってな久坂、俺達間違いなく人二人助けたんだぜ?」

「!」


 逃げ帰って来たのも事実だが、全員生きて帰ってこれたのも事実だ。


「俺達がやってんのはそういう事だよ」

「……あぁ……。……うん」


 見開いていた目をゆっくり戻して、少しだけ久坂は笑った。

 恐怖は絶対に拭えない。けれどそれで良い。当然だからだ。


 それでも戦おうと思う、心が折れない理由が、何か一つでもあればそれで良い。自分のためであっても、人のためであっても、両方でも、どちらの比重が重くても。


「うん、そうだな」

「だろ」


 笑って言った久坂の顔は、まだ吹っ切れたとは言えなさそうだが、少なくとも歪んではいなかった。


「……ありがとな、蒼司(そうじ)

「え」

「……何だよ。間違ってないだろ」


 まずい所で反応してしまった俺に、久坂の方が気まずげにそう言った。


「あぁ、三人しかいねーのに、間違ってたらさすがにちょっとびっくりするわ」


 全体的にとにかくアウェー感があるので、同性ってだけでちょっと連帯感あるしな。

 ……授業、出るつもりだったがちょっと気が変わった。


「休んでいいっつわれてるし、せっかくだから気晴らしにでも遊びに行くか?」

「いいね」


 周りが女子ばかりなので、気の置けない友人って奴に飢えているのはどうやら同じだったらしい。いつもの調子に戻って、に、と笑って久坂はうなずく。

 そして再び、二人で揃って突っ立ってた足を動かし始めた。


 『休む』のは精神的な回復を図る意味もあるから、学校休んで外出しても何も言われないのだ。A・Aは特に。こんな所でも優遇措置だ。

 寮の自室について、向かいの久坂の部屋を振り返って声を掛ける。


「じゃ、着替えたらもっかい集合な」

「ここでな」

「そう、ここで」


 ものの数分の別れだが。


「じゃな、晴人(はるひと)

「……おー……」


 応じた晴人の声はやや小さい。いきなりな気恥かしさが分かったか。

 お互いちょっと苦笑して部屋の中へと入って行く。

 多分、っつーかまあ、十中八、九、今日が終わる頃にはもう自然になってるだろうけどな。

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